きめつ
ねつ造あり。
「しっなずっがわー」
仕事前に案内された控え室の扉が、ノックの音の少し後にガチャリと開けられた。それと同時にリズミカルに名前を呼ばれて、不死川実弥は部屋へと入ってきた男へジロリと顔を向ける。
「何だよ、宇髄。予定よりまだ早いけど、なんか用かぁ?」
「そんなドスの利いた声を出すなよぉ。集中してるところにやって来たのは悪かったからさあ」
怖い怖いと言いながら宇髄は、それでもニコニコしながら不死川の側へ近寄ってくる。椅子に座った不死川の横に立つと、「はい、これ」と言いながら手に持っていた雑誌を机の上に置いた。置かれたまま見たその雑誌の表紙にはデカデカと「今、大人気の俳優に迫る!!」と書かれた見出しがあり、その下には誰もが黄色い悲鳴をあげてしまいそうな笑顔を決めている宇髄がいた。
「いらねえ」
「え、いらない? 本気で?」
宇髄の腹へ雑誌を押し付けながら返すと、当の宇髄はキョトンとした声と、信じられないといった顔をしていた。
「お前の載った雑誌は妹たちが発売日とほぼ同時に買ってくるんだよ。家に同じ雑誌は二冊もいらねえ」
そう言って返してやるも、宇髄はまだ口を尖らせている。それでも不死川が受けとる気配がないので、渋々持っている鞄に雑誌を戻した。
「でも本当にいいのか? この雑誌には玄弥のインタビューも載ってるんだぞ?」
せっかく保管用にって思って、一冊もらって来たのにー。という宇髄の言葉が終わる前に、不死川はギュルリという効果音がつきそうな程の勢いで宇髄の方へ体を向けた。ギリ、と歯を食いしばり、低い声を絞り出す。
「……やっぱり、それ寄越せやぁ」
「だよなー! 絶対お前は欲しがると思ったんだよ!」
宇髄の予想通りというのは癪だが、玄弥のインタビューは読みたい。
芸能人事務所へ応募して無事デビューはしたが、なかなか芽が出なくて苦労していた玄弥。頑張っているのに後輩に先に抜かれ、声を荒げているところも見た。何とかしてあげたくても自分とはジャンルが違うので、良いアドバイスは出来ずただ美味しい物を食べさせてやることしか出来なかった。
そんな苦労してきた玄弥が、宇髄が載るような有名雑誌でインタビューを受けていたというではないか。この本は永久保存版とする。読む用のこれとは別に、更に追加で雑誌を買わなくてはならない。
そう考えながら再び渡された雑誌を受け取り、すぐ開く。宇髄のインタビューページは飛ばした。彼のページはまた後で、時間がある時にでも読んでやれば良い。とにかく今は玄弥のインタビューだ。
お目当てのページを開くと、そこには玄弥に加えて時透も一緒に写った写真が掲載されていた。二人とも、楽しそうな輝く笑顔を見せている。
「大人気俳優・時透とネクストブレイクモデル・不死川玄弥に迫る!」という見出しから始まり、インタビュアーの質問と二人の会話が何ページにもわたり書かれている。同年代の友達のようなやりとりや、玄弥の楽しそうな顔を見て、不死川の頬は自然と上を向く。
鼻歌を歌いそうな雰囲気で読んでいた不死川だが、ある行を読んだ時。ピタリと全ての動きが止まった。
「……あぁん?」
「うわ、怖っ。何急に物騒な声出してんだよ」
「宇髄、まだいたのか」
「いちゃ悪い?!」
酷いなー、と言いながらも宇髄は時計を不死川へ向ける。
「何であんな声を出したのかは知らないけど。インタビューはまた後で読めよ? そろそろ仕事の時間だから」
言われて時刻を確認すると、確かに針は予定時刻の近くまで来ていた。
「……ちっ。おい宇髄。今日は仕事終わったら俺はさっさと帰るからなぁ? 玄弥に聞かなきゃいけねえことが出来たぁ」
先程までの様子が嘘かのような、怒りのオーラを纏いながら部屋を出ていく不死川の背中を見て。
