きめつ


ちょっと皆、聞いてくれる? 俺の不思議体験なんだけどね。
しばらく前から最近まで、頭の中で知らない男の声がしてたんだ。それも毎晩、毎晩だよ。
「今すぐ己の頸を斬れ」って、ずっと聞こえてきてさあ。
正直、気が狂いそうで、まあ実際俺は限界だった。気付いたら台所から包丁を持ってきて手に握ってた日もあってさ。正直ヤバいと思ったね。
当たり前だけど頸を斬ったら人って死ぬじゃん? 死にたくないから、インターネットで色々調べたのよ。
そしたら「悪夢に悩まされている方。是非アクセスを!」ってページがあって、クリックしたんだけどさあ。「悪夢の例:己の頸を斬る」ってあって、これだ! ってなるじゃん。
あ、ちょっと何その反応。愚か者って言うのは止めてくれよ。そのページが怪しすぎるって? うん、分かってるよ。でもその時は本気でそれに縋る位ヤバかったの。
まあ俺はそのページのリンクを押してホームページを閲覧したのよ。

悪夢に悩まされている方、是非ご相談ください。相談者様や、内容にもよりますが、その悪夢を解決出来るかもしれません。
相談者様によっては解決出来ないかもしれませんが、それは話しながら判断いたします。相談は無料です。悪夢で命を絶つ前に是非お電話を。

だってさ。え、何だそれって? うん。分かる。分かるから。いいから話させて。
もう限界ギリギリの俺はすぐに電話したの。
「はい!!! こちら▲▲相談所の電話です!!!! ご用件をどうぞ!!!!」
予告無しに、ばかでかい男の声が聞こえた。電話口からいきなり大きすぎる声が聞こえてさあ。俺の鼓膜が破れるかと思ったよなあ。今思ってもよく俺の鼓膜、無事だったよね。電話口の後ろから「おーい、●●! 声がでかいぞー、もうちょっと抑えようぜー」って聞こえてきたし。電話の男も「うむ! ○○! すまない!!!」て応えてたけどさ、それもでかいの。ビビったよね、本気で。
電話口から少し耳を離しながら電話してたんだけど、話していたら段々男の声が落ち着いてきたというか、真剣味が増してきたのを感じて。
「君の悩みは解決出来るだろう! 人を送る! 今から言う住所にきて欲しい! 君の都合が良い日はいつだろうか?!」
そう言ってもらえたんだ。
ああ、これで助かった。
そう思って、空いてる日を教えて、向こうの指定した場所に行ったんだけどさ。めちゃくちゃイケメンが立ってんのよ。黒髪で、後ろを一つ結びにして、髪の毛ハネてて、青ジャージ着てんの。字面だけだと身なりを整えてない男と思うじゃん? でも何故かそれらが似合ってる、男前がいてね。顔面の良さに嫉妬しちゃったよね。
まあ、その男が怪しい相談所から派遣された人で。自己紹介をした俺に対して、挨拶も無しに木刀でいきなり叫びながら殴りかかってきやがったのよ、そいつ。しかも頸と肩の近く!

な、ふざけてるよな?!マジで痛かったんだから!!
そんな痛みに悶える俺に向けて、男がボソボソと説明してくれるのね。

なんでも、悪夢を見てアクセスしてくれた人の大半は前世では鬼となって人間を食べたという業を犯した人なんだと。
で、もしもその鬼の大将の思念が残ってる場合、頸を斬れって大将に言われる夢を見るんだとさ。だから頸の近くを殴ったと。

滑稽無糖。うん。正にそれ。
痛いし、相手は正気を疑うことしか言わないし。
ぶっちゃけ、お前が頸斬れよ! 斬って俺にお詫びしろよ! と思ったわ。

黒髪は「これでもう悪夢は見ないはずだ。無いとは思うが、万が一見ることがあれば言ってくれ」と言ってたけど、悪夢見る前にクレームを入れてやったわ!
説明も無しに殴りかかるとは一体どういう了見だ?!ってな。
まあやっぱり、電話した瞬間鼓膜破れるかと思ったけど…。謝ってもらえたし、文句を言えてとりあえず満足したわ。

で、その日の夜よ。半信半疑で寝るでしょ。
なんと! 驚くことにさ! 夢を見なかったんだよー!!!
爽やかな目覚め! 一体いつぶりかな! 凄い嬉しかったから、仕方ないから黒髪は許した!
俺って心広いなー! 優しすぎない?!

