短編

 仕事を終えた、帰り道。6月の夕暮れ時、曇天。大分日も長くなって、暗くはない。だが、明るくもない。じめじめした空気が、ねっとりとまとわりついていた。
 ふと、顔を上げた。公園が目に入った。人影はない。普段は足早に通り過ぎて、目にも入らない公園。なんとなく、公園に足が向いた。

 辺りに蔓延る草を遠慮なく踏みつけ、砂利をザッザッと鳴らす。立ち入った公園は、外から見ていたよりも寂れていた。広い敷地内に、ブランコが2つと滑り台が1つ。どちらも錆が目立つ。そして、遊具が撤去された跡。恐らくシーソーだろう。
 端にはベンチ。やはりその周辺も草だらけであったが、ベンチの付近だけ草が生えていない。そちらに近寄る。元の色も分からないベンチであったが、手でさすってもそこまでの汚れはない。私は、座ってみることにした。
 ぼんやりと公園を眺める。だんだんと暗くなっていく様子が、この公園に似つかわしい。そして、私にも。そこまで考えて、ゆるく頭を振った。

 ヒュウと風が吹く。じんわりとした熱が一瞬スウッと引く。ほうと息を吐いて視線を上げると、ひらひらと何かが落ちてきているのが見えた。あれは……葉っぱだ。灰色の空の下、ひらひら、ひらひら、のんびりと降りてきている。私はその様子をじっと眺めていた。ひらひら、ひらひら。そしてそれは、そっと地面に着地した。私はそれを、手に取った。虫食い一つない、まだ青々とした葉っぱ。お前、そんな若いのにもう落ちてきたのか。勿体ないな。いつか私のようになってしまうぞ。なんて、心の中で声をかけ、自嘲した。葉っぱに向かって、何を言っているのか。だが、早々に落ちてしまった姿が、己を感じさせたのだ。もう私は、こんなに青くもないのに。

 葉っぱと言えば。子供の頃は、キラキラした宝物だったな、なんて思い出す。綺麗なまま落ちていた葉っぱなんて、特に。そう、今、手の中にある、これだ。拾った葉っぱをくるくると回す。汚れ一つない。当時の私が見つけていれば、胸に抱えて持ち帰っただろう。それはそれは、大事に。そして、しばらく眺めては喜んでいたはずだ。――当然、今はそんなことはしない。

 拾った葉っぱを手に持ったまま、首を動かして上方を確認した。この葉っぱがどこから落ちてきたのか、気になったのだ。すると、見えた。私の真上には、枝が隆々と伸び、ところ狭しと葉っぱが生い茂っていたのだ。時折吹く弱い風が、さわさわと葉っぱ達を揺らす。その音が気持ちいい。そこでふと思う。そういえば、こんな風に木を見上げたのは、いつぶりだろうか、と。

 子供の頃は、何度も見上げていたはずだ。大きな木の、力強い生命力に憧れて。そして、私もいつか、こんな風に大きくなって、立派になるんだと。そんな誓いを立てていた気がする。緑輝く葉っぱは、私に未来を期待させた。
 青々とした葉っぱだけじゃない。色鮮やかに着飾った紅葉にも感動していたのではなかったか。赤や黄、自然がもたらす情熱の色。葉っぱの一枚一枚が個性的で、それが一斉に色づいた様子は美しくて。そんな紅葉に、私は我を忘れて見入ったものだった。

 あぁ、そうだった。かつてはそんな純粋な気持ちで、葉っぱを見ていた。最後にそんな風に葉っぱを見たのは、いつだっただろう。どんな時も、葉っぱは変わらず、存在していたはず。春には芽吹き、夏には青々と育ち、秋には色鮮やかに魅せ、そして、冬には散って。その普遍のサイクルを、当たり前としか認識しなくなったのは、いつからだろう。当然のこととして、意識さえ向けなくなってしまったのは、いつからだっただろう。

 大人になったら汚れるのだ、と、誰かが言った。
 子供の頃、そんなことはない、と、笑い飛ばしていた。

 実際はどうだ。今の私には、純粋さのかけらもない。

 私はそっと、目を伏せた。手に持っていた葉っぱを、そっとベンチに置く。よいしょ、と立ち上がり、そのまま、公園を出た。

 残された葉っぱは、風に攫われて消えていった。それを、私は認識もしなかった。




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