【第9章〜夢の間に〜】
夢小説設定
本棚全体の夢小説設定夢小説の主人公は、その話に応じて容姿や性格などを設定しています。
全ての小説で、夢用のお名前を使用する場合は、こちらを使用してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「なぁ、ミランダ」
「な、何かしら...?」
「アンタは戦えないのに、どうしてエクソシストなんてやってるんだ?」
椿からの問いかけに、ミランダは少し緊張しながらも首を傾げ、問われた内容に目を見開いた。
......聞かれるかなとは思っていたが、まさか椿から聞かれるとは、思っていなかったのだ。ミランダは記憶を巡り、自分の過去を思い出す。
辛かったか、と言われれば、どこか不思議な気分になる出来事を、うまく説明できるのか。......そっちの方が、彼女には不安だった。
「......私ね。エクソシストになる前は、何をやってもダメなやつだったの。誰かにありがとうって一度も言われたことはなかった。......でも、アレンくん達──今の仲間と会って、こんな私でもイノセンスの力で役に立てるんだって、気づかせてくれたの」
──目を閉じれば、思い出せる。
ミランダが変わることのできた、あの日のことを。
初めて『感謝』を貰った時のことを。
「私にも出来ることがあるって、......認めてもらえたのがすごく嬉しくてね。......守りたいの、少しでも多くの人を」
「......博愛主義、なんだな。俺には到底見習えそうもない」
「私が認められたいだけよ。......椿ちゃんは、その、自分のことを俺って言うのね」
「おかしいか?」
「そそそそんなことっ、!」
「くくっ、......わかってるよ」
どこか可笑しそうに笑う椿に、ミランダはからかわれたのだと気がついた。怒られたのではないとホッと胸を撫で下ろす反面、彼女が冗談を言ってくれるようになったのが嬉しかった。
赤い木の実を弄びながら、椿は空を見上げる。
「...父さんを殺した時に、それまでの自分も殺したんだ。──強く、なりたかったから。呼称だけでも変えれば、変われると思った。......気づく奴なんて今までいなかったけどな」
椿の言葉に、ミランダは胸が締め付けられる。
呼称にまでも影響を与えているその傷の深さに、泣きそうになった。ミランダは椿の前に飛び出すように移動し、胸の前で両手を握りしめた。
「わ、私達が一緒に背負うのは出来ないのかしらっ、!?椿ちゃん達の、力になりたいの......。ずっと瑠璃さんと二人だけでアクマを倒して ......辛かったわよね......ごめんなさい、私達がもっと早く気づいていれば......」
そう、ミランダが口にした瞬間、椿の空気が一気に固くなった。......地雷を踏んでしまったのだと、直感で理解する。
「アンタは俺らの何を知ってると言うんだ?辛かった?一緒に背負う?もっと前にアンタ達が来ていたところで、俺のやることは変わらないし、仲間になる事も、来てくれたことに感謝することも無い。上部だけで、知った気になるなよ」
強い拒絶の色を宿した夜色の瞳と、荒げる事なく噛み付く硬い声は侮蔑の色合いが濃く、ミランダは身を竦ませる。
「椿...ちゃ......」
「川沿いに歩いていけば、クロウリー達の元にたどり着ける。先に帰ってくれ」
「ま、待っ......」
「これ、持って行ってくれ。薬草を取ってくる。迷うなよ」
矢継ぎ早に言葉を紡いだ椿は、ミランダにキイチゴを押しつけて森の中へと戻って行ってしまった。
ピリピリとしたその背中は、『触れれば保証はしない』と言いそうなほど、殺気立っていた。
取り残されたミランダは、手一杯のキイチゴを潰さないように持って、立ち竦む。
(......怒らせちゃったわ。力になりたかっただけなのに......)
冷たい夜風が、ミランダを吹き付ける。刺すような痛みに、ミランダは責められている様な気分になった。
ミランダは心底後悔していた。
助けたかったからと言って、彼女達を理解したような発言をしてしまった事を。その言葉で、椿を傷つけてしまった事を。言葉は助けにもなるが、鋭利な凶器にもなるのだと、彼女はホームの暖かい世界で、忘れてしまっていた。認められた事で、忘れてしまっていた。
──絶望の淵にいる時こそ、人の言葉を違う形で受け取ってしまうということを。
(......ごめんなさい、椿ちゃん......でもね。私も、初めは信じられなかったの)
ミランダは目を閉じ、記憶を思い出す。......散々困らせたアレンには、今でも酷いと思うことを沢山言ってしまったと、ミランダは思っている。叫んで話を聞かないようにした時もあった。悲劇の主人公であることに......安堵していた。
でも、足を進め、届かなかったものに手を伸ばすことで、ミランダは変わることが出来た。椿が同じようになるかは分からないが、何かが変わるとは思っている。
(その手助けが出来れば......いいのだけれど......)
もしかしたら、私では無理かもしれない。椿ちゃんを怒らせてしまったから。
夜風に吹かれながら罪悪感と諦観に苛まれていたミランダは、自分の手の内を見つめると、ゆっくりと歩き出した。椿を追えば、きっと更に怒らせてしまう。椿の話が本当なら、このまま歩けば帰れると言っていた。
(私が今、やるべき事はキイチゴを瑠璃さんへ届ける事...)
つまり、椿の思いを瑠璃へと届けることだ。......そう自分の中で目的を定め、心を持ち直したミランダは、ゆっくりと歩き出した。足が重いが、半分以上が自業自得なので必死に心を掻き立てた。
(キイチゴ......食べてくれると嬉しいのだけれど)
落ち込む気持ちを見て見ぬふりして歩く背中を、闇夜に紛れた影が、そっと覗き込んでいた。