え、黒髪の事をもっと聞きたい?
そうだな、多分あいつ、中二病。だってさあ、「何とかの呼吸」とか言ってたし。必殺技とか作って悦に入ってると思う。うん。あと何か言ってたんだよなー、何だったかなあ…。

…………あ、思い出した。
今後絶対に悪いことはしないように、て言ってたわ。
何か、悪いことしたら木刀で追い払った思念が戻ってくる率が高い、って言ってたんだわ。そうだった。
あぶねえ、忘れてた。この配信して良かったー!
黒髪の事聞いてくれてサンキュー!

じゃあ、今日の配信ではバットで校舎の窓ガラスを割って回る予定だったけど止めるかなあ。すんげえやりたかったけど、仕方ない…。うん…。
代わりにそうだなー、なんか前に別の人がやってて楽しそうだな、凄いなって思ったやつを、リスペクトを込めて俺もやろうかな!

スーパーで購入前の弁当食べるやつ!あれ勇敢で凄いよな!
あれ見た時、その人の勇気に感動して心震えたもんな!
よし! 今日の配信は、スーパーのお寿司を購入前に食べるやつやります!
皆見てくれな!



************


ああ、また一人、頸を斬ってしまったね。
あんなに、悪事に手を染めたらいけないと教えたのに。何で皆悪いことをしてしまうのかな?

ある日、憂いを帯びた顔でお館様がそう仰ったんだよ。
ん? お館様が誰かって? あーと、うちの学園の理事長だよ。この学園を創る前は俺たち教師陣や理事長はちょっとした相談所をやっててよ、更にそれより前の大昔は政府非公認組織で人喰い鬼を斬ってたの。んで理事長はそこのトップだったのよ。
で、その時の名残で時々お館様って言っちゃうんだよな。まあ許せ。

あ? 鬼とかいないだろって? 
ああ。いないよ。現在はな。
はあ? ガキ相手だからって俺はからかってもないし、別にお前が信じなくてもいいけど、そういう前提で話を進めるぞ。

で、だ。
どんなに鬼の大将の思念を俺たちが祓ってやっても、大体の奴らは悪いことをやっちまって思念が戻ってきて、それで自分の頸を斬り落としてしまう。ぶっちゃけ、いたちごっこだった。何度祓って何度言ってもほとんどの奴らが頸を斬り落とす状況に流石に皆疲れててな。
どうするか俺たちは話し合った。もう諦めて、現状維持で斬る奴は斬れって方針でいくかという話にもなったが、不死川がな。「あいつらは道徳心がねぇんだからどうしようもねぇよ」とふっと呟いたことでピンと閃いてな。
「だったら道徳心を小さい頃から教え込んで育ててやれば、悪事を犯さなくなり、頸を斬る奴もいなくなるのではないか?!」と!
そう提案したら皆賛成してくれたしな。

ははっ我ながら賢いだろ! ほれほれ、神を褒めろ崇め奉れ!
あ? そう都合良く鬼だった人が入学してくるのかって? まあ俺も前世が鬼だった奴がどの位入学してくるかは賭けだと思ってたんだけどがな!
お館様がどうやっておられるかは知らないけど、前世が鬼の奴らを見つけて入学させてくださってんだよ。おかげで相談所の時より悪夢の相談者自体減ったし、テレビでも聞かないだろ?
頸を自ら斬り落として自殺したって奴の話。

お、お前やっと少しは俺の信じた?
ははっ、まあ昔あんなに原因不明の頸斬り自殺を連日ニュースでやってたら忘れられないか。
正直まだ前世とか鬼とかは半信半疑だろうけど、これがこの学園が創られた理由だよ。
うん、そう。この学園が小学生から高校まで欠かさず週三回道徳をやるのもそれが理由な。
多いけど仕方ないんだよ。試行錯誤しながら授業を組んだ結果、この位やんねえと前世が鬼の奴らは悪事を繰り返すからな。
多すぎる? 諦めろ。お前はまた頸斬りのニュースをみたいのか?

