【35】あの夏のSF(すこし不思議)な体験談


「…以上となります。ご静聴ありがとうございました」



イルカが終了を告げると、パチパチと複数の拍手音が鳴った。


「こちらこそお話を聞かせて頂いて、ありがとうございました」

「…すごくよかったよ、イルカ先生」


エステルとソフィに御礼を言われ、イルカはにこやかに「どういたしまして」と返す。


「おつかれさん…いやぁー、なかなか面白かったぞ」

「…と言うか、勝手にコーナーを作って塩せんべい食べながら寛がないでくださいよ」


途中から戻ってきた太公望は、呑気に菓子を食べながら話を聞いていたようだ。

従業員の方が困りますよ…というイルカのツッコみにも、太公望は気にする様子もなく

ニョホホホと笑って済ませる。



「なんか…すごい事、聞いちゃったね」


やや離れた席に座っていた広瀬 康一は、俄かに信じがたい顔でそう感想を呟いた。

店長がただの人間ではない事は薄々勘付いていたが、

よもや途方もない時間を生きている種族だとは…

予想を遥かに上回る事実に混乱しているようだ。



「ハルさん、ご家族がいたのね。

今もご健在なのかしら?」



向かい側の席にいる恋人…山岸 由花子は何気に気になった疑問を口にする。

そういえば、と康一は店に通い始めた頃からの事を振り返る。

従業員のゲルダとセッタ、時々働きにやってくる蛮と銀次はともかく、

ハルの血縁者らしき人物なんて見かけた事はない。

…イルカの語りに登場した【奥さん】もである。


(うーん、離婚したとか? あんまり想像できないけれど…)


詳しい事は不明だが、何かがあったのかもしれない。

その辺は、繊細な問題に関わりそうだから深く触れないでおこう。


「それにしても…」


康一は冷や汗を流しながら、別の方向へ視線を向ける。

本棚を使って身を潜めているようだが、こっそりイルカ達の様子を観察している40代くらいの外国人の男性がいる。

くくくっ、と奇妙な笑い声を時折漏らしながら、さらさらと手帳に何かを記しているようだが…



「新しい常連さんかな? あの人…」


「康一君、あんまり見ちゃダメ。

ああいうタイプは目を付けられるとヤバいのよ」



あまりにも不気味な存在感を放つその男性に、康一はドン引きしてしまう。

由花子もその異様な雰囲気を察知したのか、小声で視線を合わさない方がいいとアドバイスした。





高校生のカップルがそんな会話をしているとは露知らず、

その男性もといヴィクセンの心拍数は上昇していた。

何故なら、彼の想像を天空突破した新情報を入手できたからだ…!

興奮せずにいられるなんて、あり得ない事だ。



(なんという貴重なデータ……

古参のあのイルカ殿には【感謝】の一文字では足りんくらいだッ!)



ボールペンを走らせる速度がさらに上がる。

この情報は、いずれ会合で報告する予定だが…

さらに精密さを求めるべきだろうか。



(正確なデータに仕上げるためには直に訊き出すべきだろうが、

そのためには…一定の条件をクリアしないといけない)



やはり、常連と交流してある程度は親しくなる必要がある。

ヴィクセンには些か高めな難易度のミッションになるが…

諦めてはそこで試合は終了である。



(イルカ殿は性格も温厚で訊きやすそうだし、上手くいけば話友達になれそうだ。

何か共通の話題はないだろうか…)



「ところで、さっきからあそこでブツブツと独り言言うとる男がおるが…

お主の知り合いか?」


「いえ、全然知らない方です」



ヴィクセンの事が気になったのか…

簡略化した太公望がこそっと尋ねるが、イルカは首を左右に振る。



「お主をちらちら見とるぞ。

もしや、隠れファンか?」


「ちょっ…ヘンな事言わないでくださいよ。

怖いじゃないですか!」



この時、ものぐさ仙道と【友達になろう計画】の対象者であるイルカから、

密かに『おかしな人』認定されてしまったヴィクセンだが…

当の本人がこの先、その事実に気付く日は…おそらくないだろう。





【あの夏のSF(すこし不思議)な体験談】





「どういう事ッスか…」


二階から、こっそりと聞き耳を立てていた人物がいた。

艶のある赤い長い髪に、明るい色のパーカーとレギンスパンツの服装で、

一見女子と見間違いそうになる中性的な顔立ちをしている。


その人物…十戒のグロキシニアは、先日相棒であるドロールに連れられて初めて店を訪れた。

あの時は、連休を理由に店長のハルは不在であったため、

顧客をメインに情報収集をする事に専念した。


今回、グロキシニアは単独で来店した。

理由は、初回の時に感じた【ある魔法】の事が気になったから。

この店内に張り巡らされている複合魔法…各々の異世界の住民の言語を

それぞれ解読し、通訳する魔法…に既視感を覚えた。


随分と昔に、彼はそれと同じものを目にした事がある。

そう、仲間であるヴァイスハルトが考案した魔法と…類似しているのだ。

ヴァイスハルトの血族だから、その類の魔法を使用できてもおかしくはない。

しかし、グロキシニアの中で何かが引っ掛かった。

だから、もう一度調べてみようと相棒にも内緒で足を運んだ。


適当に本を選んで、読むフリをしながら魔法の解析をしていた時に、

古参のイルカが他の顧客にせがまれて昔話を語る事になった。

その内容を聞き終えるや、グロキシニアは頭の中が真っ白になりそうになった。



(イルカ君の話だと…

店長とその番の人は相当な年月を生きている事になる)



あの二人の子どもならその可能性はあり得るし、長命の種族と結婚していたなら辻褄は合う。

けれども、イルカの話に出てくる店長と伴侶は…

ヴァイスハルトと【彼女】の特徴にあまりにも重なる点が多かった。



(あり得ない事ッス。

でも、もしかしたら…)



浮上したひとつの仮説に、グロキシニアは本を持つ手に力を込めてしまう。

闇の奥に隠された真実に…彼は手の届くところへ近づきつつあった。





【つづく】

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