【2】新規のお客様へのご案内


「それで…当店を行き来するための方法を知りたい、と」


きっかり8時間経過した頃に、ハルは扉の調整を終えた。

その直後、ゲルダがエステルを連れてきたため、何事かと思いきや…エステルが真剣な顔で懇願してきたのだ。


――――貸本屋『双月文庫』へ通いたい。

そんな彼女の強い意思を感じ取ったハルは、腕を組んで少しの間思案する。

エステルはハラハラしていた。

突然のお願いに、ハルは難色を示してるのか…?



「分かりました」


しかし、エステルの懸念は数分後に払拭された。


「ゲルダさん、必要書類取ってきて。それから『アレ』も」


ハルはすぐにゲルダに指示した。

ゲルダは頷くと一旦店内に戻り、5分経たない内に両手に長い巻物を一本と丈夫そうなトランクケースを運んできた。


「まず、当店を利用するにあたり、守ってもらいたい規約を説明します」


ゲルダから長い巻物を受け取ると、ハルはバッとそれを広げて読み上げていく。

その巻物に書かれている約束事は多かった。

エステルはその一つ一つを呟きながら、覚えていく。

その中でも、印象に残ったものをいくつか述べると…



◇店内において、過度な争いおよび他の顧客に迷惑行為をする事は禁止。

◇特別書籍や禁書に指定された書物の閲覧は、責任者の厳重な審査で許可された場合のみ可能。

◇利用者は、当店の事を他者へ紹介する場合、対象者は当店の規約を順守できる人物に限定する。



特に上から三番目に記された項目は、かなり重要なものだ。

これは、このお店が貴重な文献を扱っている事や別の異世界の情報の流出を抑える…という名目なのだと、

エステルはその意味をなんとなく察した。



「…以上の事を守れますか?」

「…はい!」


ハルの確認の問いかけに、エステルは力強く首を縦に振る。

迷わず答えた彼女に、ハルは「うん」と納得した様にほんのり笑う。


「それじゃあ、これをエステルさんにプレゼントします」


トランクケースを開くと、そこには同じ型の小さな鍵が並ぶように詰められている。

ハルはその中の一つを抜き取ると、エステルにどうぞと手渡した。

二つの三日月が背中合わせに組み合わさったキーホルダーがついた銀色の鍵。

綺麗な装飾のついたそれに、エステルは目が釘付けになる。



「その鍵を鍵穴のある扉に使用する事。

もし扉がない場所でも、鍵を適当な場所に翳せば当店の入口へ繋がる扉を召喚できます。

俺は、エステルさんが信用に値する客人と認めた上で、これをお渡します。

ただし…もしも当店の規約に反する行為をした場合は、それを没収させていただきます。

あと、何かが原因で紛失・盗難にあった時は速やかに俺か店の従業員に連絡してください」



約束できますか?

ハルの二度目の確認に、エステルはコクリと頷く。


「はい! 失くさない様に心掛けます」


「ありがとうございます…

では、初回にあたって、テルカ・リュミレースへの帰り道を案内しましょうか」


ハルは、屋敷の入り口の門に手を翳した。

そこから狭間の空間が出現した。

此処へ迷い込んだ時と同じ緑黄色の異空間。

一つだけ違うのは、そこから真っ直ぐ白い光の道が伸びている事。


「お客様を送ってくるから、留守の間店を頼むよ」

「お気をつけて」


ゲルダに店番を任せると、ハルはエステルに手を差し出した。


「お手をどうぞ」


まるで、ダンスを申し込むような申し出に、エステルは快く手を取った。





【新規のお客様へのご案内】





ハルと共に、異空間の道を歩く事10分。

終着点である出口が見えてきた。


「そこを通れば、ハルルの町に出られます。

5分後には出口は完全に塞がってしまうから…今のうちに」


「色々とありがとうございました」


エステルは御礼を言うと、ハルは「こちらこそ」と苦笑する。


「エステルさん」


出口を抜けようとしていたら、ハルに呼ばれて振り返るエステル。


「またのご来店お待ちしています。

今度は、ゆっくりと当店を楽しんでくださいね」


「…はい、必ず」


小さく手を振って見送るハル。

エステルは微笑して再び訪れる事を約束すると、外へ通じる出口を潜り抜けた。

通り抜けた先は、ハルルの町の入り口だった。

空は黄昏色に染まり、鴉が夕刻の時間を知らせている。


「夢の中にいたみたい…」


そう呟くエステルは未だ興奮が冷めやらぬ状態だ。

ほんの少しの間だけの異世界旅行。

…この事を仲間の皆には話すべきか否か。


(…まだ秘密にしておいた方がいいかも)


あの貸本屋の店主が掲げた約束事が、頭の中にちらついた。

皆の事を信用しているけれども、まだすべてを明かすのは時期尚早な気がした。


(フフッ…こういうのって初めてです)


自分だけの“特別”

後ろめたくなく、逆に人に教えたくてうずうずしてしまうとっておきの秘密ができた事に、

エステルはワクワクしてしまう。



「エステル!」

「ちょ、どこよ! どこにいるの!?」

「あ、町の入り口に…って引っ張らないでよぉー!」


聞き覚えのある声が耳に届く。

ふと、町中へ視線を向けると、こちらへ走って駆け付けてくる青年と少年少女3名。


「ユーリ! カロル、リター!」


仲間達の出迎えに、エステルは名前を叫んで笑顔で手を振った。





【つづく】

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