「……いや、マジで何であんな突然怒りだしてんの?」
皆目見当つかないが、とりあえず玄弥の心の準備だけはさせてやろうと思い。宇髄は不死川の後ろ姿の写真を撮って、それをトークアプリで送信してやった。
*********
「おかえりぃ。玄弥、お前に言わなきゃならないことがあるぅ」
玄弥は今日のモデルの仕事が予定よりかなり長引いてしまい、終わった頃には働ける時間のギリギリとなっていて。まだ未成年ということもあり家までマネージャーに送迎してもらえることになったので、彼は車内でスマホを触っていた。
インターネットやSNSを見たりして、家に着く直前にやっとトークアプリを開いたら。宇髄から送られた写真と、「頑張れ」という励ましの言葉である。添付された写真から、兄が何かに怒っていることはわかるが、しかし何に怒っているのかはわからない。恐怖のあまりマネージャーに帰りたくないと訴えても、当然受理されず。無事に玄関前まで送り届けられてしまった。
震える手でドアを開けると目の前に兄。手洗いうがいを済ませたら、リビングへ連行されて開口一番それである。
玄弥は話が飲み込めないので黙っていたら、兄は低い声を出しながらメンチを切ってくる。
「……いきなり言われても、話が分からないんだけど……。兄貴は何に怒ってるの?」
小さな声で体を震わせながら弟に言われ、不死川も少し冷静になったらしい。一旦睨むのはやめて、机の上の雑誌を少し前に押し出した。
「これだ」
「これって……、あ。時透さんとインタビュー受けたやつだ。もう出てたんだね」
時透さん、優しかったなあと目を細めながら言う弟を見て、兄も同じように目を細める。
「時透との対談で楽しそうだったなあ。仲の良い友達が出来たって、兄ちゃん記事を読んでて嬉しかったんだぜぇ」
「うん、ありがとう兄ちゃん」
兄の笑顔を見て大丈夫だろうと判断し、じゃあ俺はお風呂に行くね、と続けて逃げようとしたのだが。腰を上げるとほぼ同時に、兄に腕を掴まれてしまった。
「話は終わってねえんだよぉ。むしろここからが本題だぁ」
「……何でしょう……」
兄からの鋭い視線にブルブルしながら下を向く。
己は何か問題のあることでもしただろうか。いやしかし、問題点があれば編集の時点で事務所へ連絡が来るはずである。玄弥の所属している事務所は大きく、タレント達を大切にしているのだ。つまり、世間一般的には問題はないはずである。
そう玄弥が頭をグルグル悩ませていると、不死川は雑誌を開き指を指した。
「ここだあ」
「……?」
よく分からないまま、玄弥は兄は指を指されているところを読み直した。
「『バラエティ番組に呼ばれまして。コーナーの一つで歌を歌うことがあって歌おうとしたんですが、緊張して声が出なくって、すっごい焦ってたんですけど……。炭治郎や時透さんがフォローしてくれて助かりました』。これの何が問題なんだよ?」
「そこじゃねえ。『緊張がほぐれるように収録の順番を変えるように頼んでくれて。先にミニゲームをしたんですよ』。この先だあ!」
兄に言われ、その先を見ると。
「『昔懐かしのミニゲームをやってみようというコーナーで、俺はビリビリ棒やりました。あれ凄いですね。正直めっちゃ痛かったッス(笑)』。……?」
玄弥には問題点が全く分からない。ただ普通に番組でやったことを話しただけだと思うのだが。
そんなキョトンとした様子を見て、不死川の瞳が大きく開かれた。
「何でお前がビリビリ棒なんかしてんだぁ?! ああいうのはモデルの仕事じゃねぇだろうが?!」
「えっ、良いじゃん別に!?」
