すだちの魔王城
王都でのパーティーの後、勇者に期間不問の休暇が与えられた。
そんな今年一番のビッグニュースは、発表された次の日には瞬く間に国中に伝わった。その為街中を歩いていると、あちらこちらから聞こえるのはその話題ばかりである。
当然ながら「勇者様のお姿を見られなくなるなんて辛い!」と嘆く意見もチラホラと聞こえていた。しかし昨夜のパーティーの参加者達によって、新女王にネクタイを引っ張られただけで勇者様がふらついていたと言うことが広まっていたので「お疲れだったらしいから、しっかりお休みしていただきたい」という好意的な意見の方が多いようである。
そんな人々の姿を見て、また、頼れる仲間もいるからまだまだ心配事はあれどもきっと大丈夫と思いながら三人は帰りの汽車に乗った。
******
サイショ村に帰って来て店に向かって歩いていると、なにやら店の外に人だかりができているのが見えた。
「……あいつらは何だ。客か?」
「でもまだ開店時間じゃないのに並びますかね?」
「店長。開店前から並んでまで買いたくなるような商品とか、うちの店ってあったっけ?」
「……無いかと」
現在のすだち屋には開店前から並んで、開店と同時に即完売するような商品は無い。 ムラビトは自分で言いながら暗い顔になり、アッシュもそうだよなぁーと言いながら遠くの方へ目を反らしてしまう。マオも何とも言えないという顔をしたまま、店の方を見ている。
そんなに大きな声で話してはいなかったが、とてものどかで平和なこの村。朝のうちは鶏の鳴き声は響き渡るけれど都会に比べたら静かな為、店の前にいる人たちにも聞こえたらしい。すだち屋の従業員が戻ってきたと分かると、彼らは三人に向かって小走りにやってくる。
どこの誰かも分からない人間が走ってくるのでマオとアッシュは咄嗟に身構えたが、相手に敵意などはなさそうな事はすぐに分かったので肩の力を抜いた。
「おはようございます! 初めて見る方たちですが、すだち屋のお客様でしょうか!」
そんな二人の動きに全く気付くこともないムラビトは、朝の突然の訪問客たちにとりあえず笑顔で対応することにしたようだ。
「はい! あの、こちらに勇者様の公認そっくりさんがいると伺いまして!」
ムラビトの元気溢れる声に負けないくらい大きな声で、人だかりから返事が返ってくる。
「あのですね、我々は勇者様の大ファンなんです! でも、ほら、先日休暇を王様にもらっていたじゃないですか?」
「勇者様のお姿を拝見できないことが本当に辛くて! せめてそっくりさんを見て心の隙間を少しでも埋めたく思いまして!」
「ご迷惑かとは思ったのですが、どうしても耐えられなくてお店にお邪魔させていただいた次第です!」
「お願いです。勇者様のものまねをしてください! いくら払えば良いですか?!」
怒涛の勢いで言葉が飛んでくるので、ムラビトはタジタジになってしまう。どうするべきかとアッシュの方をちらりと見ると、彼は頭を掻きながら小さく唸っているようだった。王都のパーティーでは超過密スケジュールで歩き回り、人々に囲まれ、更にはドラゴンとも闘ったから顔には出していないだけで疲れているだろう。今日のところは断りを入れて、また後日来てもらうように言おうとムラビトが思って口を開く。しかしそれよりもほんの少しだけ先にアッシュが言葉を発してしまった。
「本来、今日は店が休みの予定だったのと、早朝の押し掛けだから超割り増し料金な。あと、準備があるから少し待ってもらう。それでも良いか」
ムラビトが驚くのと押し掛け客が沸くのはほぼ同時だった。言葉を発した張本人は彼らの歓声を気にする素振りもなく「店長、ちょっと失礼~」と言いながらムラビトの鞄を漁り、紙とペンを出し、サラサラと何かを書き、人々に見せる。
