すだちの魔王城
時々同じ夢を見る。
勇者になったあの日、己の手の中に握られた聖剣。響き渡る国王の悲痛な叫び声、そしてその傍には首から上の無い鎧の男がいて──。
首が無いはずなのに、ゆっくりとこちらに近寄りながらその男が語りかけてくるのだ。
「最初にお前が勇者に選ばれていれば良かったのに……」
妬ましい。憎らしい。何故私が死ななければならないのか。そう怨み言を呟きながら、彼は震えの止まらない己の首に手を伸ばしてきて──。
ゴキンッ。
彼に首を折られたと思うと同時にアッシュはいつも眼を覚ます。起きた時はいつも動悸が激しく、多くの汗が流れていた。続いて吐き気もやってきたので、急いでトイレに駆け込み、出せる物は全て出していく。
「あー……」
たらればではあるが、あともう少し早く駆けつけて闘いの応援が出来ていたなら、本来勇者に選ばれていた彼は死ななかったかもしれない。
一人目の勇者がどのような人物かをアッシュは詳しく知らない。だがそれでも国王の息子である彼ならば、クズでろくでなしの自分よりは確実に良い勇者であっただろう。きっと自分のように演技などすることなく好青年であり、国民を心より愛し、国民に心から愛されていただろう。
そんな素晴らしいだろう人物を死なせてしまったことと、素晴らしいだろう人間を貶めるような夢を何度も見る自分が嫌で。自己嫌悪に陥りながら、口を濯いでまたソファに戻る。
この夢を見た日は酷い頭痛がすることが多い。鏡が無いので分からないが、恐らく顔色は土気色だろうし、調子が良くないのに仕事に行ってお人好しの店長に心配を掛けたくはない。もしも無断で休めば、いつもの無断欠勤と思われるだけで済み、心配を掛けることはないだろう。
「うん。今日の仕事は休むか……」
そう決めて、まだ薄暗い小屋の中でアッシュは再び眼を閉じた。
*****
「アッシュさん、来ませんでしたねぇ……」
「そんなのいつものことじゃないか」
アッシュは以前小屋で倒れていたという前科があるから、仕事が終わる時間近くになっても来ないのは何かあったのだろうかとムラビトは気になっている。それに対してのマオの返答はいつも通りであった。
「まあでも死なれていても気分は悪いからな。夕飯でも持っていってやるか」
しかしさほど気にしていないように見せて、マオも何だかんだと気になっていたらしい。彼女からの提案に、ムラビトは笑顔になった。
「はい! ありがとうございます!」
「言っておくが別にアッシュの為じゃないぞ。お前が心配してるからだ」
そう言いながらも、マオは部屋にある温かいお茶を保温性の高い容器に移し変えている。お茶を入れ終わった容器と一緒にコップもバスケットに入れている様子を見て、ムラビトは食べやすい夕飯を、鼻歌を歌いながら用意した。
二人でアッシュの住む小屋へ、日が暮れかかり段々と薄暗くなってくる道を歩いていく。道中、マオはアッシュの事をだらしがないとブチブチ文句を言いながら歩いているが、その言葉にはトゲが無い。ムラビトもそれに気付いているので、優しい顔で返事を返していく。
小屋に着いて鍵を確認すると施錠されているので、ムラビトはポケットから玄関鍵を出して鍵穴に差し、ガチャリと回した。キイ、という音と共に扉を開ける。
中に入ると、そこには古びたソファに横になるアッシュと、こちらを振り返る見知らぬ青年がいた。
「――っ?!」
村で見掛けたことのない男が鍵の掛かった小屋の中にいることに声がでないほどの恐怖を感じ、ムラビトは思わずその場にへたりこんでしまう。マオも驚いているようだが、さすが元魔王である。鋭い瞳で相手を睨み付けた。
その二人の様子を見ながら、男はアッシュの方へ向き直り彼へ手を伸ばしていく。
「アッシュさん……!」
「おい貴様!!」
何をする気か、と声を上げた二人を気にすることなく伸ばしたその手は、アッシュの額に触れて優しく撫でられた。
何度も何度も往復するその手は、アッシュへの慈愛に溢れている。青年はポカンとする二人を見て、人差し指をそっと口に当てて小さくシーと言いながら優しく手招きした。