兄が大きい声で叫んでくるので、玄弥も同じように叫び返してしまう。バラエティ番組に出る俳優もアイドルも最近多いのだから、モデルの自分がバラエティに出ても良いのではないだろうか。実際、マネージャーからもオッケーサインが出たので、兄がここまで怒ってくる理由が分からない。
「痛みには比較的強いお前が痛いって相当だぞぉ?! これ絶対しばらくビリビリの感覚が残ってて動けなかっただろ?! こんなのモデルの仕事じゃねえ!!」
「……兄ちゃんの推理力が怖い」
兄の言葉に体がピクリと反応してしまい、それを見た不死川の眼光が更に鋭くなったので玄弥は取り繕うことをやめた。実際、ビリビリが強すぎたせいで収録が一時中断となった。どうやら準備したスタッフが新人だったらしく、電力の設定を間違えてしまっていたらしい。
「でも、その動けなくなった間に色んな人が声を掛けてくれて! それで緊張がほぐれたんだよ! それで歌も歌えて、無事に収録が終われたんだからな!!」
言い返したが、兄の反応はよろしくない。顔をクシャリと歪め、辛そうな顔をしている。
「……兄ちゃん?」
「……俺は、お前に痛い思いをしてほしくねえんだよ。モデルって言うから芸能界チャレンジも許したってぇのによぉ……」
小さな、兄の絞り出すような声を聞き。ようやっと玄弥は己の勘違いに気づいた。
撮影は無事に終了したし、色んな人と仲良くなれて、失敗した新人スタッフも謝ってくれたしで、自分自身としては何も嫌な思いはしていない。だから兄が怒る理由など何もない。そう思っていたが。
兄は収録が無事にすんだということはどうでもよくて、弟が傷ついていたことに怒っているのである。
「おい、何ニヤニヤしてんだお前はよお……?」
「いや、別に……」
兄には申し訳ないが、正直とても玄弥は嬉しい。兄は玄弥の心配をしながらも、優しく見守っていてくれた。そのことを実感できて、不謹慎かもしれないが胸が温かくなってしまい、顔がにやけるのは許して欲しいと思う。
緩む口許を隠しながら返事をする玄弥を見て、腑に落ちない様子ながらも不死川は口を開く。
「という訳で、当分の間は兄ちゃんの許可した仕事しかさせねえからな。マネージャーにも承諾を得たから、文句は言わせねえ」
「はあっ?!」
「これは決定事項だからな。じゃあ風呂に行ってこい」
兄ちゃんは明日の仕事の用意してくるから、と言いながら席を立つ兄を玄弥は見送り。
「……多分『マネージャーの承諾を得た』と言うより、『マネージャーを脅した』が正解だよな……?」
誰もいない部屋で、ポツリと小さな呟きが落ちた。
*********
『お詫びの品ってどこで何を買えば良いんですか?!』
ピロリン、と軽快な音と共に来た通知に宇髄が目をやれば、そこには数時間前にメッセージを送った相手の玄弥からであった。この一言では何の話かわからないから、メッセージから通話にして詳しい話を聞いてみた。そしたら家族大好きな不死川の大暴走話だったので大笑いしてしまった。
むくれている玄弥を宥め謝り、どうにか落ち着かせて脱線した話を元に戻す。
「なあ、今度番宣で昼の番組に呼ばれてんだけどさあ。俺と一緒に出ないか? 街をブラリと歩きながら買い物してトークするコーナーだから、兄貴の許可も出ると思うけど。で、そこでお詫びの品を俺と選んで一緒に買うのはどうよ?」
これは通話しながら思い付いたことだが、結構良い案ではないかと宇髄は思っている。
昼の人気番組だから玄弥の知名度もグッと上がる可能性があるし、平和な番組だから不死川も許すだろう。番組スタッフには一緒に参加する相手を選んで良いと言われているので、宇髄は誰を呼ぼうかとちょうど考えていたところだったのだ。誰も損しない良い案だと自画自賛している。
「良いんですか?」
「良いから言ってるんだよ。兄貴にも連絡しておいてやるよ。オッケー出ると思うぜ」
