原作編
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「おはよう」
目覚めると共に掛けられる声。石造りの床、目隠しの男、壁一面の御札――。
「今の君はどっちなのかな?」
「…… アンタ確か……」
「五条悟。呪術高専で一年を担任してる」
「呪術……」
悠仁の意識がそこで完全に覚醒する。
「夢月!先輩……!伏黒は!?」
目隠しの男、五条悟に迫ろうとした悠仁はしかし、一歩も動くことが出来なかった。ギチリと軋むような音がし、腕が圧迫されていることを知る。
見れば、またもや御札の貼られた太い縄が彼をその場から動かすまいと拘束していた。
「なんだよコレ……」
「他人の心配してる場合じゃないよ 虎杖悠仁」
「君の秘匿死刑が決定した」
***
「オマエを"呪い"として祓う」
厳しい目で悠仁を見る伏黒。
呪い、祓う。悠仁が、呪い?
「いや何ともねーって。それより皆ボロボロじゃん はやく病院行こうぜ」
伏黒は動かない。何も言わない。
「今 どういう状況?」
膠着した空間に涼やかさを感じる、飄々とした声が響いた。
突然現れたのは伏黒と似た格好をした男性。目を引く白い髪、目隠し。
五条先生、と呼ばれたその人は伏黒と会話し、呪物の――宿儺の指の行方をたずねる。
「……」
「あのー」
「ごめん 俺それ食べちゃった」
五条に沈黙で返した伏黒に悠仁がおずおずと手を上げる。
再び沈黙が場を支配した。
「マジ?」
「「マジ」」
揃って返された答えに、五条が悠仁を覗きこむ。近い。
「んー? ははっ本当だ 混じってるよ」
ウケる、と呟いた五条の視線が夢月に向いた。
「それで、こっちの君は、」
五条の言葉が途切れる。そうして夢月も覗きこんでくる。目隠しで隠されているはずなのに目があったように感じた。
「……へぇ……君もまた、ずいぶんなことになってるねえ」
「……ぇ?」
どこか感心すらしたように頷く五条は、また悠仁に視線を戻した。
「宿儺と代われるかい?」
「スクナ」
「君が喰った呪いだよ」
「あぁ うん多分出来るけど」
「じゃあ十秒だ 十秒経ったら戻っておいで」
言いながらぐっぐっと軽く準備運動をする五条。
「でも…」
「大丈夫」
「僕 最強だから」
五条がニィと笑い背を向け、伏黒に紙袋を投げた瞬間。
「ああそうだ」
隣の悠仁の気配が、また――宿儺の気配へと変わっていく。
「恵、この子も確保ね」
「う"え…」
ふらつく夢月を持ち上げた五条は、そのままほいっと伏黒へと投げる。
ただでさえ頭痛の酷い頭が揺さぶられ、仮にも女とは思えない声が出る。
紋様のある手が夢月を掴み損ねたのがちらっと見えた。
「うお!」
「あとそれ、喜久福は土産じゃない。僕が帰りの新幹線で食べるんだ」
「後ろ!!」
夢月を受け止めた伏黒が五条に叫ぶ。
五条の背後には、悠仁の姿をした彼が、宿儺が迫っていた。
「……おい、大丈夫か」
「あ、うん…。ありがとう……」
「……、」
五条と宿儺の戦いに向けた目をこちらにやり、伏黒が問いかけてくる。それにお礼を返すと、伏黒が一瞬何か言いたげにし…結局そのまま目をそらされた。
夢月も痛む頭をなんとか持ち上げて、二人の動きを懸命に追う。
誰も立ち入る隙のない戦いの最中。
その動作は夢月の目にはひどくゆっくりとしたものに映った。
五条から目を離さないまま、宿儺が左手を自身の口元へと運ぶ。そうして、薬指の根元へと歯を突き立てた。
「……っ!」
息をのむ。心臓が激しく打たれたようになり、より頭痛が激しくなる。
それどころか今度は全身が痛い。
うずくまり自分を抱え込んだ。痛みに耐えようと、握った腕に爪が、噛み締めた唇に歯が食い込む。
「おい、しっかりしろ!!」
伏黒が叫ぶ声が遠い。
痛みすら分からず、ぶつりと切れた唇から血がぽたりと落ちた。その雫は血とは思えないほど黒い。
ゆらりと影が揺らめき、落ちた雫が静かに呑まれ消えていく。
「 、は」
奈落へ続く穴が――あるいはそれは、巨大な口か――開く様を幻視する。
そこへ引きずり込まれ、落ちて、呑み込まれる。
――骸ひとつ遺さず逝く気か――
――夢月――
永劫のものになるはずだった別れを拒む声が、名を呼ぶ声が、今の彼と重なった。
「 」
ぶつん
唐突に、刃物で斬られるように意識が断たれた。
*****
回収する筈だった特級呪物が受肉するという最悪の展開。
五条先生が虎杖の体を手にした両面宿儺と戦う前に、投げられた女子――夢白を受け止めた。
夢白に触った瞬間、現れた両面宿儺がこちらに向けた視線は、刺すようでもなく、いっそ静かだった。それが逆に恐ろしい。
「……大丈夫か」
「あ、うん。ありがとう……」
ふっくらと柔らかそうな唇が動き伏黒へと礼を紡ぐ。散々吸われたらしいそこは仄かに赤く色づき、蜜を滴らせる果物を連想させた。優美な線を描く通った鼻筋に白磁の肌。乱れていても艶やかな雪色の髪。それと同色の長いまつげに縁取られた、星を散りばめたような夜の目。
「……、」
ふらつき、粉塵にまみれながらも、それすら気にならない程に美しい少女。同時に先ほどの濃いキスシーンが頭に浮かび……見ている場合じゃないと自身を叱咤し視線を剥がす。
戻した先では両面宿儺が何を思ったか、自身の左手に噛みつこうとしていた。
いや……あれは、薬指、か?