二人は顔を見合せながら招かれるままソファへ向かう。覗き込むとそこには顔色のとても悪いアッシュがいたが、撫でてもらっている内に眉間の皺は少し取れてきた気がする。
「たまに悪夢を見るみたいなんだ」
そう話す彼の瞳は長い前髪に隠れてしまい見えないが、その声には心配の色が滲んでいる。
「だけど私には何も出来ないから……」
せめて少しでも苦しみが和らいだら良い。彼の手にはそんな願いが込められているのだろう。
「いつもなら目が覚める直前までこうしているんだけど、今日は君たちが来たから大丈夫かな。彼のこと、お願いね」
「いつも? 目が覚める直前だと?」
青年の言葉に再びマオの眼光に鋭さが戻った。勇者であるアッシュが不調で深い眠りに入っていて不審者に気付かないのは百歩譲ってあるとしても、いつも気付かないということなどあり得るのだろうか。もしもあったとしても、さすがに目の覚める直前なら意識が覚醒する直前だ。アッシュが気付かないはずがない。
「貴様は誰だ。何者だ?」
マオが冷たい声で問いかける。
「私? 私は──」
*****
「……んあ?」
ゆっくりと夢から覚めて寝ぼけた声を出したアッシュは、のそりの起き上がった。どれくらいの時間眠っていたのか。時計が無いから分からないが、気分はかなりスッキリとしている。
「……ん?」
ふと横を見ると、魔族に変身したムラビトとマオが座っていた。二人の顔は青ざめている。
「お前らどうしたの? 何でここに……?」
「アッシュさん……」
「貴様、本当にふざけるなよ」
寝ぼけた頭ではなかなか理解が追いつかなかったが、二人が話すには見守り幽霊がアッシュの傍にいたらしい。
「正体を尋ねたら、奴は答えながら姿を消していったがな」
「思わず叫びそうになりました……」
叫びそうになったけど、アッシュが眠っているから耐えたのだろう。その優しさがありがたい。
「んで? 幽霊さんは何て答えてたんだ?」
「あ、ああ。確か『アルトリウス』と名乗っていたか?」
聞いた瞬間、アッシュは自分の体温がザアッと下がるような気がした。
アルトリウス。それは死んでしまった一人目の勇者の名前だったはず。「見守り」とは二人が優しく言い換えただけで、本当は怨みの籠った目で己を見ていた可能性もある。悪夢を見たばかりだから、思わずそう思ってしまった。
「そいつは他に何か言っていたか……?」
アッシュは自分の声が震えていることに気付いているが、それでも聞かなければならない。そう思っていることがきっと二人に伝わっている。
「そんなにお話はしていないんですよ。ただ、悪夢を見てるアッシュさんを心配しておでこを撫でていました」
「お前に感謝していると伝えてくれ、だと」
本当だろうか。二人が気を遣って嘘を言っている可能性もあるではないか。
そう考えてしまうが、でも、信じてみても良いかもしれない。眠る前と比べて体調が良いのも、もしかしたら彼が額を撫でていたからかもしれないし、第一今の自分には彼の本当の気持ちを知る術など無いのだから。
マオの持ってきてくれたお茶をコップに入れて、部屋の中でまだなんとか比較的キレイさを保っている場所に置く。
「あの時ドラゴンの頚を落とせたのはお前のおかげだ。ありがとう」
正直この部屋のどこに供えたら良いのか分からないが、アッシュは今少しでも感謝を伝えておきたくなった。コップと共に未開封のお酒も置いておいた。この酒を持って、国王の夢の中にでも出て一緒に晩酌でもすれば良い。
アッシュの行動に続き、ムラビトも同じ場所に食べ物を置いた。アッシュの言葉に、幽霊の正体の察しがついたのだろう。
「アルトリウスさん、ありがとうございました!」
その時、外で木がガサガサ揺れる音がした。もちろんただ風に揺れただけかもしれないが、もしかしたらアルトリウスが返事をしてくれたのかもしれない。そう思ったら、アッシュは自分の口許が緩く弧を描いているのに気がついた。
今度彼が夢に出てくる時は、きっと悪夢ではないだろう。