ありがとうございます! という玄弥に、詳しいことは兄とマネージャーの許可が出てから改めて話そうということを伝えて通話を切った。一応深夜だから、未成年相手に長時間話すのはあまりよくないという常識は宇髄だって持っている。通話が切れたのを確認して、すぐに不死川と玄弥のマネージャー、そして自分のマネージャーにメッセージを送信した。
そのような流れでのお誘いとはなったが、お昼の有名番組ということもあり許可はすぐに出た。スケジュールも番組収録日を最優先して調整されているようなので、玄弥のマネージャーとしても今回の出演依頼は願ったり叶ったりの状況なのだろう。
そうして迎えた収録日。司会といったメインで出る人以外は毎曜日メンバーが違うのだが、宇髄と玄弥が出る今日は時透に加え、甘露寺もスタジオにいる。玄弥の緊張が少しでもほぐれるように、マネージャーが無理をしてでも出演する曜日を調節したんだろうと宇髄は予想する。
(玄弥、すっごい大切にされてるんだな)
玄弥の頭をわしゃわしゃと撫でてやりたい衝動に駆られたが、もうへアセットも完了してスタジオ入りもそろそろというところだ。宇髄はどうにか欲求を抑え、代わりにほっぺをツンツンとついてやる。
「わっ、宇髄さん。どうしたんですか。やめてくださいっ」
「まーまー、良いじゃん」
そう言って、あと数回ツンツンしていると「もうっ」と言って少し距離を取られてしまった。そんな動きも年相応で可愛らしい。
「今日は気楽に楽しめよ」
さあそろそろ収録スタートというときにちょっと先輩ぶってアドバイスのようなものも言ってみたりする。顔見知りもいて気持ちが少し楽であろう環境だから、テレビでの立ち振舞いを学習できるチャンスであると思う。しかし、せっかく来たのだからまずは楽しんでももらいたい。
「……はい!」
そう思う宇髄に力強い返事を玄弥が返してくれるので、にかっと笑ってやる。その数秒後、収録開始のカウントが始まった。
*********
結論から言うと、不死川玄弥の名前はSNSでプチバズりした。
一緒に出演した宇髄が、仲良くなった兄に誘われて不死川家にお邪魔しておはぎをもらい、そこから玄弥とも仲良くなったこと。おはぎがとても美味しかったと言ったことで大喜びした玄弥の姿や、時透との仲良しトークと甘露寺に真っ赤になる様子がかわいいと大好評だったようだ。番組終了後に、宣伝で使用しているSNSのフォロワーが一気に増えて「ど、どうしたら良いんだ?!」と慌てている玄弥の様子を撮った動画も「年相応で見ていて微笑ましい」と、これもバズっている。
そんな流れで一躍人気者になった玄弥が、ある日またプチバズりした。
バズったのは、出演した番組で購入したお詫びの品をマネージャーに渡すところの動画だった。その場には兄もいて、マネージャーにプレゼントを渡すところを誇らしげに見ていたのだが、玄弥からサプライズプレゼントを渡されて一気に涙ぐみ始めた。それを見ていた宇髄が声は控えめに笑っていたのだが、笑っていた本人も玄弥に贈り物をされてウルッとした。
それを撮影していた現地にいたスタッフが投稿したら「笑いと感動が同時にくる動画」と拡散された。
「俺は特に何も面白いことしてないのに良いのかなあ……」と首を傾げる玄弥には、「良いんだよ、使えるものは何でも使え。運が味方してくれてるんだから、しっかり流れを掴んでやっていけ」と宇髄はいっている。実際、運も大切だと思っている宇髄は玄弥の今の流れはとても良いものだと感じている。
「使えるものは何でも使え」というアドバイスを元に、以前出演した番組でビリビリ棒に再チャレンジした玄弥を見て不死川が宇髄に激怒してしまう未来もあるが、それはまた当分先のお話である。
