村娘の囁かなる恋心
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啾
翌朝。
昨晩は妖怪の襲撃もなく自身の部屋で寝た啾は、今日旅立つ彼らへ早起きして最後の食事を作る。
朝に食べる物なので、胃に優しくなるべく腹持ちの良い物を作る。
早起きついでに、昨日買いすぎた食料でお弁当も作る。
彼らの旅路にほんの少しでも、細やかな笑顔がありますように。
一昨日の夜と昨日の日中で、色んな話を八戒から聞いた。
危険な旅の時も何日も山越えで飢え死にしかけたこともあると話していた。
だからこそ、自分にできる最善の策を尽くす。
自分の恋心はきっと叶わない。
彼らは偶然、ドラゴンさんが不調でなければこの村に寄ることもなかった本当に偶然が招いた出会いだったのだ。
その出会いに感謝して、彼女は心を込めて、料理を作る。
そして宿屋の仕事として、唯一泊まってるお客さんを起こしに行く。
「皆さん!朝ですよ!朝ご飯、運んできちゃいますよ!」
出来るだけ明るく、寂しさを心の内に秘めて、元気に声を張り上げる。
「ん?もう、朝?」
「ふぁ~あ、啾ちゃんは朝、強いねぇ」
「あ、啾さん、早いですねぇ。おはようございます」
「・・・・・・・・・」
「三蔵さん?」
「あぁ、啾さん、三蔵は低血圧なんで朝はいつも、こんな感じです」
ベットから上体を起こしたまま固まっている三蔵に驚いた啾に対して、八戒が補足を入れる。
「そうなんですね。じゃぁ、今から食事運び始めますけど、ドラゴンさん、元気になりました?」
「きゅ、きゅ~い!」
啾が確認すればクッションから飛び立って、啾の周りを元気に飛び回るジープの姿があった。
「ふふ、無事に元気になったみたいですね。じゃぁ、私、料理運んできますね」
「あ、僕も手伝いますよ?」
「お心遣いだけ頂いておきます。八戒さん、寝癖、着いてますよ?ちゃんと身支度整えておいてくださいね」
「え?あ、本当だ。いつもなら、寝癖なんてつかないんですけどねぇ。僕、直してきますね」
自身で頭を触って、いつもはない跳ねを発見して、八戒は立ち上がる。
「今日は、別れの日なので、お昼ご飯用にお弁当も作っておきました。容器は自然に帰る素材を使ってますので、適当にどこかに捨てても大丈夫です」
一階までの短い廊下を二人で歩きながら啾が告げる。
「そうですか。何から何まで、お心遣いありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ、貴重なお話を聞かせていただいてありがとうございました。では、料理をお持ちしますので、また後で」
八戒を2階に残して、啾は一階へと戻る。
八戒は、ため息を一つ着いて、洗面所に入る。
寝癖なんて、本当に珍しい。
悟空や悟浄のように、寝相が悪い方ではないのだが、不思議と昨夜は寝付きが悪かった。
他の仲間に悟られてないといいのだが。
そんなことを思いながら、髪形を直して部屋に戻れば、ちょうど第一弾の料理が並べ終わった所だった。
「いっただきまぁす!」
料理を見るや否や、食事を始める悟空に向かって微笑みを浮かべる啾の笑顔が八戒自身に向かないかと、一瞬思ってしまった自分自身の気持ちに驚いて足が止まる。
「あぁ、八戒さんお帰りなさい。ご飯、早く食べないと悟空くんが全部食べちゃいますよ?」
「え、えぇ。そうでうね。いただきます」
自身も席について食事を始める。
啾は開いた皿を持って、第二弾の料理を取りに一階へと戻って行った。
ジープも無事に回復したし、これ以上この村に留まる理由はない。
彼女に感じてるこの感情もどうせ一時的な物だと区切りをつけて食事を口に運ぶ。
何故か、この時の食事は、妙に心に沁みたのを八戒はその後もしばらくの間覚えていた。
食事も終わり、片づけを済ませた啾が見送りに宿屋の前に姿を現す。
「あれ?ドラゴンさんは?」
「あ、ジープの事?ジープなら車だよ?」
「え?」
一行が乗っている車は確かにジープと呼ばれるタイプの車だ。
すっかり、ドラゴンの名前だと思っていた啾は悟空の言葉に驚く。
「ジープはドラゴンなんですけど、車にも変身可能で、僕らの大切な足であると同時に仲間なんですよ」
「あぁ、そうなんですね。はい、八戒さん。これ、先程話してたお弁当です。皆さんで喧嘩せずに食べてくださいね?」
ニッコリと優しい笑顔で、重箱の包みを渡す啾。
それを運転席で受け取って、後ろの悟空に持たせる八戒。
「お昼ご飯まで準備していただいてありがとうございます。悟空、お昼まで食べずに持っててくださいね?」
食べずに、にアクセントを置いて八戒が悟空に手渡し、悟空はコクコクと頷いて神妙に重箱の包みを受け取る。
「それじゃ、さようなら」
「えぇ。お世話になりました」
二人して笑顔を浮かべて別れの挨拶を済ませる。
八戒が、ジープのアクセルを静かに踏んで一行は出発する。
徐々に遠くなる啾は彼らの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
村を離れてしばらくして悟浄が運転席側から前に身を乗り出してきた。
「おい、八戒。お前、啾ちゃんの事、好きだったんでない?」
「え?何を言い出すんですか、悟浄」
「だってお前と啾ちゃん、よぉ~く似てたぜ。まるで双子ですって言われても違和感ないくらい性格似てたもん」
「そうですかねぇ」
「あんま、無理すんなよ。お前が過去の恋に蹴りを付けられてないのは知ってからよ」
「啾さんは、とてもいい子でしたよ。ただそれだけです」
「無理してないならいいんだけどよ」
「大丈夫ですよ。花喃の代わりはいませんから」
「そうやって、いつまでも過去に捕らわれてっと新しい恋できねーぞ?」
「恋、ですかぁ。初々しい言葉ですね。僕には、まだ早いですよ」
にっこり笑顔を浮かべて、心の内だけで、啾に別れを告げる。
(啾さん、あなたは私にとってある意味、とても心温めてくれる存在でした。もう会うこともないでしょうけど、どうかお元気で)
八戒の心の中での別れの言葉を、今日もいつもと変わりない荒野の風が攫って行く。
玄奘三蔵一行は、こうしてちょっとした寄り道をした後、西への旅路を再開したのだった。
~村娘の囁かなる恋心、完。~