【34】イルカ先生、語り部に指名される


「えっ…?」


一瞬、何だか分からず…イルカは呆けてしまう。


「お主、前の店から通っとるだろ。大体でいいから話してやれ」

「えぇー…俺がですか?」


突然名指しされ、さらに前の店に関する話をしてくれと言われて、イルカは戸惑ってしまう。

すると、ソフィが椅子から立ち上がって、イルカの座る席へ近づいてきた。



「イルカ先生…ダメ?」

「ダメ、というか…俺がハルさんやお店の事を話してもいいのかどうか…」


「あやつだったら、余程の機密事項でない限りは細かい事は気にせん性格だ。

そんなに固く考えんでいい。

例えば…幼子に御伽噺を語る感じやら、演劇のナレーション風やら色々あるじゃろーが…

好きなようにやれい」



どんな口調でもいいから、昔話を語ってくれ…と促す太公望に、イルカは困った表情を浮かべる。



「そんな事言われましても…」


「イルカ、お主は『先生』じゃろ。

教えるのは慣れとるだろ。

だったら、普段の教師モードになればいいだけじゃ」


「【教師モード】って…ヘンなネーミングつけないでくださいよ。

公私を混同させるのはちょっと…」



難色を示すイルカに、太公望は…簡略化した風貌となって彼の耳元で囁いた。


「よく見てみるんじゃ。周りを…」

「あっ…」


じぃーと懇願する眼差しを送るソフィ。

わくわくと期待する心情を顔に露わにしているエステル。

さらに、別の席で話をしていた常連の二人(高校生のカップル)も

時折こちらへチラチラと視線を向けている。



「此処で断るなんて野暮な真似をしてみろ

…周りの期待を壊して空気を台無しにしてしまうぞ」


「…そういう流れにしたのは誰ですか」



イルカは呆れた顔でツッコむが、簡略化した太公望は素知らぬ顔で口笛を吹く。


「…分かりました」


はぁ~と溜息を漏らすと、イルカは仕方ないな…と諦めたのか了承した。



「イルカ先生、ありがとう!」


「貴重なお時間をくださり、ありがとうございます。

よろしくお願いいたします」


「よしよし、ならば儂は料理長に頼んで菓子の類を持ってくる」



ソフィが満面の笑顔となり、エステルからも御礼を言われた。

事の発端を作った簡略化仙道は、話の最中に摘まむ菓子をもらいにそそくさと離脱した。


食事処へ急ぐ太公望の後ろ姿に文句を言いたい気持ちになるが、

それを口に出すのはあまりよくないと思考が働いて寸前で止めた。

気分を切り替えるように、イルカはこほんと咳をしてソフィとエステルの方へ向き変える。



「僭越ながら、個人的な内容も交ざりますが…

以前あった貸本屋【双月文庫】についてお話いたします」



二人の拍手を受けながら、イルカはしっかりした口調で語り始めた。

…自分と貸本屋との出会いについて。





【イルカ先生、語り部に指名される】





(くくくっ…これはチャンスだッ!)


一連の流れを一階の本棚の影からこっそり見ていた人物がいた。

――――その名は「ヴィクセン」


彼は分厚い外国語の書籍に目を通しつつも、周りの利用客の声に耳を傾けて

地道に情報収集に勤しんでいた。


時折、マスコット動物のウィズが眉を顰めて威嚇するような声をあげたり、

黒髪の魔導士らしき青年に観察されているような気分になる事はあるが…

それ以外の利用客からは特に怪しまれずに、少しずつ調査は進められている。


そして、記念すべき五回目の調査である本日。

…古参と思わしき男性が、他の利用者に昔の話を語ろうとする現場を

現在進行形で(隠れながら)立ち会う事ができた。



(話次第では、店の事はもちろん店長の隠された秘密が明かされるやもしれん…!

ふふふっ…なんという幸運、すばらしい!)



ヴィクセンは口端を吊り上げる。

この好機を逃す事の無いように、しっかりと聞き耳を立てる事にした。


(あの人…さっきからこっち見てるけれど、誰なんだ?)


にんまりと笑みを浮かべて、隠れて目を光らせてこちらを観察している

謎の人物の存在なんて…イルカはとっくに気付いていた。

新規の顧客なのだろうか…あまりにも怪しすぎてやや引いてしまう。


(…うん、視界に入れないでおこう)


視線はものすごーく気になるが、敵意などは今のところなさそうなのでスルーする事にした。

実は、二階の方でも同様に耳を澄ませている人物がいたのだが…

それはまた別の機会でお話しよう。





【つづく】

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