「しっなずっがわー」
仕事前に案内された控え室の扉が、ノックの音の少し後にガチャリと開けられた。それと同時にリズミカルに名前を呼ばれて、不死川実弥は部屋へと入ってきた男へジロリと顔を向ける。
「何だよ、宇髄。予定よりまだ早いけど、なんか用かぁ?」
「そんなドスの利いた声を出すなよぉ。集中してるところにやって来たのは悪かったからさあ」
怖い怖いと言いながら宇髄は、それでもニコニコしながら不死川の側へ近寄ってくる。椅子に座った不死川の横に立つと、「はい、これ」と言いながら手に持っていた雑誌を机の上に置いた。置かれたまま見たその雑誌の表紙にはデカデカと「今、大人気の俳優に迫る!!」と書かれた見出しがあり、その下には誰もが黄色い悲鳴をあげてしまいそうな笑顔を決めている宇髄がいた。
「いらねえ」
「え、いらない? 本気で?」
宇髄の腹へ雑誌を押し付けながら返すと、当の宇髄はキョトンとした声と、信じられないといった顔をしていた。
「お前の載った雑誌は妹たちが発売日とほぼ同時に買ってくるんだよ。家に同じ雑誌は二冊もいらねえ」
そう言って返してやるも、宇髄はまだ口を尖らせている。それでも不死川が受けとる気配がないので、渋々持っている鞄に雑誌を戻した。
「でも本当にいいのか? この雑誌には玄弥のインタビューも載ってるんだぞ?」
せっかく保管用にって思って、一冊もらって来たのにー。という宇髄の言葉が終わる前に、不死川はギュルリという効果音がつきそうな程の勢いで宇髄の方へ体を向けた。ギリ、と歯を食いしばり、低い声を絞り出す。
「……やっぱり、それ寄越せやぁ」
「だよなー! 絶対お前は欲しがると思ったんだよ!」
宇髄の予想通りというのは癪だが、玄弥のインタビューは読みたい。
芸能人事務所へ応募して無事デビューはしたが、なかなか芽が出なくて苦労していた玄弥。頑張っているのに後輩に先に抜かれ、声を荒げているところも見た。何とかしてあげたくても自分とはジャンルが違うので、良いアドバイスは出来ずただ美味しい物を食べさせてやることしか出来なかった。
そんな苦労してきた玄弥が、宇髄が載るような有名雑誌でインタビューを受けていたというではないか。この本は永久保存版とする。読む用のこれとは別に、更に追加で雑誌を買わなくてはならない。
そう考えながら再び渡された雑誌を受け取り、すぐ開く。宇髄のインタビューページは飛ばした。彼のページはまた後で、時間がある時にでも読んでやれば良い。とにかく今は玄弥のインタビューだ。
お目当てのページを開くと、そこには玄弥に加えて時透も一緒に写った写真が掲載されていた。二人とも、楽しそうな輝く笑顔を見せている。
「大人気俳優・時透とネクストブレイクモデル・不死川玄弥に迫る!」という見出しから始まり、インタビュアーの質問と二人の会話が何ページにもわたり書かれている。同年代の友達のようなやりとりや、玄弥の楽しそうな顔を見て、不死川の頬は自然と上を向く。
鼻歌を歌いそうな雰囲気で読んでいた不死川だが、ある行を読んだ時。ピタリと全ての動きが止まった。
「……あぁん?」
「うわ、怖っ。何急に物騒な声出してんだよ」
「宇髄、まだいたのか」
「いちゃ悪い?!」
酷いなー、と言いながらも宇髄は時計を不死川へ向ける。
「何であんな声を出したのかは知らないけど。インタビューはまた後で読めよ? そろそろ仕事の時間だから」
言われて時刻を確認すると、確かに針は予定時刻の近くまで来ていた。
「……ちっ。おい宇髄。今日は仕事終わったら俺はさっさと帰るからなぁ? 玄弥に聞かなきゃいけねえことが出来たぁ」
先程までの様子が嘘かのような、怒りのオーラを纏いながら部屋を出ていく不死川の背中を見て。
