きめつ
ああ、しくじった。
酷い眠気を耐えながら、支えられていてもフラフラと覚束無い足取りで歩く宇髄の頭に、そんな言葉が浮かぶ。何故今自分はこんな状態になっているのか。宇髄は今日一日を思い返して、少しでも気を抜くとボンヤリする脳みそを無理矢理動かした。
まず今日は金曜日で、加えて忙しさも落ち着いてくる時期である。その為、誰かが「今日の仕事終わりに労り会という名の飲み会をしよう」と朝礼後に言い出したような気がする。
職員室にいた者たちもそれに賛同し、行動力のある誰かがその場で居酒屋の予約を入れていた。突然決まった飲み会なので当然参加できない人もいる。だから、次の飲み会は早めに決めようといった風に励まして、鳴り響くチャイムの音と共に各々職員室を後にした。
宇髄も思わぬ楽しみができたので鼻歌を歌い、生徒に笑われながらも機嫌良く一日の業務を済ませて、ウキウキと飲み会会場へ同僚たちと向かったのである。店に着くと予約部屋に案内されて、各自好きな場所に座りメニュー表を開いて注文をしていった。最近はタブレットから注文出来るからハイテクだよなぁと思いながら、焼酎やワインなど様々な酒を頼んだのだ。
因みに宇髄は予約した部屋に通された時、端の席を選んだ。そしてその周辺には煉獄や不死川、伊黒といった、宇髄と仲の良い信頼出来るメンバーが固まって集まった。各自注文したつまみを食べて酒を飲み、ワイワイと楽しく過ごしていたと思う。ここまでは良かった。
しばらくすると皆が席を移動し始めるし、宇髄の周辺を固めていた誰かがトイレなどで席を外す。すると、その隙を狙って普段はあまり話をしない人が近寄ってくるのだ。勿論親睦を深めたいだけの人間なら良い。しかし中には、恋人の座を狙って、または弱みを握ろうという悪意を持って側に来る人間もいる。
だから普段ほとんど接点の無い人間が隣に来た時は、宇髄は密かに警戒心も持っていたはずであった。ところが机の上にある色んな人間の頼んだ酒、飲みかけで置かれたグラス。それらが溢れんばかりに置かれており、酒の入った宇髄はほんの少し油断をしてしまったのだろう。
宇髄の飲んでいた酒と同じ物を持って近くに座り、相談事があると言ってきた男性教師がいたのだが。彼は己に自信が無く、卑屈でネガティブなことばかり言うタイプであり、自分から相談を持ち掛けてきたのに最後は泣きながら席を離れていった。その時に持ってきていた酒はそのまま置きっぱなしにされており、宇髄は間違えてそれを飲んでしまったのだ。それから少しして眠気が来たので、酒に何か仕込まれていたのだろう。
気付いて後悔したところで後の祭り。悔いる暇があるなら今すぐ動け。眠ってしまうと、妬みっぽい男性教師に何をされるか。財布から金を取られるか、スマホから情報を取られるか。どちらであるにしろ、良いことなど何もない。
宇髄は必死に頭を動かして周囲を見回した。するとたまたま宇髄の様子がおかしいことに気が付き近くに来てくれていた不死川が見えたので、一服盛られたと伝える。酒の飲みすぎで眠たいのではなく、他人の悪意で眠くなったと伝える事が自己を守る為に大切なのだ。
喋り方が覚束無くなっている宇髄を見て、不死川の眉間に皺がぎゅっと寄った。学生時代にも似たことがあったから注意していた筈なのに。少しの油断でまた同じような事が起きてしまったことへの不甲斐なさに、腹の中がグツグツと煮えたぎっているような気がする。
一方で不死川が来たことで安心したのか。宇髄の瞼も下へ下へと下がってきているのでとりあえず壁へもたれかけさせる。それから伊黒と煉獄を側へ控えさせ、悲鳴嶼への状況伝達を忘れない。話を聞いた悲鳴嶼が一服盛った男の方へ顔を向けながら「ツゥーッ」と涙を流すので、周囲の人たちがギョッと目を見開き視線の先へ注目した。一斉に会場の人間から顔を向けられ、男はオロオロと顔を右へ左へと向けて、大変居心地悪そうにしている。
