原作編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
同じ夢を見ている。
小さな頃からずっと見続けている夢だ。
場所はどこかの屋敷で、寝殿造というのだろうか、平安の屋敷が近い気がする。そこの、決まって庭のよく見える所。
季節は桜が舞っていたり、緑が鮮やかだったり、紅葉や、ごく稀にはらはらと雪の降っていることもある。
今日は雪だ。更に珍しいことに、地面が見えなくなるほど積もっている。
ちょっとくらい庭に出てみてもいいかもしれない。
そっと足を踏み出す夢月の腹に、後ろから腕が回される。
軽々と抱えあげられ、そのまま部屋の奥へと。あぐらをかいて座った彼は自身の膝に夢月を座らせ抱え込む。
「宿儺」
以前教えてもらった名前を呼んで、見上げた彼はやはりぼやけていた。
彼は夢月の左手を取り、反対の指を彼女の手の平で動かす。
『あまり雪に近づくな』
「ここであんなに積もってるの、初めて見るんだけど……」
『ならん』
「ならんかぁ……宿儺は雪嫌い?」
少し間が開いて。
『雪は好かん』
「寒いから?」
文字を書いていた指が一瞬止まる。
『そうだな』
すり、と頬が合わせられる。
『今日は何があった? 話して聞かせろ』
宿儺はこの夢で夢月の他に唯一出てくる登場人物だ。夢は見ている人間の深層心理の現れ、なんて聞くが、彼は夢月の見ている夢の中の人とは思えない程博識だ。よく彼に言われて日々あったことや悩みなどを話しているが、思いもよらない答えが返ってくることも多く、実際の人間と話しているような気になる。
だが夢だからだろうか。体格から男性ということは分かるが、焦点が合わせられず顔はぼやけて声も聞こえない。
宿儺は、最初は何やら色々と話しかけてきていたが、夢月が聞こえないと伝えると――夢月の声は彼に聞こえるらしい――筆談で話してくるようになった。
といっても書くものがないので、夢月の手の平に文字を書いてのやり取りだ。
夢月には見慣れない文字を書くので初めは聞き返したりもしていたが、何度も繰り返すうちにスムーズにやり取りできるようになった。
とられたままの左手の薬指を、男の指がなぞる。
昔から、夢月の左手薬指には付け根をぐるりと囲うようなあざがあった。その指だけ他の指より太く、まるで一度指を切って繋いだようにも、あるいは黒い指輪のようにも見えた。
そのあざをなぞられる。彼はよくそこに触れてきた。
特に抵抗することもなく、夢月は彼のすることを眺めている。痛い思いをさせられたことなどもないので、基本的にはされるがままだ。
宿儺はあまり自身のことを語らない。それよりは夢月の話を聞くことを好んでいるようで、彼女の日常を聞きたがった。
特に面白みもないだろうと思いながら毎回話しているうちに、夢月が透けはじめる。
そうなると、現実の夢月が目を覚ます合図だ。
少しずつ、足から透けていく。
初めはとても驚いたが、今ではもう慣れたものだ。
宿儺が夢月の左手を握る。意識的にか無意識か、彼は夢月が透けはじめるといつもそうする。
「またね、宿儺」
少し動いて、宿儺の見えない顔を正面から見つめる。一度離れた手を今度は夢月から握り、さようなら、ではなくまたねと言う。
夢月がもう消える、というところですっと宿儺が夢月の耳元に顔を寄せる。近づいた一瞬、ここが目だろうという辺りに四つの赤が見えた。
「またな、夢月」
「! 宿儺、声――」
目が開いたことで、夢から覚めたと理解した。
夢でしか会うことの叶わない彼の朧気な輪郭は、目を覚ましたら更にあやふやになってしまう。いつもそれが無性に悲しかった。
でも、今日は。
「……声、初めて聞いたな……」
宿儺が顔を寄せた方の耳を手でそっと抑える。
低めの、耳に心地好い声だった。次に彼の夢を見るときは、筆談ではなく直接話ができるだろうか。
左手の薬指を無意識でさすった。