「……いや、マジで何であんな突然怒りだしてんの?」
皆目見当つかないが、とりあえず玄弥の心の準備だけはさせてやろうと思い。宇髄は不死川の後ろ姿の写真を撮って、それをトークアプリで送信してやった。
*********
「おかえりぃ。玄弥、お前に言わなきゃならないことがあるぅ」
玄弥は今日のモデルの仕事が予定よりかなり長引いてしまい、終わった頃には働ける時間のギリギリとなっていて。まだ未成年ということもあり家までマネージャーに送迎してもらえることになったので、彼は車内でスマホを触っていた。
インターネットやSNSを見たりして、家に着く直前にやっとトークアプリを開いたら。宇髄から送られた写真と、「頑張れ」という励ましの言葉である。添付された写真から、兄が何かに怒っていることはわかるが、しかし何に怒っているのかはわからない。恐怖のあまりマネージャーに帰りたくないと訴えても、当然受理されず。無事に玄関前まで送り届けられてしまった。
震える手でドアを開けると目の前に兄。手洗いうがいを済ませたら、リビングへ連行されて開口一番それである。
玄弥は話が飲み込めないので黙っていたら、兄は低い声を出しながらメンチを切ってくる。
「……いきなり言われても、話が分からないんだけど……。兄貴は何に怒ってるの?」
小さな声で体を震わせながら弟に言われ、不死川も少し冷静になったらしい。一旦睨むのはやめて、机の上の雑誌を少し前に押し出した。
「これだ」
「これって……、あ。時透さんとインタビュー受けたやつだ。もう出てたんだね」
時透さん、優しかったなあと目を細めながら言う弟を見て、兄も同じように目を細める。
「時透との対談で楽しそうだったなあ。仲の良い友達が出来たって、兄ちゃん記事を読んでて嬉しかったんだぜぇ」
「うん、ありがとう兄ちゃん」
兄の笑顔を見て大丈夫だろうと判断し、じゃあ俺はお風呂に行くね、と続けて逃げようとしたのだが。腰を上げるとほぼ同時に、兄に腕を掴まれてしまった。
「話は終わってねえんだよぉ。むしろここからが本題だぁ」
「……何でしょう……」
兄からの鋭い視線にブルブルしながら下を向く。
己は何か問題のあることでもしただろうか。いやしかし、問題点があれば編集の時点で事務所へ連絡が来るはずである。玄弥の所属している事務所は大きく、タレント達を大切にしているのだ。つまり、世間一般的には問題はないはずである。
そう玄弥が頭をグルグル悩ませていると、不死川は雑誌を開き指を指した。
「ここだあ」
「……?」
よく分からないまま、玄弥は兄は指を指されているところを読み直した。
「『バラエティ番組に呼ばれまして。コーナーの一つで歌を歌うことがあって歌おうとしたんですが、緊張して声が出なくって、すっごい焦ってたんですけど……。炭治郎や時透さんがフォローしてくれて助かりました』。これの何が問題なんだよ?」
「そこじゃねえ。『緊張がほぐれるように収録の順番を変えるように頼んでくれて。先にミニゲームをしたんですよ』。この先だあ!」
兄に言われ、その先を見ると。
「『昔懐かしのミニゲームをやってみようというコーナーで、俺はビリビリ棒やりました。あれ凄いですね。正直めっちゃ痛かったッス(笑)』。……?」
玄弥には問題点が全く分からない。ただ普通に番組でやったことを話しただけだと思うのだが。
そんなキョトンとした様子を見て、不死川の瞳が大きく開かれた。
「何でお前がビリビリ棒なんかしてんだぁ?! ああいうのはモデルの仕事じゃねぇだろうが?!」
「えっ、良いじゃん別に!?」
