すだちの魔王城

「てんちょー、何か店の前に置いてあるぞ?」
 朝のまだ開店していない、少し準備にバタバタとしているある日。朝の挨拶よりも先に謎の箱を持ってアッシュが店内に入ってきた。
「おはようございます、アッシュさん」
「おう、おはよー。これ、どうする? とりあえず開けてみるか?」
 そう言いながら持っている箱を揺らしてみる。ゴロゴロと中で動いている音から、小さな何かが入っているようだ。そのまま何回か箱を往復させていると、ハラリとカードが下に落ちたので、ムラビトがそれを拾い見る。
「これは……、メッセージカードですね。『モノマネ芸人さんにプレゼントです。ぜひご賞味ください』……て書いてあります。食べ物でしょうか」
「今日は朝食まだだし、ちょうどいいから今から貰うか」
 持っていた箱をテーブルに置き、可愛らしく包装されたラッピングを剥がして蓋を開けて、二人は一緒に中を覗き込んだ。
「うわっ?!」
 見るとほぼ同時にムラビトは体を驚きのあまりのけ反らせ、アッシュはそのまま蓋を閉じる。
「むっ、虫! 瓶! 何ですかこれ?!」
 見たのはほんの少しだけだが、瓶の中にぎゅうぎゅうに虫が詰められていたのが分かったムラビトは鳥肌が立っている。サイショ村は自然豊かで虫などたくさんいるが、さすがに瓶の容量ギリギリまで詰められた状態など見たことなかった。
「店の衛生上よくないから、このまま外で燃やしてくるな。また後でな」
 今も鳥肌が立っている腕をサスサスとこすっているムラビトに対し、アッシュは顔色一つ変えずに箱を持って外へ向かった。
「アッシュさん、何で平気なんですか……」
「虫は昔も今も見慣れてるし」
「『今も見慣れている』……?」
 昔ならば、冒険者時代に野宿などで虫とは常に隣り合わせだっただろう。しかし『今』となると、寝起きしている小屋には窓もあったはず。虫も簡単には入ってこないはずでは。
ムラビトはそこまで考えて、先日掃除しに行った時、アッシュが色々物を放置していて小屋の中で虫が湧いていた、あの惨状が脳裏に過ぎる。
「アッシュさん、掃除をもっとしてください!!」
 彼の心からの叫びはアッシュに届くことなく店内に虚しくこだましただけだった。
 虫瓶を焼却したアッシュが戻って来てからは疲労も感じつつ普通に営業をした、次の日の朝。
ムラビトが店の外の掃除に出ると、またしてもメッセージカードつきの箱が置いてあった。昨日の反省を生かし、店内には持って入らないようにして、まずは地面に置いたまま外から箱を揺らしてみる。
 昨日のようなゴロゴロ動くような音はしないが、代わりに中身の重さがありそうな感じだ。蓋を開けずにメッセージカードを読んでみることにした。
「『昨日の瓶詰めは食べてもらえなかったようで悲しいです。違う物を用意したので、今度こそ気に入ってもらえたら嬉しいです』。……違う物」
 違う物と言われても、嫌な予感しかしないのでムラビトは開けずにそのまま捨てることにする。箱を持ち上げたところでアッシュの影が遠くに見えたので、一応は伝えてから捨てようと思い、そちらに向かって歩いた。
「おはよぉ、店長ぉ。……っおい!」
 大きく口を開けてあくびをしながらの挨拶だったが、こちらをしっかり見ると同時に大きく目を見開き、アッシュがムラビトの方へ走ってくる。その鬼気迫る顔に、ムラビトの方がビックリしてしまう程である。
「大丈夫か?! どこを怪我してる?! 見せろ!!」
 そう叫びながらも既に回復魔法を使っていて、温かい光がムラビトの体を包んだ。
「ありがとうございます。でも僕は怪我なんてしてませんけど……」
「じゃあその垂れてる血は何だ!!」
「え?!」
