すだちの魔王城

チリンチリン。
すだち屋のカウンターに座り、ちょっとお洒落な袋の中に子供の喜びそうな物を入れていたムラビトの耳に、店の扉についている鈴の音が聞こえてきた。その音のする方へ顔を向けると、店のまわりの草抜きや掃き掃除などをしていたアッシュが入ってきたところだった。今日は雲1つ無い快晴だったので、彼の額には大粒の汗が浮かんでいる。
「お疲れ様です、アッシュさん」
「お疲れ、店長~」
「外、暑かったでしょう。今お茶を入れるので座って休んでくださいね」
そう言いながら、ムラビトは袋をカウンターに置いて住居スペースへ向かった。透明なグラスに麦茶を入れて、汗をたくさんかいているだろうから熱中症対策に少し塩も混ぜる。
ムラビトはこの味は嫌いではないがどうしても好みの分かれるものなので、アッシュさんはどっちだろうなあと考えながら店舗スペースへ戻った。
「どうぞ、塩麦茶です」
「塩麦茶?」
「はい。たくさん汗をかいた時に良いから、今のアッシュさんにピッタリの飲み物です、どうぞ」

ふぅん、と言いながらアッシュがグラスを傾けゴクリと喉を鳴らしながら飲んでいる。その表情は変わりがない。
「塩麦茶は人によって好き嫌いが激しいのですが、お味はどうでした?」
「おまっ、そんなもんを確認せずに人に出したのかよ」
「アッシュさんが熱中症になりそうなくらい汗がビッショリだったから、倒れちゃいけないと思いまして!」
思わず出たアッシュの突っ込みに対して、ムラビトは力強い声で返した。確認をせずに塩を入れたことを申し訳なく思っても、決して譲れないという意思を感じる声であった。しかしそもそも店員の安全管理という店長としての義務もあれど、己の体を気遣って行われた親切に対して怒ったり非難する理由などアッシュには無い。
「別に責めてねぇよ、ありがとな。味ねぇ。うーん、可もなく不可もなくってところか?」
そう言いながらまた麦茶を飲み、グラスの中身を空にする。その様子に嘘は言っていないことが分かり、ムラビトはホッと息を吐いた。
「ところで店長~、あの袋って何?」
そういってグラスを持っている手とは反対の手で指差した先には、カウンターに置かれたままになっている袋がある。
「あっ、これはですね。そろそろ誕生日を迎える村の子へのプレゼントです!」
中身、見てみます? と言いながらカウンターの上へ並べられていく袋の中身を、アッシュは興味深そうに見た。さりげなく聞いてみたが実はかなり気になっていたので、何が出てくるのだろうとワクワクしていたら、中身は全てお菓子だった。
「今回は美味しく楽しい駄菓子をメインにしてみました! ほら、硬貨の形をしたチョコレートとか、ネルネルするお菓子とか、見て遊んで楽しくて美味しいですよね!」
「ほぉー、最近はお菓子にも色々あるんだな」
一つ一つ手にとって見ているアッシュは感心しているようだ。心なしか瞳も輝いているように見える。
「はいよ、ありがとさん」
どこにでも売っているような駄菓子だが、見終わった彼から丁寧に渡されたのでムラビトも丁寧に袋に詰めなおした。受け取った子も、同じように喜んでくれたら良いと、希望を込めて。
そうやって先程よりも丁寧に詰めてリボンでラッピングされた袋を手に、店内をウロウロしながらどこに置いておこうかとムラビトは考えていた。店内より住居スペースの方が良いだろうか、でもあんまり広くないあっちに置いて汚れてしまっても嫌だなあと悩んでいた時、なあ、と声を掛けられた。
「店長は誕生日いつ? すだち屋ファミリーでお祝いしようぜ」
アッシュは袋を優しい瞳で見つめたまま話かけてくる。
率直に言って嬉しい。
村の皆も誕生日を祝ってくれたが、「ファミリー」でお祝いするのは父が生きていた時以来だ。自然と頬が緩むのが自分で分かった。
「えっとですね、僕の誕生日はですね!」
あまりの嬉しさで震える声でなんとか己の誕生日を伝えると、アッシュは壁掛けカレンダーに近寄った。言われた月のカレンダーまで紙を捲り、懐から出しておいたペンでその日に花丸をつける。
「マオにも言っておけよ。ケーキとプレゼントと、ご馳走の用意をして盛大に祝ってやるからな」
花丸の下に「店長誕生日」と書き込まれるのを見ながら、ふと思う。
「アッシュさんはお誕生日っていつですか?」
「俺の?」
尋ねられたアッシュは、宙を見つめながら少しの間無言になった。どうしたんだろうと思ってムラビトが待っていると、カレンダーの方に視線を向けてページを捲る。
「あー……。ここだったかな」
そう言いながら最後まで捲り、小さいが全ての月の載っているページにして指を指す。
「あ、もう過ぎちゃってるんですね……。じゃあ来年のお誕生日は今年の分も盛大にお祝いしなくちゃ!」
んー、という生返事を返すアッシュに対し、ムラビトは満面の笑みを浮かべながら彼の誕生日だという日に、「アッシュさん誕生日」と書いて同じように花丸をつけた。


