すだちの魔王城
先日までの照りつけるような暑さも落ち着き、段々と日が暮れるのが早くなってきたこの頃。少しずつ頬に当たる風も冷たくなってきた。
本日の営業も無事に終了したすだち屋では、魔物たちにも手伝ってもらってちょうど夕飯の準備ができたところである。ムラビトとマオ、アッシュがテーブルを囲って座り、いただきますと口を揃えて手を合わせた。
今日あった出来事について話したり、アッシュがマオにちょっかいを出して彼女に怒られたり。部屋の皆で和気あいあい団欒をしながら食べていたら、いつも気がつくとテーブルの上の温かい食事はあっという間に全て無くなっている。
再び手を合わせた後は、使用した食器を洗ってお風呂に入り。後は寝るだけなので、小屋に帰る準備を始めたアッシュが思い出したように「あ」と声を出した。
「店長、街までコートを買いに行きたいから明日は休んでも良いか?」
そう言われてムラビトがアッシュを見ると、彼の体にはサイショ村に来た時に着ていたボロボロの大判ストールが巻かれている。
「良いですよ。今年は寒いでしょうし、暖かい上着を早めに用意しておかないといけないですよね」
ニコニコ笑って言うムラビトを見て、アッシュはうぅんと困ったような声を出した。
「いや、本当は別にこれでも寒くはないんだけどさあ……」
「?」
煮え切らない態度のアッシュを見てキョトンとした顔をするムラビトに対して、申し訳なさそうな様子でアッシュは言葉を続ける。
曰く、今日大判ストールを巻いて村の中を歩いたら。アッシュがこの村に来た時の旅人スタイルだったので会う人会う人みんなに村を出ていくのか聞かれたと。出ていく訳ではなくて、上着がこれしかないから着ているのだと説明するとみんな安堵のため息を吐いたが、その後決まって上着を新調しろと言われたと。
「だから適当に何か見繕ってこようかなっ思ってさあ」
「なるほど……」
返事をしながら小さくうぅん、と思わず唸ってしまった。
アッシュ自身の自覚は薄くても、もう彼も立派なサイショ村の住民なのだ。その彼が挨拶も無しに突然出ていくのかと思って村の人々はとても驚いたに違いない。
ムラビト自身も朝、アッシュの服装を見て内心酷く動揺したので村のみんなの気持ちもよく分かった。
「上着は急ぎで用意しないといけないですからね、明日は朝イチで出発しましょうか」
「え?」
うんうん、と自身の発言に首肯しながら明日用の荷物の準備を始めたムラビトに対して、アッシュの口からは疑問符のついた声が出る。
「店長、どういうこと?」
「どういうこととは? あ、朝イチ出発は想定してなかったですか」
何事も早めの行動が吉ですよ! とドヤ顔で言うムラビトだが、アッシュが確認したいのはそこではない。
「そうじゃなくて。店長も着いてくる感じ?」
「そうですよ?」
「店はどうすんの?」
「臨時休業にしますが……?」
何か可笑しなことでも言っただろうか、とムラビトは首を傾げたが、アッシュも同じように首を傾げた。
「俺がソノーニまでコート買いに行くだけだから、別に店長とマオは店で営業してても良いんじゃないか?」
そう言われ、やっとアッシュの言いたいことが理解が出来たムラビトはウインクしながらグッと親指を立てた。
「この間、マオさんもそろそろ上着を買わないといけないって話をしてたので! 丁度良いから明日皆で買いに行ったら良いかなと思ったんです」
なるほど、そう言われたら納得できる。
「分かった。じゃあ三人で行くか」
「はい!」
明日は早く起きないといけないが、今から小屋に帰って寝たら就寝時間がますます遅くなってしまい、アッシュが起きないだろうことは容易に予想された。その為、今日だけはアッシュもすだち屋に泊まっていくことになった。押入れの奥にあったお客様用布団を出し、どうにか部屋に敷く。
「おやすみなさい」
「おやすみぃー」
就寝の挨拶を交わしながらカチリという音と共に明かりは消え。アッシュはいつもより少しだけ早く眠りについた。