まあ、そういう訳で。悪夢を見るって奴の噂を聞いたらお前もすぐ教師に報告な。
お前の良い耳は頼りになる。よろしくな、善逸。


********


正直最初はなんてくだらない嘘だと思った。けれど宇髄先生の言うように、昔はよく耳にした頸斬り自殺の報道は、今はほとんど聞かない。
それでもやっぱり「鬼」とか「前世」とかは俺には信じきれなくて。結局俺の中では「信じるか信じないかは、あなた次第」というフレーズに落ち着いた。

だけど。
「先生!」
朝のまだ生徒が少ない時間、俺はバタバタと足音を響かせながら学校の廊下を走って乱暴に職員室の扉を開けた。強く開けすぎて、ガァン! と音が鳴り、職員室の中にいた先生たちの視線が全てこちらに向く。
「我妻! 扉は静かに開けろ!」
冨岡先生の注意する声と共に竹刀が飛んできたが、かろうじて避けることが出来た。それとほぼ同時に後ろでガシャンって音が聞こえてきた。え、窓割れたよね。良いの?
いや、今はそれよりも。
「すいません! でもそれどころじゃなくて! お願い、炭治郎を助けて! 頸斬り悪夢! あいつ見てたんだって!」
俺の叫び声を聞いた先生たちの反応は様々で、「はぁん!?」と叫ぶ先生もいれば、「何故?」と青ざめる先生もいた。
「炭治郎は無惨に執着されていたからな…。鬼にされたし、そのせいか…」
冨岡先生が小さな声でブツブツ独り言を言ってるけど聞こえてきた、その無惨って奴が鬼の大将なんだろう。許さねえ無惨。よくも炭治郎を苦しめやがって。
「竈門の様子は?」
ぬっと俺の近くに寄ってきた宇髄先生も眉間にシワが寄っている。
「追い詰められてるかも…。夢見が悪いなって昨日寝る前にグループラインで炭治郎が話してくれたんだけど…」

あいつ曰く。
最近の夢見が悪い。頸を斬れってずっと囁かれるけど、長男だから耐えている。でもここ数日は、それに加えて腕を斬り落とせ、腹を斬れ、眼を潰せ、全身を斬れと囁かれ続け、夢の中で必死に耳を塞いでも聞こえてどうしようもならなくて。叫びながら布団から飛び起きていると…。

「今日の体育は自習だ。俺は炭治郎の様子を見る」
「それなら歴史も自習だ!!!」
「何が必要かねぇ? 執念がヤバすぎて、ちょっとやそっとじゃ祓えなさそうだなあ」
「お札も在庫は全て使いましょうかしら?」

様子を聞いた先生たちがすかさず行動してくれる。ありがたいなあ。炭治郎、悪夢を見なくなれば良いな。俺ならそんな夢、絶対に耐えられないもん。炭治郎みたいに周囲に感づかせないように普通に振る舞うのも出来ない自信がある。
「おい、善逸。お前もついてこい。大勢の教師が様子を見にきたら、あいつもビビるだろ」
「良いの?!」
「良いから言ってんだろうが。ほら、竃門に連絡入れとけ」
「ありがと!」
炭治郎が心配だから、ついていけるのは普通にありがたい。俺は全く役には立たないけど、それでも傍にいたい。
「それで、竃門少年は今どこにいるんだ?!」
「今からあいつに電話しますね。学校には来ると昨日言ってたので、こっちに向かってるところだとは思いますが……」
電話を掛けて何回目かの呼び出し音が鳴った時。炭治郎が出てくれた。それと同時にスピーカーにして、先生たちにも聞こえるようにする。
「おはよう、善逸。朝早くからどうしたんだ?」
「おはよう、炭治郎。昨日の夢のことを先生に言ったんだけど、どうにかしてくれるって。んで、お前今どこにいるの?」
「先生に言うなんて、そんな大げさな。俺は大丈夫だよ」
「良いから。今、どこにいる?」
「今いるところ? 家庭科室だけど」

家庭科室。
それを聞いて、先生たちがザワッてなったのが分かる。俺も血の気が引いた。だって、あそこの部屋には……。
「すごいよな。どれもピカピカだし、先生の道具への深い愛情を感じるよ。それに切れ味も良さそうだ」

