【第21章〜逃げない決意〜】
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「ねぇ、椿ちゃん。今なら逃げ出せるのよ」
「は?なんの話だよ」
匙を口に含みながら首を傾げる椿。その頬は、まるでハムスターのように膨らんでおり、とても愛らしい。
(妹がいたら、こんな感じなのかしら......。)
こんなに愛おしく思えるのなら、姉妹もいいわね、なんて思いながら、ミランダは椿を見つめる。――妹みたい......だからこそ。
「......クロウリーさんから、椿ちゃんのイノセンスを、ヘブラスカが解除したって聞いたの。だから今、椿ちゃんは何の力も持っていない」
「そうだな」
「......イノセンスをつける前なら、もう、アクマと戦わなくていいのよ。瑠璃さんと2人、静かに暮らすことだって......出来るかもしれないわ」
ミランダの言葉に、息が止まった気がした。匙を運ぶ手も止まり、世界の時が全て停止したかのように感じる。
動いているのは、泣きそうなミランダの瞳と、......逃げ道を教えてくれる、小さな唇だけ。相反する気持ちが、ミランダを蝕んでいるのが、わかる。
そんな彼女を見て、椿は匙をゆっくりと下ろす。
「......それでも、イノセンス適合者であることには変わりない。それに、人殺しの就職先なんて、エクソシスト以外あるのかよ」
――人殺し。
その言葉に、椿は胸の内が重くなるのを感じる。
......そうだ。どれだけ周りに自分の過去を許されようが、どれだけ仲間として歓迎されようが、生きる事を望まれようが。 自分は“人殺し”で、紛うことなき――“殺人鬼”なのだ。その事実だけは、天と地が入れ替わったとしても、変わることなんてない。
......イノセンスから逃げられたとしても、人殺しの罪業からは逃げられないのだ。何より、椿自身がそれを良しとしない。
「......本当にいいの?今ならまだっ、!」
「俺は逃げないよ、もう。それを教えてくれたのは、ミランダとクロウリーだろ?」
ニカッ、とはにかむように笑う椿は、『さあ、この話は終わりだ』とばかりに匙を動かした。
どこまでも前を向く椿に、唇を噛み、震えないように声を絞り出すミランダ。
「......無理は、しちゃダメよ?」
「なんでミランダが苦しそうなんだよ」
「っ、いえ、そうね...... 椿ちゃんの選んだ事だもの。私が泣くことじゃっ、ないわよね」
ぽろぽろと泣きながら笑うミランダに、椿はどうすればいいのかと、眉を寄せた。......泣き笑いなんて、されたことが無い。元々、人の感情に共感できることの方が少ないのだ。こんな時にどうすればいいのか、なんて、対人関係の経験値が乏しい椿では、分からなかった。
とりあえず、瑠璃にするのと同じように、ミランダの頭をポンポンと撫で、最後のひと匙を口に含んだ。卵と米の甘みが口に広がる。うん、旨い。
「ご馳走様。っと、んじゃ早速、ヘブラスカの所に連れて行ってよ」
カラン、と匙が器に入る音が響く。
まるで新しい人生の、開幕のゴングのようだ。人一人の再スタートの合図なんて、こんなもので充分だろう。
「いいの? 椿ちゃん」
「何度も聞くなよ。――ミランダもクロウリーも、俺を仲間だと、言ってくれたからな」
それに応えたいだけだ。
そう口にした椿に、ミランダは目を見開いた。届いていないと思っていた言葉が、まさか彼女の中に残っていたなんて。
歓喜と罪悪感が、ミランダの中を駆け巡っていく。......それでもやはり、複雑なのは複雑なのだ。
「我も行くぞ」
のそっとお盆を頭の上に乗せて、瑠璃が起きた。
タイミングを測っていたのだろうか。寝起きにしてはハッキリとしている意識に、椿は苦笑いし、ミランダは驚いた。
「起きてたの? 瑠璃さん」
「今起きた。我も行く。異論は認めない。椿、歩けるか?」
「おはよう、瑠璃。起き抜けから強情だな」
「何度置いて行かれそうになったと思っているんだ」
「ごめんって。......うん、大丈夫。立てると思うよ」
不貞腐れながらも、器用に食器をバランスよく乗せる瑠璃に、椿は頷く。ミランダが慌てて瑠璃からお盆を受け取るのを見計らうと、椿はベッドから足を下ろし、瑠璃の背に手を置いて地に足をつけた。
今度はすんなり立てたようだ。椿はほっと息を吐いて、軽く足を振って感覚を確かめる。
「瑠璃、大丈夫。一人で歩ける」
「そうか。転びそうになったら補助しよう」
「介護じゃないんだぞ」
「でも、無理しないでね?外でコムイさんが待ってるわ」
「は?それって立ち聞きじゃないか?性格悪くね?」
「女子会話に、男性が入るのは失礼じゃない」
ふふ、と笑みを浮かべるミランダに、椿はため息をついた。......なんというか。
「......ミランダも、案外性格悪いんだな。いや、意地が悪い、の方が近いか?」
「えっ」
「冗談だ」
行こう、と告げて、椿は歩き出す。その後ろ姿は凛としていて――。
以前と同じ椿の後ろ姿に、ミランダと瑠璃は安堵した。