兄が大きい声で叫んでくるので、玄弥も同じように叫び返してしまう。バラエティ番組に出る俳優もアイドルも最近多いのだから、モデルの自分がバラエティに出ても良いのではないだろうか。実際、マネージャーからもオッケーサインが出たので、兄がここまで怒ってくる理由が分からない。
「痛みには比較的強いお前が痛いって相当だぞぉ?! これ絶対しばらくビリビリの感覚が残ってて動けなかっただろ?! こんなのモデルの仕事じゃねえ!!」
「……兄ちゃんの推理力が怖い」
兄の言葉に体がピクリと反応してしまい、それを見た不死川の眼光が更に鋭くなったので玄弥は取り繕うことをやめた。実際、ビリビリが強すぎたせいで収録が一時中断となった。どうやら準備したスタッフが新人だったらしく、電力の設定を間違えてしまっていたらしい。
「でも、その動けなくなった間に色んな人が声を掛けてくれて! それで緊張がほぐれたんだよ! それで歌も歌えて、無事に収録が終われたんだからな!!」
言い返したが、兄の反応はよろしくない。顔をクシャリと歪め、辛そうな顔をしている。
「……兄ちゃん?」
「……俺は、お前に痛い思いをしてほしくねえんだよ。モデルって言うから芸能界チャレンジも許したってぇのによぉ……」
小さな、兄の絞り出すような声を聞き。ようやっと玄弥は己の勘違いに気づいた。
撮影は無事に終了したし、色んな人と仲良くなれて、失敗した新人スタッフも謝ってくれたしで、自分自身としては何も嫌な思いはしていない。だから兄が怒る理由など何もない。そう思っていたが。
兄は収録が無事にすんだということはどうでもよくて、弟が傷ついていたことに怒っているのである。
「おい、何ニヤニヤしてんだお前はよお……?」
「いや、別に……」
兄には申し訳ないが、正直とても玄弥は嬉しい。兄は玄弥の心配をしながらも、優しく見守っていてくれた。そのことを実感できて、不謹慎かもしれないが胸が温かくなってしまい、顔がにやけるのは許して欲しいと思う。
緩む口許を隠しながら返事をする玄弥を見て、腑に落ちない様子ながらも不死川は口を開く。
「という訳で、当分の間は兄ちゃんの許可した仕事しかさせねえからな。マネージャーにも承諾を得たから、文句は言わせねえ」
「はあっ?!」
「これは決定事項だからな。じゃあ風呂に行ってこい」
兄ちゃんは明日の仕事の用意してくるから、と言いながら席を立つ兄を玄弥は見送り。
「……多分『マネージャーの承諾を得た』と言うより、『マネージャーを脅した』が正解だよな……?」
誰もいない部屋で、ポツリと小さな呟きが落ちた。
*********
『お詫びの品ってどこで何を買えば良いんですか?!』
ピロリン、と軽快な音と共に来た通知に宇髄が目をやれば、そこには数時間前にメッセージを送った相手の玄弥からであった。この一言では何の話かわからないから、メッセージから通話にして詳しい話を聞いてみた。そしたら家族大好きな不死川の大暴走話だったので大笑いしてしまった。
むくれている玄弥を宥め謝り、どうにか落ち着かせて脱線した話を元に戻す。
「なあ、今度番宣で昼の番組に呼ばれてんだけどさあ。俺と一緒に出ないか? 街をブラリと歩きながら買い物してトークするコーナーだから、兄貴の許可も出ると思うけど。で、そこでお詫びの品を俺と選んで一緒に買うのはどうよ?」
これは通話しながら思い付いたことだが、結構良い案ではないかと宇髄は思っている。
昼の人気番組だから玄弥の知名度もグッと上がる可能性があるし、平和な番組だから不死川も許すだろう。番組スタッフには一緒に参加する相手を選んで良いと言われているので、宇髄は誰を呼ぼうかとちょうど考えていたところだったのだ。誰も損しない良い案だと自画自賛している。
「良いんですか?」
「良いから言ってるんだよ。兄貴にも連絡しておいてやるよ。オッケー出ると思うぜ」