勇者になったあの日、己の手の中に握られた聖剣。響き渡る国王の悲痛な叫び声、そしてその傍には首から上の無い鎧の男がいて──。
首が無いはずなのに、ゆっくりとこちらに近寄りながらその男が語りかけてくるのだ。
「最初にお前が勇者に選ばれていれば良かったのに……」
妬ましい。憎らしい。何故私が死ななければならないのか。そう怨み言を呟きながら、彼は震えの止まらない己の首に手を伸ばしてきて──。
ゴキンッ。
彼に首を折られたと思うと同時にアッシュはいつも眼を覚ます。起きた時はいつも動悸が激しく、多くの汗が流れていた。続いて吐き気もやってきたので、急いでトイレに駆け込み、出せる物は全て出していく。
「あー……」
たらればではあるが、あともう少し早く駆けつけて闘いの応援が出来ていたなら、本来勇者に選ばれていた彼は死ななかったかもしれない。
一人目の勇者がどのような人物かをアッシュは詳しく知らない。だがそれでも国王の息子である彼ならば、クズでろくでなしの自分よりは確実に良い勇者であっただろう。きっと自分のように演技などすることなく好青年であり、国民を心より愛し、国民に心から愛されていただろう。
そんな素晴らしいだろう人物を死なせてしまったことと、素晴らしいだろう人間を貶めるような夢を何度も見る自分が嫌で。自己嫌悪に陥りながら、口を濯いでまたソファに戻る。
この夢を見た日は酷い頭痛がすることが多い。鏡が無いので分からないが、恐らく顔色は土気色だろうし、調子が良くないのに仕事に行ってお人好しの店長に心配を掛けたくはない。もしも無断で休めば、いつもの無断欠勤と思われるだけで済み、心配を掛けることはないだろう。
「うん。今日の仕事は休むか……」
そう決めて、まだ薄暗い小屋の中でアッシュは再び眼を閉じた。
*****
「アッシュさん、来ませんでしたねぇ……」
「そんなのいつものことじゃないか」
アッシュは以前小屋で倒れていたという前科があるから、仕事が終わる時間近くになっても来ないのは何かあったのだろうかとムラビトは気になっている。それに対してのマオの返答はいつも通りであった。
「まあでも死なれていても気分は悪いからな。夕飯でも持っていってやるか」
しかしさほど気にしていないように見せて、マオも何だかんだと気になっていたらしい。彼女からの提案に、ムラビトは笑顔になった。
「はい! ありがとうございます!」
「言っておくが別にアッシュの為じゃないぞ。お前が心配してるからだ」
そう言いながらも、マオは部屋にある温かいお茶を保温性の高い容器に移し変えている。お茶を入れ終わった容器と一緒にコップもバスケットに入れている様子を見て、ムラビトは食べやすい夕飯を、鼻歌を歌いながら用意した。
二人でアッシュの住む小屋へ、日が暮れかかり段々と薄暗くなってくる道を歩いていく。道中、マオはアッシュの事をだらしがないとブチブチ文句を言いながら歩いているが、その言葉にはトゲが無い。ムラビトもそれに気付いているので、優しい顔で返事を返していく。
小屋に着いて鍵を確認すると施錠されているので、ムラビトはポケットから玄関鍵を出して鍵穴に差し、ガチャリと回した。キイ、という音と共に扉を開ける。
中に入ると、そこには古びたソファに横になるアッシュと、こちらを振り返る見知らぬ青年がいた。
「――っ?!」
村で見掛けたことのない男が鍵の掛かった小屋の中にいることに声がでないほどの恐怖を感じ、ムラビトは思わずその場にへたりこんでしまう。マオも驚いているようだが、さすが元魔王である。鋭い瞳で相手を睨み付けた。
その二人の様子を見ながら、男はアッシュの方へ向き直り彼へ手を伸ばしていく。
「アッシュさん……!」
「おい貴様!!」
何をする気か、と声を上げた二人を気にすることなく伸ばしたその手は、アッシュの額に触れて優しく撫でられた。
何度も何度も往復するその手は、アッシュへの慈愛に溢れている。青年はポカンとする二人を見て、人差し指をそっと口に当てて小さくシーと言いながら優しく手招きした。
