tkdb短編集

授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
久しぶりに一日授業を受けれた気がする。
少し前まではそれが当たり前だったのになぁ。
と、ここに来る前のことを思い出す。
席座ったままぼーっとしていたら、スマホが震えた。
誰だろう…あ、ロミオさんからの早く資料持ってこいっていうお怒りメッセージかもしれない。今はシノストラの監査中で、昼に寮長または副寮長にサインをもらえと言われて渡された資料もあるからその件かもしれない。
スマホをポケットから取り出し、画面を確認する。するとそこに表示された名前は冠氷さんだった。急いでDチャットを開くと、『5分以内に来い。』と一言だけ送られてきていた。
いつもなら急いでフロストハイムに向かうところだが、今回はシノストラに資料を届けるのを先に済ませたい。出来るだけロミオさんの逆鱗には触れたくない。
なので、冠氷さんには『今日はシノストラに用事があるので少し遅れます。すみません』という文と、猫がごめんなさいと申し訳なさそうにしているスタンプを一緒に送ることにした。

そしたら返事はなかったがすぐに既読がついた。

あ、これはこの後怒られるかもしれない…

でも、ロミオさんに怒られるか冠氷さんに怒られるかどちらがマシかって考えたら冠氷さんの方が断然マシだよね…
そんなことを考えながら、少しでも早く資料を届けるために早足でシノストラ寮へと向かった。

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陽気なジャズに他の寮にはない独特な賑わい方。

はじめはここに来るのがとても怖かったのに、今では何も感じなくなってしまった。
慣れ、とは恐ろしいものだ。この学校に来てからつくづく思う。

無事シノストラにも来られたことだし、急いで資料を渡してサインをもらってしまおう。

ここまで来れば早いだろう、と思いながらVIPルームを目指していると後ろから声をかけられた。
「メス猫、ちょっとこっち来いよ」
「ほ、星喰さん…」

最悪だ。今一番会いたくなかった人物に話しかけられてしまった。
会いたくない、というのは別に星喰さんのことが嫌いだからではない。この人に会うとなかなか離してもらえないからだ。
何かと理由をつけて引き止めてくるの、そろそろどうにかしてほしい。
するといつまのまにか私の真後ろまで迫ってきていた星喰さんが、腕を引っ張ってきた。
「えっ!?ちょ…!すみません、離してください!」
そう言いながら手を振り解こうと頑張るが、びくともしない。
そりゃそうだ。私は女で星喰さんは男でグールだ。私にどうにか出来るわけがない。
私は抵抗をやめ、大人しく彼の後ろをついて行くことにした。

私が連れてこられたのは、先程まで彼がやっていたと思われる台の一席だった。

どうして私はここまで連れてこられたんだろう…何か理由があるようには思えない。

「メス猫ちゃんはさみぃーの好き?」
「えっ?や、まぁ…好きか嫌いかで聞かれたら好きではないですが…」
突然喋り始めたと思ったら一体なんの質問なんだろう。疑問は増えるばかりだ。
「オイラもさみぃーの好きじゃねぇ。」
彼はそう言いながら目の前にあった席に豪快に座った。
「だからよぉ、お前ここに座ってろ。ならオイラもメス猫も寒くねーだろ。」
ぐいっと腕を引っ張られて、バランスを崩してしまい、転びそうになったところで脇に手を入れられそのまま持ち上げられる。
「うわぁ!?あ、危ないですよ!」
と、声を上げる。
しかし、降ろされることなくそのまま星喰さんの膝の上に乗せられてしまった。
腹に手を回され、肩に顎を乗せられた。
身動きが取れないし、星喰さんが頭を動かすたびに首筋に髪があたるのが少しこしょばゆい。
「あの、私ロミオさんに資料を渡しにきたんですけど…なので、離してもらえますか?」
「あー?ルル?」
彼はそう言いながら私が抱えていた資料を見た。が、どうやら離す気はないらしい。
「サイン書いて欲しいの、お前。じゃあ、これが終わったらな」
と、カジノ台を指差して言われた。
あの星喰さんが…珍しいこともあるんだなぁ。







そんなことを思っていた時もあった。

星喰さんに拘束されてから、一時間ほど経ったと思う。あの後星喰さんはそのままカジノを始め、この場から一歩も動かなかった。そしてときどき私に、赤と黒どっちがいいやら好きな数字言えだとかを聞き、私の答えたものに賭けるという私には理解できない行動をしていた。
もう一時間も居るというのに、星喰さんはまだまだ動く気配がない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、私のポケットから着メロが鳴った。急いでポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。
そして画面を確認しようとしたところで、後ろから伸びてきた手によってスマホを奪われてしまった。
「え!?こ、困ります!返してください!」
体の向きを変え、星喰さんの顔を見ながら必死に訴えかける。
しかしスマホは返されることなく、なんなら勝手に電話に出られた。
やめてください!と声をあげようとしたが、しーっとジェスチャーされ、つい口を閉じてしまった。
これが日本人特有の空気を読むってやつだ…こんなところで発動しないで欲しかった。
やらかした、と沈んでいると、私の少し上の方から星喰さんの話し声が聞こえてきた。

