すだちの魔王城

ふと気付くとアッシュは暗闇の中に立っていた。
キョロキョロと辺りを見回し、上を見ても明かりのような物などは見えない。しかしここでじっと立っていたところで何も変わらないから、己の感覚を頼りに歩いてみた。
そのまま障害物などにあたることもなく歩みを進めたが、しばらくすると、遠くの方にボンヤリとした明かりと複数人の影が見えてきた。
やっと状況が変わると思い、アッシュはダッシュしてそちらに向かい。そこには。
明かりを囲って首を吊っている、かつて共に魔王討伐の旅をした仲間達がそこにいた。


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「……っ!!」
声にならない声を出しながら、アッシュは体を勢いよく起こした。
ボロボロのソファ。樽や酒瓶。干した洗濯物。
滝のように流れる汗もそのままに辺りを見回すと、ここは寝起きに使用しているサイショ村の小屋だった。
「なんつー夢……」
大切な仲間の自殺した姿など、夢であっても見たくない。彼らには長い間助けてもらったのだから、笑って生きていてほしい。
乱れた呼吸を整え息を吐き、汗を手の甲で拭い払い落として。呼吸が落ち着いたのを確認してから。
「よっ、リラ。元気にしてるかー?」
「何よこんな時間に! 急ぎの用事?!」
わざと明るい声を出しながら、通信用水晶で無事を確かめる。ただの夢だと分かっているのだが、声を聞いて安心したかった。
そのまま雑談を少しして、それからリラは寝直すと言って通信を切った。まあまだ太陽も昇っていない時間だから当然の対応だと思う。
「……俺も寝るか」
アッシュももう少しだけと思って、小さく息をついてソファに寝転がった。

何とかアッシュが寝直せたら、そこはまた暗闇の中だった。
さすがに今度は夢だとすぐに分かったが、先程の夢の続きだろうと察してしまう。仲間のあの姿を見たくなくてどうにか起きようと思っても、なかなか目が覚めない。
「……くそっ」
段々と自分の体温が下がっていくのが分かる。
いよいよ自分の腹でも殴って無理矢理目覚めようかと思ったら、突然できた地面の出っ張りに躓いた。先程まで無かったはずのそこに、駄目だと思いながらもアッシュはつい視線を向けてしまう。
そして見た瞬間、息がヒュッとなった。
「てん……ちょ……」
躓いたそこに、ムラビトが埋められていた。半端に埋まった状態の為、顔が一部分、外に覗いている。
アッシュはムラビトの見開かれた瞳と目が合ったが、その瞳に光は無い。震える手で頬に触れると、氷のように冷たくて、彼の息がないことが分かる。
「なんで、どうして……」
酷い震えと早くなっていく呼吸。立っているのが辛くなりフラリとよろめいて、背中に何かがトンと当たった。
「……」
先程無かった物がある、そのデジャブ。嫌な予感しかしないが、アッシュは背に当たった物を確認してしまう。
「っ、あああああ!!」
大きな水槽、底についた鎖。その鎖の先には、氷漬けにされた状態で繋がれたマオがいた。


****************


「夢見が悪くて小屋壊しちゃった」
ゴメンネ、とアッシュがとても明るい声で謝ってくる。しかし彼の目が腫れているので、相当しんどい夢を見たことが想像出来てしまい、ムラビトもマオも責める気は起きなかった。
村長もきっと同じで、気にしないで良いと言ったに違いない。
「今日は小屋の修理するから俺は店休むな」
「いや、お手伝いしますよ」
「え、そう? 別に良いのに」
「ムラビトがこう言ったら譲らんからな、さっさと直すぞ」
マオがシャベルを持ち、ムラビトが臨時休業の看板をドアに下げた。それを見てアッシュも説得を諦めて歩き出す。
小屋へ向かう道中、アッシュの二人への距離がいつもより近い。マオが少し離れようとしたら、その分詰める。何回かやってマオも諦めて普通に歩くことにした。そうして着いた小屋は。
「凄いですねえ……」
「これは直すの大変だぞ……」
壁を一周した剣の跡と形を保ったまま崩れた小屋。そして切り株になった木が小屋の周囲にいくつも並んでいる。
「貴様、これ中から剣で小屋を斬っただろう」
「やっぱり分かる?」
「小屋の崩れ方を見たら分かるに決まっているだろう」
ジトっとした目で見るマオから視線を外して、アッシュはテヘッと舌を出してみる。
「だからさあ、一旦小屋を壊して木の板をトンカチと釘でさあ。分かる?」
「一から建てると?」
「そうそう、だから俺一人でやるつって言ったのに」
ヘラリとアッシュが言うが、小屋を建てるのは重労働だし一人で一日で作れるはずがない。
「お手伝いさせてくださいよ」
ブスリと頬を膨らませながらムラビトが言う。アッシュはニンマリ笑い、その膨れた頬に指を指して空気を抜いてやる。
「もう! アッシュさん」
「店長、暖かいなあ」
指を離して、小屋に向かう。ムラビトとマオも、顔をつき合わせてから小屋へ行った。

