リーダーは誰だ!?
次の日。
リンクがゼニガメを抱いて帰って来たのは、もう昼も近い時刻だった。リンクは会場に戻ってくると、真っ先にトレーナーの部屋を目指した。扉を叩くと、比較的速く扉が開いた。
「あ!リンクにゼニガメ。おかえり。……入って。」
トレーナーがにっこり笑って出迎えると、リンクは無言で部屋に入った。
「……ごめん。オレ、迷惑かけたよね。」
彼は部屋に入るなり口を切った。
「いや、別に。僕の方は何ともなかったけど……朝食作る人がいなかったかな。」
トレーナーが朝の風景を思い浮かべながら言うのを見て、リンクは額に手を当てた。
“あ……ソニックに頼むの忘れた………。”
「ごめん。」
「いいって。僕達みんなが起きるの遅かったわけだし。で、そっちはどうだった?」
相変わらずトレーナーはニコニコしている。それを見て、リンクはようやく肩の力を抜いた。
「……みんなが忙しいのを余所に、くつろがせてもらったよ。ね?ゼニガメ?」
リンクは腕の中のゼニガメを覗き込むが、ゼニガメは眠っていた。
「……くつろいだ、というよりゼニガメに付き合うのが大変だったんじゃあ……?」
冷や汗を流しながら、恐る恐るトレーナーは聞いてみる。
「いや、その点は大丈夫。オレ、徹夜とかは慣れてるから。」
が、彼は笑って、さりげなく問題発言をした。
“徹夜かよ……。”
“リンク、本当は大変だったんだ……。”
“あぁ、やっぱり……。”
そして、それに気づかない三人ではなかった。が、その事に関する追及はさける事にする。
「ところで……昨日の話し合いのことだけど……今、話してもらえる?」
「内容を聞く決心はついた?……まぁ、そんなに構えるようなことじゃないけど。」
すると、リンクが力なくうなだれた。
「うん……大丈夫だよ。それに……これ以上避け続けてもいられないでしょ?」
「そうだね……今、僕が言わなくても、いずれは君の耳に入ると思うし。」
トレーナーは腕を組みながら言った。
「じゃあ、教えて。」
「うん。」
トレーナーはゆっくりと、言葉を選びながら話し始めた。
「……まず、リーダーを立てることは暗黙の了解だった。だけど、おためしリーダーはなくなった。でも……リーダーはマルスになった。その場にいた……つまり、君とフォックス以外は……それで納得している。」
「オレと……フォックス以外?」
リンクは額にシワを寄せて首を傾げた。
「フォックスは……話し合いに参加する事を拒否した。」
しばらく、リンクの動きが止まった。やがて、へなへなとその場に座り込んだ。
「……オレもそうしたらよかった。そしたら、君には迷惑かけなかったのに。」
トレーナーは苦笑した。
「どっちにしても同じだよ。それに……そんなことしたら、後味悪い。」
「後味悪い、か。確かにそうだけど……。」
リンクは意味ありげにトレーナーを見た。トレーナーはその意図を解した。
「僕の事?心配いらないよ。君を捜し回った被害者、って事になってる。」
フシギソウが心配そうにリンクを覗き込んだ。
「それに、みんなちゃんと騙されてくれてたと思うよ。」
だから大丈夫、とフシギソウは笑った。
「そうか……ごめん。オレのせいでやらなくていいことまで……。」
「もう!リンク、気にしないで。別に僕は嫌でやってたわけじゃないんだから。」
トレーナーは膨れていた。隣でリザードンが呆れたように、しかし、どこか温かい目で見ながら言った。
「むしろ、好き好んでやってたな。」
そんな彼らを見ながら、リンクは謝る場でないことを悟ったようだ。柔らかい笑みを浮かべた。
「……ありがとう。オレ、トランシーバーだけ返してくるよ。」
リンクは部屋を出て行った。
「あ!トランシーバーのことは…………話、ついてるんだけどなぁ………。」
「……もう手遅れだ。」
リザードンの厳しい突っ込みにトレーナーは溜息を吐いた。
リンクはフォックスの部屋の前まで来ると、扉を叩いた。
「だから!俺はこの部屋から出る気はないんだよ!さっさと諦めろ!」
が、返ってきたのは怒鳴り声だった。予想もしなかったことに、リンクは混乱した。
「え……え?フォックス……どうしたの?もしかして……取り込み中だったかな……。」
“……何言ってんだ?こいつ。誰だかしらないが、そんな手には乗らない。”
フォックスの心の声など露知らず、リンクは肩を落とすと呟いた。
「……後でまた来るよ……。」
「やめとけ。」
突然の声にリンクが振り返ると、そこにファルコが立っていた。
「………え?」
「おめぇも誰かに聞いてきたんだろうが、話すだけ無駄だ。」
“……さっさと帰れよ……まったく。”
フォックスはやれやれとため息をついた。
「ごめん……何かあったの?」
「は!?」
ファルコとフォックスがハモった。フォックスはすぐにハッと口に手を当てた。
「……じゃあてめぇは何しに来てんだよ?」
ファルコは呆れたように聞いた。すると、ワケのわからないことばかりが立て続けに続き、正直へこんでいたリンクはトランシーバーを取り出した。
「トランシーバー……オレ、無断で持ってちゃったから……返すのと謝りに。たぶんこれ、フォックスのだと思うし……。」
「あぁ……そのことか。」
合点がいったようにファルコは頷いた。
「……もしかして、ファルコのだった?」
「いや、確かにそれはフォックスのやつだ。……俺が渡しといてやるよ。」
リンクはファルコにトランシーバーを渡した。その時扉の開く音がした。
「……あぁ……リンクだったか……。」
フォックスが困ったような表情をして立っていた。
「いきなり怒鳴ってしまってすまない。他の奴だと思った。」
「あん?リンクならいいのか?」
ファルコが驚きを露にしてフォックスに聞いた。
「あぁ。こいつは俺の事理解してくれるし、立場上、似たようなもんだろ?」
リンクは苦笑した。
「お前ら、仲良かったのか?」
やれやれと思いながらファルコが尋ねると、
「まぁ、それなりに。」
「言ってなかったか?」
とほぼ同時に答が返ってきた。
「……聞いてねぇよ。」
俺の苦労は何だったんだ、とファルコはため息をついた。
「だが……それなりに?」
フォックスは矛先をリンクに向けた。その顔は少し、にやけている。
「え?……いや、あの……オレよりもフォックスに近いファルコに対して言ってたわけだから………。」
リンクは焦っていた。するとフォックスはクスクスと本格的に笑い出した。
「そんな気遣い、いらねぇっての。」
一方ファルコは呆れていた。
「本当にお前ってやつは……!」
ちなみに、フォックスは確信犯である。
「ところで……オレとフォックスの立場が似ているってことは……知ってるの?」
なんとか話を戻そうと、今度はリンクが問いを発した。
「お前が話し合いにでてないことか?それとも……ゼニガメとリザードンに乗って出かけたことか?」
あっさりと返ってきた答にリンクは息を吐いた。
「……知ってたんだね。」
すると、フォックスは肩をすくめた。
「まぁ、リンクが出かけた所を一部始終見ていたわけだからな。ついでに、トレーナーがトランシーバーを持って行った事も知っていた。お前に隠れて、ゼニガメに渡しているところもな。」
知ってたのかよ……と呻くファルコをフォックスは一瞥すると、あぁ、とか言いながらニヤッと笑った。
「あ……これのことだけど……。」
「もう何も言わねぇ方がいいぜ。話はついている。嘘ならすぐに分かるからな。」
ファルコの厳しい物言いにリンクはそれ以上何も言えなくなった。そこで、
「……そっか……。」
とリンクは肩を竦めた。
「そう言えば……どうして部屋を出たくなかったの?……今出てるケド……。」
“誰のせいだよ……。”
フォックスはじと目でリンクを見て、首を小さく振った。
「話し合いに出ていなかった理由をみんなが聞きに来るからだ。俺以外のリーダーなんか認めない、なんて言えないだろ?それに、マルスのいる所にも行きたくない。……誰がリーダーかは知ってるな?」