簡単に言えば、今回はこちらの言い値を支払うこと。今後不定期で町へ出張して、その時にものまねをするので次回から押し掛けて来ないこと。値段に文句を言わないこと等といった契約書類のような物だった。団体の代表者にサインをしてもらったら、その紙をムラビトに渡し、アッシュはゆっくり歩きながら店に入っていった。
それから少し時間が経って。ギイッと店のドアの開く音がして、「勇者様」がこちらに向かって歩いてきた。
エプロンをつけたアッシュの手にはどこにでも売っているような剣が握られ 、バンダナのようにも出来る目隠しはもう既に目の上に掛かっている。
ムラビトもマオも、普段の出張の時は目を隠していないのに珍しいと思うが、その思考は押し掛け団体客の歓声によって掻き消えてしまった。瞳の隠れたその状態は、そっくりさん芸人と分かっていても勇者にしか見えなくて、喜びのあまり涙を流す者さえいた。
「どうか泣かないでおくれ。私は君たちの笑顔が見たいな」
そう優しく言いながら団体客に微笑みを向け、その言葉に団体客からは滝のような涙が溢れだし、そんな彼らに微笑みを浮かべたままそっとタオルを渡すアッシュ。
そのやり取りを見て、二人から一瞬消えていた違和感がまた甦った。
普段からものまね芸人として営業していても、喋り方はアッシュのままなのに、今日は何故か勇者の口調・声色で話している。それに、いつもなら隠さない瞳を隠していて、更には店に入る前と出てきた時で歩き方が違った。
どう表現したら良いのか分からないが、とにかく何か嫌な胸騒ぎがした。
*****
「アッシュさん、本当にお疲れ様でした。座ってください。今お茶も入れますので」
「ああ、すまないね。ありがとう」
はた迷惑な押し掛け団体客は何時間も粘ってものまねをしてもらっていたが、まだ朝ごはんを食べていないことを理由にお引き取りいただいた。支払ってもらった超割り増し料金は普段ならば到達しない売上だったのでありがたくもあったが、やはり単純に迷惑だったので正直に言うと二度と店には来ないでほしいとも思ってしまう。アッシュが契約書に押し掛けないということを明記してくれて本当に良かった。
空腹なので朝食を食べたいが、でも何より疲れたのでまずはお茶でも飲んで一息つきたい。温かいお茶を人数分入れて、ムラビトはそれぞれの前にコトリと置く。お茶を飲むとその温かさにホッとする。
「ところで貴様、いつまでその話し方をするつもりだ。気持ち悪い」
コップを机に置いたマオがトゲのある声で尋ねる。彼女としてはいつまでも勇者でいられたら不愉快なのだろう。何せ「勇者」は自分を殺した相手だ。「勇者」よりは「アッシュ」の方がまだ良い。そう思っていたのだが。
「ああ、ごめんよ。今日はずっとこのままかな。『アッシュ』は出てこないよ」
「はあ?」
「はい?」
思わずムラビトとマオの声が重なった。「アッシュは出てこない」とはどういうことか。
「普段はちゃんと『アッシュ』が『アーサー』を演じているんだけどね。ほら。人間だからさ、どうしても演技に集中出来ない時もあるだろう?」
勇者は目隠しをして口許に微笑みを浮かべたまま、キラキラとした爽やかな声で二人に話し続ける。
「そういう時は、『アッシュ』は『アーサー』を演じることに集中するよう自身に言い聞かせて、『アッシュ』にじゃあねって別れを告げているんだ。そうするとしばらくアッシュから私に意識が切り替わって、皆の理想のアーサーを演じられるんだよ」
「どうして……」
「うん? 『どうして迷惑客相手に自分を殺してまで演じたのだろう』ってことかな?」
ムラビトの小さな、思わず口から零れた言葉。それに対しても「勇者」は優しく返事をしてくれる。
