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鍾離くん、と呼ぶ声は、夢月もよく知った人のものだった。
呼ばれた鍾離の瞳が、熱を押し込めて氷のように冷えていく。
足音が近くなる。呼んだ人物が近づいたようだ。
鍾離が夢月を抱く手に力を込めた。
「大丈夫ですか?そこでなにを…」
白朮先生。
鍾離の肩越し、ちらりと見えた緑。
一瞬しか緑が見えなかったのは、鍾離が夢月を隠すように動いた為だ。
「っびゃく、せんせ、」
振り絞った声は、小さいながらも届いたらしい。
「夢月さん?」
「…もしやヒートか?それにしてもずいぶん急だな」
驚く白朮の声。
冷静に状況を分析しつつ、こちらも驚いたような長生。
その長生の言葉を聞いて、白朮がはっと目を見開く。
「運命、」
白朮が呟く。
「…鍾離くん、一応確認しますが、君が無理に彼女のヒートを誘発したわけではないですね?」
「そんなことをするわけないだろう」
間髪を入れず返し、白朮を睨むように見る鍾離。
「あくまでも一応の確認ですよ。もしそうだった場合、私は全力で君を止めなければいけませんから。
……運命と、出会ったんですね?」
「…ああ。」
頷く鍾離に、白朮は一度目を閉じて息を吐く。
「……分かりました。夢月さんと話をさせてもらえますか」
白朮がそう言った途端……金色の壁が鍾離と夢月を囲うように出現し、鍾離の目が先ほど以上に冷たく尖る。
「……何も君の番に手を出そうという訳ではありませんよ。彼女の主治医として、運命について少し話をするだけです。」
「…………」
不服であることを前面に出して白朮を睨みつけていた鍾離だが、彼が一向に退く気がないと分かると、少し、ほんの少しだけ体を傾けて話を聞く姿勢を見せる。
「はい、ありがとうございます」
対して白朮は彼の譲歩に礼を言い、夢月の顔が見える位置に移動する。
「夢月さん」
「先生、薬…飲んだのに、」
「効いていないんですね」
こくこくと頷く。
「……誰かからフェロモンを浴びたような覚えはありますか?」
その問いに首を横に振る。
「い、きなり、こんな、」
「……鍾離くんとあなたは、恐らく運命の番です。
分かりますか?帝君と帝妃のように、強い繋がりがあるんです」
「運命は、出会えば必ず分かると言われています。それは、互いの姿や匂いを、たとえ無意識であっても…わずかでも感知するだけで、運命同士にしか作用しないフェロモンが出るからです」
ゆっくり、言い聞かせるように話す白朮。
運命。帝君と帝妃のような、強い結びつきを持つ、αとΩ。
「そのフェロモンは運命同士にしか分からないものです。
ですが…体の状態として、発情状態が起こるのは通常の発情期と変わりません。
そして、その状態のまま、番にならずにΩが運命のαと離れてしまった場合…結果、Ωは運命と番うこともできず…二度と番を作れなくなってしまった。過去に、そういった悲しい事例が存在します。」
ひゅ、と息をのむ。
Ωが二度と番を作れなくなる。それは、Ωが一度αと番になり、それを解除されたことを示している。
番となるには、性交しαがΩのうなじを噛む必要がある。Ωの発情はαであれば相手に関係なく誘惑してしまうものだが、番となれば発情期は治まり、以後は番のαにしか反応しなくなる。
番の解除は、αにしか出来ないことだ。番を解除されることはΩにとって強いストレスになり、その後一生誰とも番になれないほど。そして、番を解除されれは、ヒートもまた起こるようになる。
……運命と番えず、二度と番を作れなくなってしまったΩが、果たしてなぜそうなってしまったのか…想像に難くない。
運命と番えなかったΩに起こるかもしれない危険について、夢月が飲み込んだところで、白朮が続きを話す。
「運命に抗う抑制剤は、現代には存在しません。
バース性や抑制剤について研究していた帝妃の残した資料にも…そのような物の存在はないんです。
通常の発情期であれば抑制剤で対応もできますが…運命に限っては、できる限り速やかに…それも、運命同士で番になること。
これが最も良い方法とされています。」
固まる。番になる、それは、つまり…。
「……鍾離くん、もう少し耐えられますか。
夢月さんを連れて着いてきて下さい。不卜廬に行きますよ」
白朮が夢月から鍾離へと視線を移す。
「…言いたいことは分かります。
他のαの領域に番を連れて行きたくはないでしょう。
ですが、こんな誰が来るとも分からない不衛生な場所で、彼女を番にするつもりで?それとも、番を見世物にするのが君のお好みですか?」
「君の家はここから少し距離があるでしょう。その様子では、そこまで耐えられるとは思えませんが」
「…………分かった」
不満を抑えた、余裕のない声色。
話がまとまったとみた白朮が背を向ける。鍾離が夢月の両膝下に腕を通し、背を支えて彼女を抱き上げる。
急な浮遊感に驚くが、彼女を抱える鍾離の腕は危なげなく、人一人の重さがかかっているというのに揺るぎもしない。
年はそう変わらないように見えるのに…これは性差か…αであることも理由かもしれない。
「走りますよ」
白朮が言うなり走り出す。瞬く間にその背が遠くなる…と思いきや、鍾離も走り出したことで差がぐんぐん縮まる。
夢月は周りに目をやる余裕などなかったが、彼女が周囲に見ればあまりにも早く過ぎていく景色に驚いただろう。
αは運動能力も非常に優れているのだ。βと一線を画し、Ωとは比べることすらできないほどに。
✳✳✳✳
あっという間に不卜廬に着く。着いた。着いてしまった。
「ここはほとんど使っていませんから。しばらくは誰も近寄りませんので」
白朮先生の声。
泣きそうになる。
不卜廬内の一部屋の前に2人を案内した白朮はそのまま去っていく。
ずっと抱えられたままだった夢月には逃げる隙すら与えられなかった。……そも、あの距離をあの速さで駆け抜けるα相手に逃げられる訳はないのだが……。
鍾離が一歩ずつ、部屋に足を踏み入れる。
ゆっくり、扉が閉まっていった。
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