両面宿儺が指に歯を立てると同時、隣の少女から息をのむ気配がした。
見れば彼女は自身を抱えるようにうずくまっていた。痛みに耐えるように、爪を腕に突き立てている。白魚の指に力を入れて、関節が更に白く浮いていた。
髪の隙間から一瞬見えた目は極限まで見開かれている。
「おい、しっかりしろ!!」
叫んだ声は果たして彼女に届いているのか。
一瞬抱え起こそうと肩に手を当てるが、そうしてどうなると冷静な伏黒が止める。何をしてやることもできず、そのまま行き場をなくす。
「随分とまあ、しっかり
五条先生の声。
「本当、大した執着だ。君にとって、あの子は何なのかな?」
両面宿儺の口がつり上がる。
「呪術師、お前が知る必要はない」
そうして再び、両者がぶつかり合う。
呪術師最強と、呪いの王の攻防戦を固唾を飲んで見る中、夢白の肩に当てた手から、彼女の力が抜けるのが伝わった。
慌てて彼女を見ると、突き立てられていた手からもすっかり力が抜けていた。
まさか、と背筋が冷える。
口元辺りに手を持っていくと、かすかに吐息が触れたことで、気を失っただけと分かった。
「まったくいつの時代でも厄介なものだな、呪術師は」
安堵する伏黒の前に五条が降り立ち、その向こう、両面宿儺が腕を振るのが見えた。
それに合わせるかのように、ばちりと夢白に触れていた手が弾かれる。見れば黒く薄い、半透明の膜のようなものが彼女を覆っていた。
疑問に思う間もなく、轟音が響く。
コンクリートが吹き飛ばされ瓦礫と粉塵が舞う。
「7……8……9」
カウントが始まる。五条の術式により瓦礫はひとつも彼らを傷つけることなくその場に留められていた。
「そろそろかな」
両面宿儺が動きを止める。
10秒経ったら戻っておいで。そう言われた通りに、虎杖が戻ってくる。
一瞬伏せられた目がはっと開かれる。
「おっ 大丈夫だった?」
「……驚いた 本当に制御出来てるよ」
「でもちょっとうるせーんだよな アイツの声がする」
「それで済んでるのが奇跡だよ」
「あとアイツ夢月に――夢月!?」
倒れる夢白に気づいた虎杖が駆け寄ろうとする。
それを五条が制した。
「気絶してるだけだよ」
そう言いながら、トン、と指を虎杖の額に当てる。
その瞬間、虎杖が崩れ落ち、それを五条が受け止める。
「何したんですか」
「気絶させたの
これで目が覚めた時、宿儺に体を奪われていなかったら、彼には器の可能性がある」
そこで五条が目隠し越しに伏黒を見た。
「さてここでクエスチョン。彼をどうするべきかな」
「……仮に器だとしても、呪術規定にのっとれば虎杖は処刑対象です。
でも死なせたくありません」
伏黒の真っ直ぐな目が五条を見る。
「……私情?」
「私情です。なんとかしてください」
「クックック」
「かわいい生徒の頼みだ
任せなさい」
五条はニッと笑い親指を立てた。
「ってなわけで改めて」
「君、死刑ね」
ええー……。と言いたげな顔になる悠仁。
任せろと言ったのは誰だよ、と言いたいのを我慢する。
「回想と展開があってねーんだけど」
「いやいや 頑張ったんだよ。死刑は死刑でも執行猶予がついた」
「執行猶予……今すぐじゃねえってことか」
「そ。一から説明するね」
ゴソゴソと取り出されたのは悠仁が喰べたものとよく似た指。
五条の説明では、それはやはり悠仁が喰べた呪物と同じであり、全部で20本あること。五条と伏黒の属する高専では6本を所有しており、20本全てが手の指であること――宿儺は腕が4本あったらしい。
また、呪いは強力で、壊すこともできない。しかもそれは日に日に強くなっていて、封印も追い付いていないとか。
そんな状況の中、悠仁が現れた。
悠仁が死ねば、中の
すぐにでも殺せと、そういう声があがったらしい。
しかし、今後宿儺に耐えうる器が生まれる保証などない。五条はこう提言した。
「どうせ殺すなら 全ての宿儺を取り込ませてから 殺せばいい」
「上は了承したよ 君には今二つの選択肢がある」
五条は決断を迫る。
「今すぐ死ぬか」
「全ての宿儺を見つけ出し 取り込んでから死ぬか」
どちらを選んでも、悠仁は死ぬ。
遅いか早いかーーただそれだけの違いを、少年は選べと迫られた。
「……ま、少しだけど時間はあるから考えてね
それじゃ、僕は夢白夢月の所に行かなきゃだから」
「そうだ、夢月、あいつは大丈夫なのか!?」
「……」
改めて死の選択を迫られてなお、少女の身を案じる悠仁に、五条は何を思ったのか。
「あの子ならさほど怪我は無かったよ。今は君と同じでちょっと拘束させてもらってるけどね」
「な…あいつは呪物喰ってねえし普通の人間だろ!なんで拘束なんか!」
「――普通の人間、ね。それはどうかな」