すだちの魔王城
魔族を殺し、魔王を殺した勇者たちによって、世界に平和が訪れた。その偉業が成し遂げられてから、そう大した月日は流れていない、とある日。
まだ日も昇らず、カーテンも閉めきった部屋の中。アッシュは椅子に座り、机の上にレターセットを並べていた。インクをつけたペンを握り、だがしかし一向に彼の手が動くことはない。
自分の前に奮闘してくれた、顔も分からぬ「彼」のおかげで王都を襲った竜を殺すことができ、その後勇者になれたのである。感謝と謝罪の手紙でも書いて焚きあげようかと、ふと思い立ってみたのだが。
たった1人で立ち向かい、痛み苦しみ、それでもがむしゃらにその場にいた人々を護る為に戦った「彼」の手柄を全て奪った人間からの手紙。そんなもの、貰った所で腹立たしいだけではないか。そんな想いが頭をよぎってしまい、一文字も書けないでいた。
「彼」がどのような人間であるのか分からないアッシュにとって、「彼」がそう思うのではないかというのはただの想像だ。そう自身の頭でも理解している。
だが、生前の「彼」はどのような性格だったのか、交友関係は。話し方は、好きな物は、嫌いな物は?どんな生活を送ってきたのか?
全て何も分からないが故、怯えてしまった。
「日も高くなってきたし、今日もスケジュールが詰まってる。また今度書くか……」
そう呟いて、まっさらな紙を片付けて一旦鞄に入れて、アッシュは部屋を出た。
それから何度も同じようなことを繰り返し、段々アッシュ自身が追い詰められていき、鬱となってしまい。
レターセットの存在など、記憶の奥底に追いやられてしまった。
****************
そんなレターセットの存在を思い出したのは、三人でサイショ村から王都から帰ってきてしばらくして。小屋の掃除ついでに汚くなった鞄をひっくり返して中身を全て出した時だった。
「という訳で、みんなでこれに何か書いてお焚きあげしようぜ~」
「レターセットの重さがヤバいんですけど?!」
鞄の底から出てきた、何も書かれていない紙。
グシャグシャになっていてただのゴミかと思っていたので、ムラビトは何故入れっぱなしにしていたのか聞いたのだ。そうして聞いた説明が予想外に重くて、しかしアッシュの言い方は軽すぎてつい叫んでしまう。
「紙は軽いじゃん、店長大丈夫か? 筋肉衰えた?」
「違います、物理じゃなくて精神的に重い!」
アッシュ自身はおちょくる感じで言うことで何でもないようなことにしたいらしいが、出てきた紙を数えたら9枚あった。本当に限界が来る10年目あたりまで、毎年書こうと試みていたのだろう。容易に想像が出来てしまったせいで、ムラビトは頭を抱えてしまう。
「色々想像すると辛いんですけど!!」
「えー?」
そんなことねえよ、と言いながらアッシュは紙のシワを机の上で伸ばしている。アッシュの中では、お焚きあげをするのはもう既に決定事項になっているようだ。
「じゃあ我の黒雷でその紙たちは燃やしてやろう」
「おっ良いね。マオの雷で燃やしてもらったら、すっごく早く相手の所までたどり着きそうじゃん」
「まあついでだし我も書くかな。紙を寄越せ」
「はい、どーぞー」
そのまま机に座り、二人揃ってグシャグシャの紙に文字をつづっていく。ムラビトも息を吐いて、紙に向き合った。
「最初の勇者様か……」
ムラビトは目を瞑る。顔も知らない、でも国民の為に全力で戦ってくれた人。
非力なただの村人として、またすだち屋で働いてくれているアッシュの上司として。感謝の気持ちを込めてペンを動かす。
「店長、書けたかー?」
書き終わって顔をあげると、二人はもう庭に出ていた。
「あ、今書けました!」
手紙を折り畳み封筒へ入れた。ふと思い立って、自身の鞄の中からすだちを1つ取り出す。
「マオさん、これも一緒にお願いします」
「ん、分かった」
三人の書いた、グシャグシャの紙とすだちが1つ。
歴代最強の元魔王の手によって燃やされて煙を上げ、空高くへと昇っていく。
「読んでくれたらいいですねえ」
「そうだな」
それぞれが何を書いたのかは分からない。だが、それで良い。これらは受け取る本人だけが読むべきものだから。
煙を見たチラリとアッシュの方を見る。ほぼ同時に彼もこちらを向いて、バチリと視線がかち合った。
「飯にしようぜ、店長」
ニカッと笑う彼の顔は、いつもよりも明るい。そんな気がした。
まだ日も昇らず、カーテンも閉めきった部屋の中。アッシュは椅子に座り、机の上にレターセットを並べていた。インクをつけたペンを握り、だがしかし一向に彼の手が動くことはない。
自分の前に奮闘してくれた、顔も分からぬ「彼」のおかげで王都を襲った竜を殺すことができ、その後勇者になれたのである。感謝と謝罪の手紙でも書いて焚きあげようかと、ふと思い立ってみたのだが。
たった1人で立ち向かい、痛み苦しみ、それでもがむしゃらにその場にいた人々を護る為に戦った「彼」の手柄を全て奪った人間からの手紙。そんなもの、貰った所で腹立たしいだけではないか。そんな想いが頭をよぎってしまい、一文字も書けないでいた。
「彼」がどのような人間であるのか分からないアッシュにとって、「彼」がそう思うのではないかというのはただの想像だ。そう自身の頭でも理解している。
だが、生前の「彼」はどのような性格だったのか、交友関係は。話し方は、好きな物は、嫌いな物は?どんな生活を送ってきたのか?