 まさかの「血」という単語にギョッとしたムラビトの手が大きく開き、荷物が離れて地面に落ちて少し離れた所へ転がっていく。荷物をそのままに自身の体を見ると、確かに腹部に血のような染みが、更には足元に小さな血の池があった。
 そこを認識したアッシュが傷を確認しようとムラビトの服を一気に捲り上げたが、しかし血の付いている部分には傷など一切無い。
「本当に怪我はしてないんだな……?」
 ふぅー、とアッシュが息を吐いて頭をもたげていると、荷物の転がった辺りにも血が滲んでいるのに気が付いた。
「これは……」
「あ、この箱は昨日と同じように外に」
置いてあったんですよ、と言葉を続けるより前にアッシュはガパリと箱を開ける。
「……っ!!!!!」
 中を見たムラビトは両手で口を押さえヨロリと何歩か後ずさった。その顔色は蒼白だ。
はたしてその中には。
 胴体を真っ二つにされた野生のモグラが、ビニール袋に血液と一緒に雑に入れられていた。


*******


「箱から外に血が滲んでいたからよぉ、大怪我した猫とかそういうのがいたらいけないからと思って開けたんだよ……」
 臨時休業の看板を店に下げて、震えるムラビトに上着を掛けてからマオによる事情聴取が始まった。しかし昨日の事から順に話していけば、何故そんな軽卒な行動をとったのかという説教に変化してしまった。
 アッシュ自身も軽はずみな行動だったと反省しつつ、少しだけ言い訳をさせてもらう。しかしマオにギロリと睨まれ、小さな声で悪かったと呟く。
「しかし虫の瓶詰めからたった一日でグレードアップしすぎだろう。これは放置したらどんどん悪化するのは目に見えているな」
「だよなあ。どうすっかなぁ」
「貴様は何を言っているんだ。恐らく今日のモグラも処分したことなど、贈り主は分かっているから明日も来るだろ」
 ガタリと大きな音を立てながら椅子から離れ、胸を張りながらマオは大きく口を開ける。
「明け方からはりこみするぞ!」
「おおー」
 このような相手がいる状況は精神衛生上大変良くないし、第一迷惑極まりない。それに万が一善良な村人たちや、早く来てしまったお客さんが見てしまうなどといった事故が起きてはいけない。アッシュとマオは腕を思いきり上にあげて、犯人確保を意気込む。
ちなみにムラビトも同行しようとしていたが、二等分モグラのダメージがでかかったので二人が止めた。震えがまだ止まらない彼に、これ以上トラウマを植え付けるなど許せない。
念には念を込めて魔物たちにムラビトが出てこないように見張らせて、日が出る前からアッシュとマオが店の外で待機した。暗闇かつ茂みの影からなので、よほどの猛者でない限りバレることはない。
案の定、日が出て少ししてやって来たフードを被った人物は二人に気付くことなく、隠れている茂みとは反対の方でゴソゴソと不審な動きをしてから立ち去ろうとした。そのまま背中を向けて歩き出した人物に二人が跳びかかり、上に乗って押さえつける。
「なっ、何……?!」
「貴様が贈り主の犯人で間違いないな?」
「はい、確保~」
 相手が突然の衝撃に目を白黒させている内に、手と足を縄で縛っていった。あまりにも鮮やかに縛ったので、まだ相手は縛られていることに気付いていない程だ。
「ソノーニの自警団に依頼はしてるけど、さすがに時間が早すぎるよなあ」
「まだ来るまでもう少し掛かるだろうな」
 呆然としていた贈り主だが、二人の発した「自警団」という言葉で流石に暴れ始めた。ミミズを連想するようなウゴウゴとした動きで体を動かしたが、しかし縄は解けず息切れを起こしただけである。
「手足が痛くなるだけだから大人しくしとけ? な?」
「さて、今回は一体何を置いて行こうとしたんだろうな」