男の注意が逸れたこの隙に、宇髄を連れてタクシーへ乗せられるように悲鳴嶼がしてくれたのだ。このチャンスを逃してはならないと、忍び足で退出した。扉を閉める際に代表して煉獄がペコリと頭を下げて店から出て「さあ帰ろう」と思ったが、しかし今日は金曜日。タクシーなどなかなか捕まらない。さあどうするかと頭を悩ませていると、宇髄は立っているにも関わらず、とうとう頭をガクンガクンと揺らし始めてしまっている。
この男が本腰入れて眠ってしまうと、それこそ悲鳴嶼以外で彼を運搬出来る者はいないだろう。だが彼は今、学年主任として一服盛り男を詰問している筈である。
もしかして、この巨人の両脇を煉獄と二人で抱えながら宇髄の家まで運ばなければならないのか。
そんな絶望的な選択肢が伊黒に浮かぶが、そんな伊黒の様子に構うことなく、煉獄は片側で宇髄を支えたままスマホを取り出した。耳に当てたスマホからは、小さく電話の呼び出し音が漏れている。
時間にしてほんの少し。呼び出し音が鳴っていたかと思えばプツリと切れ、代わりに低い男が話し出す。その相手は。
「父上、お願いがあるのですが。今よろしいでしょうか?」
ーーーー
「……という感じで、薬を盛られたイケメンは同僚の父親に車で運んでもらって無事に帰宅しましたとさ」
放課後の美術室。話し相手の方を向くと見える崩れた壁からは、とても綺麗な夕焼け空が輝いている。優しく光るその色は本当に綺麗で。今描いている物を描き終わったら、次回はこれを創作の題材にしよう。そう思ってカメラを取りに美術準備室へ向かおうかと座っていた椅子から腰を上げた。
「あの、その……、大丈夫だったんですか……?」
しかし準備室へ行く前に、話し相手の善逸がおそるおそるという感じで質問をしてきた。嫉妬に駆られ「イケメン滅びろ!」と普段から叫ぶ善逸だが、さすがに頻度が多く、少しいらっとしてしまった。だからつい、「イケメンも自衛したりと身を守るのに大変だ」という話としてぼかしながら先日の話をしてしまったのだ。
もちろん宇髄は自分の話としては喋っていない。だが、話の流れで宇髄に起きたことだと善逸は分かっているようだ。目がキョロキョロ動いていて、その顔はいかにも気まずいです、と語っている。
「そのイケメンは大丈夫だぜ?家に着いて起こしてもらってもフラフラして歩くのもままならなかったようだけどな。寝たら無事に回復したらしいぜ」
ニカッと歯を出して笑ってやると善逸も安心したらしく、ニコッとし返してくれた。
「あの、何故その一服男は突然薬を盛ったんでしょう?お店の中で盛ったってすぐに犯人は分かるのに……」
善逸に連れられてやって来た竈門も同じくホッとした表情で聞いてくる。
「そうだよなー。それにその日に突然そんな行動したけど、今まではその衝動も抑えられてたんでしょ?」
意味分かんないんだけど?!と、善逸も竈門に同調しながらギャイギャイと叫ぶ。
「あー、聞いた話によると、何でも『欲望に素直になれる薬』ってのが裏の方で流通してるらしくてな」
表向きには「素直になれる薬」と言って出回っているその薬。実際はただ服用者が己の本能に忠実に動くよう、違法薬物が入っているだけの代物である。
インターネットで偶然出てきた広告を見て気になり、男は物は試しに、と購入したらしい。そして届いたその日に飲んでみた、と。
「卑屈で素直になれない自分を変えようと思って飲んだのに結果がこんなんとか。辛いよなぁ」
少しでも変わりたくて、踏み出した一歩。そのたった一歩を踏み出すのに精一杯絞り出した勇気。それらを踏みにじられた男の心境を思うだけで、こちらも心がギュウッとしてしまう。
そのまま誰も口を開くことなく、ただボンヤリと夕焼けを眺めた。段々と沈んでゆく夕陽。夕陽に照らされる建物。それらを一緒に眺める相手がいて自然と「綺麗だねぇ……」と言い合える。
そんなふうに、心のままに過ごせる相手は果たして男にいたのだろうか。いや。きっといないから、あのような薬を購入してしまったのだろう。
「お前らはそのまま大きくなれよ」
「?」
正直者で頑固すぎるところもある竈門、他人を妬んで叫ぶこともある善逸。そんな二人だが、どちらも綺麗な物を楽しむ素直な感性を持っている。笑いあえる友達がいる。