全て何も分からないが故、怯えてしまった。
「日も高くなってきたし、今日もスケジュールが詰まってる。また今度書くか……」
そう呟いて、まっさらな紙を片付けて一旦鞄に入れて、アッシュは部屋を出た。
それから何度も同じようなことを繰り返し、段々アッシュ自身が追い詰められていき、鬱となってしまい。
レターセットの存在など、記憶の奥底に追いやられてしまった。
****************
そんなレターセットの存在を思い出したのは、三人でサイショ村から王都から帰ってきてしばらくして。小屋の掃除ついでに汚くなった鞄をひっくり返して中身を全て出した時だった。
「という訳で、みんなでこれに何か書いてお焚きあげしようぜ~」
「レターセットの重さがヤバいんですけど?!」
鞄の底から出てきた、何も書かれていない紙。
グシャグシャになっていてただのゴミかと思っていたので、ムラビトは何故入れっぱなしにしていたのか聞いたのだ。そうして聞いた説明が予想外に重くて、しかしアッシュの言い方は軽すぎてつい叫んでしまう。
「紙は軽いじゃん、店長大丈夫か? 筋肉衰えた?」
「違います、物理じゃなくて精神的に重い!」
アッシュ自身はおちょくる感じで言うことで何でもないようなことにしたいらしいが、出てきた紙を数えたら9枚あった。本当に限界が来る10年目あたりまで、毎年書こうと試みていたのだろう。容易に想像が出来てしまったせいで、ムラビトは頭を抱えてしまう。
「色々想像すると辛いんですけど!!」
「えー?」
そんなことねえよ、と言いながらアッシュは紙のシワを机の上で伸ばしている。アッシュの中では、お焚きあげをするのはもう既に決定事項になっているようだ。
「じゃあ我の黒雷でその紙たちは燃やしてやろう」
「おっ良いね。マオの雷で燃やしてもらったら、すっごく早く相手の所までたどり着きそうじゃん」
「まあついでだし我も書くかな。紙を寄越せ」
「はい、どーぞー」
そのまま机に座り、二人揃ってグシャグシャの紙に文字をつづっていく。ムラビトも息を吐いて、紙に向き合った。
「最初の勇者様か……」
ムラビトは目を瞑る。顔も知らない、でも国民の為に全力で戦ってくれた人。
非力なただの村人として、またすだち屋で働いてくれているアッシュの上司として。感謝の気持ちを込めてペンを動かす。
「店長、書けたかー?」
書き終わって顔をあげると、二人はもう庭に出ていた。
「あ、今書けました!」
手紙を折り畳み封筒へ入れた。ふと思い立って、自身の鞄の中からすだちを1つ取り出す。
「マオさん、これも一緒にお願いします」
「ん、分かった」
三人の書いた、グシャグシャの紙とすだちが1つ。
歴代最強の元魔王の手によって燃やされて煙を上げ、空高くへと昇っていく。
「読んでくれたらいいですねえ」
「そうだな」
それぞれが何を書いたのかは分からない。だが、それで良い。これらは受け取る本人だけが読むべきものだから。
煙を見たチラリとアッシュの方を見る。ほぼ同時に彼もこちらを向いて、バチリと視線がかち合った。
「飯にしようぜ、店長」
ニカッと笑う彼の顔は、いつもよりも明るい。そんな気がした。