*****
「おはようございます!!」
ムラビトの大きな挨拶に起こされて、アッシュはゆっくりと眼を開いた。小さく呻きながら目蓋を擦り布団から出ると、ムラビトとマオはもう既に着替えを済ませている。
「えぇ……。何でお前らそんなに早いんだ……?」
「貴様がギリギリすぎるんだ」
「一応何回か声を掛けたんですけどね……。深い眠りだったようなので強く起こせなくて。すいません……」
苦笑いと申し訳の混ざった声のムラビトに促されて時計を見ると、出発予定時刻まであと数十分といったところだった。
「マジでギリギリじゃん、朝飯すぐ食うわ」
そう言うと寝起きとは思えないほどテキパキとした動きで朝食や身支度を済ませる。机に朝食を並べてあったり服が分かりやすい所に畳んで置いてあったおかげもあり、出発時刻にはなんとか準備が完了した。
「おまたせ」
「では行くか」
「いってきます! お留守番はお願いしますね」
魔物たちに挨拶をしながら、村長に借りておいた馬車に順番に乗り込んでいく。朝の爽やかだけど少し冷たい風に吹かれながら、クチモグラの操縦する馬車はガタガタゆっくり揺られていた。
「この程よい揺れ……。眠く、なるな……」
「この硬い床にでも寝転がって寝るか?」
「いくら、なんでも……床には、ころがらねぇ……よ……」
会話をしながら、しかしアッシュの呂律が段々と怪しくなってくる。いつもより早く寝たとはいえ、そのぶん起きる時間も早かった。マオもムラビトも喋らないでいると、アッシュの目蓋がどんどん落ちてくる。
やがて穏やかな寝息も聞こえてきたので、二人で顔を合わせて静かに笑い、自分たちも少し眠ることにした。
しばらくすると、ソノーニ町に着いたのか馬車はゆっくり止まり、三人はクチモグラに起こされる。目標としていた時刻ピッタリの到着だ。
「ありがとうございます」
「いえいえ。いってらっしゃいませ」
馬車を降りて馬はクチモグラに任せて、さっそく第一目標の服屋へ向かう。探し求めるは、温かくて動きやすく、お手頃価格であるコートだ。アッシュのサイズの服は店にあまり無い。だからいざとなればオーダーメイドも考えようと思っているが、ムラビトが値段にビックリしそうだから可能であれば既製品を買いたいところである。
ソノーニ町の中では比較的大きい服屋のドアを押して入り、アッシュはメンズコーナーへ、マオとムラビトはレディースコーナーへ足を進めた。
レディースコーナーにはかわいいコートがズラリと並んでいる。それらを見るマオの瞳がキラキラと輝き、そんなマオを見てムラビトもニコニコする。彼女が買い物を楽しんでいるようで何よりである。
ハンガーラックに掛かっている物をいくつか手に取り、体に当てて姿見で確認をしていく。コートを交互に当てては「うぅむ……」と小さく唸りながら悩むマオの姿は可愛らしい。
「ムラビト! どっちが良いと思う?!」
「えぇっ?!」
悩んで悩んで、結局どちらも捨てがたかったのか、マオは意見を求めてギュロリと勢い良く顔を向けてきた。あまりの勢いに圧倒されてしまったが、ムラビトも意見を求められたからには応えなければならない。
改めて試着した彼女を見ると、思わず言葉に詰まってしまう。そのまま喋らないムラビトを待っていたが、いつまでも何も言わない彼にマオの忍耐力も限界がきた。
「どちらが良いか聞いてるんだが?」
「はいっ、あの……、すいません。選べないです……」
どちらも可愛くて似合っていますので。そうボソボソ喋るムラビトは、決められなかった申し訳なさから眉毛がショボンと下がり、目をぎゅっとし、しかしほんのり頬は色づいているという器用な状態である。
マオもマオで、まさか突然「可愛い」と言われると思っていなかったので、どもりながら返事をするので限界だった。二人して何も話せない、第三者から見たら大変微笑ましい光景だが、その空気も唐突に終わりを迎える。
「俺はコートこれにするけど、お前らもう決めた?」