二人は顔を見合せながら招かれるままソファへ向かう。覗き込むとそこには顔色のとても悪いアッシュがいたが、撫でてもらっている内に眉間の皺は少し取れてきた気がする。
「たまに悪夢を見るみたいなんだ」
そう話す彼の瞳は長い前髪に隠れてしまい見えないが、その声には心配の色が滲んでいる。
「だけど私には何も出来ないから……」
せめて少しでも苦しみが和らいだら良い。彼の手にはそんな願いが込められているのだろう。
「いつもなら目が覚める直前までこうしているんだけど、今日は君たちが来たから大丈夫かな。彼のこと、お願いね」
「いつも? 目が覚める直前だと?」
青年の言葉に再びマオの眼光に鋭さが戻った。勇者であるアッシュが不調で深い眠りに入っていて不審者に気付かないのは百歩譲ってあるとしても、いつも気付かないということなどあり得るのだろうか。もしもあったとしても、さすがに目の覚める直前なら意識が覚醒する直前だ。アッシュが気付かないはずがない。
「貴様は誰だ。何者だ?」
マオが冷たい声で問いかける。
「私? 私は──」
*****
「……んあ?」
ゆっくりと夢から覚めて寝ぼけた声を出したアッシュは、のそりの起き上がった。どれくらいの時間眠っていたのか。時計が無いから分からないが、気分はかなりスッキリとしている。
「……ん?」
ふと横を見ると、魔族に変身したムラビトとマオが座っていた。二人の顔は青ざめている。
「お前らどうしたの? 何でここに……?」
「アッシュさん……」
「貴様、本当にふざけるなよ」
寝ぼけた頭ではなかなか理解が追いつかなかったが、二人が話すには見守り幽霊がアッシュの傍にいたらしい。
「正体を尋ねたら、奴は答えながら姿を消していったがな」
「思わず叫びそうになりました……」
叫びそうになったけど、アッシュが眠っているから耐えたのだろう。その優しさがありがたい。
「んで? 幽霊さんは何て答えてたんだ?」
「あ、ああ。確か『アルトリウス』と名乗っていたか?」
聞いた瞬間、アッシュは自分の体温がザアッと下がるような気がした。
アルトリウス。それは死んでしまった一人目の勇者の名前だったはず。「見守り」とは二人が優しく言い換えただけで、本当は怨みの籠った目で己を見ていた可能性もある。悪夢を見たばかりだから、思わずそう思ってしまった。
「そいつは他に何か言っていたか……?」
アッシュは自分の声が震えていることに気付いているが、それでも聞かなければならない。そう思っていることがきっと二人に伝わっている。
「そんなにお話はしていないんですよ。ただ、悪夢を見てるアッシュさんを心配しておでこを撫でていました」
「お前に感謝していると伝えてくれ、だと」
本当だろうか。二人が気を遣って嘘を言っている可能性もあるではないか。
そう考えてしまうが、でも、信じてみても良いかもしれない。眠る前と比べて体調が良いのも、もしかしたら彼が額を撫でていたからかもしれないし、第一今の自分には彼の本当の気持ちを知る術など無いのだから。
マオの持ってきてくれたお茶をコップに入れて、部屋の中でまだなんとか比較的キレイさを保っている場所に置く。
「あの時ドラゴンの頚を落とせたのはお前のおかげだ。ありがとう」
正直この部屋のどこに供えたら良いのか分からないが、アッシュは今少しでも感謝を伝えておきたくなった。コップと共に未開封のお酒も置いておいた。この酒を持って、国王の夢の中にでも出て一緒に晩酌でもすれば良い。
アッシュの行動に続き、ムラビトも同じ場所に食べ物を置いた。アッシュの言葉に、幽霊の正体の察しがついたのだろう。
「アルトリウスさん、ありがとうございました!」
その時、外で木がガサガサ揺れる音がした。もちろんただ風に揺れただけかもしれないが、もしかしたらアルトリウスが返事をしてくれたのかもしれない。そう思ったら、アッシュは自分の口許が緩く弧を描いているのに気がついた。
今度彼が夢に出てくる時は、きっと悪夢ではないだろう。