まずはゴミの撤去からということで、近くにいた魔物にこっそり小屋が崩れないよう支えてもらい、中の物を出していった。
洗濯物や水晶を出した後は、樽や酒瓶ばかりだった。食事摂ってます?! とムラビトに言われながらも中の物を何とか全て出しきった。
小屋の外、少し距離のある場所へ、出した物を並べて置いていたら、窓のあった辺りに人形が落ちていた。
「アッシュさん、これはアッシュさんのですか?」
「ん? あー、なんかお客に渡されたやつだな。押し付けられて、返す前にさっさと店出てったから、一旦持って帰ったんだよな」
地面に落ちた人形を二人でマジマジ見ていると、マオが近付いてきた。それを見て、彼女の眉間に皺が寄る。
「これはソノーニ町でヒッソリと噂されてる人形じゃないか?」
曰く、人形の持ち主となった人間の生気と引き換えに、持ち主が大切に思っている人間へ幸福を分け与える「幸せの人形」らしい。
「生気と引き換えにって……。どこが『幸福』の人形なんですかね?!」
「本人は苦しんでも、大切な人が幸せになるなら『幸福』なんだろうな」
「自己犠牲精神……!」
「なあ。これ、どう処分すれば良いんだ?」
本人が望んだのならともかく、望んでないならこれは「幸福の人形」ではなく「呪いの人形」である。このような物、早急に処分したいところだ。
「塩や清酒で清めて燃やすとかですかね……?」
「この小屋にそんなものあるわけないな」
「よく分かっていらっしゃる」
マオに呆れた視線を向けられても、アッシュは気にしない。
「店に戻って試しましょうか」
呪物が見つかった以上、小屋は後回しとして早急に人形をどうにかするべきという意見で一致した。そうして店に着くと、お客さんが外にズラリと並んでいた。
「臨時休業って書いてあるけどさあ。せっかく来たからには買えないなかと思って粘っちゃった。ごめんね」
「ご迷惑だと分かっているんですが……。見ても良いですか?」
そうして入ったお客さんは沢山、店の物を買い占めるほどの量を購入してくれたので、数十分でここ数ヶ月の売上金を優に越えた。
「何でこんないきなり……?」
嬉しいけど不思議に思っていると、今度は村の奥様たちがやってきた。
「マオちゃん、これ良かったらもらってくれない? 絶対マオちゃんに似合うと思うのよねー!」
そういって渡された紙袋には、マオの好きな可愛い洋服や髪飾りなどがいくつも入っていた。
それを見たマオは満面の笑みを浮かべている。
「……っしゃ!」
その二人を見ていたのか、草むらの方から小さく声がした。そして、それを聞き逃すマオとアッシュではない。声のした方へ飛び出し、上からマオが押さえつける。
「おいアッシュ、こいつか?」
「あー、こいつだわー。違いねえ」
軽い口調で返すが、二人の瞳は鋭い。
人形を渡した犯人は何が起こったか分かっていないようで、まだキョトンとしている。
「これ。悪意持って俺に渡しただろ?」
押さえられた男は、人形を見てようやく状況が分かったらしい。サアッと青ざめた。
「店長とマオに幸せになってほしい気持ちは分かるけどさあ。店長は特に、こういう手段は喜ばないぜ?」
目の前でプラプラと人形を揺らす。その態度をマウントに感じたのか、男が歯ぎしりしてアッシュを睨み付けた。
「じゃあ、どうしたら良いっていうんだ! 第一、二人に幸せになってほしいと思って何が悪い!!」
「わざわざこいつに渡さずとも、自分で持っていたら良いじゃないか」
そう言うマオの瞳は冷たい。男からヒッと喉のひきつる音がする。
「俺には、自分の生気を賭ける勇気は、無くて……」
「最低ですね」
しどろもどろに言う男に対して、思わずポツリとムラビトから言葉が溢れた。
「え……」
言われた男は言葉の衝撃と内容により、唇が震えて目を見開いている。首をゆっくり上げて、ムラビトを凝視する。
「誰かを犠牲にするような、そんな幸せなんて貰ったって嬉しくありません」
「じ、じゃあ、じゃあ! どうしたら良いと!?」
この男は酷く狼狽えている。どうやら彼はこのやり方で喜んでもらえると本気で思っていたようだ。ムラビトはそれが悲しい。