「そうだねぇ。ソノーニ町だったら問題無かったんだけどね。『サイショ村のすだち屋』で勇者を求められたのが相当キツかったみたいだよ」
話を聞きながらふと顔を下に向けると、机の上にお菓子の乗ったお皿が置かれている。きっとマオとムラビトを気遣った魔物が置いてくれたのだろう。空腹だったので二人が魔物に感謝しながらお菓子に手を伸ばしたのを見て、「勇者」も同じようにお菓子を口に運んだ。
上品に口を小さく開けて、少しずつお菓子を咀嚼する。アッシュなら大口を開けて一口二口で食べるに違いない。アッシュとの違いを見せつけられて、二人の胸の中に何か苦いものが込み上げてくる。
お菓子を丁寧に食べて、お茶もコクリ、コクリとゆっくり飲んで。「勇者」は再び二人に向き直った。
「アッシュは常日頃から『俺はクズだ』『アッシュの居場所はどこにも無い』って思ってるんだよ」
そんなことないと反論しようとしたムラビトだが、手のひらで制止されてしまい口を噤んだ。それを見てニコリと笑う。
「でもサイショ村とすだち屋は『アッシュ』を受け入れてくれた。それが本当に嬉しいみたいでね。だから、もしもあの迷惑で厄介な客を門前払いして、大事なこの村や店の有りもしない悪い噂を広められたりしたらって思ったら『アッシュ』は勇者を演じるしかなかった」
自分にとって何より大事なすだち屋を護るため。そう思っていても、やはりやっと自分にできた居場所であるはずのすだち屋の前で勇者を求められると自分が不要な物に感じてきてしまい、更には迷惑客の黄色い声や、向けられてくる手のひらがフラッシュバックして意識が落ちそうになってしまった。店の中で準備をしていたが段々と体の震えが酷くなり呼吸も苦しくなってきて、しかしそんな状態でも今すぐアーサーを演じなければならない。
「だから自分にお別れを告げて『アーサー』になりきって何とかあの場を乗り切ったってわけさ」
だから今回は仕方なかったんだよ! と明るく彼は言うけれど、ムラビトとマオの気分は最悪だ。
そんな自分を殺してまで無理をして頑張ってほしくなかった。一言でも相談してほしかった。
自分たちはファミリーなのだから。
「……アーサーさん、今日はうちに泊まっていってください。アッシュさんの意識に戻ったらお話がありますので」
「覚悟しておけ、クソ勇者」
魔物たちが部屋の隅で震えているのが見えた。マオの顔を見ると、能面のような顔をしていたので、自分もきっと同じような顔をしているのだろうとムラビトは思う。
しかしアーサーは笑顔で、何なら鼻歌まで歌いそうなほどだ。その様子に、マオの唯でさえ悪い機嫌が更に降下していき、出てくる声は地を這うような低さである。
「おい貴様。何が楽しいんだ、言ってみろ」
「いやあ、ふふ。楽しいと言うよりは、嬉しいかな。だってさ。君たちはアッシュが一人で無理をしたことに怒ってくれているんだろう? 心配して怒ってくれる相手がいるなんて素晴らしいじゃないか。アッシュは幸せだね」
今まで「仲間」はいたけど、「家族」はいなかった。でも、この村に来てようやっと、本当に欲しかったものをアッシュは手に入れることができたのだ。
「これからもアッシュのことをどうぞよろしく頼むよ」
「はい! むしろこちらこそお願いいたします!」
「ふん、まあ面倒みてやらんこともない」
ハキハキとよく通る声で素直に返事をするムラビトと、ひねくれた言い方であれど、気に掛けてくれると言ってくれるマオ。この二人と一緒ならきっとこれからも楽しい日々が送れるだろう。
アッシュの未来を想ったアーサーの口には作り物ではない、本物の笑みが零れた。
*****
「さて、ご馳走さま。では私はこれで失礼しようかな」
「逃がしませんよ?」
「覚悟しておけと言っただろう」
「駄目かぁ~」