リンクは頷いた。
「じゃあ……オレがここにいるのはおかしいかな。」
「何でだよ。」
「オレも気持ちはフォックスと同じような物だから。まぁ、オレはリーダーになりたいとも思わないけどね。」
リンクは自嘲した。
「そうか。その点はオレと違うな。」
フォックスはリンクをぽんぽんと叩いた。
「リーダーになりたくなければなられたくない。……面倒な奴だな。」
本当に面倒臭そうに腕を組むファルコを見て、リンクの笑みは苦笑に変わった。
「あ!フォックス!気はおさまったか?」
ロイが走ってきた。
「チッ。来やがった。後でな。」
フォックスは部屋に入るとバタンと扉を閉じた。
「あー……入っちまった。」
そこにルカリオがやってきた。
「仕方ないだろう。彼は……しばらく納得出来るとは思えない。」
“一生納得しないと思うぜ。”
ファルコの心の声は内緒だ。
「なぁ、ルカリオはフォックスが何考えてるのか分かんねぇのか?」
「ワタシは波動ポケモンだ。超能力者ではない。ネスかリュカ辺りに頼むことだ。」
“……ネスやリュカにも近づかないほうがいいかも……。”
ひっそりとリンクが思っていると、ロイがリンクに向き直った。
「ところでリンク。昨日はどこへ行っていたんだ?」
「オレはハイラルに。昨日の話し合いの事はトレーナーに聞いたよ。」
「ふーん……。なぁ、お前はどう思う?」
ロイはじっとリンクを見つめていた。が、その顔が何を考えているのか、リンクには読み取れなかった。
「オレ?えっと……特に…どうとも思わないケド……決まった事には従うよ。」
リンクはなんとなくはぐらかしながら、正直に答えた。それを今度はルカリオが見つめる。
“………受け入れる事はできない、か。”
「……そういや、そろそろ昼飯か?」
「あぁー……そうだな。腹減ってきた。」
ファルコが聞くと、ロイはお腹をさすった。
「今日の当番は俺らなんだが……。」
ファルコはフォックスの部屋を見た。
「リンク手伝ってくれ。」
ファルコはリンクの腕を引っ張って歩き出した。
「え……?」
リンクは引っ張られながらも、状況についていっていなかった。が、理解すると手を振りほどこうとした。
「ファルコ………!」
「今、マルスはいねぇから……。頼む。手伝ってくれ。」
ファルコの懇願に、リンクはすぐに折れた。
「……本当だろうね?もしいたら、すぐ部屋に戻るから!」
が、条件をつけるのは忘れない。そして彼らはキッチンへ向かった。
次の日の朝。
リンクは毎朝の特訓を終わらせ、みんなの部屋にやってきた。額には汗が滲んでいる。手を洗うと朝食を作り始めた。今日は炒め物だ。
「……本当に誰も起きてないんだね。まぁ……いない方がいいか。」
ふと、リンクは野菜を切りながら呟いた。その声は静かな部屋の中に吸い込まれていった。トントントンと包丁の音だけが響いている。時間を確かめるため、リンクは時計に目をやった。
「もうこんな時間……みんな本当に遅いなぁ……いつもはマルスぐらい………!」
“この時間に起きてくる!!”
リンクは頭の中で文を完成させると振り向いた。ら、いつの間にかそこにいたマルスと目があった。リンクは驚いて固まってしまった。マルスの方も、突然振り向かれた事に驚きを露わにしていた。
「……おはよう。驚かしてしまったかな?」
マルスは困ったように笑いかけた。
「お、おはよう……いつからそこにいたの?」
リンクもたじろぎながらも返事を返した。そして、至極当然の質問をする。
「ついさっきだよ。……手伝おうか?」
「いや、オレ一人で大丈夫。……そっちで寛いで待っててよ。」
“というか、行ってほしい。”
「そうかい?でも、ここで見てるよ。」
“なんでかなぁ……。”
マルスの答はリンクの期待を大いに裏切った。けれど料理を止める事はしない。その時、ガチャ、と扉の開く音がした。マルスがそちらを見ると、フォックスが入ってくるのが見えた。
「おはようフォックス。」
マルスが声をかけると、フォックスが目を丸くしてマルスを見た。
“……もう起きていたのか。”
フォックスは何も言わずにすぐに部屋を後にした。マルスはやれやれと首を振った。
“……フォックスはいいよね、すぐに出て行けて。でも………止めるわけにもいかないし………。”
リンクは手元の作りかけの物を見て溜息を吐いた。
「…リンク、一つ聞いてもいいかな?」
マルスが突然聞いた。リンクは身を固くする。が、
「……どうぞ。」
と手を休めることなく答えた。
「一昨日はトレーナーに何て言われて出かけたの?」
「え?一昨日?……別に何も。」
「……本当?」
マルスの疑わしげな声に、リンクは小さく頷いた。
「じゃあ、どうして出かけたのかな?」
「それは……ゼニガメが……。」
「ゼニガメが?」
「……ハイラルに行きたいって言うから、それで……。」
「そうか。」
リンクがトレーナーに言われた通りの設定を答えるとマルスは腕を組んで考え込んだ。が、すぐに溜息を吐くとリンクを見据えた。
「……こう聞いた方がいいかな。……何故、話し合いに出なかったんだい?」
「………え?」
リンクの手が止まった。
「それとも、トレーナーに聞いた方がいいかな。何故君が話し合いに出ないように仕向け、僕達の目を誤魔化したのかを。」
リンクはマルスに向き直った。その瞬間、引っかかった、とマルスはこっそりほくそ笑んだ。
「彼は悪くない!オレが頼んだんだ!」
「……君が頼んだのかどうかは別にして……やっぱり話し合いに出ていなかったのは意図されたことだったんだね。」
「……え、あ……そう……じゃ、なくて、……これは…。」
“…弁解のしようがない……誘導された……。”
リンクはマルスに背を向けると料理を再開した。
「……話し合いに出たくなかったのかい?」
リンクは無視した。マルスはやれやれと首を振った。
「……怒らせちゃったかな。」
「……別に怒ってないよ。ただ……ほっといて。」
怒っていないと言うリンクは、しかし、その声は素っ気なかった。
「……何が不満なのかな?」
「何も。不満なことなんかない。少なくともマルスが心配するような事はないよ。」
「おなかすいたぁー!おはよう。」
マルスが口を開いたのとカービィが飛び込んできたのはほぼ同時だった。マルスはリンクに言い返す機会を失ってしまった。
「おはよう、カービィ。いい時に来たね。今出来た所だよ。自分でよそえる?」
「うん。」
カービィは皿を持って来るなりよそいだした。
「一人で取りすぎないようにね、カービィ。」
リンクはキッチンから出た。
「リンク」
「オレ、部屋に戻るから。マルス、後よろしく。」
リンクはマルスの顔も見ずに言うと、さっさと出て行ってしまった。
「いっただきまーす!」
カービィは呑気にご飯を食べ始めた。
“……本当に、 リンクにとって いい時に来たね、カービィ……。”
マルスは少しカービィが恨めしく思った。その直後。
「おはようございます!ご飯、出来てるみたいだねぇ!」
ヨッシーがやってきた。マルスは考え事どころではなくなった。
朝食がようやく終わり、部屋に戻ろうとマルスが廊下を歩いていると、トレーナーを見つけた。すかさず呼び止める。
「トレーナー!」
「……何?」
明らかに嫌そうな声でトレーナーは答えた。
「僕の話したい事は分かっていると思うけど?」
「うん……まぁね。でも……僕は話せないよ。」
「……とりあえず、僕の部屋に来てくれるかい?」
マルスはトレーナーの腕を掴んだ。トレーナーはいきなりのマルスの行動に内心驚き、またどうしようかと悩んだが、どの道逃げられないか、と結論づけ、抵抗はしなかった。が、指摘はしておく。
「君の部屋?話の中心人物の部屋に近くない?というより、隣じゃなかった?」
「なら、他にどこがあるかな?誰にも聞かれずに済むところは。」
“……疲れてるのかな、マルス?”
