死んだ町に居座る適合者【改訂版】
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――しん、と静まる室内。
長い、長い昔話を聞いた2人は、正直、どう反応すべきかを迷っていた。
軽く流すには重たすぎるし、重く受け止めるにはあまりに想像以上。思っていたよりも何倍も、何十倍も深い傷に、2人はかける言葉を必死に探していた。
「この町に留まってるのは、償いなんだ。この身が朽ちるまで、壊してしまったこの町を守る。俺がイノセンスで父さんを殺した罪。アクマの材料になる人間を殺し尽くした罪。......それらを償い続けなきゃならない」
「そんな......」
「でも、瑠璃だけはいつか......この町から解放してやりたいとは思ってる」
椿の言葉に、目を見開く2人。
“解放”という二文字に、彼女の想いがどれだけ詰まっているのか。それを察するのに、そう時間はかからなかった。
すると、彼女の隣に外の見回りを終えて戻ってきた瑠璃が、ひらりと舞うように下りてくる。
話を聞いていたのだろうか。その瞳は椿を捉えて離さない。
「椿 、1人で抱え込む必要はない。椿が望む場に我はついていく」
「......瑠璃」
お互いを思うがあまり、すれ違う感情の糸に、クロウリーとミランダは歯がゆさでいっぱいになった。
......彼女が起こした罪を、自分達が許していいものだとは思わない。
けれど、もう充分じゃないだろうか。彼女は、もう充分なくらい、戦ったのではないだろうか。
そう思ってしまうけれど、結局彼女を許すのは彼女自身で、その鍵を握っているのは――――恐らく、瑠璃だけなのだろう。
(我らにはどうすることも......)
そう、諦めかけた、その時。
ふと血生臭い匂いに、クロウリーは咄嗟に鼻を摘まんだ。人間の血に土の臭いを混ぜたようなそれに、クロウリーは元を探るように視線を向けた。
――――戻ってきた瑠璃の背に乗せられた、“ソレ”。
彼が仕留めてきたらしい猪が、白目を剝いて横たわっていた。猪だ。
猪。
......イノシシ!!?
「今日は客がいるからな。大きいのを仕留めてきてくれたらしい。夕飯作ってくるから少し待ってろ。火を通した方が食いやすいだろう?」
「あ、ありがとう......なのである」
頭が理解する前に告げられた声に、クロウリーはとりあえず礼を述べた。
しかし、頭は未だ混乱している。とはいえ、今までよく分からない状況に振り回されて来た2人だ。
適応するのも、早い。
「...椿は、とても辛い思いをしてきたのである」
猪から思考を切り替えたクロウリーが、呟く。
ミランダがコクリと頷いた。
「アクマを作らせないために、人間を殺してきたなんて、......まだ若い子なのに...」
「「......私達に何ができるのかしら(であるか)」」
言葉が完全に被さり、2人は互いを見つめ合う。 同じ事を思っていた。
その一点が、これほどまでに安心し、心強いことなんて、そうないだろう。普段気弱な2人だからこそ、という事でもある。
「私達、もっとしっかりしなくちゃね」
「ああ。椿は装備型である。アレンのようにアクマが見えるわけでも、私のように歯が疼くわけでもないである」
「えぇ。アクマは人間の中に紛れてるのよね。椿ちゃんが歪んでるんじゃなくて、人間を疑い続けて、次のアクマを作らないように頑張りすぎちゃっただけよね」
「ああ。もう1人で抱え込まなくていいと、伝えるである!」
明るくなっていく2人の会話に、どうやら方針は決まったようだ。
――人に紛れる事のできる、アクマ。
その存在が如何に恐ろしく、如何に邪悪な存在であるのか。2人はより深く、理解したような気がした。
どうやって話すべきかと、2人で話し合いながら彼らが戻ってくるのを待っていれば、暫くしていい香りが漂ってきた。
瑠璃が自身の背に食事を乗せた皿を2つ乗せ、器用に運んでくる。解体され、調理された肉は簡素だが、とても美味しそうだった。
