集合&結成!?スマッシュブラザーズ!!
その日の夜。リンクはトレーナーの部屋にいたが、トレーナーが眠りについたの確認すると、部屋を後にした。彼は今、コンのところ、つまりメインルームにいた。時は深夜。普通の人はみんな寝ている時間だ。しかし、リンクがコンと打ち合わせていると、扉が開いた。
「俺のラグネルはどこだ。」
入ってきたのはアイクだった。機嫌が少々よろしくない。リンクはアイクが入ってきたのを確認すると、そばに置いてあった大剣―ラグネルを持ち上げた。
「ここに。」
それだけ言うと、スッと鋭い眼差しでアイクを見た。アイクもそれをにらみ返した。
「どういうつもりだ。」
リンクは一瞬目を閉じ、軽く深呼吸してから口を開いた。
「褒められない方法で君を呼び出したのは謝るよ。だけど君は、普通に頼んでも来てくれなかった。違う?」
アイクはひとまず気持ちを落ち着かせ、思案した。
「時間が時間だからな。来なかったかもしれん。だが俺は、お前に対しては、もう何も悪感情を持っていない。」
リンクは、はて、と首を傾げた。
「朝、突然剣を突き付けてきたのに?あれで気が済んだようには思えなかったけど。」
アイクは眉をひそめた。
「何故だ?」
「あの後、君はゼニガメを追い回したらしいね。そしてトレーナーに詰め寄った……。」
「亀を渡せと言っただけだ。」
アイクの声が低くなった。
「トレーナーは昨日、君に謝ったと言っていた。トレーナーの話では、君は彼らを許したはずだった。」
対して、リンクは変わらぬ口調で続けた。アイクはラグネルに手を伸ばした。だが、リンクは数歩下がり、アイクがラグネルを取り戻すのを阻止した。
「返せ。」
アイクの声に怒気が含まれる。
「どうして水に濡れただけでそこまで怒るのか、オレには理解できない。」
「理解されずとも、苦手なものは苦手でな!!」
とうとうアイクが吠えた。しかし、リンクはそれに動じなかった。
「……そこまで怒る程、苦手なようにも見えなかった。」
「だとしたらどうだと言う!?」
アイクが再び手を伸ばした。ラグネルに触れる。
「コン!!」
突然、リンクは叫んだ。すると、コンピューター、すなわちコンが起動し始める。
「……承知しました。」
二人はその場から消えた。
一方トレーナーの部屋。リンクが部屋を出て、しばらくした頃、トレーナーはむっくり起き上がった。トレーナーは狸寝入りをしていたのだった。
「……本当に優しいなぁ……僕が寝つくまで、無理していてくれるんだから。」
トレーナーは空笑いをした。すると、
「無理、だろうか?」
思いがけず、第三者の声がした。その声は三匹のどのポケモンにも当てはまらなかった。そもそも、ポケモン達はボールの中である。トレーナーは目を丸くして、声のした方をみた。果たして、扉の前にマルスがいた。
「不法侵入、失礼するよ。リンクが起きているだけだと思っていたんだ。」
「リンクなら、」
「うん、いないのは見たら分かるよ。心配しなくとも彼はすぐ戻ってくるよ。」
トレーナーは憂いを含んだ笑みを浮かべた。
「僕、ずっと一緒にいて、って頼んだんだ。一瞬だけいなくなっちゃったけど、でも、1日一緒にいてくれた。……さすがに疲れちゃってるよ。」
すると、マルスは顎に手をあて、ふむと考え込んだ。
「なら、リンクは僕を避けていたわけではないのか…。」
「マルス?」
突然ぶつぶつと考えを巡らしはじめたマルスを、トレーナーは不審そうに見た。
「いや、なんでもないよ。こっちの話だから。ただ、」
マルスはトレーナーを見てにっこり笑った。
「君の願いであるというのなら、なおさら、彼はちゃんとここに戻ってくるよ。」
すると、トレーナーは困惑して目を伏せた。
「何か問題があるのかな?」
トレーナーはたじろいだ。目を伏せたまま呟く。