先程の行動といい、今の困ったような表情。普段のマルスにはあまりないことだった。
「……僕の部屋に来てよ。」
突き放すのも不憫か、と半分諦めながらトレーナーは溜息を吐くと歩き出した。
「話してくれるってことかな?」
嬉々として、ではなかったが、トレーナーが話をする気になったのを見て、マルスは少し余裕を取り戻したらしい。掴んでいた手を放すと、軽口を叩きながらマルスはついていく。しかし顔は至って真剣だ。
「そのつもりはないよ。けど……相手が君じゃあね………。」
トレーナーはまた、ため息を吐いた。
二人はトレーナーの部屋にやってきた。
「………それで?」
向き合うなりトレーナーは口を切った。どことなく構えている。当然か、とマルスはトレーナーの様子を見て苦笑した。
「そうだね。まずは……どうして君はリンクが話し合いに出ないように仕向けたのかな?」
自分が思っていた以上に分かっていたマルスを見て、トレーナーは目を丸くした。が、気を取り直して聞き返した。
「……それは、誰かに聞いたの?それとも君の仮説?」
「その部分に関しては、本人に聞いたよ。」
柔らかい笑みを浮かべながらマルスは答えた。トレーナーの視線が鋭くなった。
「……リンクに?僕を騙すための嘘ってことは……?」
「ないよ。今日の朝、彼が一人で朝食を作ってくれてた時に聞いたからね。」
トレーナーは唸った。
“そうか……朝食を作ってるから、リンクはその場を離れるわけにはいかない。だから、逃げ場がなかったのか……。”
トレーナーは一息吐くと、マルスを見据えた。
「じゃあリンクは、僕にゼニガメを連れてハイラルに行けって言われた、そう話したってこと?」
マルスは苦笑した。
「いや。彼は逆に君に頼んだ、って言ったよ。でも……やっぱり君が仕組んでいたんだね。」
トレーナーは唇を噛んだ。
「……どこまで知ってて、どれが仮説なの?」
「悪いけど、それは言えないよ。言ってしまえば、君に誤魔化されるからね。でも……僕の仮説、大体あってると思うね。」
トレーナーは少し目を瞑った。が、ため息をついてマルスから視線を外した。
「……確かに僕は、リンクに話し合いに出ない口実を与えた。というよりは、強制的にゼニガメを連れて行かせた。」
「何故、わざわざ彼にそんな事を?」
「それ、は………。」
トレーナーは口籠もった。答えにくかったか、とマルスは質問を変えてみる。
「じゃあ、どうして彼は話し合いに出たくなかったのか、分かるかい?」
トレーナーは額に手を当てた。
「今のを聞いた限りじゃ、僕のやった理由は想像ついてるかな。」
マルスは頷いた。
「だけど、リンクが出たくなかった理由を僕は話せない。……前にも言ったけど、リンクのプライバシーの侵害になっちゃうから。」
「前にも…………………?…………あぁ………。」
マルスはカービィの時の事を思い出した。
「なら、リンクが不満なのは、お試しリーダー……つまり、リーダーを作った事……?」
マルスはぶつぶつと呟きはじめた。
「いや、もしかしたら自分がリーダーになりたかったのかな?そうなると……フォックスと同じと考えるべきか……違うね。リンクに限ってそんな事ないはず……。」
マルスの思案は続く。が、トレーナーが口を開いた。
「マ、マルス?それ全部、君の考え?」
その目は大きく見開かれていた。
「……そうだよ。どうして?」
トレーナーは腕を組んで考え出した。マルスはじっとトレーナーを伺った。
「……君は何がしたいの?」
やがて返ってきたのは質問だった。今度はマルスが考え込む。
「うーん……それは難しい質問だね。……そうだね……あえていうなら……みんなで気持ちよく暮らしたい、かな。」
「…………………?」
「分かりにくかったかな?ただ、普通に暮らせればよかったんだ。それが楽しかったから。けれど……不満がある人がいるようだからね。」
「……それは、リーダーとしての責任?」
「……全くないと言えば、嘘になるかもしれない。でも、どちらかというと僕自身が何とかしたいと思ってるんだ。だから、こうやって君に話を聞きに来たし、リンクやフォックスとも話をするつもりだよ。」
マルスは笑みを浮かべた。しかし、やはり、そこに疲れが感じられる。黙り込んだトレーナーは、何かを推し量るようにマルスを見ては唸る。
「……彼の意見を聞かせるべきかな……。」
「え?」
トレーナーのこぼした言葉はマルスには入らなかったようだった。が、トレーナーはそれには答えずため息を吐いた。
「………仕方ないか。リンクを裏切るようで嫌だけど………。」
「……トレーナー?」
「ちょっと耳貸して。」
トレーナーはマルスに何か耳打ちした。
その日の夕方。トレーナーはバルコニーで寛いでいた。そこにリンクがやってくる。
「あ、珍しいね。君がここにくるなんて。」
「うーん……そうかもね。でも、君と話そうと思ったら、君の部屋にいくか、ここか、どっちかじゃない?」
森でもいいけど、リンク、行動範囲広いから…とトレーナーは付け足した。リンクは頭を掻く。
「ごめん。オレのせいだよね。……ところで、何か話したい事でもあるの?」
リンクはトレーナーの隣に来ると、手摺りにもたれかかった。
「そんなわけじゃないよ。まぁ……なんとなく、ってところかな。」
トレーナーはヒラヒラと手を振ると伸びをした。トレーナーがリンクを盗み見すると、俯いている。あれ、と思っていると、リンクが切り出した。
「ねぇ、マルスに何か言われた?」
「え?マルスに?……何も言われてないよ。どうして?」
いきなり本題がきた、とトレーナーはちょっと顔を強張らせた。
「オレ、今日の朝、少し話しちゃったからさ……折角隠してくれてたのに。」
リンクは自嘲する。
「それは構わないけど……マルスと話したんだね……。」
「……まぁね。朝食作ってたから、今までみたいに逃げるわけにもいかなかった。」
リンクは空を見上げた。太陽はどんどん沈んでいっている。
「……明日、作れる?」
「作るしかないよ。当番、オレなんだから……。」
心配そうに問うトレーナーにリンクは苦笑した。
「ところで……リンクってリーダーが嫌なんだよね。なるのも、なられるのも。」
「……うん。オレがそう言ったら、非協力的だって言われたんだっけ。」
「あー……うん、確かにそう言った。」
トレーナーはちょっと笑った。
「あのときはそこで終わってたんだったっけ?」
「うん。……リンク、理由とかってあるの?」
「理由……?」
リンクはしばらく思案する。答が見つかったのか、口を開いた。
「………。オレ、今までずっと一人で旅してきた。いや……一人って言うと、ちょっと違うけど……まぁ、一人みたいなものだった。だから、他人をまとめる必要なんてなかったし、自分のことは自分で決めてた。要するに、集団行動に慣れてなくて、認められなくて……。それに、リーダーやってる奴って殆ど嫌な奴ばっかりだったから……。……あはは。理由と言うより殆ど言い訳だね。」
「……そんなことないよ。」
リンクは困ったように笑った。
“ちょっとさらけ出し過ぎたな……。”
「……聞いてくれてありがとう。……オレ、部屋に戻るよ。」
リンクは行ってしまった。その後ろ姿をトレーナーはしばらく見つめていた。
「……………今ので、納得した?」
ふいに呟かれたその言葉。トレーナーはバルコニーの下を覗いた。
「うん……あれが、彼の本音、だね?」
丁度マルスが陰から出てきたところだった。彼はトレーナーを見上げる。
「違うとでも言うの?」
トレーナーの声には少し棘があった。マルスは手をヒラヒラと振った。
「いや、確認したかっただけだよ。……明日も、話しに行こうかな。」
「……………そう。」
「……もしよければ、君にもいてほしい。その方が事は上手く運ぶだろうから。……心配いらないよ。解決策を考えたから、それを彼に手伝ってもらいたいんだ。」
マルスはバルコニーに軽い身のこなしで上がってくると、中に入っていった。再び、トレーナーはそれを見送った。マルスが見えなくなると、トレーナーは額を手摺りに押しつけた。
「……………………………やっぱりなんか…………………複雑な気分………。」
トレーナーは溜息を吐き、空を見上げた。太陽は殆ど見えなくなっていた。
明くる日。
リンクは今日も朝から特訓していた。
