闇の中で、温もりを感じた。
始めは右手。次に左。
......それから、頬と体全体に温かさと、
若干の息苦しさ。
少し前から、側に何かがいるような気がしていたが、
よくわからなかった。
――この体温を私は知っている、......と、思う。
けれど、何の、誰のものだったか、思い出せない。
何だか......懐かしい......
遠い、昔――――そうだ。確か―――――
私が、お母さんに嫌われて、泣いていた時の。
ぼやけた感覚の中で、視界が揺らめく。
艶やかな黒に、温かいオレンジ。
澄んだ空が、真っ直ぐ私に降り注ぐ。
......聞こえる。
聞こえる。みんなの声が。
『椿。目を覚ますである』
『椿ちゃん。みんな、待ってるわ』
『起きろ椿。お前がいない世界はつまらぬ』
――椿......。
あぁ、そうだ。
椿......私の――名前。
『笑ってくれ、椿』
―― 瑠璃。
お前はいつも、そればっかりだな。
私の............俺の笑顔なんて、何がいいんだか。
嗚呼でも。
「
椿」
「......ふふ、」
「!」
――その必死そうな顔は、中々面白いよ。
「
椿!」
「
椿ちゃん!」
「
椿!」
――ちゃんと聞こえてるから、そう一気に呼ぶなって。
「
椿......今、笑った......のか......?」
「......笑えって言ったのは、そっちだろ」
「!、
椿っ......!」
「
瑠璃――――ただいま」
ふわり、と。
自分でも驚くほど、柔らかく動く頬。
――笑ってる。
そう、自分でも分かった。
「
椿......っ!――可愛いっ!」
ガバッと飛び掛ってくる
瑠璃に、俺はぐっと喉を締め付けられた。虎の腕でぎゅうぎゅうと抱き締められ、ゴロゴロと身体の上で転がられる。
ぐぎゅ、と押し潰された身体が、ミシミシと悲鳴を上げた。
「ちょっ......
瑠璃っ、くるし......っ、!」
「
椿!
椿っ!」
「良かったである、
椿......本当に......良かったである......っ!」
「っ、」
――いや、それはいいからっ!
どいてくれっ!頼むからっ......!身体がミシミシ言ってるんだよっ!
ていうか、クロウリーもミランダも、強く握りすぎだ。指が擦れすぎて、痛い。
「お帰りなさい、
椿ちゃん。みんなあなたを待っていたのよ......っ」
――ミランダ......。
わかった。分かったから離してくれ。離さなくてもいいから、とりあえず
瑠璃を止めてくれ。本気で肋骨が逝きそうだ。......いや、やっぱり離してくれ。握られすぎて指が無くなる......ッ!!
ある意味、どんな戦いよりも過酷な戦いをしていると思いながら、必死に耐える。身体のあちこちが悲鳴を上げるが、その大まかな現況は、体の上で甘えるが如くゴロゴロと寝転がる
瑠璃のせいだろう。
徐々に虎の姿に戻っているのが、余計辛い。
(確かに、
瑠璃の笑顔で死ねたら、なんて思ったけどっ、!)
――こんな最期は真っ平御免だぞ......っ!?
「ハイハイ、全員離れなさい!特に
瑠璃!せっかく起きたのに窒息死させる気!?」
「「「!!!」」」
再び白んでいく意識の中、鋭い女性の声が聞こえ、身体を圧迫していた全てのものが一気に無くなっていく。
ふと、戻ってくる意識。はあっ、と息を吸い込めば、ゲホゲホと咳き込んだ。
「ゲホゲホッ......!!」
「っ、
椿......。大丈夫か......?」
「......真面目に死を覚悟した」
瑠璃の声に、思わず本音が零れ落ちた。死の淵に立たされると、人間、かなり素直になるらしい。