 マオがテクテクと歩いて明かりを照らした先には、何やら牛の頭が見えた。
「牛……。え、今回はただの牛?」
「おい。害意が無いと判断されたら捕まえられないのではないか?」
首を傾けながらもう少し近づいていると、牛がのそのそと茂みから出てきた。茂みにいた時は分からなかったが、よく見るとその牛は腹から腸のような物がダラリと垂れていて、しかし痛みに悶える様子もなく普通に歩いている。
二人が大きく目を見開いていると、牛が口を開けた。
「495kfsdえ3おrql:;あ。¥erkんlgjぱおr@うぇs。gk」
 何か音を発したが、それは通常では聞き取れない、理解の及ばない人智を超えた物であった。
「マオっ!!」
「向こうは任せろ!」
 マオの黒雷で牛を仕留めても良かったが、後から来た自警団にどのように黒焦げにしたか聞かれたらごまかすのも大変そうだ。一瞬でそう判断し、アッシュに牛を任せることにしてマオは贈り主が万一にも逃げないよう、また「あれ」は何かを尋問することにする。
マオが向こうに走るのを確認し、アッシュは牛に向き直って剣を構えた。牛の口からは謎の呪詛と共に黒いモヤのような物も一緒に出ている。
「ちょっと接近するのはマズそうだな……」
 牛から少し距離を取り愛用の剣を構え、一つ息を吐くと同時に衝撃波を放つ。無数に出された衝撃波は牛の体を細切れにした。それでも構えは解かずに睨んでいると、バラバラになった肉片がもぞもぞと動きくっついていく。
「うわキッモ!!」
 ゾワッとなりながら再び斬る為に剣を向けると、くっついた肉は牛の形は保っているのだが、先程までは無かった、ボコボコと丸い突起が発生しはじめた。
「普通に斬っても再生するならどうするかなぁ……」
 もう一回斬ってみて再び再生するならば、後が面倒だがマオに仕留めてもらおうか、と思考を巡らせて構えたその時。
「アッシュ君」
 牛から生えた突起から声がした。
「え……、は?」
 その声は普段から聞くことの多い、村長の声だった。思わず動きが止まったアッシュに追い打ちをかけるように、どんどん突起と声は増えていく。
「あらあらアッシュ君は元気ねえ」
「今度また酒飲もうぜ」
「ねえ、何でさっき斬ったの」
「痛いじゃねえかよ」
「ひどいよぉ!」
「何でこんなことするの?」
 突起は形を変え、サイショ村の住人の顔になり声を出し、アッシュに話しかけ、責めてくる。
「……、……っ」
 大切な村の皆に責められていると、脳みそが一瞬勘違いしてしまう。しかしここから生えた顔は本物の村人ではない、ただの化物の擬態だということはアッシュも分かっている。しっかりと剣の柄を握り直し、もう一度衝撃波を放った。
 それが当たるという、その瞬間。
「アッシュさん、大丈夫ですか? ……ぁっ」
 突起の一つがムラビトの顔に変化した。斬られた瞬間の小さな悲鳴を出し、大きく見開かれた瞳と目が合う。そうして、皆の顔の形はそのままに肉片となって飛んで行った。
 汗と震えが止まらない、立つことで精一杯になったアッシュだが、目の前の化物の肉片はまた動き出している。そしてまた突起ができ始めたのを見て、アッシュはついにえずいてしまった。
「アッシュさん、痛いです……」
 目の前に来た肉は、今度は最初から血まみれ状態になった村人たちの顔を作って迫ってきて、それをアッシュはぼんやりとした思考で見つめてしまう。
近づいてきた牛の口が大きく開いて、そのままアッシュの頭を飲み込もうとする。しかし長年の経験からの反射で拳が出たアッシュと、横から聖水をマオが掛けたのはほぼ同時だった。
聖水を掛けられた化物はおぞましい悲鳴をあげながら悶え苦しみ、震えて動けなくなる。その様子を確認して、マオはアッシュの方へ向き直った。