「…下僕?なんだそれ。メス猫ならここにいるけどな!」
ぎゃははと笑いながらそう言う星喰さんは完全に悪い顔をしている。

それに下僕、ということはきっと相手は冠氷さんだろう。
よりにもよって冠氷さんとは…面倒なことになりそうだ。

『下僕、聞こえてるか?』
「えっ!?あ、はい」
考え事をしていたら、電話越しに冠氷さんの声が聞こえてきたので反射的に返事をする。
きっと星喰さんがスピーカーにしたのだろう。
なんだろう、まさかこのまま叱られる感じ…!?
とビクビクしていると、電話が切れた。

「え…?な、なんだったんだろう、今の…」
ぼそっと独り言を呟くと、さぁな、と返された。それも、これから何が起こるのか知っていそうな顔でだ。

一体何が起こるんだろう、とそわそわしていると、目の前に空間の裂け目のようなものが出来ていた。
私はあれを見たことがある。あれは、冠氷さんの特質怪具の能力だ。
その裂け目から冠氷さんが出てきた。
そして目が合ったと思ったらこちらに近づいてきて、そのまま私の腕を引いた。
だけど、私は星喰さんに捕まっているのでびくともしなかった。ただ腕を引っ張られているだけになっているので、とても痛い。腕が千切れそうだ。
「あいた、いてて…ち、千切れそうです!このままだと私の腕が千切れちゃいます…!!」
私は叫ぶようにそう言うが、どちらも引かない。
二人ともお前が離せよ、というような顔で睨み合っている。

誰でもいいから助けてくれ!!

そんな私の心の叫びが届いたのか、聞き慣れた声が聞こえてきた。声色から察するに、かなりお怒りのようだ。
「ちょっとボス!あんた何やってんのぉ!?」
「ろ、ロミオさん!!」
救世主がやって来た!と内心思いながら声のした方に視線を向ける。
「は…?あんたたち、本気で何やってるわけ?」
彼は眉を顰めてそう言った。
「資料を届けに来たんですけど…!」
と、私が返すとロミオさんは、あー…と何かを察したような声で呟いた。
「はぁ…ボス、一回その手離しな」
「……あー?あー。分かった分かった、離せばいいんだろ?」
ぱっと手を離されたので、急いで膝から降りた。
よ、ようやく離してくれた…
ほっと一息ついたが、まだ冠氷さんには腕を掴まれたままだったので、「ロミオさんに用事があって…一度離してもらえませんか?」とお願いすると、すぐに離してくれた。
「ありがとうございます!」
何も拘束がなくなった私はいそいそとロミオさんの方に駆け寄った。
「これ、遅れてすみません!」
そう言って資料を差し出すとその場でサインを書いてくれた。
「はぁ…今回は見逃してやるから、TMK!次やったら覚えておきな!」
「は、はい!分かりました。すみません!」
とりあえず返事したはいいけどTMKってなんの略なんだろう…
必死に意味を考えていると、おい、と声をかけられた。
振り向くと、そこには冠氷さんがいた。
「遅れてすみません!」
頭を下げて謝ると舌打ちされた。
うぅ、これはかなりおこだ。
「チッ次はねぇ、早くしろ。」
「は、はい」
急いで冠氷さんによると、腰を抱かれた。
これだとまるで誰かに見せつけているみたいだ。
だとしたら一体誰に…?疑問に思ったが、冠氷さんに限ってそんなこともないだろう。というか相手が私なのだからたまたまなんだろう。
勝手に自己完結させて、冠氷さんと共に空間の裂け目の中に入った。


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目を開けると、そこはフロストハイムの寮長室だった。
何度経験してもやはりループには慣れない。
「今回は何をすれば良いんですかね…?」
私がそう尋ねると、冠氷さんは不機嫌そうに眉を顰めてソファーにドカッと寄りかかった。
「え?えぇっと?」
その行為が何を示しているのか、私にはさっぱり分からなかった。
困惑していると、座れ、と言われたので、パッと見ただけで高級なものだと分かるソファーの端の方にそっと腰を下ろした。
すると冠氷さんはこちらに近づいてきて、そのまま私の太腿に頭を置いた。
所謂膝枕というやつだ。
「どうしましたか?」
そう声をかけると、ゆっくりと目が開けられ冠氷さんの透き通ったブルー色の瞳と目が合った、と思ったらすぐにまた閉じられた。
「一時間後に起こせ」
それを聞いてようやく、今回の雑用…というか要件を理解した。
「分かりました、おやすみなさい。」
私もソファーに背中を預けた。
今日は濃い一日だったなぁ、と考えながら私も瞼を閉じた。







・TMKの意味
 次からは もっと 気をつけな



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