明日大変だろうけど、頑張れアッシュ。
そんな今年一番のビッグニュースは、発表された次の日には瞬く間に国中に伝わった。その為街中を歩いていると、あちらこちらから聞こえるのはその話題ばかりである。
当然ながら「勇者様のお姿を見られなくなるなんて辛い!」と嘆く意見もチラホラと聞こえていた。しかし昨夜のパーティーの参加者達によって、新女王にネクタイを引っ張られただけで勇者様がふらついていたと言うことが広まっていたので「お疲れだったらしいから、しっかりお休みしていただきたい」という好意的な意見の方が多いようである。
そんな人々の姿を見て、また、頼れる仲間もいるからまだまだ心配事はあれどもきっと大丈夫と思いながら三人は帰りの汽車に乗った。
******
サイショ村に帰って来て店に向かって歩いていると、なにやら店の外に人だかりができているのが見えた。
「……あいつらは何だ。客か?」
「でもまだ開店時間じゃないのに並びますかね?」
「店長。開店前から並んでまで買いたくなるような商品とか、うちの店ってあったっけ?」
「……無いかと」
現在のすだち屋には開店前から並んで、開店と同時に即完売するような商品は無い。 ムラビトは自分で言いながら暗い顔になり、アッシュもそうだよなぁーと言いながら遠くの方へ目を反らしてしまう。マオも何とも言えないという顔をしたまま、店の方を見ている。
そんなに大きな声で話してはいなかったが、とてものどかで平和なこの村。朝のうちは鶏の鳴き声は響き渡るけれど都会に比べたら静かな為、店の前にいる人たちにも聞こえたらしい。すだち屋の従業員が戻ってきたと分かると、彼らは三人に向かって小走りにやってくる。
どこの誰かも分からない人間が走ってくるのでマオとアッシュは咄嗟に身構えたが、相手に敵意などはなさそうな事はすぐに分かったので肩の力を抜いた。
「おはようございます! 初めて見る方たちですが、すだち屋のお客様でしょうか!」
そんな二人の動きに全く気付くこともないムラビトは、朝の突然の訪問客たちにとりあえず笑顔で対応することにしたようだ。
「はい! あの、こちらに勇者様の公認そっくりさんがいると伺いまして!」
ムラビトの元気溢れる声に負けないくらい大きな声で、人だかりから返事が返ってくる。
「あのですね、我々は勇者様の大ファンなんです! でも、ほら、先日休暇を王様にもらっていたじゃないですか?」
「勇者様のお姿を拝見できないことが本当に辛くて! せめてそっくりさんを見て心の隙間を少しでも埋めたく思いまして!」
「ご迷惑かとは思ったのですが、どうしても耐えられなくてお店にお邪魔させていただいた次第です!」
「お願いです。勇者様のものまねをしてください! いくら払えば良いですか?!」
怒涛の勢いで言葉が飛んでくるので、ムラビトはタジタジになってしまう。どうするべきかとアッシュの方をちらりと見ると、彼は頭を掻きながら小さく唸っているようだった。王都のパーティーでは超過密スケジュールで歩き回り、人々に囲まれ、更にはドラゴンとも闘ったから顔には出していないだけで疲れているだろう。今日のところは断りを入れて、また後日来てもらうように言おうとムラビトが思って口を開く。しかしそれよりもほんの少しだけ先にアッシュが言葉を発してしまった。
「本来、今日は店が休みの予定だったのと、早朝の押し掛けだから超割り増し料金な。あと、準備があるから少し待ってもらう。それでも良いか」
ムラビトが驚くのと押し掛け客が沸くのはほぼ同時だった。言葉を発した張本人は彼らの歓声を気にする素振りもなく「店長、ちょっと失礼~」と言いながらムラビトの鞄を漁り、紙とペンを出し、サラサラと何かを書き、人々に見せる。