“……またマルス、来るのかな……。”
しかし、あまり集中できない。仕方なく早めに切り上げて、みんなの部屋に向かった。扉を開けて中に入る。が、その直後、硬直した。
「おはよう、リンク。」
朝に弱いはずのトレーナーが、まだ六時にもならない時刻にそこにいた。彼は眠たそうにソファに座っていた。
「……レッド……?おはよう……。珍しく、というか……よく起きられたね。」
「まぁ、ね。……はっきり言って眠いけど……。」
トレーナーはリンクをしばらく見つめ、俯いた。
「……もしかして、オレのせい?オレは大丈夫だから寝てきても……。」
「理由は君の想像通りだけど……それだけじゃない。だから、僕の事は気にしないで。」
リンクはトレーナーの様子に不安を覚えた。トレーナーの側による。
「……?どう」
「僕は君に謝らなきゃいけない。」
トレーナーはリンクを遮ると立ち上がった。
「……え?」
「……僕は君を裏切った……ごめん、リンク……。」
リンクは目をぱちくりさせた。しかし、息を吐くと笑ってみせる。
「……え?ちょっと……どういう……なんて言うかと思えば……。マルスにでも話したの?それなら」
「僕、君と昨日話した時には既に知ってたんだ。マルスが昨日の朝、ここに現れたこと。それから……全部マルスに話した。話し合いの事も………………君の、気持ちも。」
「……!…………そう。」
しかし、リンクは笑ったままでいた。
「そんなこと。大丈夫。気にしないで。」
その時、扉が開いた。マルスが入ってくる。
「おはよう。……トレーナー、来てくれたんだね。」
トレーナーは無言で頷いた。
「それから……この様子を見る限り、リンク、僕が知っている事は聞いたのかな?」
リンクはマルスに目を合わせずにぎこちなく頷いた。
「…じゃあ、僕がここに来た目的は知ってるかい?」
リンクはゆっくりと首を振った。
「そうか。……解決策を考えたから、それを手伝ってほしいんだよ。」
「……解決策……?どういう事……?」
リンクはマルスをようやく見た。マルスはにっこり笑いかけた。
「やることは簡単だよ。…リーダーをなくすんだ。」
「え!?」
リンクとトレーナーの声がはもった。
「……マルス……いくらなんでもそれは……やりすぎだよ。」
「うん……オレだけのために、そこまでしなくても……。」
二人は反対する。が、マルスはにっこり笑った。
「リンク、君の気にすることじゃない。もう一人同じような人がいるからね。」
「……フォックス。」
リンクは親しい彼の名をこぼす。マルスは頷いた。
「そう。それに……やりすぎでもないよ、トレーナー。よく考えてみたら……リーダーとしてまとめる必要はなかったんだ。リンクがはじめに言った通りだったよ。」
「え……?オレ……何て言ったっけ……。」
「オレ達はリーダーなしじゃまとまれないほど幼稚じゃない。……じゃなかった?」
マルスは頷いた。リンクは額に手を当てて俯いた。
「あぁ……確かに言ったけど……それ、リーダーを作りたくないがために言った事なんだけど……。」
「それでも、君の言ってた事は正しかった。この事に限らず、全てだ。誰かがリーダーになったことに全員が納得したか。……してないね。リーダーを作った事でまとまれたか。……逆だった。」
あれ、とトレーナーが首を傾げた。
「え?まとまれていたと思うけど?」
「君はあまりみんなの部屋にいないからしらないかもしれないけど……僕のことをからかったり、リーダーじゃないからと言って仕事を放棄したり……ひどくなる一方なんだよ。」
トレーナーは目を丸くした。
「みんな分かってると思ったのに……君がリーダーだからといって何も変わらない事……。」
リンクはハッとマルスを見た。
「そうだったんだ……!ごめん、オレ……」
「いいんだ。」
マルスは優しくリンクに言った。
「君には君の主張があった。僕の考えを知っていたら違っていたかもしれないけれど、周りがこれだ。意味がない。……他の人は全然分かっていなかったんだ。」
それを聞きながら、トレーナーは唸った。
「でも、本当にリーダーをなくせるの?リーダーを作るのに反対したのはリンクだけだった。それに、話し合いの時だって、リーダーを作る事は暗黙の了解、って事になってたよ。」
しかし、マルスはそのことの心配はしていないようだった。
「みんなは馬鹿じゃないからね。説明したら、分かってくれると思うよ。それで……今日の夜にもその説明をしたいと思う。そこでリンク、君の出番だ。」
「ぇ……え?」
突然の名指しにリンクはたじろいだ。
「フォックスを説得してほしい。それで、説明する時に連れてきてほしいんだ。」
「……どうしてそれをリンクに頼むの?リンクよりも……」
トレーナーが反論した。マルスはそれを手で制した。
「僕はリンクが一番適役だと思うね。ファルコに頼んだ所で、彼は説得してくれないだろう。それに、リンクとフォックスの立場は……ある意味で近い。」
しかし、トレーナーは簡単に引き下がらなかった。トレーナーには、マルスがリンクを利用しているように感じられたのだ。
「確かにそうだけど……フォックスが耳を傾けてくれるのかな。彼は最近部屋から出てきていない。それに……ファルコ以外とは話していない。」
「……本当にそうだろうか、リンク?君はフォックスとも仲がいいよね。」
リンクは小さく頷いた。
「なら、頼んでもいいね?」
リンクは溜息を吐いた。
「……分かった。でも、絶対連れてこれるっていう保証はないから。」
マルスは意味ありげにリンクを見つめた。リンクはまた、たじろぐ。
「……リンク、僕も行こうか?」
心配になったトレーナーが申し出る。しかし、リンクは首を横に振った。
「オレ一人の方が可能性は高いと思うから。……大丈夫。心配いらない。」
リンクは作り笑いをした。
「Good morning!……ってまだ三人しかいないじゃねぇか。」
ソニックが飛び込んできた。
「おはよう。……朝から元気だね。」
トレーナーは小さくあくびを漏らした。
「お前いたのか。珍しく早いな!」
トレーナーは苦笑した。
「ソニック、今日はどうだった?」
「今日は三周走ってきたぜ。確か……一週目はしーんとしてたな。三週目には何人か人も見かけたけどな。」
二人の会話を聞きながら、マルスは感心した。
「朝からトレーニングか……僕は負けているね。」
「これは単なるお遊びさ。トレーニングなら、リンクの方がすごいぜ。……で、リンク、breakfastは?」
「あ……ごめん。今から作るよ。」
リンクはキッチンの方に入っていった。
「ソニック……毎朝ちゃんとこれくらいの時間に起きていたの?」
トレーナーが聞いた。
「Of course!」
「……だったらリンクを手伝えばいいのに……。」
やれやれとため息を吐く。
「まぁな。だけど、俺は走る方が好きなのさ!リンクは納得してくれてるぜ。」
「……その代わりに町の様子を見てきてほしいと君に頼んで?」
マルスが静かに会話に加わった。ソニックはマルスを驚いてみた。
「Oh...Yes...よく分かったな……。リンクが話したのか?」
「いや、さっきの会話から連想したんだよ。」
“ホント、マルスってすごいよね……。”
トレーナーはやっぱり適わない、と心の中で呟いた。そして、ふと疑問に思う。
「……リンクはどうしてそんなことを頼んだんだろう?」
「さぁな。俺は聞いた事ないぜ。さぁて、もうひとっ走り、行ってくるか。」
ソニックはまた飛び出していった。
「……相変わらず元気だね……。」
再びあくびをし、やれやれと首を振った。
「……町の様子、か………。」
マルスは一人で何事かを呟いていたが、誰もそのことに気が付かなかった。
「ところでマルス。君はリンクが断らないのを知っててあんな事を頼んだ……違う?」
トレーナーはマルスを真っ直ぐ見据えて聞いた。
「そうだよ。それに……フォックスも彼の頼みを断らない。……大丈夫、僕は彼に無理難題を頼んだわけじゃないから。」
マルスは扉の方へ歩いていった。
「……どこへ行くの?」
「協力者を探しに行くんだよ。僕が頼んでも来てくれない人もいるからね。」
マルスは出て行った。トレーナーは大きく溜息を吐くと、ソファに横になった。
“……気になることはたくさんあるけど……今はとにかく眠い!”
