【36】満月の夜の来訪者
ハルが予定を立てていたその同時刻、屋敷の門の外で小さな影がガサガサと地面を掘っていた。
「何しているんですか?」
「!」
呼びかけられ、小さな影はハッとしたように顔を上げた。
「猫の姿で穴掘りですか、デリエリ」
「…ドロールか」
人間の姿となったドロールを目にして、橙色の猫…の姿となっているデリエリはホッとした。
自分に声をかけてきたのがモンスピートであったら、速攻連れ戻されるからだ。
「そういうお前は、なんで此処に…?」
「ジョギングです」
ドロールは即答した。
デリエリは訝し気に目を細めるが、ドロールは付け加えるように言う。
「同時に、調査をしていました」
ドロールは【双月文庫】へ通う中、周辺の町でも情報収集していた。
その際に、気になる情報を入手した。
…店から少し離れた場所に寺がある。
かなり古い時代に建てられた寺らしいが、八年前に住職がいなくなり、無住寺となっていた。
だが、妙な事に六年前からそこに人が住んでいる気配がするようになった。
住民の間では、江戸時代に亡くなった身分の高い人が出没するとか、
浮浪者が寝床にしてうろついているといった噂があるようだが…
現在に至るまで、その真相は明らかになっていない。
「先程まで、その寺を探索していました。
浮遊している魂はいくつか見かけましたが、怪しい人物は見当たりませんでした」
ドロールの報告に、デリエリはふーん…とあまり興味はなさそうに聞いていた。
「それと…店主が不定期にそこに足を運んでいるとの事です」
「…なっ!?」
続けて告げられた事に、デリエリは大きく目を見開く。
「店主は、あの寺を何らかの目的で利用しているのやもしれません」
あの古寺で、ハルは誰かと接触している可能性が高い。
目的は不明だが、人目を避けてまで会う必要があるとなると、表沙汰にはできない事なのだろう。
「話を戻しますが…何故、穴堀りをしているんですか?」
こちらは答えたのでそちらも…とドロールは回答を促してくる。
「……ケツから言って、入るためだ」
間をおいて、デリエリはそう答えた。
屋敷周辺は結界が張られているので、直に侵入する事は難しい。
そのため、地道に地面を掘っていき、屋敷の庭へ通じる穴を作って侵入しようとしたのだ。
「大胆な事を…。
先日、モンスピートにも店長と関わるのをやめるように言われたのでは?」
その事を指摘され、デリエリはバツが悪そうに視線を逸らす。
「正直に言うと、私もモンスピートの意見に賛成です。
進藤 ハルは現段階では我らの敵ではない
…けれども、味方でもない。
距離の取り方を間違えれば、真っ先に危険な目に合うのは…デリエリ、貴女自身だ」
年下の子どもを諭すように、ドロールは仲間にこれ以上深入りするのはよした方がいいと苦言を呈した。
デリエリは顔を俯けて口を噤む。
「此処は、私とグロキシニアが責任を持って調査を続けます。
どうぞお帰りください」
「…ケツから言って、できねえよ」
ドロールの要求に対し、デリエリは絞り出すような声で否と返した。
ドロールはふぅ…と軽く溜息を吐くと、橙色の猫となっている仲間を真っ直ぐ見据える。
「そこまでして、進藤 ハルに接触したい理由はなんですか?」
「直感だ」
「…すみませんが、もう一度言ってください」
一瞬耳を疑って、思わずリピートしてくれと頼んでしまった。
「私は…モンスピートみたいに上手く説明できねえし、メラのように理屈を並べる事は苦手だ。
けど、直感は良い方だって自信がある」
そう前置きした上で、デリエリはこう続けた。
「進藤 ハルと会って感じたんだ。
あいつは…ヴァイスハルトの記憶を受け継いでいるんじゃないかって」
「仮にそうだとしても、貴女はどうしたいのだ?」
ドロールは厳しい面持ちで率直に尋ねた。
答え次第では、調査を一時中断してでも封印の空間にデリエリを連れて戻らなければならない。
「あいつに聞きたい事がある」
しかし、デリエリは予想に反した回答を口にした事で、ドロールはおやっ…?と
不思議そうに首を傾げる。
「知りたいんだ、どうしても…」
それはどういう…と具体的に訊こうとしたその時だった。
「!?……今、何か通ったか?」
「貴女も気付いたという事は…
どうやら、私の勘違いではなさそうですね」
顔を強張らせるデリエリに、ドロールも自らの魔眼を用いて周囲に視線を巡らせる。
あたかも、空気に溶け込むかのように…
緩やかに風が吹きつけたかのように…
いとも容易く、見えない【何者か】が二人の間を通り過ぎていったのを…
漠然とだが、二人は感じ取っていた。
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