コートを腕に掛けながらのんびり歩いてアッシュが戻ってきた。これ幸いと、二人はほぼ同時に顔を向ける。
「うむ、我は今これとこれで迷っているところだ」
「アッシュさんはどちらが良いと思いますか?」
そう尋ねられ、コートを当てたマオを見るとどちらも大変似合っている。ふむ、と顎に手を当てて少し考えると、「ちょっとコート見せてくれねえ?」と言って、体に当てていない方を渡してもらう。
同じように二着目も見ると、すぐに一着目の方が良いと告げた。
「そうか。ちなみに理由は?」
「こっちの方が素材が良いから長く着れると思うぜ」
「なるほどな」
選んだ理由としてとても合理的であった。長く着られるというのは、経済的余裕の無いすだち屋としては大切だ。買う時は少し高くても、安い物を何度も買うよりは結果的に安く済む。どちらの物を買うかも無事に決まり、二人の会計を済ませ店を出た。これで今日のミッションは終了だとムラビトは思っていたが、だがしかし。
「なあ。店長のコートは?」
「あ、僕のは家にあるので大丈夫です!」
「店に戻るぞ。ムラビトのも新調しよう」
「えっ、いや、あのっ」
いらないと粘るレベル一のムラビトと、世界最強の二人。そんな二人に腕を捕まれ引きずられたら、どう足掻いても勝てるハズがない。先程と同じ店へ戻り、今度は三人でメンズコーナーへ行く。
「何でも良いぜ。まずは好みのコートを選びな」
「いや、でも」
「いつまで抵抗する気だ? いい加減諦めろ」
「うう……」
二人に逆らえないことが分かり、ムラビトも諦めてコートを見ることにする。大きさや形、色など、様々な物があり悩んでしまう。ラックに掛かるハンガーをずらしながら見ていると、パッと目につくコートがあった。
デザインも好みでしかもサイズが丁度良い。これ良いなあと思いながら値段を見ると、思わず目玉が飛び出そうになる。手に取ったそれは、先程買ったマオのコートよりも更に値段が上であった。
「良いものを買って長く使う」
その方が結果的に良いと分かっていても、手持ちが寂しいとそうも言ってはいられないのだ。
「今回は特にこれといったのが無かったので、また次回にしましょう!」
そう誤魔化して店を出ようとしたが、マオとアッシュは誤魔化されたりしなかった。二人が視線を合わせると、そこからは一瞬のことであった。
「これな。ちょっとレジ行ってくるわ~」
「うむ。頼んだぞ」
アッシュがコートを素早く取り、マオが再び抵抗を試みるムラビトを抑える。見事な連携プレイを魅せ、ムラビトが気になったコートはお買い上げされてしまった。
「ありがとうございました~」
本日二度目となる店員の声に見送られながら店を出る。
「今ちょっとこのコートの値段分のお金が財布に無いので、帰ってからお支払いします……」
ムラビトは申し訳ないといった感じに身を縮こまらせながら馬車へ向かう。
「いや、いらないけど」
「はい?」
「これは店員へのプレゼントだから、ありがたく受け取っとけ」
「え、いやでも……」
マオを見ると、彼女も頷いている。
「誕生日とかでも無いし、プレゼントされる理由が無いと思うのですが……?」
「あー、勤労感謝の日? ってことで」
「その日はとっくに過ぎてますよ?」
「いいから黙って受け取れ、ムラビト」
どんなに言い返しても二人が受け取れ、金は不要と繰り返すのでムラビトは感謝と共にショッパーをぎゅっと抱きしめる。その様子を見た二人は体の影で小さくガッツポーズをした。
今日は勤労感謝の日でも、誕生日など特別な日ではない。本当になんでもない日だ。
だが、日頃から道具屋も副業も頑張っていて、自分たちに居場所を与えてくれるムラビト。彼に普段は言えない感謝の気持ちを何か贈りたいと、店内を歩いていて思ったのだ。何となく照れ臭くて、一旦店を出てから気づいたという小芝居までしたから、プレゼントした本当の理由は言えないけれど。