.
リンクがゼニガメを抱いて帰って来たのは、もう昼も近い時刻だった。リンクは会場に戻ってくると、真っ先にトレーナーの部屋を目指した。扉を叩くと、比較的速く扉が開いた。
「あ!リンクにゼニガメ。おかえり。……入って。」
トレーナーがにっこり笑って出迎えると、リンクは無言で部屋に入った。
「……ごめん。オレ、迷惑かけたよね。」
彼は部屋に入るなり口を切った。
「いや、別に。僕の方は何ともなかったけど……朝食作る人がいなかったかな。」
トレーナーが朝の風景を思い浮かべながら言うのを見て、リンクは額に手を当てた。
“あ……ソニックに頼むの忘れた………。”
「ごめん。」
「いいって。僕達みんなが起きるの遅かったわけだし。で、そっちはどうだった?」
相変わらずトレーナーはニコニコしている。それを見て、リンクはようやく肩の力を抜いた。
「……みんなが忙しいのを余所に、くつろがせてもらったよ。ね?ゼニガメ?」
リンクは腕の中のゼニガメを覗き込むが、ゼニガメは眠っていた。
「……くつろいだ、というよりゼニガメに付き合うのが大変だったんじゃあ……?」
冷や汗を流しながら、恐る恐るトレーナーは聞いてみる。
「いや、その点は大丈夫。オレ、徹夜とかは慣れてるから。」
が、彼は笑って、さりげなく問題発言をした。
“徹夜かよ……。”
“リンク、本当は大変だったんだ……。”
“あぁ、やっぱり……。”
そして、それに気づかない三人ではなかった。が、その事に関する追及はさける事にする。
「ところで……昨日の話し合いのことだけど……今、話してもらえる?」
「内容を聞く決心はついた?……まぁ、そんなに構えるようなことじゃないけど。」
すると、リンクが力なくうなだれた。
「うん……大丈夫だよ。それに……これ以上避け続けてもいられないでしょ?」
「そうだね……今、僕が言わなくても、いずれは君の耳に入ると思うし。」
トレーナーは腕を組みながら言った。
「じゃあ、教えて。」
「うん。」
トレーナーはゆっくりと、言葉を選びながら話し始めた。
「……まず、リーダーを立てることは暗黙の了解だった。だけど、おためしリーダーはなくなった。でも……リーダーはマルスになった。その場にいた……つまり、君とフォックス以外は……それで納得している。」
「オレと……フォックス以外?」
リンクは額にシワを寄せて首を傾げた。
「フォックスは……話し合いに参加する事を拒否した。」
しばらく、リンクの動きが止まった。やがて、へなへなとその場に座り込んだ。
「……オレもそうしたらよかった。そしたら、君には迷惑かけなかったのに。」
トレーナーは苦笑した。
「どっちにしても同じだよ。それに……そんなことしたら、後味悪い。」
「後味悪い、か。確かにそうだけど……。」
リンクは意味ありげにトレーナーを見た。トレーナーはその意図を解した。
「僕の事?心配いらないよ。君を捜し回った被害者、って事になってる。」
フシギソウが心配そうにリンクを覗き込んだ。
「それに、みんなちゃんと騙されてくれてたと思うよ。」
だから大丈夫、とフシギソウは笑った。
「そうか……ごめん。オレのせいでやらなくていいことまで……。」
「もう!リンク、気にしないで。別に僕は嫌でやってたわけじゃないんだから。」
トレーナーは膨れていた。隣でリザードンが呆れたように、しかし、どこか温かい目で見ながら言った。
「むしろ、好き好んでやってたな。」
そんな彼らを見ながら、リンクは謝る場でないことを悟ったようだ。柔らかい笑みを浮かべた。
「……ありがとう。オレ、トランシーバーだけ返してくるよ。」
リンクは部屋を出て行った。
「あ!トランシーバーのことは…………話、ついてるんだけどなぁ………。」
「……もう手遅れだ。」
リザードンの厳しい突っ込みにトレーナーは溜息を吐いた。
リンクはフォックスの部屋の前まで来ると、扉を叩いた。
「だから!俺はこの部屋から出る気はないんだよ!さっさと諦めろ!」
が、返ってきたのは怒鳴り声だった。予想もしなかったことに、リンクは混乱した。
「え……え?フォックス……どうしたの?もしかして……取り込み中だったかな……。」
“……何言ってんだ?こいつ。誰だかしらないが、そんな手には乗らない。”
フォックスの心の声など露知らず、リンクは肩を落とすと呟いた。
「……後でまた来るよ……。」
「やめとけ。」
突然の声にリンクが振り返ると、そこにファルコが立っていた。
「………え?」
「おめぇも誰かに聞いてきたんだろうが、話すだけ無駄だ。」
“……さっさと帰れよ……まったく。”
フォックスはやれやれとため息をついた。
「ごめん……何かあったの?」
「は!?」
ファルコとフォックスがハモった。フォックスはすぐにハッと口に手を当てた。
「……じゃあてめぇは何しに来てんだよ?」
ファルコは呆れたように聞いた。すると、ワケのわからないことばかりが立て続けに続き、正直へこんでいたリンクはトランシーバーを取り出した。
「トランシーバー……オレ、無断で持ってちゃったから……返すのと謝りに。たぶんこれ、フォックスのだと思うし……。」
「あぁ……そのことか。」
合点がいったようにファルコは頷いた。
「……もしかして、ファルコのだった?」
「いや、確かにそれはフォックスのやつだ。……俺が渡しといてやるよ。」
リンクはファルコにトランシーバーを渡した。その時扉の開く音がした。
「……あぁ……リンクだったか……。」
フォックスが困ったような表情をして立っていた。
「いきなり怒鳴ってしまってすまない。他の奴だと思った。」
「あん?リンクならいいのか?」
ファルコが驚きを露にしてフォックスに聞いた。
「あぁ。こいつは俺の事理解してくれるし、立場上、似たようなもんだろ?」
リンクは苦笑した。
「お前ら、仲良かったのか?」
やれやれと思いながらファルコが尋ねると、
「まぁ、それなりに。」
「言ってなかったか?」
とほぼ同時に答が返ってきた。
「……聞いてねぇよ。」
俺の苦労は何だったんだ、とファルコはため息をついた。
「だが……それなりに?」
フォックスは矛先をリンクに向けた。その顔は少し、にやけている。
「え?……いや、あの……オレよりもフォックスに近いファルコに対して言ってたわけだから………。」
リンクは焦っていた。するとフォックスはクスクスと本格的に笑い出した。
「そんな気遣い、いらねぇっての。」
一方ファルコは呆れていた。
「本当にお前ってやつは……!」
ちなみに、フォックスは確信犯である。
「ところで……オレとフォックスの立場が似ているってことは……知ってるの?」
なんとか話を戻そうと、今度はリンクが問いを発した。
「お前が話し合いにでてないことか?それとも……ゼニガメとリザードンに乗って出かけたことか?」
あっさりと返ってきた答にリンクは息を吐いた。
「……知ってたんだね。」
すると、フォックスは肩をすくめた。
「まぁ、リンクが出かけた所を一部始終見ていたわけだからな。ついでに、トレーナーがトランシーバーを持って行った事も知っていた。お前に隠れて、ゼニガメに渡しているところもな。」
知ってたのかよ……と呻くファルコをフォックスは一瞥すると、あぁ、とか言いながらニヤッと笑った。
「あ……これのことだけど……。」
「もう何も言わねぇ方がいいぜ。話はついている。嘘ならすぐに分かるからな。」
ファルコの厳しい物言いにリンクはそれ以上何も言えなくなった。そこで、
「……そっか……。」
とリンクは肩を竦めた。
「そう言えば……どうして部屋を出たくなかったの?……今出てるケド……。」
“誰のせいだよ……。”
フォックスはじと目でリンクを見て、首を小さく振った。
「話し合いに出ていなかった理由をみんなが聞きに来るからだ。俺以外のリーダーなんか認めない、なんて言えないだろ?それに、マルスのいる所にも行きたくない。……誰がリーダーかは知ってるな?」