「あ、マオ? ……何でこっちに。捕まえた奴はどうした?」
「ふん、奴はだんまりだったからな。殴って気絶させた」
「ああ、なら大丈夫か……。ていうか、聖水どうしたん? 持ってたっけ?」
「ふん。お前が最初に斬った後に再生しているのを見たからな。ああいうのの弱点である聖水を、店に戻ってムラビトに急いで作らせた」
「なるほどぉー」
 軽い口調で話すが顔色は真っ白だ。チラリと見て無言でアッシュにバケツを渡し、すっきりするまで吐かせてやる。
 太陽が完全に昇ったころ、ソノーニから自警団がやってくる姿が見えた。動かなくなった化物を見て小さな悲鳴をあげているが、それでも彼らはしっかり仕事はこなしている。化物封じの魔法術式の組み込まれた荷馬車に残骸を入れて、犯人にはしっかりと手錠をかけた。
 連行される犯人が歩き出した時、強めの風が吹いてフードが外れ、その顔が全員に晒された。顔を確認し、アッシュは「あっ」と声が出た。
「あんた。前、コンパにいた奴……」
 カルテリコスの為に参加した町コンで、たまたまアッシュがクーポンを渡した相手で、先日店に来たばかりだったから。そんな見覚えがある相手は、アッシュを親の仇のごとく睨んでいる。
「何よ、あんた!! アンニュイな雰囲気でクーポン渡してきて、こっちに期待させておいて!! クーポンは口実で、私に後日会いたいが為に用意した物だと思ったのにっ! 来てみたらただの商品との引換券ですって! しかも色んな人が持ってたし! 乙女を馬鹿にすんなああああああ!!」
 要は、勘違いして勝手に逆恨みして、嫌がらせをしたということだ。怒りに任せて動機をペロリと吐いている。
「くだらんな」
 マオがうんざりといった顔で女を見下ろした。言い方のせいで、女の奇声はよりヒートアップしている。
「大体こいつのどこが良いんだ?」
「私はヒモっぽい男が好きなの! 酒と賭博が趣味なんて最高じゃない!!」
「理解できん」
 散々な言われようだが、アッシュも同感なので自分の事なのにうんうんと頷いている。
 女の発言についていけなかった自警団の人が正気に戻り、ゴホンと咳払いをして口を開いた。
「えー、店への嫌がらせ、動物への危害。そして茂みから出てきた魔導書から、違法魔獣召喚の疑いがあるので連行しますね」
「頼んだ」
 いまだに騒いでいる女は強制的に馬車に乗せられて運ばれて行き、辺りに静けさが戻ってきた。
「あー、疲れた……」
「まったくだ、お前のせいで……」
「あれは不可抗力じゃねえ?!」
 腕をグルグル回しながら、店先を確認する。化物を斬った時の肉が残っているかと思ったが欠片も無い。予想だが、細切れになった物がくっつく時に、全て欠片も残さずに回収しながら動いたのだろう。徹底的な掃除の必要性は無さそうで安心である。
 店内に戻ると、ムラビトが心配そうな顔でこちらを見た。食卓にはサラダやパンなどが並べられている。
「お二人とも、おかえりなさい。ご無事で良かったです。僕、全然役に立てなくてごめんなさい」
 そういう姿はションボリとしている。周りの魔物たちは、そんなことないよ! といった感じで励ましている。
「いや、すごく助けられたって。店長に聖水を作ってもらえてなかったらどうなってたことか」
「ムラビトはMVPだ! 胸を張ったら良いぞ!」
「そうそう、朝ご飯も助かる~」
 嘘のない様子の二人を見てようやくムラビトもニコリとして、みんなで揃って朝食を摂ることにする。
 静かな村の中に奇天烈な叫び声が響いたので、心配した村の住人たちが揃って押しかけてくるのはこれからあと少し後の話。
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