すだちの魔王城

太陽が光輝き、夏の虫が大合唱をするこの季節。今日はいつもより更に気温が高かったのだろう。
「暑かったですねー…」
「明日は涼しくなると良いのだが…」
店の閉店時間になる頃には、すだち屋従業員が流す汗は、まるで滝のようになっていた。
「今日はご飯の前に、先にお風呂で汗を流しましょうか」
「賛成。ベトベトして気持ち悪いしな」
ムラビトがタオルで汗を拭きながらした提案に、アッシュも頷きながらそのまま風呂場へ足を向ける。
「あっ、おい変態! 貴様、何故一番に風呂へ入ろうとしている?!」
「えー、駄目か?」
「当たり前だろう! ムラビトや我より先に入るな! この平社員が!」
ガヤガヤと言い合う二人をムラビトが諌めるが、ヒートアップした二人はなかなか止まらない。結局誰が一番に入るのかを決めるアミダくじをクチモグラが作成し。マオが最初に入ることになり、勝ち誇った顔で部屋を出ていく姿にアッシュがブスッとなったりと。
夕飯までの家族団欒を楽しみ、食卓に着いて、ふと。
「そうだ、鮮度100パーセントの入りたてホヤホヤの怖い話をしてやろうか?」
アッシュが軽い口調で提案してきた。喉を鳴らして麦茶をゴクリと飲んだのは、ムラビトとマオ、果たしてどちらか。
アッシュはその様子を気にすることなく、ポケットへ手を入れる。そこから出てきたのは、今まで見たこともないような謎の小さな球体だった。
「これな、最新のアイテムらしいんだわ」
「アイテム! どんな効果があるんですか?」
怪談ではなく、何故アイテムの話を? とも思ったが、新しいアイテムなど言われたら気になるものである。ムラビトはズイと身を乗り出して興味津々だ。前のめりのムラビトに、アッシュも少しニヤリとする。
「聞いた話によると、これを投げて、落ちた先で煙を出すんだってよ。で、その煙を吸った奴は眠気に襲われるらしい」
「ほう、そんな物が出来ていたのか」
「強盗とかに遭遇した時とかに使えそうですね!」
マオが感心したように、ムラビトが興奮で頬を赤くしながらアイテムをマジマジと見た。
「そう。本来そういう役割のアイテムなんだけどな…」
「?」
「このアイテム、一昨日の夜にすだち屋に投げ込まれそうになってたんだよな」
「え…」
「はあ?!」
二人はアッシュの言葉に一瞬固まり、しかしすぐに視線で先を促すことにする。
「一昨日飯食って帰ろうとしたんだけど、なんか勘が走ってな。店に戻ったんだよ。そしたら見知らぬ小太りのオッサンがこれ持って振りかぶってた」
その光景を想像して、一瞬で背筋に冷たいものが走った。もしもアッシュが戻らず、これが投げ込まれていたら。店の金や商品が盗まれていたかもしれないし、魔物を見られていたかもしれない。
マオも魔物も強いから自身の身は守れるだろう。しかし、魔物退治に王都へ騎士団が要請されていたかもしれない。そうしたら、もう皆はここへはいられない。
マオも強いから、オッサンに気づいた可能性も高いから大丈夫だったかもしれない。しかし、それでも。
万が一の最悪の未来を考えただけで震えてしまう。
「だからオッサンは蹴っ飛ばして、ソノーニ町へ連れてったんだけどさ」
曰く。とても可愛く美しいマオを連れ帰りたくての犯行だったと。その男は幼児収集趣味があったようで、家宅捜査した際に何人もの幼児が鎖に繋がれていたと。
「ヤバい人じゃないですか…!」
「変態を上回る変態だな」
「俺をあんな犯罪者と一緒にしないでくれるか?」
二人の顔は真っ青だ。気持ち悪い男に狙われていたと分かったから、当然の反応ではあるのだが。
「てっきり怖い話とか言うから、幽霊とかの話かと思ったのに…」
「違う方向で怖い話だっな…」
「それで、だ」
少し声が震えながら会話する二人に、パンと軽く手を叩いてアッシュが口を開く。
「アイテムの悪用を防ぐための検問システムを備えた道具もあるぞって、警察からカタログも貰ったんだけど」
「見せてください!」
アッシュが渡してきたカタログを受け取り、すぐにページをめくる。そこには色々な検問アイテムが掲載されていたが。
「何ですかこの金額…!!」
「な、すごいよなー」
ムラビトが想像していたよりも数十倍高い金額が並んでいた。そんなムラビトの反応に、のほほんとした調子でアッシュが返してくる。
「適当にこれ注文したから、今度来たら受け取っておいてくれねえ?」
そう指を指したアイテムは、この中で一番の最新型で。
「アッシュさんの金銭感覚怖い!!」
7/11ページ
スキ