リンクは頷いた。
「じゃあ……オレがここにいるのはおかしいかな。」
「何でだよ。」
「オレも気持ちはフォックスと同じような物だから。まぁ、オレはリーダーになりたいとも思わないけどね。」
リンクは自嘲した。
「そうか。その点はオレと違うな。」
フォックスはリンクをぽんぽんと叩いた。
「リーダーになりたくなければなられたくない。……面倒な奴だな。」
本当に面倒臭そうに腕を組むファルコを見て、リンクの笑みは苦笑に変わった。
「あ!フォックス!気はおさまったか?」
ロイが走ってきた。
「チッ。来やがった。後でな。」
フォックスは部屋に入るとバタンと扉を閉じた。
「あー……入っちまった。」
そこにルカリオがやってきた。
「仕方ないだろう。彼は……しばらく納得出来るとは思えない。」
“一生納得しないと思うぜ。”
ファルコの心の声は内緒だ。
「なぁ、ルカリオはフォックスが何考えてるのか分かんねぇのか?」
「ワタシは波動ポケモンだ。超能力者ではない。ネスかリュカ辺りに頼むことだ。」
“……ネスやリュカにも近づかないほうがいいかも……。”
ひっそりとリンクが思っていると、ロイがリンクに向き直った。
「ところでリンク。昨日はどこへ行っていたんだ?」
「オレはハイラルに。昨日の話し合いの事はトレーナーに聞いたよ。」
「ふーん……。なぁ、お前はどう思う?」
ロイはじっとリンクを見つめていた。が、その顔が何を考えているのか、リンクには読み取れなかった。
「オレ?えっと……特に…どうとも思わないケド……決まった事には従うよ。」
リンクはなんとなくはぐらかしながら、正直に答えた。それを今度はルカリオが見つめる。
“………受け入れる事はできない、か。”
「……そういや、そろそろ昼飯か?」
「あぁー……そうだな。腹減ってきた。」
ファルコが聞くと、ロイはお腹をさすった。
「今日の当番は俺らなんだが……。」
ファルコはフォックスの部屋を見た。
「リンク手伝ってくれ。」
ファルコはリンクの腕を引っ張って歩き出した。
「え……?」
リンクは引っ張られながらも、状況についていっていなかった。が、理解すると手を振りほどこうとした。
「ファルコ………!」
「今、マルスはいねぇから……。頼む。手伝ってくれ。」
ファルコの懇願に、リンクはすぐに折れた。
「……本当だろうね?もしいたら、すぐ部屋に戻るから!」
が、条件をつけるのは忘れない。そして彼らはキッチンへ向かった。
次の日の朝。
リンクは毎朝の特訓を終わらせ、みんなの部屋にやってきた。額には汗が滲んでいる。手を洗うと朝食を作り始めた。今日は炒め物だ。
「……本当に誰も起きてないんだね。まぁ……いない方がいいか。」
ふと、リンクは野菜を切りながら呟いた。その声は静かな部屋の中に吸い込まれていった。トントントンと包丁の音だけが響いている。時間を確かめるため、リンクは時計に目をやった。
「もうこんな時間……みんな本当に遅いなぁ……いつもはマルスぐらい………!」
“この時間に起きてくる!!”
リンクは頭の中で文を完成させると振り向いた。ら、いつの間にかそこにいたマルスと目があった。リンクは驚いて固まってしまった。マルスの方も、突然振り向かれた事に驚きを露わにしていた。
「……おはよう。驚かしてしまったかな?」
マルスは困ったように笑いかけた。
「お、おはよう……いつからそこにいたの?」
リンクもたじろぎながらも返事を返した。そして、至極当然の質問をする。
「ついさっきだよ。……手伝おうか?」
「いや、オレ一人で大丈夫。……そっちで寛いで待っててよ。」
“というか、行ってほしい。”
「そうかい?でも、ここで見てるよ。」
“なんでかなぁ……。”
マルスの答はリンクの期待を大いに裏切った。けれど料理を止める事はしない。その時、ガチャ、と扉の開く音がした。マルスがそちらを見ると、フォックスが入ってくるのが見えた。
「おはようフォックス。」
マルスが声をかけると、フォックスが目を丸くしてマルスを見た。
“……もう起きていたのか。”
フォックスは何も言わずにすぐに部屋を後にした。マルスはやれやれと首を振った。
“……フォックスはいいよね、すぐに出て行けて。でも………止めるわけにもいかないし………。”
リンクは手元の作りかけの物を見て溜息を吐いた。
「…リンク、一つ聞いてもいいかな?」
マルスが突然聞いた。リンクは身を固くする。が、
「……どうぞ。」
と手を休めることなく答えた。
「一昨日はトレーナーに何て言われて出かけたの?」
「え?一昨日?……別に何も。」
「……本当?」
マルスの疑わしげな声に、リンクは小さく頷いた。
「じゃあ、どうして出かけたのかな?」
「それは……ゼニガメが……。」
「ゼニガメが?」
「……ハイラルに行きたいって言うから、それで……。」
「そうか。」
リンクがトレーナーに言われた通りの設定を答えるとマルスは腕を組んで考え込んだ。が、すぐに溜息を吐くとリンクを見据えた。
「……こう聞いた方がいいかな。……何故、話し合いに出なかったんだい?」
「………え?」
リンクの手が止まった。
「それとも、トレーナーに聞いた方がいいかな。何故君が話し合いに出ないように仕向け、僕達の目を誤魔化したのかを。」
リンクはマルスに向き直った。その瞬間、引っかかった、とマルスはこっそりほくそ笑んだ。
「彼は悪くない!オレが頼んだんだ!」
「……君が頼んだのかどうかは別にして……やっぱり話し合いに出ていなかったのは意図されたことだったんだね。」
「……え、あ……そう……じゃ、なくて、……これは…。」
“…弁解のしようがない……誘導された……。”
リンクはマルスに背を向けると料理を再開した。
「……話し合いに出たくなかったのかい?」
リンクは無視した。マルスはやれやれと首を振った。
「……怒らせちゃったかな。」
「……別に怒ってないよ。ただ……ほっといて。」
怒っていないと言うリンクは、しかし、その声は素っ気なかった。
「……何が不満なのかな?」
「何も。不満なことなんかない。少なくともマルスが心配するような事はないよ。」
「おなかすいたぁー!おはよう。」
マルスが口を開いたのとカービィが飛び込んできたのはほぼ同時だった。マルスはリンクに言い返す機会を失ってしまった。
「おはよう、カービィ。いい時に来たね。今出来た所だよ。自分でよそえる?」
「うん。」
カービィは皿を持って来るなりよそいだした。
「一人で取りすぎないようにね、カービィ。」
リンクはキッチンから出た。
「リンク」
「オレ、部屋に戻るから。マルス、後よろしく。」
リンクはマルスの顔も見ずに言うと、さっさと出て行ってしまった。
「いっただきまーす!」
カービィは呑気にご飯を食べ始めた。
“……本当に、 リンクにとって いい時に来たね、カービィ……。”
マルスは少しカービィが恨めしく思った。その直後。
「おはようございます!ご飯、出来てるみたいだねぇ!」
ヨッシーがやってきた。マルスは考え事どころではなくなった。
朝食がようやく終わり、部屋に戻ろうとマルスが廊下を歩いていると、トレーナーを見つけた。すかさず呼び止める。
「トレーナー!」
「……何?」
明らかに嫌そうな声でトレーナーは答えた。
「僕の話したい事は分かっていると思うけど?」
「うん……まぁね。でも……僕は話せないよ。」
「……とりあえず、僕の部屋に来てくれるかい?」
マルスはトレーナーの腕を掴んだ。トレーナーはいきなりのマルスの行動に内心驚き、またどうしようかと悩んだが、どの道逃げられないか、と結論づけ、抵抗はしなかった。が、指摘はしておく。
「君の部屋?話の中心人物の部屋に近くない?というより、隣じゃなかった?」
「なら、他にどこがあるかな?誰にも聞かれずに済むところは。」
“……疲れてるのかな、マルス?”