このまま大人になってほしいなあというのが、宇髄の率直な感想だ。
「つーかもうそろそろ帰れ。暗くなってくると危ないからな!」
「あんたが放課後に補習いれるからでしょ?!」
しんみりしてしまった空気はどこへやら、善逸が目をかっぴらいて叫びながらブリッジをする。その横で竈門は苦笑いだ。
「補習しないとお前らの成績ヤバいんだよ、マジで」
これは真実なので、宇髄はビシッと二人を指差しながら言ってやった。ちなみに伊之助も本当は補習対象だったのだが、彼は今日はヒサさんのお使いがあると言って早々に帰ってしまった。もしお使いが嘘ならば、奴の成績は一にしてやろうかとコッソリ考えている宇髄である。
「補習ありがとうございました、失礼します!」
「ありがとーござーいましたー。さよーならー」
「おう。気をつけて帰れよー」
挨拶する二人を見送って、押さえていた廊下への扉を閉めようとした。開けた扉が戻る時、ギイイイッと錆びたような音が鳴る。この音が今の宇髄の心の悲鳴を代弁しているように感じていまい、バンッと勢い良く扉を戻してしまう。
例のあの男。
表向きは持病を抱えていたが悪化した為休暇を取っていると公表したのだが。実際は飲んだ薬の依存性や中毒性が酷すぎて治療の為に入院しているのだ。あの違法薬物は出回り始めたばかりでまだ世間に周知されていないのだろうが、それでももっと早くニュースなどで放送してほしかった。知らないで飲んだ被害者は果たしてどのくらいいるのか。
それでも今回のことで理事長たちが警察などに通報した。そこから嗅ぎ付けたマスコミたちが騒ぎ立てて、世間も驚き騒ぐかもしれない。もしかしたら、捜査の為にすぐには公表されないかもしれないし、薬の危険性から早めに公表されるかもしれない。どちらになるかは、宇髄には分からない。
だけど少しでも早めに公表されたら良い。そう思いながら、次の個展に向けて今描いている絵に筆をのせる。
絵のためにプリントアウトした写真には、立派で美味しそうな琵琶が並んでいた。
酷い眠気を耐えながら、支えられていてもフラフラと覚束無い足取りで歩く宇髄の頭に、そんな言葉が浮かぶ。何故今自分はこんな状態になっているのか。宇髄は今日一日を思い返して、少しでも気を抜くとボンヤリする脳みそを無理矢理動かした。
まず今日は金曜日で、加えて忙しさも落ち着いてくる時期である。その為、誰かが「今日の仕事終わりに労り会という名の飲み会をしよう」と朝礼後に言い出したような気がする。
職員室にいた者たちもそれに賛同し、行動力のある誰かがその場で居酒屋の予約を入れていた。突然決まった飲み会なので当然参加できない人もいる。だから、次の飲み会は早めに決めようといった風に励まして、鳴り響くチャイムの音と共に各々職員室を後にした。
宇髄も思わぬ楽しみができたので鼻歌を歌い、生徒に笑われながらも機嫌良く一日の業務を済ませて、ウキウキと飲み会会場へ同僚たちと向かったのである。店に着くと予約部屋に案内されて、各自好きな場所に座りメニュー表を開いて注文をしていった。最近はタブレットから注文出来るからハイテクだよなぁと思いながら、焼酎やワインなど様々な酒を頼んだのだ。
因みに宇髄は予約した部屋に通された時、端の席を選んだ。そしてその周辺には煉獄や不死川、伊黒といった、宇髄と仲の良い信頼出来るメンバーが固まって集まった。各自注文したつまみを食べて酒を飲み、ワイワイと楽しく過ごしていたと思う。ここまでは良かった。
しばらくすると皆が席を移動し始めるし、宇髄の周辺を固めていた誰かがトイレなどで席を外す。すると、その隙を狙って普段はあまり話をしない人が近寄ってくるのだ。勿論親睦を深めたいだけの人間なら良い。しかし中には、恋人の座を狙って、または弱みを握ろうという悪意を持って側に来る人間もいる。
だから普段ほとんど接点の無い人間が隣に来た時は、宇髄は密かに警戒心も持っていたはずであった。ところが机の上にある色んな人間の頼んだ酒、飲みかけで置かれたグラス。それらが溢れんばかりに置かれており、酒の入った宇髄はほんの少し油断をしてしまったのだろう。