「いや、別に問題はないんだけど……。」
“……ちょっと申し訳ないな………。”
その様子をじっと見ていたマルスだったが、やがて、その場に座り込んだ。
「マルス?」
「悪いけど、ここでリンクを待たせてもらうよ。入れ違いになるのも嫌だからね。あぁ、心配しなくとも君の寝る邪魔はしないよ。それとも、僕の暇潰しに付き合ってくれるかい?」
マルスが一息に言ってのけると、トレーナーは困惑しているのを隠さなかった。
アイクが我に返ると、そこはコンの中だった。あろうことか、ステージは神殿だった。
「どういうつもりだ。」
アイクは再び問う。リンクは少し離れた位置でアイクに向いていた。いつの間にかマスターソードを手にし、弄んでいる。
「君の剣は返したよ。」
リンクはまず、ラグネルの行方を話した。リンクの視線を追うと、確かにラグネルはアイクの近くに刺さっていた。アイクはリンクから目を離すことなく、ラグネルを抜いた。ラグネルがアイクの手に収まると、リンクは動きを止めた。
「オレの用件。アイク、オレと手合わせしよう。」
アイクは不適に笑った。
「先の続きをすると。そういうことか?」
対して、リンクは表情を一切崩さなかった。
「そうとも言える。けど、オレは条件をつけたい。」
「ほう?」
「オレが勝ったら、もう今回の件は忘れて。」
アイクは笑みを浮かべたまま、挑戦的に言った。
「俺が勝ったらどうするつもりだ?」
リンクは一度目を閉じた。次に開いたその目には、強い光がたたえられていた。
「 オレを 好きにしたらいい。」
「そこまで言うとは、」
いつの間にかアイクも真剣な顔つきになっていた。ただ持っていただけだった剣も、構えられている。
「相当な自信があるようだな。その思い上がった真似、後悔させてやろう!」
アイクはラグネルを空高く投げ上げた。
トレーナーは横になりながら、隣にいるマルスを盗み見た。結局、二人に会話はなく、静寂がその場を支配していた。
“……困ったな。”
マルスは一人考えに耽っているらしい。じっと扉の方を見ながら、顔をしかめていた。ふと、彼の視線がトレーナーの方に向いた。すると、丁度マルスを伺っていたトレーナーと目があった。
「どうかしたかな?」
トレーナーは気まずかったので、目をそらした。
「……なんでもないよ。」
「そう?」
適当に誤魔化したトレーナーだったが、マルスに気にした様子はなかった。再び沈黙がおりた。やがて、トレーナーはすくっ、と立ち上がった。
「ちょっとトイレに行ってくるね。」
トレーナーはマルスの側を通り過ぎ、扉の前まで歩いていった。ドアノブに手をかける。その時だった。
「……そして、そのまま出ていくのかな。」
「え、」
トレーナーはドアノブに置いた手をそのままに、マルスの方を振り返った。トレーナーに背を向けて座るマルスの表情は伺えない。
「……マルス、今、」
「この大会に出る気はあるのか、と聞いたんだ。」
マルスは静かに言い直した。そして、トレーナーに向き直る。そこには、先程の穏やかさは欠けらもなかった。
「……帰るつもりなんじゃないかと思ってね。」
トレーナーは絶句した。
「さっき、リンクがいると思って来た、と言ったけど。あれ、本当は嘘だ。」
マルスはトレーナーの目を捕らえたまま、語り続けた。
「彼は今、アイクと一緒にいるはずだよ。彼自身の問題もあるだろうけど……でも、一番は、君。」
トレーナーは動くこともできないで、マルスの話をじっと聞いているしかなかった。
「君が帰ろうと思っているとすれば、それは十中八九昨日の件があるからだろう。確かに一発目であれじゃあ、気まずいかもしれない。だけどね、トレーナー。リンクは、君の分も頑張っているよ。」
トレーナーははっと息をのんだ。
“そうか、だからリンクは、今、アイクと……!”