先程の行動といい、今の困ったような表情。普段のマルスにはあまりないことだった。
「……僕の部屋に来てよ。」
突き放すのも不憫か、と半分諦めながらトレーナーは溜息を吐くと歩き出した。
「話してくれるってことかな?」
嬉々として、ではなかったが、トレーナーが話をする気になったのを見て、マルスは少し余裕を取り戻したらしい。掴んでいた手を放すと、軽口を叩きながらマルスはついていく。しかし顔は至って真剣だ。
「そのつもりはないよ。けど……相手が君じゃあね………。」
トレーナーはまた、ため息を吐いた。
二人はトレーナーの部屋にやってきた。
「………それで?」
向き合うなりトレーナーは口を切った。どことなく構えている。当然か、とマルスはトレーナーの様子を見て苦笑した。
「そうだね。まずは……どうして君はリンクが話し合いに出ないように仕向けたのかな?」
自分が思っていた以上に分かっていたマルスを見て、トレーナーは目を丸くした。が、気を取り直して聞き返した。
「……それは、誰かに聞いたの?それとも君の仮説?」
「その部分に関しては、本人に聞いたよ。」
柔らかい笑みを浮かべながらマルスは答えた。トレーナーの視線が鋭くなった。
「……リンクに?僕を騙すための嘘ってことは……?」
「ないよ。今日の朝、彼が一人で朝食を作ってくれてた時に聞いたからね。」
トレーナーは唸った。
“そうか……朝食を作ってるから、リンクはその場を離れるわけにはいかない。だから、逃げ場がなかったのか……。”
トレーナーは一息吐くと、マルスを見据えた。
「じゃあリンクは、僕にゼニガメを連れてハイラルに行けって言われた、そう話したってこと?」
マルスは苦笑した。
「いや。彼は逆に君に頼んだ、って言ったよ。でも……やっぱり君が仕組んでいたんだね。」
トレーナーは唇を噛んだ。
「……どこまで知ってて、どれが仮説なの?」
「悪いけど、それは言えないよ。言ってしまえば、君に誤魔化されるからね。でも……僕の仮説、大体あってると思うね。」
トレーナーは少し目を瞑った。が、ため息をついてマルスから視線を外した。
「……確かに僕は、リンクに話し合いに出ない口実を与えた。というよりは、強制的にゼニガメを連れて行かせた。」
「何故、わざわざ彼にそんな事を?」
「それ、は………。」
トレーナーは口籠もった。答えにくかったか、とマルスは質問を変えてみる。
「じゃあ、どうして彼は話し合いに出たくなかったのか、分かるかい?」
トレーナーは額に手を当てた。
「今のを聞いた限りじゃ、僕のやった理由は想像ついてるかな。」
マルスは頷いた。
「だけど、リンクが出たくなかった理由を僕は話せない。……前にも言ったけど、リンクのプライバシーの侵害になっちゃうから。」
「前にも…………………?…………あぁ………。」
マルスはカービィの時の事を思い出した。
「なら、リンクが不満なのは、お試しリーダー……つまり、リーダーを作った事……?」
マルスはぶつぶつと呟きはじめた。
「いや、もしかしたら自分がリーダーになりたかったのかな?そうなると……フォックスと同じと考えるべきか……違うね。リンクに限ってそんな事ないはず……。」
マルスの思案は続く。が、トレーナーが口を開いた。
「マ、マルス?それ全部、君の考え?」
その目は大きく見開かれていた。
「……そうだよ。どうして?」
トレーナーは腕を組んで考え出した。マルスはじっとトレーナーを伺った。
「……君は何がしたいの?」
やがて返ってきたのは質問だった。今度はマルスが考え込む。
「うーん……それは難しい質問だね。……そうだね……あえていうなら……みんなで気持ちよく暮らしたい、かな。」
「…………………?」
「分かりにくかったかな?ただ、普通に暮らせればよかったんだ。それが楽しかったから。けれど……不満がある人がいるようだからね。」
「……それは、リーダーとしての責任?」
「……全くないと言えば、嘘になるかもしれない。でも、どちらかというと僕自身が何とかしたいと思ってるんだ。だから、こうやって君に話を聞きに来たし、リンクやフォックスとも話をするつもりだよ。」
マルスは笑みを浮かべた。しかし、やはり、そこに疲れが感じられる。黙り込んだトレーナーは、何かを推し量るようにマルスを見ては唸る。
「……彼の意見を聞かせるべきかな……。」
「え?」
トレーナーのこぼした言葉はマルスには入らなかったようだった。が、トレーナーはそれには答えずため息を吐いた。
「………仕方ないか。リンクを裏切るようで嫌だけど………。」
「……トレーナー?」
「ちょっと耳貸して。」
トレーナーはマルスに何か耳打ちした。
その日の夕方。トレーナーはバルコニーで寛いでいた。そこにリンクがやってくる。
「あ、珍しいね。君がここにくるなんて。」
「うーん……そうかもね。でも、君と話そうと思ったら、君の部屋にいくか、ここか、どっちかじゃない?」
森でもいいけど、リンク、行動範囲広いから…とトレーナーは付け足した。リンクは頭を掻く。
「ごめん。オレのせいだよね。……ところで、何か話したい事でもあるの?」
リンクはトレーナーの隣に来ると、手摺りにもたれかかった。
「そんなわけじゃないよ。まぁ……なんとなく、ってところかな。」
トレーナーはヒラヒラと手を振ると伸びをした。トレーナーがリンクを盗み見すると、俯いている。あれ、と思っていると、リンクが切り出した。
「ねぇ、マルスに何か言われた?」
「え?マルスに?……何も言われてないよ。どうして?」
いきなり本題がきた、とトレーナーはちょっと顔を強張らせた。
「オレ、今日の朝、少し話しちゃったからさ……折角隠してくれてたのに。」
リンクは自嘲する。
「それは構わないけど……マルスと話したんだね……。」
「……まぁね。朝食作ってたから、今までみたいに逃げるわけにもいかなかった。」
リンクは空を見上げた。太陽はどんどん沈んでいっている。
「……明日、作れる?」
「作るしかないよ。当番、オレなんだから……。」
心配そうに問うトレーナーにリンクは苦笑した。
「ところで……リンクってリーダーが嫌なんだよね。なるのも、なられるのも。」
「……うん。オレがそう言ったら、非協力的だって言われたんだっけ。」
「あー……うん、確かにそう言った。」
トレーナーはちょっと笑った。
「あのときはそこで終わってたんだったっけ?」
「うん。……リンク、理由とかってあるの?」
「理由……?」
リンクはしばらく思案する。答が見つかったのか、口を開いた。
「………。オレ、今までずっと一人で旅してきた。いや……一人って言うと、ちょっと違うけど……まぁ、一人みたいなものだった。だから、他人をまとめる必要なんてなかったし、自分のことは自分で決めてた。要するに、集団行動に慣れてなくて、認められなくて……。それに、リーダーやってる奴って殆ど嫌な奴ばっかりだったから……。……あはは。理由と言うより殆ど言い訳だね。」
「……そんなことないよ。」
リンクは困ったように笑った。
“ちょっとさらけ出し過ぎたな……。”
「……聞いてくれてありがとう。……オレ、部屋に戻るよ。」
リンクは行ってしまった。その後ろ姿をトレーナーはしばらく見つめていた。
「……………今ので、納得した?」
ふいに呟かれたその言葉。トレーナーはバルコニーの下を覗いた。
「うん……あれが、彼の本音、だね?」
丁度マルスが陰から出てきたところだった。彼はトレーナーを見上げる。
「違うとでも言うの?」
トレーナーの声には少し棘があった。マルスは手をヒラヒラと振った。
「いや、確認したかっただけだよ。……明日も、話しに行こうかな。」
「……………そう。」
「……もしよければ、君にもいてほしい。その方が事は上手く運ぶだろうから。……心配いらないよ。解決策を考えたから、それを彼に手伝ってもらいたいんだ。」
マルスはバルコニーに軽い身のこなしで上がってくると、中に入っていった。再び、トレーナーはそれを見送った。マルスが見えなくなると、トレーナーは額を手摺りに押しつけた。
「……………………………やっぱりなんか…………………複雑な気分………。」
トレーナーは溜息を吐き、空を見上げた。太陽は殆ど見えなくなっていた。
明くる日。
リンクは今日も朝から特訓していた。
“……またマルス、来るのかな……。”