ありがとうございます! という玄弥に、詳しいことは兄とマネージャーの許可が出てから改めて話そうということを伝えて通話を切った。一応深夜だから、未成年相手に長時間話すのはあまりよくないという常識は宇髄だって持っている。通話が切れたのを確認して、すぐに不死川と玄弥のマネージャー、そして自分のマネージャーにメッセージを送信した。
そのような流れでのお誘いとはなったが、お昼の有名番組ということもあり許可はすぐに出た。スケジュールも番組収録日を最優先して調整されているようなので、玄弥のマネージャーとしても今回の出演依頼は願ったり叶ったりの状況なのだろう。
そうして迎えた収録日。司会といったメインで出る人以外は毎曜日メンバーが違うのだが、宇髄と玄弥が出る今日は時透に加え、甘露寺もスタジオにいる。玄弥の緊張が少しでもほぐれるように、マネージャーが無理をしてでも出演する曜日を調節したんだろうと宇髄は予想する。
(玄弥、すっごい大切にされてるんだな)
玄弥の頭をわしゃわしゃと撫でてやりたい衝動に駆られたが、もうへアセットも完了してスタジオ入りもそろそろというところだ。宇髄はどうにか欲求を抑え、代わりにほっぺをツンツンとついてやる。
「わっ、宇髄さん。どうしたんですか。やめてくださいっ」
「まーまー、良いじゃん」
そう言って、あと数回ツンツンしていると「もうっ」と言って少し距離を取られてしまった。そんな動きも年相応で可愛らしい。
「今日は気楽に楽しめよ」
さあそろそろ収録スタートというときにちょっと先輩ぶってアドバイスのようなものも言ってみたりする。顔見知りもいて気持ちが少し楽であろう環境だから、テレビでの立ち振舞いを学習できるチャンスであると思う。しかし、せっかく来たのだからまずは楽しんでももらいたい。
「……はい!」
そう思う宇髄に力強い返事を玄弥が返してくれるので、にかっと笑ってやる。その数秒後、収録開始のカウントが始まった。
*********
結論から言うと、不死川玄弥の名前はSNSでプチバズりした。
一緒に出演した宇髄が、仲良くなった兄に誘われて不死川家にお邪魔しておはぎをもらい、そこから玄弥とも仲良くなったこと。おはぎがとても美味しかったと言ったことで大喜びした玄弥の姿や、時透との仲良しトークと甘露寺に真っ赤になる様子がかわいいと大好評だったようだ。番組終了後に、宣伝で使用しているSNSのフォロワーが一気に増えて「ど、どうしたら良いんだ?!」と慌てている玄弥の様子を撮った動画も「年相応で見ていて微笑ましい」と、これもバズっている。
そんな流れで一躍人気者になった玄弥が、ある日またプチバズりした。
バズったのは、出演した番組で購入したお詫びの品をマネージャーに渡すところの動画だった。その場には兄もいて、マネージャーにプレゼントを渡すところを誇らしげに見ていたのだが、玄弥からサプライズプレゼントを渡されて一気に涙ぐみ始めた。それを見ていた宇髄が声は控えめに笑っていたのだが、笑っていた本人も玄弥に贈り物をされてウルッとした。
それを撮影していた現地にいたスタッフが投稿したら「笑いと感動が同時にくる動画」と拡散された。
「俺は特に何も面白いことしてないのに良いのかなあ……」と首を傾げる玄弥には、「良いんだよ、使えるものは何でも使え。運が味方してくれてるんだから、しっかり流れを掴んでやっていけ」と宇髄はいっている。実際、運も大切だと思っている宇髄は玄弥の今の流れはとても良いものだと感じている。
「使えるものは何でも使え」というアドバイスを元に、以前出演した番組でビリビリ棒に再チャレンジした玄弥を見て不死川が宇髄に激怒してしまう未来もあるが、それはまた当分先のお話である。
