【2】新規のお客様へのご案内


「あの…ゲルダさん」

「なんですか?」


階段を降りている最中、エステルは思い切って訊いてみた。


「先程の…太公望さんという人ですが、いつもあそこでお休みになられているんですか?」


「ええ、驚いたでしょう?

太公望さんは二階のあの場所で一眠りしてから読書をする…変わったスタイルの方なんです」


ゲルダ曰く、あの青年…太公望は自らの世界でも一定の場所に留まらず、放浪生活をしている身らしい。

たまに、長年過ごした故郷に立ち寄る事はあるものの、すぐにふらりと旅に出てしまう。

同郷の者から再三「帰って来い」と言われる彼だが、この貸本屋に訪れる明確な理由は…


「マスターと談話をするのが一番の目的かしら」

「ハルさんと?」

「はい。マスターとは仲がいい…友達のような関係、色々と話が合うみたいです」


ゲルダは朗らかにそう言いながら、エステルを一階にあるカフェへ連れていく。

通路を渡る途中、エステルは一階の書籍が置かれているスペースが視界に映った。

二階と同様に、広い空間に高い本棚が置かれており、常連と思われる…複数の人物が各々席に座っている。


本棚に近い丸い木製の机では、とさかの様な特徴的な黒色の髪形の長身の男子、身長の低い…エステルの仲間のパティと

同じくらいの…大人しい子、やや不良っぽい顔立ちの男子の3名が勉強道具を広げて、あーだこーだ言いながら

ノートの筆を進めている。


彼等の反対側にある長椅子には、菫色の長い髪をツインテールにした10代の少女が熱心に厚めの児童書を熟読している。

さらに、奥の窓際の席には、艶やかな黒い長髪を後ろに纏めた男性か女性か定かでない、

異国の服装をした美しい顔立ちの人が優雅に小説の頁を捲っている。


(この人達も…私と同じ、違う世界から訪れた人々)


エステルは瞳を揺らし、ほんの刹那の間だったが、その常連の顔は記憶に深く印象付けられた。





案内されたのは、一階の西側にある大部屋。

先程、太公望が言っていた『食事処』…レストランに相当する場所だ。

アンティークの温かい雰囲気が漂う、自然と落ち着けるところ…

帝都のザーフィアスにあるユーリがお世話になっている宿屋にちょっと似ている。

大きな窓が設置されており、そこから屋敷の庭が一望できる開放的な空間だ。


「セッタさん、オーダー頼んでもいい?」

「むっ、お客様かい? 構わないよ」


ゲルダの声に反応したのか、カウンターから顔を上げる一人の男性。

濃い紫色の髪、褐色の肌に眼鏡をかけた知的な雰囲気の人だ。

薄い水色のブイネックに、黒のパンツ、その上から白いシンプルなエプロンを身に着けている。

みたところ、この食事処の料理人のようだ。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


初めてのお客であるエステルに、丁寧な対応をするセッタ。

カウンター席へ招かれ、エステルは右から三番目の椅子に腰を落ち着ける。


「はい、メニューです」


彼女の隣に座ったゲルダがメニュー表を手渡す。

ぱらっとメニューを開くと、そこには…この世界のものと思われる文字と…

その下にエステルの世界で一般的に使用されている文字が書かれていた。


「…! 私以外にもこのお店に来た事がある人がいたんですか?」


「いいえ。このメニュー表にはちょっとした解読用の魔法が施されていて、

異世界のお客様が困らないための、当店ならではのサービスです」


エステルはうわぁ…と目を輝かせる。

異世界にはこんなに便利な魔法が存在しているのか。

もし、この場に親友のリタがいたら「それってどういう仕組みなの!?」と質問攻めするはずだ。

ふふっ、とそんな想像をしつつ、エステルは改めてメニューを見ていく。



「うーん…迷います」


メニューは単品からランチセット、飲み物やデザートの種類も含めると一般的な飲食店以上に豊富だ。

メニューによっては写真つきのものもあり、どれもお腹に刺激を与えそうなほど、美味しそうだ。

ふと、麺類の項目に目が止まった。


「…麺、パスタがいいですね。でも、どのパスタにしましょう…」

「本日は新鮮な卵といいチーズが入荷したから、カルボナーラはどうかな?」


どの種類にしようと悩むエステルの前に、セッタは氷入りの水の入ったグラスを置くと、

眼鏡をくいっと押し上げてさりげなくお勧めを言う。

「えっ?」とエステルは視線をあげて、目をパチクリさせるが…すぐに彼の厚意だと分かり、口元を綻ばせる。


「はい! お願いします」

「迅速な回答、実にクールだ」


フッと満足げに一笑すると、セッタは早速調理に取り掛かる。

料理が出来上がるまでの間、ゲルダがエステルの話し相手になってくれた。


「…じゃあ、ゲルダさんも元々違う世界の出身だったんですね」

「ええ、マスターとはその頃からの付き合いなんです」


マスター…もといハルもこの貸本屋のある世界でない、どこか別の世界の出身らしい。

詳しい経緯は知らないが、お店を開く前までは長い間異世界を転々と渡り歩いていた経歴があるとか…。

一般人が聞けば、与太話だと一蹴されるものだが、エステルは真剣にその話に耳を傾けた。


「そういえば…エステルさんは此処が異世界だと判明しても、あまり驚きませんでしたね」

「え、そうみえました?」

「はい。大抵、こちらへ迷い込む方々は一部例外もありますが…かなり狼狽したり、泣きだす方もいますから」


苦笑して語るゲルダ。

エステルはうーん…と約5時間前の自分の状況を思い返してみる。


(…最初は不安でしたけど、でも…それほどでもなかった気もします)


冷静になって振り返ってみると、ゲルダの言う事は当たっている気がしてきた。

ならば、何故自分はあまり動揺しなかったのだろう?


「そうだ…ハルさんのおかげです」


エステルはぽんと両手を軽く叩いて、ほんのり笑って頷く。

その理由を見つけ出すまで、そんなに時間はかからなかった。




2/5ページ
スキ