瑠璃の背から各々皿を受け取り、次いで奥の部屋から出てきた椿が、両手に自分の分であろう皿と、紐で縛った生肉を片手に戻ってきた。
「できたぞ。瑠璃も一緒に食べるか?」
「怖がらせるから、外に行く」
椿の元まで来た瑠璃は、生肉を受け取るとそのまま階段を上がっていく。
獲って来てくれた本人が、1人別の場所で食事をするということに、ミランダの胸が痛む。
怖くない......といったら嘘になるので、引き留める言葉をかけるのは出来なかったけれど。
「あの......気を遣わせちゃって、ごめんなさい......」
「構わない。よくある事だから」
ふるふると首を振って先程の場所まで戻っていく椿に、ミランダは複雑な心境になる。
......これで良かったのだろうか。
でも、生肉を齧る姿を見ながら食事なんて............やっぱり出来そうにない。
「いただきます」
「いただくである」
「いただきます」
家主である椿の声を追いかけるように口にしたクロウリーに、慌ててミランダも続いて手を合わせた。
焼けた肉の芳しい香りが、鼻腔をくすぐる。
......そういえば2人とも、朝から何も食べていない事を思い出した。
ぐう、と鳴る腹を収めるため齧り付いたクロウリーに、ミランダも控えめにかぶりついた。
「......美味そうに食うな、クロウリー」
「うむ、とても美味しいのである!」
あまりにもクロウリーがガツガツと食べるから、思わず椿が声を掛けてしまった。
ペロリと口元を舐め上げるクロウリーの手元の皿には、もう既に用意した肉の半分が無くなりかけていた。
「瑠璃もよく食べるが、寄生型というのはみな大食いだな。足りなければ干し肉もあるが、食べるか?」
「いいのであるか!?欲しいである!」
「純粋だな」
クロウリーの食べっぷりと、その素直さに少し笑いながら、椿は立ち上がり奥の部屋へと入ると、中から包みを投げてきた。
意外と大きい包みを両腕で受け取ったクロウリーが開けてみると、中にはたくさんの干し肉が詰まっていた。
熟成した肉の香りに、ゴクリと喉がなる。
「それ、全部食っていいよ。美味そうに食うアンタを見てたら、少しは気が紛れたからな」
「ありがとうなのである!」
パァッ、と心底嬉しそうに笑うクロウリーに、椿とミランダが微笑む。椿にとって、こんなに楽しい食事は久々だった。
(......ここに瑠璃もいてくれれば)
1人寂しく肉を食らう瑠璃の姿が脳裏を過ぎり、僅かに俯いてしまう。
......帰ってきたら、たんと綺麗な毛並みを撫でてやろう。
「クロウリーさん、本当美味しそうに食べるもんね」
「......人の顔見て食事するのも、久しぶりだな」
もう既に意識が丸々、肉に持っていかれているらしいクロウリーを一瞥して、椿はミランダへと視線を向けた。
残り少ない蝋に灯された灯りが、ゆらりと椿
を照らす。
その陰のある横顔に、ミランダは食べかけの肉をゆっくりと皿へ置くと、恐る恐る口を開いた。
「あの、椿ちゃんは......アクマと、アクマになるかもしれない人間のことを、今はどう思ってるのかしら......?」
ミランダの問いかけに、椿は驚きに目を見開く。
彼女の言葉は、まるで椿を許しているようにも捉えられ、更に未来を見据えているものだった。
椿はゆっくりと目を伏せる。
......今でも、自身の内側にある猟奇的な考えは抜けきらないが、それよりも強く根付いているのは――――紛れもない、懺悔の想い。
「......今は戦争中なのだろう?千年伯爵との」
椿の言葉に、ミランダは頷く。
それを見て、彼女は続けた。
「こちらから、戦力の元をあちらに渡してやる意味がない。その感覚は変わってはいない。......でも、俺が父さんと町の人間に下した判断は、人の倫理としてズレてるというか......崩壊、している自覚は、ある。......人間を、守るべき対象に見れないんだ」