簡単に言えば、今回はこちらの言い値を支払うこと。今後不定期で町へ出張して、その時にものまねをするので次回から押し掛けて来ないこと。値段に文句を言わないこと等といった契約書類のような物だった。団体の代表者にサインをしてもらったら、その紙をムラビトに渡し、アッシュはゆっくり歩きながら店に入っていった。
それから少し時間が経って。ギイッと店のドアの開く音がして、「勇者様」がこちらに向かって歩いてきた。
エプロンをつけたアッシュの手にはどこにでも売っているような剣が握られ 、バンダナのようにも出来る目隠しはもう既に目の上に掛かっている。
ムラビトもマオも、普段の出張の時は目を隠していないのに珍しいと思うが、その思考は押し掛け団体客の歓声によって掻き消えてしまった。瞳の隠れたその状態は、そっくりさん芸人と分かっていても勇者にしか見えなくて、喜びのあまり涙を流す者さえいた。
「どうか泣かないでおくれ。私は君たちの笑顔が見たいな」
そう優しく言いながら団体客に微笑みを向け、その言葉に団体客からは滝のような涙が溢れだし、そんな彼らに微笑みを浮かべたままそっとタオルを渡すアッシュ。
そのやり取りを見て、二人から一瞬消えていた違和感がまた甦った。
普段からものまね芸人として営業していても、喋り方はアッシュのままなのに、今日は何故か勇者の口調・声色で話している。それに、いつもなら隠さない瞳を隠していて、更には店に入る前と出てきた時で歩き方が違った。
どう表現したら良いのか分からないが、とにかく何か嫌な胸騒ぎがした。
*****
「アッシュさん、本当にお疲れ様でした。座ってください。今お茶も入れますので」
「ああ、すまないね。ありがとう」
はた迷惑な押し掛け団体客は何時間も粘ってものまねをしてもらっていたが、まだ朝ごはんを食べていないことを理由にお引き取りいただいた。支払ってもらった超割り増し料金は普段ならば到達しない売上だったのでありがたくもあったが、やはり単純に迷惑だったので正直に言うと二度と店には来ないでほしいとも思ってしまう。アッシュが契約書に押し掛けないということを明記してくれて本当に良かった。
空腹なので朝食を食べたいが、でも何より疲れたのでまずはお茶でも飲んで一息つきたい。温かいお茶を人数分入れて、ムラビトはそれぞれの前にコトリと置く。お茶を飲むとその温かさにホッとする。
「ところで貴様、いつまでその話し方をするつもりだ。気持ち悪い」
コップを机に置いたマオがトゲのある声で尋ねる。彼女としてはいつまでも勇者でいられたら不愉快なのだろう。何せ「勇者」は自分を殺した相手だ。「勇者」よりは「アッシュ」の方がまだ良い。そう思っていたのだが。
「ああ、ごめんよ。今日はずっとこのままかな。『アッシュ』は出てこないよ」
「はあ?」
「はい?」
思わずムラビトとマオの声が重なった。「アッシュは出てこない」とはどういうことか。
「普段はちゃんと『アッシュ』が『アーサー』を演じているんだけどね。ほら。人間だからさ、どうしても演技に集中出来ない時もあるだろう?」
勇者は目隠しをして口許に微笑みを浮かべたまま、キラキラとした爽やかな声で二人に話し続ける。
「そういう時は、『アッシュ』は『アーサー』を演じることに集中するよう自身に言い聞かせて、『アッシュ』にじゃあねって別れを告げているんだ。そうするとしばらくアッシュから私に意識が切り替わって、皆の理想のアーサーを演じられるんだよ」
「どうして……」
「うん? 『どうして迷惑客相手に自分を殺してまで演じたのだろう』ってことかな?」
ムラビトの小さな、思わず口から零れた言葉。それに対しても「勇者」は優しく返事をしてくれる。
