【35】あの夏のSF(すこし不思議)な体験談


「…なっ!」


森を抜けた先は…イルカのよく行き来する里ではなかった。

知らない民家や建物が並ぶどこかの町であった。


「ここ…このはの里じゃない」

「その件に関しては、後で詳しく話そう」


動揺しているイルカに対し、ハルが肩をぽんぽんと叩いて小声で告げた。

夜の時間帯だが、祭りの最中のためか屋台の灯りで町は明るく彩られている。


「ハルさん、今日は森で二度目の山菜採りかい?」


町中を歩いていると、向かい側から歩いてきた中年の男性が親し気にハルに声をかけてきた。



「はい。それから薬草の方も…

夜の時間帯にしか見つけらない物もありますから」


「いつもハルさんお手製の湿布には世話になってるからなぁー。

こっちは助かってるが、あんまり無茶はしないようにな」



話している途中、男性が「ん?」とイルカの存在に目が止まった。

イルカはビクッと肩を震わせ、困惑した顔を浮かべてしまう。



「ここらじゃ見かけない子だな」


「親戚の子どもです。

都に住んでいて、今回この町の祭りに興味があって両親と一緒に来たんですよ」


「そうかそうか、ならゆっくり楽しんでくれ!」



ハルがそう説明すると、男性は笑顔で祭りを楽しむように言うとそのまま去って行った。


「さぁ、行こう」


イルカは小さく頷くしかなかった。

まだ頭の中は混乱しているが、なんとなく自分の置かれている状況を認識しつつあった。


(…どこかの国に来ちゃったんだ)


幼いイルカは、里の外に出た事はない。

だが、此処は生まれてからずっと育ってきたイルカの故郷とは異なる別の場所である。

つまり、イルカはどういう訳かあの森を通じて里とは異なる別の国へ辿り着いてしまったのだ。


…普通ならあり得ない事だ。

どうして、そんな不可思議な現象が起きてしまったのだろうか?


(うぅ~…わかんない)


この当時のイルカとっては、明らかにキャパシティオーバーな事だった。

それゆえに、考えても答えを導きだせずに頭からぷしゅーと煙が出そうになった。


「イルカ君、着いたよ」


ハルの呼びかけで、イルカは現へ引き戻された。


「此処が俺が経営している御店…貸本屋【双月文庫】です」


レトロな雰囲気のある二階建ての古民家だ。

背中合わせの三日月のマークが描かれ、その横に『双月文庫』という文字が

記載された看板が屋根の部分に設置されている。



「ただいまー」


ハルが引き戸を開けると、奥の方から「おかえりなさーい」と女性の声が聞こえてきた。


「どうぞ、上がって」


あちらこちらに視線を向けるイルカに、ハルが入るように勧める。

おじゃまします…とイルカは靴を脱ぐと、ハルの後ろをついていった。

奥の方にある扉を開けると、そこに一人の女性がいた。



「ハルさん、お疲れ様。

それから…いらっしゃいませ、小さなお客様」



イルカはふわぁ…と感嘆の息を漏らした。

薄い茶色の長い髪に、青空を連想させる瞳。

蝶の柄の浴衣を纏うその人は、あたかも現に舞い降りた天女のようにとても美しかった。


「は、はじめまして…」


頬が熱を帯びたように赤くなる。

恥ずかしくて思わず顔を俯けてしまった。


「この子もあの森に?」

「うん、どうやらさっきのあの子と同じ場所から来たようだ」


ハルと奥さんが話をしている。

声が小さいため、どんな内容なのかは分からないが…

二人の表情から何か大切な事を話しているのだとイルカは察した。


「イルカくん!?」


その時、名前を呼ぶ声が耳に伝わり、イルカははっとその方向へ視線が移った。

今いる所…台所の隣に大きな部屋がある。

そこの中央に設置されているソファーに、女子が座っていたのだ。


「ゆかりちゃん…」


女子…水基 ゆかりの元気そうな姿を見て、イルカは改めて安堵した。

ゆかりは驚いた表情で、腰を上げてこちらまで近づいてくるや

イルカの右手をガシッと両手で握りしめる。



「イルカ君もまよっちゃったの!?

ケガしてない? だいじょぶ?」


「う、うん…ハルさんがいたから」



真剣な顔で問い詰められ、イルカはその勢いに呑まれつつも答えた。

すると、ゆかりはよかったぁーと安心したように笑った。



「イルカ君、ラッキーだったね!

わたしが森にいた時、近くにおおかみがいたんだよ」


「ええっ!?」



ゆかりが森の中にいた時、とてつもなく危険な状況に陥っていたようだ。

単体なら逃げられたが、狼は複数いて四方を囲まれていたらしい。


「食べられちゃう!って思ったら、ハルさんとおくさんが来てくれたの」


狼が獲物(ゆかり)目掛けて飛びかかろうとしたその時、ハル達が助けてくれたとの事。



「すごかったよー…

ハルさんが忍術みたいなのをつかって、ズドーンって落とし穴つくって三匹も落としちゃってね!

それからね、おくさんは剣術でバサバサってたおしちゃったの!

ともかく、二人ともすっごくかっこよかった!!」


「へ、へぇ…そうなんだ…」



ハイテンションで当時の状況を語るゆかりに、イルカはやや気後れしてしまう。

この子、こういう性格だったのか…と同級生の意外な一面を知り、なんとも言えない気持ちになった。




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