今日買ったコートがボロボロになるまで三人一緒にいられたら良い。三人お揃いのショッパーを手にしながら、そう願う。
本日の営業も無事に終了したすだち屋では、魔物たちにも手伝ってもらってちょうど夕飯の準備ができたところである。ムラビトとマオ、アッシュがテーブルを囲って座り、いただきますと口を揃えて手を合わせた。
今日あった出来事について話したり、アッシュがマオにちょっかいを出して彼女に怒られたり。部屋の皆で和気あいあい団欒をしながら食べていたら、いつも気がつくとテーブルの上の温かい食事はあっという間に全て無くなっている。
再び手を合わせた後は、使用した食器を洗ってお風呂に入り。後は寝るだけなので、小屋に帰る準備を始めたアッシュが思い出したように「あ」と声を出した。
「店長、街までコートを買いに行きたいから明日は休んでも良いか?」
そう言われてムラビトがアッシュを見ると、彼の体にはサイショ村に来た時に着ていたボロボロの大判ストールが巻かれている。
「良いですよ。今年は寒いでしょうし、暖かい上着を早めに用意しておかないといけないですよね」
ニコニコ笑って言うムラビトを見て、アッシュはうぅんと困ったような声を出した。
「いや、本当は別にこれでも寒くはないんだけどさあ……」
「?」
煮え切らない態度のアッシュを見てキョトンとした顔をするムラビトに対して、申し訳なさそうな様子でアッシュは言葉を続ける。
曰く、今日大判ストールを巻いて村の中を歩いたら。アッシュがこの村に来た時の旅人スタイルだったので会う人会う人みんなに村を出ていくのか聞かれたと。出ていく訳ではなくて、上着がこれしかないから着ているのだと説明するとみんな安堵のため息を吐いたが、その後決まって上着を新調しろと言われたと。
「だから適当に何か見繕ってこようかなっ思ってさあ」
「なるほど……」
返事をしながら小さくうぅん、と思わず唸ってしまった。
アッシュ自身の自覚は薄くても、もう彼も立派なサイショ村の住民なのだ。その彼が挨拶も無しに突然出ていくのかと思って村の人々はとても驚いたに違いない。
ムラビト自身も朝、アッシュの服装を見て内心酷く動揺したので村のみんなの気持ちもよく分かった。
「上着は急ぎで用意しないといけないですからね、明日は朝イチで出発しましょうか」
「え?」
うんうん、と自身の発言に首肯しながら明日用の荷物の準備を始めたムラビトに対して、アッシュの口からは疑問符のついた声が出る。
「店長、どういうこと?」
「どういうこととは? あ、朝イチ出発は想定してなかったですか」
何事も早めの行動が吉ですよ! とドヤ顔で言うムラビトだが、アッシュが確認したいのはそこではない。
「そうじゃなくて。店長も着いてくる感じ?」
「そうですよ?」
「店はどうすんの?」
「臨時休業にしますが……?」
何か可笑しなことでも言っただろうか、とムラビトは首を傾げたが、アッシュも同じように首を傾げた。
「俺がソノーニまでコート買いに行くだけだから、別に店長とマオは店で営業してても良いんじゃないか?」
そう言われ、やっとアッシュの言いたいことが理解が出来たムラビトはウインクしながらグッと親指を立てた。
「この間、マオさんもそろそろ上着を買わないといけないって話をしてたので! 丁度良いから明日皆で買いに行ったら良いかなと思ったんです」
なるほど、そう言われたら納得できる。
「分かった。じゃあ三人で行くか」
「はい!」
明日は早く起きないといけないが、今から小屋に帰って寝たら就寝時間がますます遅くなってしまい、アッシュが起きないだろうことは容易に予想された。その為、今日だけはアッシュもすだち屋に泊まっていくことになった。押入れの奥にあったお客様用布団を出し、どうにか部屋に敷く。
「おやすみなさい」
「おやすみぃー」
就寝の挨拶を交わしながらカチリという音と共に明かりは消え。アッシュはいつもより少しだけ早く眠りについた。
*****
「おはようございます!!」
