きめつ
「天元兄さん! これ見て!」
リビングで無料配布の求人冊子を片手にお茶を飲んでいる俺の元に、慌てた様子のまきをが見せてくるのはスマホの求人ページ。チラッと見える画面からは、どこかの会社の警備員の募集をしていると書かれているのが読めた。
前職が社畜の営業マンだった俺は、現在正社員の求人を探しながら繋ぎとして派遣社員をしている。
前職が普通に数十連勤をさせるような会社で、家族に大変心配を掛けたことを反省して今度はホワイトな会社に入ろうと頑張っているが…。完全週休2日制、残業代あり、有給休暇をきちんと使わせてくれて、お盆や正月休みがあり……など、そんな会社にはなかなか巡り合えない。第一、そんな会社を辞める人間など滅多にいないから求人自体そうそう無い。
それでも俺なりに休日にはハローワークにも行って探しているし、面接も受けている。でも面接に行ったら「何で辞めたの?」「うちに入ってもちゃんと続くの?」「またすぐ辞めるんじゃないの?」と聞かれることが多い。中には理由を聞いたら馬鹿にしたようにこちらを見てくるじじいもいる。家族と自分を大切にして何が悪いんだよ! そんな会社、採用されてもまた社畜に逆戻りじゃないか! こっちからお断りだ!!
他にも「採用だったら後日連絡しますね。あ、履歴書は個人情報なのでお返ししておきます」なんて、その場で返してくる会社もあった。履歴書無いのにどうやって連絡するんだよ。馬鹿にしてるのか。
こういった感じの、面接であったあまりに酷いことをついポロッと零して以来、妹たちも求人ページを一緒に見てくれたりする。でもなかなか良い条件の求人が無いようで、頭を悩ませている姿を見てしまった。まきをや須磨はまだ学生で、就職活動はもう少し先の話なのに。学業やアルバイトに精を出しながら楽しく過ごしていてほしいのに、と己の不甲斐なさに打ちのめされながら顔には出さないよう努める日が続いている。
しかし今日のまきをはいつもと違う。求人ページを見せるときの勢いがまず凄い。いつもなら「こんなのあったけどさあ…、どう思う?」くらいなのに、今日は「兄さん! これ見て!」だ。これは期待できる求人だな、と思いながらスマホを見せてもらった。
何々。警備員募集。日勤と夜勤の交代制か。残業代ボーナス支給あり。年間休日も125日あるのか。良いんじゃないか、これは。何をしている会社かも調べないとな。会社名は、えーと……。
会社名を見た俺は、面接用の電話番号へ即電話をかけてしまった。でも仕方ないよな。だって、募集している会社は推しのアイドルグループ、かまぼこ隊の属する芸能プロダクションだったんだから。
***
面接を受け、後日俺は無事に採用された。前職では数十連勤は当たり前、早朝から深夜まで仕事、他部署の仕事も持ってこられて仕事漬けだったけど倒れなかったし病気もしなかったから体力はあるということをアピール出来たからだろうか。まあ俺の身長と筋肉も考慮されたんだろうけどな。警備員だもんな、体格の良さはプラスポイントだろ。
人生を変えて救ってくれた推しのアイドルグループやその会社の安全を護っているというだけで俺のやる気は超増しまし。職場環境は最高だし、毎日仕事が楽しく充実していて、ずっとこの仕事をしていきたいと思っていたんだ。
「天元、ごめんね。君は今日で警備員の仕事から外れてもらうことになったんだ」
だから社長に呼び出されてその言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になったよな。
え、俺クビ? 何かしたっけ? いや、何もしてない。何か失態を犯した記憶は無いんだけど、じゃあ何で? グルグルと考え込む俺に社長が話を続けた。
「ごめんね。天元に落ち度は無いんだ。ただね、君の顔はとっても整っているだろう? だからバズり目的で無断で君を撮影してSNSに載せた子がいるようでね。もちろんその子には厳重注意をして投稿記事の削除と謹慎をさせたんだけど、すでに他の人に写真の保存をされて再投稿されて拡散してしまって…」
マジかよ! 誰だ、盗撮と無断投稿した奴は。肖像権の侵害だぞ?! つうか俺、ただの一般人なんだけど! すっごい迷惑!
「インターネットに一度投稿されたものは完全に抹消するのは難しいんだ。そうして拡散された情報をもとに、君を見たいが為に用事の無い人がたくさん会社の入り口に集まるようになってしまってね。会社に属する子たちや従業員、何より君を守る為に、警備員以外の仕事をしてもらおうということになったんだよ」
理由は分かった。納得もいく。でも、この会社を護ることは俺の生きがいの一つになってたんだよ。うわ、辛い……。いや、クビにならないだけ良いんだけど。
「では社長。俺は本日からどのような部署に異動となるのでしょうか」
「うん、それなんだけどね。天元、君は前の職場で営業マンだったんだよね。だから仕事をとってくるのは上手だろう? そして他の部署の仕事もしていたから人をサポートする能力も高いと思っている。だから君にはとあるグループのマネージャーをしてもらおうと思っているんだ」
はい、これがグループのしばらくの活動予定計画書。別室に今まで仕事をしていたマネージャーがいるから引き継ぎをしてきてほしい。
そんな言葉と共に渡された紙。見た時に叫ばなかった俺を褒めてほしい。
だってその紙には「かまぼこ隊」と書かれていたんだから。
