【34】イルカ先生、語り部に指名される


懐かしい同胞と思わぬ形で再会してから、三日後。

…ハルは自室にこもっていた。


「よし、完成」


分厚い書物の頁を閉じて、ハルはふぅ…と息を漏らす。

グリモワールから依頼された古文書の解読が、たった今終了したところだ。


「これ、記した人物…几帳面な人だったんだな」


依頼された書物を作成したのがどういう人物だったのか…?

長年、解読の依頼をこなしてきた経験から文章や生前の著者が書物に込めた

『力』により、その人となりが大体分かるようになった。


ハルの手元にある古文書の著者は、生きていた世界では名の知れた女性だった。

彼女は魔力はあったが、魔導士とは異なる道を選んだようだ

…文章の所々に書かれていた。

個人的に楽しめる内容だったので、依頼ついでにいくつかの役立つ内容を

メモ書きしておいた。



「一段落したし、ちょっと寝ようか…」


時刻は午前10時35分。

三日間通して解読に集中していたため、徐々に眠気と疲労が身体に押し寄せてきた。


「ふぁ~…おやすみー…」


ハルは迷う事無くベッドに直行し、すぐに夢の世界へ旅立つ事となった。



*** ***** ***



(今日は晴天、絶好の洗濯日和だ)


洗濯物を干しながら、うみのイルカは差し込む陽の光に眩しそうに目を細める。

普段は木の葉里のアカデミーで教鞭を執っている身だが、今日は公休である。

そのため、普段はやれない家事をしている真っ最中だ。


「ふぅ…これで全部か」


全ての洗濯物の外干しを終えると、簡単な朝食を作る事にした。

冷凍庫に入れていたご飯を電子レンジで解凍し、その間にフライパンで割った卵や

昨日中に購入した薄切りハムを焼いていく。


…一人暮らしを始めて約十年。

里からの補助金はあったとはいえ、全ての事を一人でやらなければならずに苦労した。

学生時代は勉学に集中しなければならず、卒業後は忍として任務に早く慣れるように

必死で自ら体調管理などに気を配る余裕がなかった。


自炊をできるようになるまでには…時間がかかった方だ。

今は時間に余裕がある時に、料理本に書かれている基礎的な料理は

一通り作れるレベルにはなれた…と思っている。



「いただきます」


朝食は温め直した白米、ハムと目玉焼き、二日前に生徒の保護者から頂いた漬物だ。

両手を合わせて食事の挨拶をしてから、出来立ての料理…白米とおかずを

箸で交互に口へ運んでいく。


(テストの採点は昨日の内にしたし、大体の事は片づけたから…)


アカデミー関連の仕事や、家事を一通り終わらせたので正直やる事がない。

全ての食器を空にして、〆の緑茶を啜りながらイルカは「今日一日どう過ごそうか」と考える。


「そういえば…あの本、返してなかったな」


ふと、馴染みのある貸本屋で借りた小説の事を思いだした。

小説は既に完読しており、テストの作成などで多忙だったため、

そのまま本棚の中に入れたままにしていた。

本棚からその小説を抜き取ると、イルカはギョッとした。


「うわっ! 返却期限、明日じゃないか」


借りた小説の最初の頁…見返しの個所には、借りた日付と返却する期日が表記されている。

店長のハルの魔法で浮かび上がっているこの文字は、通常の翡翠色で彩られているが…

期限が間近になってくると、残りの日数が朱色でカウントされていくようになるのだ。

ギリギリ間に合った事に、イルカは胸の鼓動が小刻みに振動していた。


もしも期限を過ぎてしまえば、手元にある書物は瞬時に貸本屋へ強制的に戻され、

代わりに延滞料の催促の用紙がやってくるのだ。

過去に一回だけ、任務から長引いた所為で期限が一カ月も過ぎてしまった事がある。

帰宅するや、延びた日数分の請求書を目にして、思わず叫び声をあげてしまった。


驚いた両隣の部屋の住民が「どうした!?」と駆けつけてしまい、さらに別用で

近くに来ていた同僚まで駆けつけてしまう…という珍騒動に発展してしまった。

その時の事を教訓にして、カレンダーに印をつけたり、先程のように見出しの部分を

チェックするように心掛けるようになった。


「ちょうどいい、返しに行こう」


それに、時期的に店に新しい書籍が入荷しているかもしれない。

部屋でごろごろと寛ぐのもいいが、普段はいけない場所へ外出したい気分だ。


外行の服装へ着替えて、自分の【双月文庫】の鍵を部屋の壁に向かって使用した。

眩い光と共に現れた檜の扉を開けて、異空間に伸びる白く長い一本道を慣れた感じで歩いていく。

そして、出口を抜けると…

《背中合わせの二つの三日月》のデザインの装飾が施されている鉄門の前に立っていた。



(今日は休みだから、人が多いかもなぁ…)


そんな事を考えながら、イルカはいつものように店の扉を開いた。



――――カラン、カラーン




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