ムラビトの大きな挨拶に起こされて、アッシュはゆっくりと眼を開いた。小さく呻きながら目蓋を擦り布団から出ると、ムラビトとマオはもう既に着替えを済ませている。
「えぇ……。何でお前らそんなに早いんだ……?」
「貴様がギリギリすぎるんだ」
「一応何回か声を掛けたんですけどね……。深い眠りだったようなので強く起こせなくて。すいません……」
苦笑いと申し訳の混ざった声のムラビトに促されて時計を見ると、出発予定時刻まであと数十分といったところだった。
「マジでギリギリじゃん、朝飯すぐ食うわ」
そう言うと寝起きとは思えないほどテキパキとした動きで朝食や身支度を済ませる。机に朝食を並べてあったり服が分かりやすい所に畳んで置いてあったおかげもあり、出発時刻にはなんとか準備が完了した。
「おまたせ」
「では行くか」
「いってきます! お留守番はお願いしますね」
魔物たちに挨拶をしながら、村長に借りておいた馬車に順番に乗り込んでいく。朝の爽やかだけど少し冷たい風に吹かれながら、クチモグラの操縦する馬車はガタガタゆっくり揺られていた。
「この程よい揺れ……。眠く、なるな……」
「この硬い床にでも寝転がって寝るか?」
「いくら、なんでも……床には、ころがらねぇ……よ……」
会話をしながら、しかしアッシュの呂律が段々と怪しくなってくる。いつもより早く寝たとはいえ、そのぶん起きる時間も早かった。マオもムラビトも喋らないでいると、アッシュの目蓋がどんどん落ちてくる。
やがて穏やかな寝息も聞こえてきたので、二人で顔を合わせて静かに笑い、自分たちも少し眠ることにした。
しばらくすると、ソノーニ町に着いたのか馬車はゆっくり止まり、三人はクチモグラに起こされる。目標としていた時刻ピッタリの到着だ。
「ありがとうございます」
「いえいえ。いってらっしゃいませ」
馬車を降りて馬はクチモグラに任せて、さっそく第一目標の服屋へ向かう。探し求めるは、温かくて動きやすく、お手頃価格であるコートだ。アッシュのサイズの服は店にあまり無い。だからいざとなればオーダーメイドも考えようと思っているが、ムラビトが値段にビックリしそうだから可能であれば既製品を買いたいところである。
ソノーニ町の中では比較的大きい服屋のドアを押して入り、アッシュはメンズコーナーへ、マオとムラビトはレディースコーナーへ足を進めた。
レディースコーナーにはかわいいコートがズラリと並んでいる。それらを見るマオの瞳がキラキラと輝き、そんなマオを見てムラビトもニコニコする。彼女が買い物を楽しんでいるようで何よりである。
ハンガーラックに掛かっている物をいくつか手に取り、体に当てて姿見で確認をしていく。コートを交互に当てては「うぅむ……」と小さく唸りながら悩むマオの姿は可愛らしい。
「ムラビト! どっちが良いと思う?!」
「えぇっ?!」
悩んで悩んで、結局どちらも捨てがたかったのか、マオは意見を求めてギュロリと勢い良く顔を向けてきた。あまりの勢いに圧倒されてしまったが、ムラビトも意見を求められたからには応えなければならない。
改めて試着した彼女を見ると、思わず言葉に詰まってしまう。そのまま喋らないムラビトを待っていたが、いつまでも何も言わない彼にマオの忍耐力も限界がきた。
「どちらが良いか聞いてるんだが?」
「はいっ、あの……、すいません。選べないです……」
どちらも可愛くて似合っていますので。そうボソボソ喋るムラビトは、決められなかった申し訳なさから眉毛がショボンと下がり、目をぎゅっとし、しかしほんのり頬は色づいているという器用な状態である。
マオもマオで、まさか突然「可愛い」と言われると思っていなかったので、どもりながら返事をするので限界だった。二人して何も話せない、第三者から見たら大変微笑ましい光景だが、その空気も唐突に終わりを迎える。
「俺はコートこれにするけど、お前らもう決めた?」
コートを腕に掛けながらのんびり歩いてアッシュが戻ってきた。これ幸いと、二人はほぼ同時に顔を向ける。