あの部屋には、先生が毎日研いでいて切れ味が良すぎる包丁がある!
ヤバい、ヤバい、ヤバい!!
職員室と家庭科室は同じ一階にあるとはいえ、位置としては端から端。
俺たちがこの部屋から出て全力疾走したとしても、斬るのは一瞬。
既に先生たちは部屋を飛び出してる。俺もスマホを持って走り出す。通話はそのまま。
「炭治郎っ。そのまま動くなよ!? 手も足も顔も動かすなっ!」
「なんでだ?」
「あっ、えと、い、良い包丁! 俺も見たいからっまだ触るなっ、よっ!」
「ははっ善逸は変なことを言うなあ」
「変って、言うな!」
「大丈夫。ここにあるのは全て素晴らしい包丁だよ。一本位俺が触ったところで問題ないから、あとでゆっくり見たら良いよ」
「たんじろっ!!」
この学校は無駄にでかい。いくら先生たちの足が速くても、きっと間に合わない。家庭科室に着いたら、そこにいたのは血塗れの炭治郎でした、なんて嫌だ。想像しただけで涙が出てきて止まらない。
お願いだ、誰か。あいつをどうにか止めてくれ。
「あ、おはよう。いのす……」
「猪突猛進!!」
そう思っていたら、スマホから突然伊之助の声と、何かが落ちる音が聞こえてきた。
「何くだんねえことをしようとしてやがる! 目を覚ませ!」
「痛いぞ、伊之助。それに俺の上に乗らないでくれ」
「お前の視点が下に落ちてる包丁に向いてるうちはぜってぇ下りねぇ!」
え、何で伊之助がここに? 炭治郎を止めてくれて助かったけど。まだ朝早いし、普段ならこいつはまだいない時間なのに。
「紋逸! よくグループ通話を使った! 褒めてやる!」
あ、なるほど。
昨日のグループ通話のメンバーは俺と炭治郎と、伊之助の三人。こいつも昨日の炭治郎の話が気になって少し早く学校に来たのか。
俺たちの下駄箱と家庭科室は比較的近い場所にある。だから頸斬りを止められたというところか。
「伊之助、ありがとぉー……」
「おう!」
安心してしまって、足から力が抜けた。しゃがみこんでしまって、涙があふれて止まらない。スマホを通して家庭科室に着いた先生たちの声も聞こえてくる。
「間に合って良かったあ……」
なんとか足に力を入れて、家庭科室に向かう。涙や鼻水をながしながら扉を開けたら「何でそんなに顔が大変なことになってるんだ?」と炭治郎が言ってきたので、頭に噛みついてやった。
馬鹿やろう! 全てお前のせいだよ!


********


おそらく前世が鬼だった人たちが悪夢によって頸を斬るごとに、鬼の始祖の思念は力を貯めていて。昨夜に久々の頸斬り自殺者が出たらしく、多分それで奴に十分な力が貯まってしまった。
そこで始祖が、無理矢理炭治郎の意識の端に入り込んで頸を斬らせて、意識を失わせたところで鬼の始祖が入り込み、そのまま体を乗っ取り自由に動くつもりだったのかもしれない。
これが、耐えてきた炭治郎が、何故今日いきなり奇行に走ったかという推測される理由だった。

そしてこのあと炭治郎は大変だった。
まずはお祓い。冨岡先生が何度も何度も炭治郎の頸の近くで木刀を振り回す様子は見ていてすごく怖かった。
更にその二人の回りを囲うようにお札とかも置かれ、先生たちの念仏の合唱が響く家庭科室。
はっきり言って異様すぎる。
他の先生があらかじめ休校にして他の生徒を帰宅させてなければ、撮られてSNSで拡散されてたと思う。それくらいヤバい光景だった。

冨岡先生が疲れたら煉獄先生、不死川先生と先生も交代で炭治郎に木刀を振り回す。
うん。事情を知らなければ即通報案件。
そんな光景が何時間続いたか。
やっと少し落ち着いたらしく、先生たちの木刀ぶんまわし祭は終わった。

そして俺たちに渡されたのは、藤の花の香り袋。鬼の嫌いな匂いらしい。
思念がまだまだ強いから、いつもいる人たちも持っておけということらしいが、香り袋は毎週交換に来いと言われてしまった。夏休みも、冬休みも、春休みも欠かさず来て交換しろと。
正直嫌な顔をしたが、先生たちに炭治郎の頸斬りを見たいのか?と真顔で言われてしまえば頷くしかない。
誰がそんな地獄の光景見たいものか。

この学園の先生になれば、下手な仕事に就いて忙しくて交換にこれないということは無いだろうとのことで、そのまま将来の仕事まで決まってしまった。
俺は良いんだけどね。将来の不安が一つ解消されたってことで。
一応先生としてやっていけるよう、伊之助は体育、俺は音楽の勉強時間を増やされるらしい。うん、仕方ない。音楽好きだし、やってやりますよ。
炭治郎は、家のパン屋の跡継ぎもあるから家族と話し合いをさせてほしいと言ってたけど、絶対に反対されないよ。
だってあの見てるだけで幸せになる、家族想いのみんなだもん。炭治郎自身の安全を優先するに決まってるじゃん。

炭治郎の家族の顔と、将来三人で並んで仕事をしている光景を思い浮かべて、俺は小さく笑ったのだった。

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