「そうだねぇ。ソノーニ町だったら問題無かったんだけどね。『サイショ村のすだち屋』で勇者を求められたのが相当キツかったみたいだよ」
話を聞きながらふと顔を下に向けると、机の上にお菓子の乗ったお皿が置かれている。きっとマオとムラビトを気遣った魔物が置いてくれたのだろう。空腹だったので二人が魔物に感謝しながらお菓子に手を伸ばしたのを見て、「勇者」も同じようにお菓子を口に運んだ。
上品に口を小さく開けて、少しずつお菓子を咀嚼する。アッシュなら大口を開けて一口二口で食べるに違いない。アッシュとの違いを見せつけられて、二人の胸の中に何か苦いものが込み上げてくる。
お菓子を丁寧に食べて、お茶もコクリ、コクリとゆっくり飲んで。「勇者」は再び二人に向き直った。
「アッシュは常日頃から『俺はクズだ』『アッシュの居場所はどこにも無い』って思ってるんだよ」
そんなことないと反論しようとしたムラビトだが、手のひらで制止されてしまい口を噤んだ。それを見てニコリと笑う。
「でもサイショ村とすだち屋は『アッシュ』を受け入れてくれた。それが本当に嬉しいみたいでね。だから、もしもあの迷惑で厄介な客を門前払いして、大事なこの村や店の有りもしない悪い噂を広められたりしたらって思ったら『アッシュ』は勇者を演じるしかなかった」
自分にとって何より大事なすだち屋を護るため。そう思っていても、やはりやっと自分にできた居場所であるはずのすだち屋の前で勇者を求められると自分が不要な物に感じてきてしまい、更には迷惑客の黄色い声や、向けられてくる手のひらがフラッシュバックして意識が落ちそうになってしまった。店の中で準備をしていたが段々と体の震えが酷くなり呼吸も苦しくなってきて、しかしそんな状態でも今すぐアーサーを演じなければならない。
「だから自分にお別れを告げて『アーサー』になりきって何とかあの場を乗り切ったってわけさ」
だから今回は仕方なかったんだよ! と明るく彼は言うけれど、ムラビトとマオの気分は最悪だ。
そんな自分を殺してまで無理をして頑張ってほしくなかった。一言でも相談してほしかった。
自分たちはファミリーなのだから。
「……アーサーさん、今日はうちに泊まっていってください。アッシュさんの意識に戻ったらお話がありますので」
「覚悟しておけ、クソ勇者」
魔物たちが部屋の隅で震えているのが見えた。マオの顔を見ると、能面のような顔をしていたので、自分もきっと同じような顔をしているのだろうとムラビトは思う。
しかしアーサーは笑顔で、何なら鼻歌まで歌いそうなほどだ。その様子に、マオの唯でさえ悪い機嫌が更に降下していき、出てくる声は地を這うような低さである。
「おい貴様。何が楽しいんだ、言ってみろ」
「いやあ、ふふ。楽しいと言うよりは、嬉しいかな。だってさ。君たちはアッシュが一人で無理をしたことに怒ってくれているんだろう? 心配して怒ってくれる相手がいるなんて素晴らしいじゃないか。アッシュは幸せだね」
今まで「仲間」はいたけど、「家族」はいなかった。でも、この村に来てようやっと、本当に欲しかったものをアッシュは手に入れることができたのだ。
「これからもアッシュのことをどうぞよろしく頼むよ」
「はい! むしろこちらこそお願いいたします!」
「ふん、まあ面倒みてやらんこともない」
ハキハキとよく通る声で素直に返事をするムラビトと、ひねくれた言い方であれど、気に掛けてくれると言ってくれるマオ。この二人と一緒ならきっとこれからも楽しい日々が送れるだろう。
アッシュの未来を想ったアーサーの口には作り物ではない、本物の笑みが零れた。
*****
「さて、ご馳走さま。では私はこれで失礼しようかな」
「逃がしませんよ?」
「覚悟しておけと言っただろう」
「駄目かぁ~」
明日大変だろうけど、頑張れアッシュ。