「うむ、我は今これとこれで迷っているところだ」
「アッシュさんはどちらが良いと思いますか?」
そう尋ねられ、コートを当てたマオを見るとどちらも大変似合っている。ふむ、と顎に手を当てて少し考えると、「ちょっとコート見せてくれねえ?」と言って、体に当てていない方を渡してもらう。
同じように二着目も見ると、すぐに一着目の方が良いと告げた。
「そうか。ちなみに理由は?」
「こっちの方が素材が良いから長く着れると思うぜ」
「なるほどな」
選んだ理由としてとても合理的であった。長く着られるというのは、経済的余裕の無いすだち屋としては大切だ。買う時は少し高くても、安い物を何度も買うよりは結果的に安く済む。どちらの物を買うかも無事に決まり、二人の会計を済ませ店を出た。これで今日のミッションは終了だとムラビトは思っていたが、だがしかし。
「なあ。店長のコートは?」
「あ、僕のは家にあるので大丈夫です!」
「店に戻るぞ。ムラビトのも新調しよう」
「えっ、いや、あのっ」
いらないと粘るレベル一のムラビトと、世界最強の二人。そんな二人に腕を捕まれ引きずられたら、どう足掻いても勝てるハズがない。先程と同じ店へ戻り、今度は三人でメンズコーナーへ行く。
「何でも良いぜ。まずは好みのコートを選びな」
「いや、でも」
「いつまで抵抗する気だ? いい加減諦めろ」
「うう……」
二人に逆らえないことが分かり、ムラビトも諦めてコートを見ることにする。大きさや形、色など、様々な物があり悩んでしまう。ラックに掛かるハンガーをずらしながら見ていると、パッと目につくコートがあった。
デザインも好みでしかもサイズが丁度良い。これ良いなあと思いながら値段を見ると、思わず目玉が飛び出そうになる。手に取ったそれは、先程買ったマオのコートよりも更に値段が上であった。
「良いものを買って長く使う」
その方が結果的に良いと分かっていても、手持ちが寂しいとそうも言ってはいられないのだ。
「今回は特にこれといったのが無かったので、また次回にしましょう!」
そう誤魔化して店を出ようとしたが、マオとアッシュは誤魔化されたりしなかった。二人が視線を合わせると、そこからは一瞬のことであった。
「これな。ちょっとレジ行ってくるわ~」
「うむ。頼んだぞ」
アッシュがコートを素早く取り、マオが再び抵抗を試みるムラビトを抑える。見事な連携プレイを魅せ、ムラビトが気になったコートはお買い上げされてしまった。
「ありがとうございました~」
本日二度目となる店員の声に見送られながら店を出る。
「今ちょっとこのコートの値段分のお金が財布に無いので、帰ってからお支払いします……」
ムラビトは申し訳ないといった感じに身を縮こまらせながら馬車へ向かう。
「いや、いらないけど」
「はい?」
「これは店員へのプレゼントだから、ありがたく受け取っとけ」
「え、いやでも……」
マオを見ると、彼女も頷いている。
「誕生日とかでも無いし、プレゼントされる理由が無いと思うのですが……?」
「あー、勤労感謝の日? ってことで」
「その日はとっくに過ぎてますよ?」
「いいから黙って受け取れ、ムラビト」
どんなに言い返しても二人が受け取れ、金は不要と繰り返すのでムラビトは感謝と共にショッパーをぎゅっと抱きしめる。その様子を見た二人は体の影で小さくガッツポーズをした。
今日は勤労感謝の日でも、誕生日など特別な日ではない。本当になんでもない日だ。
だが、日頃から道具屋も副業も頑張っていて、自分たちに居場所を与えてくれるムラビト。彼に普段は言えない感謝の気持ちを何か贈りたいと、店内を歩いていて思ったのだ。何となく照れ臭くて、一旦店を出てから気づいたという小芝居までしたから、プレゼントした本当の理由は言えないけれど。
今日買ったコートがボロボロになるまで三人一緒にいられたら良い。三人お揃いのショッパーを手にしながら、そう願う。
