【36】満月の夜の来訪者
「悩みでもあるのか」
「…えっ?」
「顔に出てるぞ、心の声が」
鯉伴から指摘され、ハルは徐に頬に手を当てる。
「…あるにはあるかな」
「感情を表に出すくらいだ、よっぽどの事なんだろ」
鯉伴の言葉に、ハルは苦笑して首を縦に振る。
「最近になって分かった事なんだが…
昔馴染み達が気付かない間に復活して、この世界にいるみたいだ」
「前に聞いたお前を追放した部族の事か。
出会い頭に打ん殴られたとか?」
「いや、まだそこまでは至っていないよ」
もしも、【十戒】がこちらの正体を知ったなら…どんな反応をするだろうか?
不意に、脳裏にエスタロッサの姿がよぎった。
「幼馴染のあいつだったら、素手か愛用の剣で俺の七つある心臓を一つずつ壊していくな…きっと」
「真顔でさらりとおっかねえ予想を言うなよ。
あと、その幼馴染も容赦ねえ野郎だなァ」
間違いない…とハルは確信したようにうんうん頷く。
ハルの断言に、鯉伴は冷や汗を流してツッコむ。
「覚悟はしている。
ただ…やられるつもりはないけどな」
今のところ、こちらの正体がバレる確率は低いが、万が一の事は常に考えている。
追放されて、差し伸べられた手を…命令を拒み、自分が望む道を選んだのだ。
いつか、同胞が自分の事を殺しにくるかもしれない。
…その時は、全力で戦うつもりである。
「ドンパチを始める時は言ってくれ。
必要なら俺も参戦するぜ」
鯉伴は片目を閉じて笑ってそう言うと、豚の角煮の半熟卵を口に入れた。
「そうならないように善処するけれど…
…もしもの時は頼もうかな」
「よーし、決まりだ」
約束だぞーと言いながら、鯉伴はビールを味わう。
ハルは微苦笑しつつ、箸で唐揚げを一個取ろうとした。
「おっと…忘れるところだった」
「うん?」
「実はな…頼みたい事があるんだ。
聞いてくれるかい?」
鯉伴はジョッキを長机の上に置き、相談を持ちかけてきた。
真面目な表情へと切り替わった協力者に、ハルも只事ではなさそうだと感じた。
「ああ、詳しく教えてくれ」
【満月の夜の来訪者】
「デリエリ、見つけたよ」
同時刻、相変わらず地面の穴を掘り進めていた猫の姿のデリエリは、その声を聞くやピーンと尻尾を立てた。
「おや、迎えが来ましたね」
ドロールは腕を組んで、デリエリの様子を見守っていた。
再三「やめろ」と言っても、彼女が諦めないので仕方がない…と傍観する事にしたとも言える。
彼是二時間程度、経過を観察していたところ…モンスピートがやってきた。
「…という訳です。すみません」
「いいよ、なんとなくこうなるとは思っていたからね」
事情を説明して謝るドロールに、モンスピートは構わないと返した。
そして、穴掘り中のデリエリを両手で掬い上げた。
「わっ、何するんだよ!」
「はいはい、暴れないの。
あー…こんなに泥をつけちゃって。
洗わないといけないじゃないか…」
モンスピートは暴れる橙色の猫を慣れた手つきで抱きかかえると、ドロールへ目を向けた。
「すまないね、先に帰らせてもらうよ」
「お気をつけて」
「はーなーせー!」
デリエリはぺしぺしっと前脚でモンスピートの頬を叩いていく。
「いたいいたい」と言いつつも、モンスピートは逃げないように
がっちりと彼女を腕に抱いたまま、背中から闇の翼を出した。
そのまま夜空へ上昇していく仲間達を見送ると、ドロールは屋敷の…屋上へ視線を移した。
(さっきのあの気配の者、店主とどのような繋がりがあるのか…)
自分とデリエリの目を欺き、容易く屋敷へと入り込んだ人物。
…どんな目的で訪れたのか?
(例の古寺の件と合わせて…店主の動向を調べた方がいいかもしれない)
そうなると、相方であるグロキシニアにも協力してもらわなければならない。
考えていると、梟が鳴く声が聞こえた。
不意に夜空を見上げると、最初に見た時よりも満月が移動していた。
(今日は…この辺で一区切りとしよう)
これ以上、此処にいてもただ時間が過ぎるだけだ。
丁度いい頃合いだと、ドロールは踵を返してその場から立ち去った。
【つづく】
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