トレーナーは唇を噛んだ。困ったようにうつむく。マルスは、半ば祈るような気持ちでトレーナーを見守っていた。
“……だけど、”
トレーナーの手に力が入る。
「……ごめん、なさい。」
そのまま扉に向き直り、開ける。
「僕は君に帰ってほしくない。もちろん、他の人だって、」
「ごめんなさい……!」
トレーナーはマルスを囁き声で、しかし鋭く遮ると、駆けていってしまった。マルスは慌てて立ち上がり、トレーナーを追ったが、彼はバルコニーからリザードンに乗っていってしまった。マルスはそれをただ見送るしかなかった。
キン、キン、キン……。剣の弾き合う音だけが響く。激しくぶつかり合う二人に会話はない。
ただただ、本気でお互いぶつかりあっていた。
キン!二人の剣が重なり、力勝負へと変化した。その時だった。
「うわっ!!」
声を上げたのはリンクだった。アイクから急に力が抜けた。アイクは剣を取り落し、倒れていく。リンクは剣を投げ捨て、慌ててアイクを支えた。その時、アイクに意識はなかった。
「アイク!どうしたの、アイク!」
リンクが叫ぶも、アイクは目覚めなかった。
アイクが目を開けると、そこはメインルームだった。
”……俺はこんなところで何をしていた?”
「あ、気が付いた?」
アイクが考えに耽りかけたところで声がかかった。声のした方を見る。すると、リンクが心配そうに覗き込んでいた。アイクは壁を背に、もたれた体制をしていた。
「……お前、は」
「え?あ、オレ、何にもしてないよ!!さっき、急に倒れて・・・どうしたのかを聞きたいのはこっちなんだけど……。」
「そうじゃ、ない……。ちょっと待て。」
困惑するリンクにアイクは待ったをかけた。そういうアイクも、実は絶賛混乱中だった。しばらく考えた末、口を開いた。
「ここは、会場、であってるな。」
「そうだけど……。」
「お前はリンク、だったよな?」
リンクは更に困った顔をして頷いた。アイクはそれを見ながら頭をかいた。
「どうやら俺は、毒かなんかにやられてたらしい。」
「え?」
リンクはすっとんきょうな声を上げた。それを説明要求だと感じたアイクは、ゆっくりと話しはじめた。
「マルスと一緒に来る途中、一見如何わしい出店があった。そこでは焼き肉を扱っていた。俺は肉に目がない。止めるマルスを押し退けてそれを買って食べた。その時は何ともないと思っていたのだが……。」
「今、急に倒れたのは、その肉のせいってこと?」
「それもあるんだが……。実は、その後のことがおぼろげにしか覚えていない。」
リンクはしばらく黙りこんだ。じっとアイクを見る。
「じゃあ、」
口を開いたリンクだったが、その声は低めだった。
「ゼニガメとのトラブルも覚えてないの?」
「いや、」
アイクは慎重に言葉を選びながら答えた。
「記憶にはある。が、なぜあんなに怒りが沸いたのかわからない。」
「つまり、ゼニガメやトレーナーに食ってかかったのもその毒のせいだと言うの?」
「可能性はある。だが……俺に落ち度があったのは確かだ。それについては謝る。」
「それは俺じゃなくて、」
「分かっている。明日、トレーナーにちゃんと謝ろう。・・・…悪かったな。」
「いや、オレは何ともないから。でも、よかった。アイクと戦わなくてすんで。」
リンクはほっとしたようだった。さっきまで険しかった顔が、今は緩んでいた。
「ところで…・・・そろそろトレーナーのところに戻りたいんだけど……アイク、大丈夫?」
アイクは頷いた。
「俺は問題ない。行ってやれ。」
リンクは一つ頷くと部屋を出ていった。それを確認したアイクは、脱力した。
"心配をかけまいと力を入れていたが……無理しすぎたか……。"
アイクは一息吐き、目を閉じた。
リンクがトレーナーの部屋まで戻って来ると、そこには、扉に背を預けたマルスがいた。小走りだったリンクは、マルスを確認して足を止めた。それに気付いたマルスは軽く手を挙げた。
「ちょっと遅かったね、リンク。」
「どうしてここに?」
リンクは、マルスの感想をひとまず置いておき、至極当然の問を発した。
