【第2章〜廃墟にて〜】
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──部屋、だろうか。
それにしては、広すぎるような、狭いような。不思議な空間だ。
真ん中に置かれた石製の巨大な台座が上下に重なり、階段のようになっている。その横には汚れてはいるものの、何故か倒れることも無く朽ちている様子もない、献灯するためのキャンドルスタンドが立っていた。
その上には、今にも溶けきってしまいそうなほど僅かな蝋が残っている。
──まるで、儀式でも行えそうな場所だ。
クロウリーとミランダが辺りを興味深く見回していれば、台座の前で椿と瑠璃は足を止めた。
「ここは、いったい何の部屋であるか?」
クロウリーの問いかけに振り向いた椿が、僅かな蝋に火を灯す。
ぼう、と仄暗い灯りを付けるそれに、どこか小さな安堵が胸の中に流れ込んできた。
「ここは、この屋敷に代々伝わってた家宝を飾ってた祭壇の間だ」
「家宝?」
「ああ。......同時に、瑠璃の居場所でもあった。そこは今も、変わらないがな」
淡々と話す椿の声に、クロウリーとミランダは視線を周囲から彼女に戻した。
どこか、寂しそうな、悲しそうな──冷たい声。
感情を押し殺したような声色に、ミランダはきゅっと口元を引き結んだ。
「......祭壇に、飾られていたのって......?」
「この左手にあるリングだよ。飾られてた時は物凄くデカくてさ。大人1人潜り抜けられる大きさだったんだが......小さい頃、好奇心に負けて触れたら、外せなくなってな」
ほら、と見せるように腕を振るう椿。
その細い手首に嵌められた、銀色のアームリングは無機質に僅かに差し込む月明かりと、蝋燭の火を反射した。その美しさと言ったら──見ていたこちらが、息を飲んでしまいそうなほど、神々しい。
しかし、その輝かしさとは逆に、椿は大きなため息をついた。
......面倒なものが引っ付いた、と言わんばかりの顔だ。
「適当に座れよ」
椿の言葉に、アームリングに魅入っていた2人はハッとして、周囲を見渡した。
ヒビの入った壁に背中を預けて座る椿の隣に、瑠璃が寄り添って身を横たえて喉を鳴らす。その様子を見て、椿達の向かいの壁側にミランダ達は腰を下ろした。
シン、と静まる空気に耐えきれなかったのは、──ミランダだった。
「あのっ。さっきはごめんなさい! えっと...... 瑠璃さんのこと、怖がってしまって......」
「いや、虎に対して恐怖を抱くのは、普通だろ」
「で、でも......」
「この町は白虎を信仰してきたから、当主の家で虎を祀る風習があってね。だから町の人間は虎には友好的だったんだ。そうじゃなければ、みんなアンタみたいな反応してただろうよ」
ミランダの謝罪に、椿は否定することも無く、“至極当然の反応だ”と返す。......それがミランダの罪悪感を和らげ、その反面で、どこか寂しい気持ちが流れ込んでくる。
とはいえ、じゃあ責められた方が良かったのかと思えば、そうでも無い。寧ろ、周りと違うという事で迫害される寂しさと悔しさを、彼女は身をもって知っているのだから。
──つまり、込み上げてきたのは、情けないくらいの僅かな同情だったのだ。
そんなものを伝えるには、会ってから数時間しか経っていない間柄では、あまりに失礼だとミランダは胸に押し込めた。
「......瑠璃は、椿が小さい頃から一緒であるか?」
「そうだな。物心ついた頃には一緒に遊んでいた。夜には、町の見回りも兼ねて散歩をするのが習慣だったんだ」
「仲がいいのであるな」
「そうかもな」
はは、と軽く笑みを浮かべる椿は、無意識なのだろうか、横に寝そべる瑠璃の頭をゆったりと撫でている。
(......本当に、仲がいいのである)
戦っていた時の動きも、信頼関係がなければできないものばかりだった。それだけ、共に過ごしてきた時間は長かったのだろう。
しかし、その言葉に疑問を抱いたのは、話を聞いていたミランダだった。
ふと、彼女は自身の記憶を遡り、椿の言葉をできる限り全て思い出す。 ──結果、分かったのは、椿の言葉が全て“過去形”であったことだ。
この部屋の説明も、瑠璃との思い出も。
「あ、あの!この町が、こんな風になってしまった理由って、聞いてもいいかしら......?」
ギュッと胸元で両手を握り締めたミランダが、おずおずと尋ねる。
まさか彼女から、そのことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。
驚きに瞬きを繰り返した椿は、深いため息をついてから、徐に言葉を吐き出した。
「......お前ら、今までココに来た奴らから何も聞いてないのな?この話するのも飽きたのだが......」
眉を顰め、面倒だと言わんばかりの声を零した椿に、瑠璃の尻尾が寄り添うように彼女を包んだ。彼女自身と大差のない太さを持つそれに、椿の顔が僅かに緩んだ。
「ありがとう、瑠璃。......少し、外の見回りしてきてもらえるか?」
椿の言葉にコクリと頷いた瑠璃が、片耳を軽くパタつかせて、のっそりと椿の側を離れていく。そのまま外へと続く階段へ向かうと、彼は一度振り返った後、外へと飛び出した。
静かに見送った椿が、クロウリーとミランダへ視線を戻す。
......彼に聞かせたくない事でもあるのだろうか?
「少し長くなるから、肩の力を抜けよ。......さて、始めに確認しておきたいんだが。
――お前らは、他者から認めてもらえない、もしくは、大切なもの失ったことはあるか?」
淡々と降り注ぐ、氷柱のように鋭く冷たい声に、2人は息を飲んだ。
まるで、何かを強く拒否するような、それでいて一つのみの回答が許されているような、そんな感覚に駆られる。
それでも2人の脳裏を過ったのは、エクソシストになる“前”の、自分自身だった。
(誰にも、認めてもらえない......)
同じ日々を何度も繰り返す世界を。
(......エリアーデ)
失うしかなかった、最愛の人を。
未だ生々しい傷跡である記憶の数々に、2人は視線を落とした。 握りしめた手が、震えている。
「......何かしら該当するものがあるみたいだな。別の質問で誤魔化さない分、他の黒服の奴らよりマシだな。――ほら、受け取れ」
そんな2人に椿は無造作に手に持っていたものを宙へ投げた。
突然の出来事に、反射的にクロウリーがキャッチしたのは、何の変哲もない水筒だった。傾ければちゃぷん、と小さな音が聞こえる。
(水......であるか?)
「ほら、もう一つ。ここで出せるのはその程度だ。まだ生きてる井戸から汲んだ水だ。悪く思うなよ」
ポン、と同じように投げられた、同じ形の水筒。それをミランダが慌てて受け取り、椿は自身の腰に付けていた水筒を取って中身を流し込んだ。
2人に見えるように飲んだのは、毒の心配を少しでも無くすためだろうか。クロウリーとミランダは、少し戸惑った後、水筒に口を付けた。
こくりと喉を通る、冷たい液体。若干甘味があるのは、この土地が本来はかなり良いものだからだろう。
水筒から口を離した椿。
どこから話そうか思案しているようにも見えるが、彼女は大きく息を吸うと、上を見上げて己の過去を語り始めた。