宇髄の飲んでいた酒と同じ物を持って近くに座り、相談事があると言ってきた男性教師がいたのだが。彼は己に自信が無く、卑屈でネガティブなことばかり言うタイプであり、自分から相談を持ち掛けてきたのに最後は泣きながら席を離れていった。その時に持ってきていた酒はそのまま置きっぱなしにされており、宇髄は間違えてそれを飲んでしまったのだ。それから少しして眠気が来たので、酒に何か仕込まれていたのだろう。
気付いて後悔したところで後の祭り。悔いる暇があるなら今すぐ動け。眠ってしまうと、妬みっぽい男性教師に何をされるか。財布から金を取られるか、スマホから情報を取られるか。どちらであるにしろ、良いことなど何もない。
宇髄は必死に頭を動かして周囲を見回した。するとたまたま宇髄の様子がおかしいことに気が付き近くに来てくれていた不死川が見えたので、一服盛られたと伝える。酒の飲みすぎで眠たいのではなく、他人の悪意で眠くなったと伝える事が自己を守る為に大切なのだ。
喋り方が覚束無くなっている宇髄を見て、不死川の眉間に皺がぎゅっと寄った。学生時代にも似たことがあったから注意していた筈なのに。少しの油断でまた同じような事が起きてしまったことへの不甲斐なさに、腹の中がグツグツと煮えたぎっているような気がする。
一方で不死川が来たことで安心したのか。宇髄の瞼も下へ下へと下がってきているのでとりあえず壁へもたれかけさせる。それから伊黒と煉獄を側へ控えさせ、悲鳴嶼への状況伝達を忘れない。話を聞いた悲鳴嶼が一服盛った男の方へ顔を向けながら「ツゥーッ」と涙を流すので、周囲の人たちがギョッと目を見開き視線の先へ注目した。一斉に会場の人間から顔を向けられ、男はオロオロと顔を右へ左へと向けて、大変居心地悪そうにしている。
男の注意が逸れたこの隙に、宇髄を連れてタクシーへ乗せられるように悲鳴嶼がしてくれたのだ。このチャンスを逃してはならないと、忍び足で退出した。扉を閉める際に代表して煉獄がペコリと頭を下げて店から出て「さあ帰ろう」と思ったが、しかし今日は金曜日。タクシーなどなかなか捕まらない。さあどうするかと頭を悩ませていると、宇髄は立っているにも関わらず、とうとう頭をガクンガクンと揺らし始めてしまっている。
この男が本腰入れて眠ってしまうと、それこそ悲鳴嶼以外で彼を運搬出来る者はいないだろう。だが彼は今、学年主任として一服盛り男を詰問している筈である。
もしかして、この巨人の両脇を煉獄と二人で抱えながら宇髄の家まで運ばなければならないのか。
そんな絶望的な選択肢が伊黒に浮かぶが、そんな伊黒の様子に構うことなく、煉獄は片側で宇髄を支えたままスマホを取り出した。耳に当てたスマホからは、小さく電話の呼び出し音が漏れている。
時間にしてほんの少し。呼び出し音が鳴っていたかと思えばプツリと切れ、代わりに低い男が話し出す。その相手は。
「父上、お願いがあるのですが。今よろしいでしょうか?」
ーーーー
「……という感じで、薬を盛られたイケメンは同僚の父親に車で運んでもらって無事に帰宅しましたとさ」
放課後の美術室。話し相手の方を向くと見える崩れた壁からは、とても綺麗な夕焼け空が輝いている。優しく光るその色は本当に綺麗で。今描いている物を描き終わったら、次回はこれを創作の題材にしよう。そう思ってカメラを取りに美術準備室へ向かおうかと座っていた椅子から腰を上げた。
「あの、その……、大丈夫だったんですか……?」
しかし準備室へ行く前に、話し相手の善逸がおそるおそるという感じで質問をしてきた。嫉妬に駆られ「イケメン滅びろ!」と普段から叫ぶ善逸だが、さすがに頻度が多く、少しいらっとしてしまった。だからつい、「イケメンも自衛したりと身を守るのに大変だ」という話としてぼかしながら先日の話をしてしまったのだ。
もちろん宇髄は自分の話としては喋っていない。だが、話の流れで宇髄に起きたことだと善逸は分かっているようだ。目がキョロキョロ動いていて、その顔はいかにも気まずいです、と語っている。
