【2】新規のお客様へのご案内


「マスターが…?」


小首を傾げるゲルダに、エステルは語る。



「正直に言うと…あの時、すごく怖かったんです。

でも、ハルさんと話をしていて、その気持ちがウソみたいに消えていきました。

見ず知らずに迷い込んでしまった私のために、一から事情をきちんと教えてくれましたし…

元の世界に絶対に帰してくれると約束もしてくれた」



ハルが悪い人なら、ここまで丁寧な接客をする事なんてしないだろう。

それに、ゲルダやあの常連の太公望の発言を聴いていて、あれが人を欺くために手の込んだ演技をしているとは思えなかった。



「だから、私…ハルさんは信用していい人だと思いました。

見つけてくれたのが、ハルさんでよかったって…実感しています」


「マスターを…そう評価して頂けると私も嬉しいです」


主の事を敬愛しているのだろう。

ゲルダは、顔を綻ばせてエステルに感謝の意を返した。


「話の途中ですまないが、ご注文のカルボナーラ、完成しましたよ」


セッタはそう言って、エステルの前に出来立てのカルボナーラを乗せたお皿を置いた。

アツアツの湯気に、チーズの香りが鼻を擽る。

きゅるる…とお腹が鳴り、エステルは自ずとそこを手で押さえてしまう。

ハルルの町に戻った際に、軽くお菓子のクッキーしかつまんでいなかったため、

目の前の麺料理が輝いて見えてしまうのは必然だろう。



「いただきます」


両手を合わせて、食事の挨拶をする。

仲間であり、現在も異世界で旅を続けている女性から教わった異国の作法をしてから、

フォークで一口大に麺をからめとり、口へ入れた。


「おいしい…!」


チーズと塩気のあるベーコンの濃厚な味。

辛い黒コショウがその濃さに負ける事無く味を引き締め、卵がそれらを包み込んで

メインである麺と上手く調和させ、口の中に一体感を生み出す。


王族として生まれ育ち、一流のシェフがつくる食事を長年とり続けた事や、

料理上手な仲間と旅していた経験から口が肥えているエステル。

そんな彼女の舌を満足させるほどの出来栄え…

このパスタを調理したセッタの料理の腕前はかなりのレベルである事が証明された。


「デザートは何にします?」

「僕は、今朝方マスターが市場で購入してきた苺を使ったシャーベットをお勧めするけれど…いかがかな?」


ゲルダとセッタの言葉に、エステルは目を輝かせて「是非とも!」と大きく数回頷いた。



「すみませーん!」

「こんにちは」

「おおー! 食欲そそるいい匂いがするぜぇー。やべっ、涎が垂れてきた…」


その直後、食事処の扉を開けて来店した3人の男子。

先程、一階で勉強をしていた学生達だ。



「いらっしゃい…って、杜王町トリオじゃないか。

あそこの世界時間は計算すると…休日ではないはずだ。学校はどうしたんだ?」


「今日は午前までだったんで。

康一の提案で、宿題パッパッと終わらせてランチ食おうって事になって来たんスよ」


「そうそう、ようやく終わって飯にありつける…

あ、ゲルダさん、どうも! 今日もいい天気っすねぇ!」


サボりにきたならクールじゃないぞ、と鋭く探りを入れるセッタ。

すると、とさかのような髪型の男子は気分を害する様子はなくあっさりした態度で理由を告げる。

同じく、不良っぽい男子も友人に加勢しつつ、ゲルダを見るや頬を赤らめて挨拶してきた。


「仗助さん、億泰さん、康一さん、いらっしゃいませ。

お元気そうでなによりです」


「こうみえて体力だけは自信ありますから!

春の健康診断もばっちりお墨付きもらったし!!」


「なーに自慢げに言ってんだよぉ。

しかも、他はからっきしだってバラしてどーすんだ」


どうよ!と自信たっぷりに腕を見せる億泰に、肩を小突いてツッコむ仗助。

二人のコントのようなやり取りに、思わずクスッと笑いが込み上げてくるエステル。


「あれ? 見かけない人ですね」


彼等の一歩後ろにいる身長の低い少年…康一がエステルに気付いた。


「今日、初めてこのお店にいらっしゃった方です」

「あぁ…もしかして、【裏通り】から?」

「ええ。今、マスターが調整中です」


ゲルダの言葉を聴いた康一は同情を含んだ眼差しでエステルに向ける。


「大変でしたね…あ、はじめまして。僕、広瀬康一って言います。

友人2人とよくここを利用しています」


康一が頭を下げて礼儀正しく自己紹介すると、セッタと話していた2人もつられて会釈する。


「はじめまして…エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインと申します」

「なっげー名前だなぁー」


異世界の人って長い名前が多いよなーと億泰が後頭部を掻きながら、覚えにくそうに眉を下げる。


「あ、『エステル』って呼んでください。知人からもその愛称で言われてます」

「そうっスかー、じゃあ改めてエステルさん。俺は東方仗助って言います」

「虹村億泰、よろしくな!」


エステルの気遣いに、仗助と億泰は「助かります」と笑って自己紹介する。


「3人とも、席に座りたまえ。メニューは…いつもの日替わりかな?」

「はい、それで」

「今日の日替わりメニュー、何っすか?」


「メインは、チキン南蛮と鮭のムニエルのバター醤油…どちらかを選んでくれ」


仗助が挙手して質問すると、セッタは眼鏡を指先でかけ直し、目を光らせて答える。


「俺、チキン南蛮で! それから飲み物は砂糖たっぷりミルクティーを!」


「億泰、君の早い決断は有難いが、いつも糖分を取りすぎなのはいただけないな。

余分な脂肪と糖分は将来的に身体に害をもたらしてしまう」


「だいじょーぶっすよ! 運動してその分エネルギー発散させてるし!

つーか、成長期の男子はそのくれぇ食わないとやってらんないよぉ」


なぁ、そう思うだろーと億泰は視線をちらつかせて親友2人に同意を求める。

仗助はやれやれ…と呆れ顔で肩を竦め、康一は苦笑いする。

彼等のやり取りを眺めていると、また扉が開く音が響いた。


「ランチ、もう頼んでもいい?」


杜王町トリオと同じく、一階で児童書を呼んでいた菫色のツインテールの少女が入ってきた。




3/5ページ
スキ