「......アクマを増やさないこともエクソシストの仕事の一つである。椿はエクソシストになる資格は十分にあると思うであるぞ」
いつの間にかペロリと食事を平らげたらしいクロウリーが、口元をハンカチで拭いながら、言葉を投げかける。
しかし、椿はフルリと首を横に振るだけだった。
「瑠璃はともかく......こんな鬼を仲間として受け入れようなんて、考えない方がいい。まあ、何かあった時、問答無用で俺を殺せる人間が教団にいるのなら、考えなくもないがな」
自嘲的な笑みを浮かべる椿に、クロウリーは勢いよく立ち上がった。食べ終えた皿がけたたましい音を立てて、地面へと落ちていく。
「椿は、”鬼”なんかではないである!我々に水も食料もくれた!レベル2にも冷静に対処していたではないか!」
「そりゃァ、毎日のように来るからな、回数慣れしただけだ。それに......ここでいくらアクマを破壊したところで、千年伯爵は世界で悲劇を生み続けてるんだろう?......奴の関心を俺一つに集中させていられれば良いのだがな。そう上手くはいかないらしい」
椿の言葉に、彼女達が何故アクマ退治をし続けていたのかがわかる。
(アクマを倒し続けることで、千年伯爵の意識を自分たちへ向けようとしていたのか......!)
残念ながら思惑通りにはいかなかったらしいが、その数も多くなればなるほど、遅かれ早かれ目を付けられるのは必然だ。
そんな危ない橋を、たった2人で。
クロウリーはカツカツと椿の前にまで歩みを進めると、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
真剣な面持ちに、椿は胸に痛みを感じる。
──......瑠璃と、同じ瞳。
その目を持つ彼から、何を言われるかなんて事は、何となく予想がついてしまう。
「椿、一人で抱え込む必要はないのである。私達がこれからは一緒に......」
「お前らはッッ!......人殺しの覚悟が、あるのか......?」
今度は椿が声を荒らげる番だった。
ガシリとクロウリーの襟元を掴み上げ、睨み上げる。憎しみ、恨み......全てをぶつけるかのような目だ。あまりの迫力に、クロウリーはつい怯んでしまう。
「イノセンスはアクマを壊すために存在する。アクマになる前に、魂を呼び戻す人間ごと消すことに抵抗がない連中の集まりが黒の教団だというなら、喜んでついていくが、そうじゃないだろ。お前達を見ていればわかる」
「......教団は、優しいところよ。戦えない私にもできることを教えてくれたわ」
「だからこそ、俺には合わないと言っているんだ。話を聞いていなかったのか?それとも、──お前らの中で人殺しは、そう簡単に許される罪なのか?」
腹の底から押し出すような声に、2人は黙り込んでしまう。沈黙に居心地が悪くなった椿が、クロウリーの襟元から手を離した。
......人殺しの罪が軽い?──そんな訳が無い。
けれど、今までも、そしてこれからも。1人で世界の全てを背負おうとしている少女を「それじゃあ」と見放せるほど、彼等は非道ではなかっ た。
任務だからではない。ただ、彼女の......彼女を思う瑠璃の、力になりたいと、そう思っているのだ。
「......椿ちゃんは、1人で抱え込みすぎなのよ。だから......私達にも、手伝わせてくれないかしら?」
「......能力を見せない奴の言葉なんて、信頼できるかよ。それに仲間になる気は無いと言っているだろ」
「無理に仲間にならなくていいの。ただ、あなたの背負うものを、私達にも分けて欲しいだけよ。あっ、えっと、私のイノセンスはねっ、」
ミランダが慌てて自身の能力を見せようとした────その瞬間。
ドォン、と非常に大きな音を立てて聞こえた爆発音が、部屋全体に響き渡った。椿が飛び上がり、流れるようにイノセンスを発動させる。
「アクマか...!」
「わ、私も行くわ!」
椿が地上へと飛び出し、クロウリーが続く。慌ててミランダが声を上げ、後ろを追いかけた。