「そのイケメンは大丈夫だぜ?家に着いて起こしてもらってもフラフラして歩くのもままならなかったようだけどな。寝たら無事に回復したらしいぜ」
ニカッと歯を出して笑ってやると善逸も安心したらしく、ニコッとし返してくれた。
「あの、何故その一服男は突然薬を盛ったんでしょう?お店の中で盛ったってすぐに犯人は分かるのに……」
善逸に連れられてやって来た竈門も同じくホッとした表情で聞いてくる。
「そうだよなー。それにその日に突然そんな行動したけど、今まではその衝動も抑えられてたんでしょ?」
意味分かんないんだけど?!と、善逸も竈門に同調しながらギャイギャイと叫ぶ。
「あー、聞いた話によると、何でも『欲望に素直になれる薬』ってのが裏の方で流通してるらしくてな」
表向きには「素直になれる薬」と言って出回っているその薬。実際はただ服用者が己の本能に忠実に動くよう、違法薬物が入っているだけの代物である。
インターネットで偶然出てきた広告を見て気になり、男は物は試しに、と購入したらしい。そして届いたその日に飲んでみた、と。
「卑屈で素直になれない自分を変えようと思って飲んだのに結果がこんなんとか。辛いよなぁ」
少しでも変わりたくて、踏み出した一歩。そのたった一歩を踏み出すのに精一杯絞り出した勇気。それらを踏みにじられた男の心境を思うだけで、こちらも心がギュウッとしてしまう。
そのまま誰も口を開くことなく、ただボンヤリと夕焼けを眺めた。段々と沈んでゆく夕陽。夕陽に照らされる建物。それらを一緒に眺める相手がいて自然と「綺麗だねぇ……」と言い合える。
そんなふうに、心のままに過ごせる相手は果たして男にいたのだろうか。いや。きっといないから、あのような薬を購入してしまったのだろう。
「お前らはそのまま大きくなれよ」
「?」
正直者で頑固すぎるところもある竈門、他人を妬んで叫ぶこともある善逸。そんな二人だが、どちらも綺麗な物を楽しむ素直な感性を持っている。笑いあえる友達がいる。
このまま大人になってほしいなあというのが、宇髄の率直な感想だ。
「つーかもうそろそろ帰れ。暗くなってくると危ないからな!」
「あんたが放課後に補習いれるからでしょ?!」
しんみりしてしまった空気はどこへやら、善逸が目をかっぴらいて叫びながらブリッジをする。その横で竈門は苦笑いだ。
「補習しないとお前らの成績ヤバいんだよ、マジで」
これは真実なので、宇髄はビシッと二人を指差しながら言ってやった。ちなみに伊之助も本当は補習対象だったのだが、彼は今日はヒサさんのお使いがあると言って早々に帰ってしまった。もしお使いが嘘ならば、奴の成績は一にしてやろうかとコッソリ考えている宇髄である。
「補習ありがとうございました、失礼します!」
「ありがとーござーいましたー。さよーならー」
「おう。気をつけて帰れよー」
挨拶する二人を見送って、押さえていた廊下への扉を閉めようとした。開けた扉が戻る時、ギイイイッと錆びたような音が鳴る。この音が今の宇髄の心の悲鳴を代弁しているように感じていまい、バンッと勢い良く扉を戻してしまう。
例のあの男。
表向きは持病を抱えていたが悪化した為休暇を取っていると公表したのだが。実際は飲んだ薬の依存性や中毒性が酷すぎて治療の為に入院しているのだ。あの違法薬物は出回り始めたばかりでまだ世間に周知されていないのだろうが、それでももっと早くニュースなどで放送してほしかった。知らないで飲んだ被害者は果たしてどのくらいいるのか。
それでも今回のことで理事長たちが警察などに通報した。そこから嗅ぎ付けたマスコミたちが騒ぎ立てて、世間も驚き騒ぐかもしれない。もしかしたら、捜査の為にすぐには公表されないかもしれないし、薬の危険性から早めに公表されるかもしれない。どちらになるかは、宇髄には分からない。
だけど少しでも早めに公表されたら良い。そう思いながら、次の個展に向けて今描いている絵に筆をのせる。
絵のためにプリントアウトした写真には、立派で美味しそうな琵琶が並んでいた。