「常連客として買い物してくださるだけで良かったんですよ」
「そんなこと、そんな程度で幸せになるはずがないっ!」
「なるんです」
ムラビトはしゃがみ、男と目を合わせた。男がこちらの言葉に耳を傾けていることを確認し、ゆっくり話す。
「定期的に買い物してくれて、仲良くなって、そして色んな人にうちの品物を勧めてもらって。そして、その人たちと一緒にまた物を買ってくれる。それが僕にとっては嬉しいんですよ」
「そんな、まさか、嘘だ……」
「とりあえず、この人形の働きを無効にする方法を教えてもらえますか?」
「……」
うつむき何も話さないが、男はズボンのポケットから紙を取り出した。受け取って開くと、人形の説明書だった。
「ありがとうございます」
素直に渡してくれたので、ついムラビトはお礼を言った。その瞬間。
ボンッ! と人形から破裂するような煙が出た。人形を持っていたアッシュもビックリして、手から人形を離してしまう。
「うわっ」
落ちて少し転がった人形を追いかけて拾うと、人形の頭が真っ黒になっていて、マオも思わず変な声を出してしまった。
「何でいきなり爆発するんだ」
「怖いんですけど、この人形……」
少々引きながら説明書を読むことにする。爆発した理由も分からないので、今はすぐ読むべきだと判断した。
「えーと、あった。『この人形の解除方法は感謝の言葉を聞くことです。お礼の言葉を聞いたら、仕事完了と判断して人形は爆発します』」
「いや、だから何で爆発すんだよ!!」
意味わかんねえ! とアッシュはつい叫び、マオも同意見なので横で頷いている。
「これは違法アイテムですかねえ……」
ムラビトも理解を諦めた顔をしながらも考える。このアイテムは広まってはいないようだが、危険性を考えると早めに対処しなければならないだろう。
「人形と取り扱い説明書を同封して送っておきましょうか」
「それが良いだろうな」
すぐにでも送るべきと考え、ムラビトは発送準備の為に一旦店の中に戻っていく。
「で、だ。この男はどうする?」
反省はしているみたいだが、危害を加えてきたことに間違いはない。だからマオは、一応被害者のアッシュに確認した。
「どうしよっかねー」
「憲兵に突き出すか?」
ビクリ、と男の肩が跳ねる。
「いや、小屋の片付けでも手伝ってもらうかなあ。それでチャラで済ます」
「……ああ、なるほど。そうか、分かった」
憲兵に突き出されて犯罪者として拘束されるより、小屋の片付けで済むならそっちが楽。そう思った男は安堵のした様子になった。
そう思って二人に連れられてたどり着いた小屋は、上と下が真っ二つ。
しかもこれをアッシュが一人で、たった一振で斬ったと聞いて男は地面に倒れた。アッシュの異常な強さに怯え、腰が抜けたようだ。
その様子を見て、きっともうこの男は悪意を持って近寄ることはないだろうと思う。敵わない相手に危害を加えようとするほどの愚か者ではないはずだ。
そう考え、アッシュとマオは同時に小さく息を吐いた。


****************


当然小屋の片付け及び建設が1日で終わるはず等ないので、本日はすだち屋に泊まることになり、アッシュは皆と夕食を食べていた。
「しかし、どんな夢を見たら小屋を真っ二つにしようとなるんだ?」
「えー? 店長もマオも殺されててさあ。仲間も皆死んでて、『よし、世界の敵になろっ』て夢の中の俺は思ってた気がする」
「やめろ愚か者!」
本当に世界を破壊出来る力を持つアッシュが言うと、シャレにならない。
「で、夢の中の動きが現実に連動してたからさあ。小屋があんなことに」
「今日は大丈夫ですか?! 暴れないでくださいね?!」
「大丈夫とは思うけどー、なあ、皆で雑魚寝しない?」
そう言うアッシュの瞳にも少しだけ不安そうな様子が浮かんでいたので、ムラビトは雑魚寝することにした。
そうして起きた次の日。無事だった店内を見て、大きくガッツポーズをとったのはムラビトだけの秘密である。
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