【第3章〜町が死んだ理由〜椿語りシーン】
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「......人の悲しみを利用して、その黒い機械で何をするつもりだ?」
「ふふ、それを話したら契約成立しないんですよねぇ。さぁ、早く生き返ってほしいでしょ?心の底から名前を呼びなさい!」
痺れを切らしたのか、千年伯爵が父さんに迫る。
俺と千年伯爵のやり取りに躊躇っている父さんを無視して、俺は無常にも矢を打ち込んだ。ヒュンッ、と空を切る音がし、矢が黒い機械へと突き刺さる。
......その瞬間、ごぽりと何かを吐き出す音がした。
ドサリと崩れ落ちる、父さんの体。父さんが動揺したところを狙い、上手くいけばすり抜けるはずだった矢は、見事に父の心臓と機械を一直線に貫いていた。
(......父さん)
恐らく、父さんは機械を守るため、その“僅か”の空間を動いてしまったのだろう。......それが同時に、彼の答えでもあった。
血に塗れた父さんの体が、機械から漏れる煙に包まれていく。見知った手が煙の隙間から、こちらに伸ばされているのが見えた。
前のめりになる体。――しかし、『行くな』と本能が騒ぎ立てる。
止まる足。
未だ助かるかもしれない、という浅はかな期待。
部屋に満ちる、血の匂い。
静まり返る、母の部屋――。
「...バケ、モノ」
――それが、父の最後の言葉だった。
「あららー。アクマを作らせないために生者をイノセンスで殺すなんて、とんだ鬼畜ですねぇ。子供でも立派な殺人者です」
ケタケタと愉しそうに笑う千年伯爵に、俺はどこか冷静な頭で視線を向けた。
「......あの冷たくて暗い機械に、母さんの魂をいられる方が不快だ。お前があのボディを作ってるなら、敵と認定する」
「ふーむ。貴女は危険ですねぇ。その勘の鋭さも、イノセンスの力ですかねぇ」
――“イノセンス”。
その言葉に、当時の俺は首を傾げた。......もしかして、この弓矢のことだろうか。
確かに不思議な力があると思っている。それこそ――目の前の男を、殺せるくらいには。
「悲劇の死を遂げた魂と魔導ボディを材料に、アクマは作られる。今後邪魔されても困りますから、貴女にはここで死んでもらいましょう☆」
「ッ、!!」
千年伯爵の言葉と同時に、一気に強風が吹き荒れた。
窓という窓が開かれ、扉が悲鳴を上げる。吹き飛ばされそうになる弓を握り締め、飛んでくるベッドを間一髪で避けた。
嫌な予感にハッとして顔を上げれば、屋敷の外に大量のボール状の機械が現れる。それらはまるで意志を持ったように宙を浮き、俺を見つけたと思った瞬間――大筒をこちらへ差し向けた。
中心に集まる、光の束。
(まずい......!)
当たったら大惨事だと、本能が騒ぎ立てる。
慌てて廊下の方へと走り出した俺は、発砲された衝撃で身体が宙を舞った。
壊れた小さな瓦礫が、身体に当たる。痛みに歯を食いしばっていれば、自分の体が地面へと叩きつけられた。
急いで起き上がり目にした光景に、俺は圧倒される。
――屋敷はほぼ半壊。
見えるのは、自身を囲むように宙を浮かぶ、敵、敵、敵。
夢かと思えるほど、現実味のない光景に唖然としていれば、再び体が宙を舞う。ついさっきまで自身がいた場所に打ち込まれる、鈍色の光玉。
爆発するそれに、俺はもう頭の処理が追い付いて行かない。
混乱する中、自身を運んでいる者へと視線を向ければ、そこには見慣れた“彼”が俺を咥えて運んでいた。
「瑠璃......!」
「グルル、」
喉を鳴らして返事を返す彼に、ホッと安堵する。
(瑠璃が来てくれた。)
その事実だけで、自分はとてつもなく救われたのだ。
そして非難しても尚、驚きに動けない俺を他所に、瑠璃は僅かな時間で全てを片付けてくれた。
――圧勝。
その二文字に尽きる程、彼の力は強く、豪快だった。
「イノセンスがもう一つありましたか」
「グルルル......」
「残念ですが、今は忙しいんですよねぇ。また適当にお相手してあげますよ。もう二度と会わないと思いますけど♪」
ヒヒヒ、と高笑いが聞こえ、ふざけたような動作でお辞儀をした千年伯爵は、その傘を振るうと、突然闇夜に姿を消した。
「待て」と声をかける間もなく消えて行った本物の“悪魔”に、俺は強く、強く歯を噛み締めた。
刹那――緊張感が解けたからか。
父の最後の言葉に、俺は膝を地面に打ち付け、声も出ないくらいに喉を引き攣らせた。大粒の涙が、地面の色を変えていく。
父を殺した自分の手が、殺すと判断した自分自身が、ひどく憎たらしかった。
夜通し泣き続け、指先が地面を抉る。
手首に光るリングが心底忌々しく見えたのは、――後にも先にもこの時だけだ。
爪を立て、外れる事のないリングを掻き毟る。頭を地面に打ち付けても、声にならない謝罪をしても、自身のしたことが許される事は......遂になかった。
――それから、どれくらい経っただろうか。
気絶するように眠った後、生温かい温度とピリピリとした痛みに、俺は目が覚めた。
オレンジ色と黒い毛が交互に連なっている。痛みを感じたのは、自分で散々引っ掻いた、左手首からだった。
「瑠璃......」
俺を守るように身体を横たえ、手首の傷を舐める瑠璃の温かさに、俺は残った最後の涙を流した。
陽が上りきらない朝。
いつの間にか移動したらしい半壊した屋敷の中で、俺は再び夢の中へと落ちていった。