*****


「ということがありまして。マオさんのお誕生日はいつですか?」
本日の営業も終了し、アッシュも小屋に帰った後。ムラビトはペンを片手にカレンダーの傍に立ちながら話しかけた。
「我はいつだったか……」
マオはふむ、と顎に手を当ててほんの少し考えてみる。しかし誕生日の祝いなどする習慣など無かったので、全く思い出すことができなかった。部屋の中の魔物たちに尋ねてみても、当然だが皆知らない。腕を組み首を傾げながら、どうにか記憶の底から引っ張りだそうとしても出てこない。
「思いだせないな。まあそんなに重要なものでもないし良いだろう」
マオは本当に何も気にしていないという様子であるが、ムラビトとしては看過することのできない話だ。
「駄目です! 誕生日は重要です! そんな寂しいことを言わないでください!」

今は弱体化していても、マオは元々は人間と争い、更には魔族を敗北に追いやった元魔王である。
そんな、人間にも本来であれば魔族にも忌み嫌われるような存在に対して「誕生日はマオさんが産まれた大切な日ですよ?!」と裏表ない言葉を掛けてくる相手がまさかいるとは思ってもいなかった。純粋で素直な言葉を次々と投げ掛けられて、胸が暖かくなっていくのがマオ自身感じている。
「……そうか。でも本当に思い出せないからな。お前がそこまで言うなら、今ここで我の誕生日を作るか」
ムラビトの言葉に応えようと思ってポロリと出た言葉ではあるが、なかなか良い案なのではないだろうか。そう思って彼の方を見遣ると、目から鱗といった様子であった。
「な、なるほど! それもありなんですかね?!」
いつにしますか?! と尋ねられたが、マオは既に決めた。
「この日でどうだ」
胸を張って言ったその日は。ムラビトがリヴァイアサンを呼び出してイフリートを退散させた日。
また、ムラビトのおかげで、マオが普通の女の子として少しでも生きていこうと思うようになった日だ。
「分かりました! 印をつけておきますね」
マオにとっては生まれ変わった日も同然の日だが、ムラビト本人には自覚が全く無い。
だが、それで良い。
本人に知られるとかなり照れ臭いので、このままずっと何も気付かずに、その場のノリで決めた誕生日だと思っていてほしい。
そんなマオの想いなど露知らず、ムラビトはキュッキュッとペンで印をつけて「マオさん誕生日」と書き込む。満足感いっぱいの気持ちで三人の誕生日の花丸がつけられたカレンダーを見ていたら、ふと誕生日を確認した時のアッシュの様子が思い出された。
もしかして……。

*****


「誕生日を自分の好きな日に決めると言う話をマオさんとしまして。ひょっとしてアッシュさんの誕生日も同じ感じだったりします……?」
本日の副業を終えた、すだち屋への帰り道。完全に油断していたアッシュにムラビトからの容赦ない質問が行われた。
「何で?」
この時に適当に流せば良かったものを、不意を突かれたせいで尋ね返してしまっていた。己の失敗に気付いてすぐに撤回しようと思ったが、ムラビトが言葉を発する方が早かった。
「僕が誕生日を聞いた時、アッシュさん無言で何か考えてた感じだったし……。『ここだったかな』って言い方も変だなと後から思いまして」
あー、と意味を成さない言葉を発しながら、後頭部をボリボリ掻き、考える。もしもマオが自分の誕生日を覚えていて、誕生日をその場で決めるなどということがなければきっと気付かなかった程度の違和感だっただろうが、現実としてバレてしまった。アッシュはどうするか頭を悩ませたが、しかしそれは一瞬のことで、すぐムラビトに向き直った。
「確かに自分の誕生日は分かんねぇからあの場で決めたよ。ほら、俺は親の顔も分からないから、誕生日も分からないからな」
そう言えばムラビトもハッとなり、気まずそうな顔をした。彼が口を開いて言葉を発する前に、アッシュは手で制した。
「間違っても謝ってくれるなよ。別に誕生日が分からない事は何も気にしてないから。新年になった時に歳をとったことにして数えてたし、仲間たちも祝ってくれてたからな」
アッシュの表情から、本当に何も気にしていないことが分かり、ムラビトはホッとする。
「じゃあ、あの日にした理由とかも聞いても良いですか?」
ついでにちょっと気になったので興味本位でワクワクしながら理由も聞いてみる。
「そこにした理由? てきとーてきとー」
アッシュは軽く手を振りヘラッと笑いながら答えて、再び歩き始めた。アッシュの足が少し早いのでムラビトも小走りで彼の背中を追いかける。

ムラビトに対して「てきとー」などと言ったが、本当の理由を言う気は絶対に無い。
仲間以外は誰も覚えていないと思っていた「アッシュ」の存在を一般人のムラビトが覚えていたと知ったこと、また、アーサーという偶像によって世界から隠された自分の存在を見つけてもらって嬉しかった日にしたなど、バレたら羞恥で死ぬ自信がある。
平静を装っていても耳が朱くなっている自覚があるので、早足で距離をとっている間に赤みが引けば良い。
そう思いながらアッシュは大切なファミリーと仕事をするためにすだち屋へ向かった。




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