しかし、あまり集中できない。仕方なく早めに切り上げて、みんなの部屋に向かった。扉を開けて中に入る。が、その直後、硬直した。
「おはよう、リンク。」
朝に弱いはずのトレーナーが、まだ六時にもならない時刻にそこにいた。彼は眠たそうにソファに座っていた。
「……レッド……?おはよう……。珍しく、というか……よく起きられたね。」
「まぁ、ね。……はっきり言って眠いけど……。」
トレーナーはリンクをしばらく見つめ、俯いた。
「……もしかして、オレのせい?オレは大丈夫だから寝てきても……。」
「理由は君の想像通りだけど……それだけじゃない。だから、僕の事は気にしないで。」
リンクはトレーナーの様子に不安を覚えた。トレーナーの側による。
「……?どう」
「僕は君に謝らなきゃいけない。」
トレーナーはリンクを遮ると立ち上がった。
「……え?」
「……僕は君を裏切った……ごめん、リンク……。」
リンクは目をぱちくりさせた。しかし、息を吐くと笑ってみせる。
「……え?ちょっと……どういう……なんて言うかと思えば……。マルスにでも話したの?それなら」
「僕、君と昨日話した時には既に知ってたんだ。マルスが昨日の朝、ここに現れたこと。それから……全部マルスに話した。話し合いの事も………………君の、気持ちも。」
「……!…………そう。」
しかし、リンクは笑ったままでいた。
「そんなこと。大丈夫。気にしないで。」
その時、扉が開いた。マルスが入ってくる。
「おはよう。……トレーナー、来てくれたんだね。」
トレーナーは無言で頷いた。
「それから……この様子を見る限り、リンク、僕が知っている事は聞いたのかな?」
リンクはマルスに目を合わせずにぎこちなく頷いた。
「…じゃあ、僕がここに来た目的は知ってるかい?」
リンクはゆっくりと首を振った。
「そうか。……解決策を考えたから、それを手伝ってほしいんだよ。」
「……解決策……?どういう事……?」
リンクはマルスをようやく見た。マルスはにっこり笑いかけた。
「やることは簡単だよ。…リーダーをなくすんだ。」
「え!?」
リンクとトレーナーの声がはもった。
「……マルス……いくらなんでもそれは……やりすぎだよ。」
「うん……オレだけのために、そこまでしなくても……。」
二人は反対する。が、マルスはにっこり笑った。
「リンク、君の気にすることじゃない。もう一人同じような人がいるからね。」
「……フォックス。」
リンクは親しい彼の名をこぼす。マルスは頷いた。
「そう。それに……やりすぎでもないよ、トレーナー。よく考えてみたら……リーダーとしてまとめる必要はなかったんだ。リンクがはじめに言った通りだったよ。」
「え……?オレ……何て言ったっけ……。」
「オレ達はリーダーなしじゃまとまれないほど幼稚じゃない。……じゃなかった?」
マルスは頷いた。リンクは額に手を当てて俯いた。
「あぁ……確かに言ったけど……それ、リーダーを作りたくないがために言った事なんだけど……。」
「それでも、君の言ってた事は正しかった。この事に限らず、全てだ。誰かがリーダーになったことに全員が納得したか。……してないね。リーダーを作った事でまとまれたか。……逆だった。」
あれ、とトレーナーが首を傾げた。
「え?まとまれていたと思うけど?」
「君はあまりみんなの部屋にいないからしらないかもしれないけど……僕のことをからかったり、リーダーじゃないからと言って仕事を放棄したり……ひどくなる一方なんだよ。」
トレーナーは目を丸くした。
「みんな分かってると思ったのに……君がリーダーだからといって何も変わらない事……。」
リンクはハッとマルスを見た。
「そうだったんだ……!ごめん、オレ……」
「いいんだ。」
マルスは優しくリンクに言った。
「君には君の主張があった。僕の考えを知っていたら違っていたかもしれないけれど、周りがこれだ。意味がない。……他の人は全然分かっていなかったんだ。」
それを聞きながら、トレーナーは唸った。
「でも、本当にリーダーをなくせるの?リーダーを作るのに反対したのはリンクだけだった。それに、話し合いの時だって、リーダーを作る事は暗黙の了解、って事になってたよ。」
しかし、マルスはそのことの心配はしていないようだった。
「みんなは馬鹿じゃないからね。説明したら、分かってくれると思うよ。それで……今日の夜にもその説明をしたいと思う。そこでリンク、君の出番だ。」
「ぇ……え?」
突然の名指しにリンクはたじろいだ。
「フォックスを説得してほしい。それで、説明する時に連れてきてほしいんだ。」
「……どうしてそれをリンクに頼むの?リンクよりも……」
トレーナーが反論した。マルスはそれを手で制した。
「僕はリンクが一番適役だと思うね。ファルコに頼んだ所で、彼は説得してくれないだろう。それに、リンクとフォックスの立場は……ある意味で近い。」
しかし、トレーナーは簡単に引き下がらなかった。トレーナーには、マルスがリンクを利用しているように感じられたのだ。
「確かにそうだけど……フォックスが耳を傾けてくれるのかな。彼は最近部屋から出てきていない。それに……ファルコ以外とは話していない。」
「……本当にそうだろうか、リンク?君はフォックスとも仲がいいよね。」
リンクは小さく頷いた。
「なら、頼んでもいいね?」
リンクは溜息を吐いた。
「……分かった。でも、絶対連れてこれるっていう保証はないから。」
マルスは意味ありげにリンクを見つめた。リンクはまた、たじろぐ。
「……リンク、僕も行こうか?」
心配になったトレーナーが申し出る。しかし、リンクは首を横に振った。
「オレ一人の方が可能性は高いと思うから。……大丈夫。心配いらない。」
リンクは作り笑いをした。
「Good morning!……ってまだ三人しかいないじゃねぇか。」
ソニックが飛び込んできた。
「おはよう。……朝から元気だね。」
トレーナーは小さくあくびを漏らした。
「お前いたのか。珍しく早いな!」
トレーナーは苦笑した。
「ソニック、今日はどうだった?」
「今日は三周走ってきたぜ。確か……一週目はしーんとしてたな。三週目には何人か人も見かけたけどな。」
二人の会話を聞きながら、マルスは感心した。
「朝からトレーニングか……僕は負けているね。」
「これは単なるお遊びさ。トレーニングなら、リンクの方がすごいぜ。……で、リンク、breakfastは?」
「あ……ごめん。今から作るよ。」
リンクはキッチンの方に入っていった。
「ソニック……毎朝ちゃんとこれくらいの時間に起きていたの?」
トレーナーが聞いた。
「Of course!」
「……だったらリンクを手伝えばいいのに……。」
やれやれとため息を吐く。
「まぁな。だけど、俺は走る方が好きなのさ!リンクは納得してくれてるぜ。」
「……その代わりに町の様子を見てきてほしいと君に頼んで?」
マルスが静かに会話に加わった。ソニックはマルスを驚いてみた。
「Oh...Yes...よく分かったな……。リンクが話したのか?」
「いや、さっきの会話から連想したんだよ。」
“ホント、マルスってすごいよね……。”
トレーナーはやっぱり適わない、と心の中で呟いた。そして、ふと疑問に思う。
「……リンクはどうしてそんなことを頼んだんだろう?」
「さぁな。俺は聞いた事ないぜ。さぁて、もうひとっ走り、行ってくるか。」
ソニックはまた飛び出していった。
「……相変わらず元気だね……。」
再びあくびをし、やれやれと首を振った。
「……町の様子、か………。」
マルスは一人で何事かを呟いていたが、誰もそのことに気が付かなかった。
「ところでマルス。君はリンクが断らないのを知っててあんな事を頼んだ……違う?」
トレーナーはマルスを真っ直ぐ見据えて聞いた。
「そうだよ。それに……フォックスも彼の頼みを断らない。……大丈夫、僕は彼に無理難題を頼んだわけじゃないから。」
マルスは扉の方へ歩いていった。
「……どこへ行くの?」
「協力者を探しに行くんだよ。僕が頼んでも来てくれない人もいるからね。」
マルスは出て行った。トレーナーは大きく溜息を吐くと、ソファに横になった。
“……気になることはたくさんあるけど……今はとにかく眠い!”
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