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「Ωは金がかかる」
いつも父から言われる言葉だ。
3ヶ月に1度来るΩの発情期、ヒート。それを抑える為の高価な抑制剤。
裕福でない一般の家庭にその負担は重い。
それでも抑制剤がなければ、発情期で自身が動けなくなるだけでなく、周囲にαがいた場合…見境なくαを誘惑してしまう。Ωが疎まれる大きな要因だ。
…ましてや番にでもなってしまったら、それこそ目も当てられなくなる。
幸い、夢月には今の薬が合っているらしい。15の年になってすぐ飲み始めたが、彼女の状態はとても安定している。
あくまで彼女の場合だが、抑制剤さえあれば、βとだって変わらないくらいに働けるのだ。
それを思えば、たとえ高価でも…抑制剤はなくてはならない物だった。
✳✳✳✳
「こんにちは」
不卜廬は璃月で最大の薬屋だ。玉京台の近くにあり、建物自体も3階建てと大きく、多くの貴人がここを頼る。
店内へ声をかけると、ひょこりと白い蛇が顔を出し、次いで台の内側で何か作業していたらしい青年が顔を上げた。若葉のような緑の髪がふわりと揺れる。いつもは奥で薬を作っている店主が珍しく店頭に立っているのを見て夢月は軽く目を開いた。
「ああ、夢月さん。こんにちは」
「こんにちは、夢月」
「白朮先生、長生さん、こんにちは。
先生、表にいるの珍しいですね」
「そろそろ抑制剤が切れる頃だろうと思いましたから。どうですか、何か変わりはありませんか?」
「大丈夫です。おかげさまで、とても安定してます」
「それは良かった。どんな薬でも、しばらくは体調が変わることがありますが…心配ないようですね。
それでは、いつも通りに包みますね」
「はい、お願いします」
抑制剤はとても高価だ。
Ω自体の数の少なさから、抑制剤は大量生産されない。その材料自体もあまり多くは栽培されておらず、故に材料費もどうしても高くなりがちだ。そこに各々の業者が利益が出るよう価格をのせるので…どこも商売だから当然なのだが…更に高くなる。
だが、不卜廬では一般人からは材料費以上のモラの支払いを求めない。
ただでさえ毎月かかる薬代を、少しでも抑えられるのはとてもありがたいことだった。
「他国でも抑制剤の研究はされているようだが」
白朮がすでに小分けにされていた薬を袋につめる横で、長生が口を開く。
「お前には、璃月由来のこの薬が一番合っているようだな」
「そうですね…初めに試したこの薬が合ってたの、運が良かったなと…人によっては、合わなくて色々試さなきゃいけない人もいるって聞きますし」
「運が良い、か。……まあこの薬の大元は、自身もΩだったという帝妃が自らを実験台として、自分や民の為に調合したものだからな。……璃月人のお前に合っているのも道理だろうよ」
帝妃。
岩王帝君の妻であった魔神。彼女がΩにして、帝君の運命の番であったというのは、璃月人なら誰でも一度は聞いたことのある話だ。
「……帝妃の生きていた時代からは、もう永く時が経ちました。今では現生していない材料も多く、彼女の遺したとされている調合は再現できないものも多い」
最後に紙袋を閉じながら白朮が言う。
「Ωは数が少なく、中々研究が進んでいません。
彼女の知恵や知識を…その結晶である全ての調合を、現代にある材料で再現できたなら、救われるΩも多いことでしょう」
はい、できましたよ。
こちらに差し出される紙袋。それを受け取り、モラを手渡す。
「そうですね…神様がいたら…」
目を伏せる。
神様がいたなら、救ってくれたのだろうか。
けれど岩王帝君は高天へと昇り、帝妃もまた夫と道を共にしたという。
神のいた時代はおとぎ話になりつつあった。
白朮がそっと瞬きをする。
「……はい。たしかに、モラは頂きましたよ」
支払ったモラを確認し終えた白朮の声で、はっと顔を上げる。
「ありがとうございます。またよろしくお願いします。七七ちゃんと桂さんにも、よろしく伝えて下さい」
「分かりました、伝えておきますね。また待っていますよ」
ぺこりと頭を下げて不卜廬を出た。
✳✳✳✳
「言わなくていいのか」
「良いんですよ。……それに、この辺りは、番のいない彼女にとってあまり来たい場所ではないでしょうし」
✳✳✳✳
不卜廬を出て、足早にチ虎岩の方へ歩いていく。
夢月の家はチ虎岩のその先にある。勤め口…といってもお手伝いのようなものだが…そこもチ虎岩内の香膏を取り扱う店だ。
玉京台の方へ行くのは月に一度、抑制剤を買いに不卜廬へ行く時だけ。
玉京台には、αが多く住んでいる。
抑制剤を飲み、ヒートを安定して抑えられているとはいえ…番のいない夢月にとってあまり近寄りたいところではない。
屋台の匂いがしてくれば、もうチ虎岩が近くなる。橋から見る限り、今日はいつもより人が多いようだ。
チ虎岩焼きを初めとした、美味しそうな匂いが様々に混じる中に……ふと、いつもと違うものを感じとる。
……あ、れ…?
途中で足が止まる。
いつもと違う、何かが。けれどそれが何か、分からない。
戸惑ううちに、ゆるく風が吹いて、長い前髪を揺らしていった。夢月を追い抜くように、そして、風向きが変わって…今度は、彼女を迎えるように。
「……っ!?」
また、今度は先ほどより強く……風に乗って香る匂い。
不快ではない、むしろ……、
「……ぁ、」
視線が吸い寄せられる。
多くの人々の行き交う中、遠いというのに……他に目もくれずに、ただただ真っ直ぐにこちらを見る金色と目があった。
瞬間。
大きく脈打つ鼓動。急に上がる体温と、荒くなる呼吸。じんわりと汗がにじみ始める。
胸元を手で抑える。吐いた息が熱い。身体の中心が、切なく疼きはじめる。
まさか、これ…発情期…?
浮かんだ考えに困惑する。
ヒートが起こり始めるのは15歳頃からと言われている。15の年になってから、夢月はどうにかモラを工面しては欠かさず抑制剤を飲んできた。
それで安定していた彼女には、実はそれらしい発情期が来たことがない。
ほとんど初めてといっても過言ではない状態に、しかし他に思い当たるものもない。
じゃあ、なんで、どうして。
夢月の状態はとても安定していた。
不卜廬でだって、そう話したばかりなのに。
……金色が、動き出した。
人混みをかき分けて、こちらへ向かってこようとする。
こっちに来る、それを認識した途端。
夢月は身を翻して、もと来た道を走り出していた。