「君を探してね。トレーナーの部屋ならいるだろうと思ってたけど。ところで、アイクとは上手くいったのかな?」
リンクは嫌そうな顔をした。
「答が矛盾してるって気付いてる?」
マルスは肩をすくめた。
「さぁ?そうだ、トレーナーだけど。さっき出ていっちゃったよ。」
リンクは目を見開き、マルスを押し退けて、トレーナーの部屋を勢い良く開けた。マルスの言葉通り、そこはもぬけの殻であった。
「どうして引き止めなかった!!」
リンクが叫んだ。
「どうして」
マルスは唇に人差し指をあて、リンクを黙らせた。
「他の人は寝ているから、叫ばないで。気持ちは分かるけど。」
リンクは罰が悪そうに、辺りを伺った。その様子に満足したマルスは、思わず笑みを浮かべた。そして切り出す。
「何故僕は引き止めなかったか。……引き止めなかったと言えば嘘になるけど、確かに僕は彼が出ていくのを許した。そして、何故追わなかったか。これらの理由はただ一つだけ。僕では、力不足だからだ。」
リンクは眉をひそめた。
「力、不足……?そんなの、」
「関係あるんだよ。トレーナーは君がいたから留まっていた。真っ先に助けてくれた君が頼み、君が共にいたから、トレーナーは留まっていた。僕は彼を留めることが出来なかった。なら、追ったところでどうだい?彼は戻ってくるだろうか?」
マルスはリンクの目を見続けていた。リンクはその眼差しを真摯に受け止めた。
「それは、つまり」
マルスは頷いた。
「何が言いたいか、もうわかっているだろう?僕の役目はここまでだ。まだ今なら間に合う。さぁ、何をぐずぐずしている?」
リンクは頷き返すと、踵をかえした。が、少し進んだ所で足を止めた。
「アイクがメインルームにいるんだけど……ちょっと気分が悪そうだから、」
マルスは手を挙げることでリンクの話を遮った。
「分かった。アイクのことは任せて。」
そして早く行くように示した。リンクはすぐに、闇に紛れた。それを眺めながら、マルスはポツリと呟いた。
「……ターマスに任せたらいいのに。本当にお人好しなんだから。」
“今ならまだ間に合う、か”
リンクは街の中を走っていた。走りながら空を見上げる。リザードンに乗って行ってしまったらしいトレーナーの姿は、どこにも見当たらない。
“急がないと。本当に帰ってしまう。……人の事言えないけどね。”
一人、苦笑した、その時だった。
「いた!!」
闇の中に浮かぶ黒いシルエット。ドラゴンの形をしているそれは、探しているリザードンのものだった。
「トレーナー!!」
リンクは叫んだ。が、何の反応もない。トレーナーにリンクの声は届いていないようだった。
「ここで逃がすつもりはないよ……!」
リンクは懐からフックショットを取り出した。そして、手近な屋根にフックショットを放った。リンクは屋根の上に飛び乗った。屋根からだと、リザードンに乗る人の姿も確認できた。
「トレーナー!!」
ビクリとリザードンの上の影が動いた。今度は届いたようだ。が、リザードンが加速した。
「待って、トレーナー!帰らないで!!」
屋根伝いにトレーナーを追いながら、リンクは再び叫んだ。すると、
「止めないで!!」
上から悲痛な叫びが響いた。
「お願いだ、リンク!僕はあそこにはいられない!」
「そんなこと」
リンクは再びフックショットを構えた。そして、今度は屋根ではなく、リザードンに焦点を当てた。
「ない!!」
リンクはフックショットを放った。フックショットはリザードンに当たった。そして、リンクの方に引き寄せられてきた。
“あれ、フックショットに生物を引き寄せる力なんて……いや、今はどうでもいいや。”
リンクは一先ずリザードンを避け、トレーナーを捕まえた。
「トレーナー。大丈夫、大丈夫だから。一緒に戻ろう?」
「だけど、」
「アイクとの件も解決したよ。もう、何の問題もない。」
「でも、」
なおも抵抗するトレーナーに、リンクは辛抱強く説得を試みた。
「オレはトレーナーにいてほしい。だから、こうやって追ってきたんだ。トレーナーに残ってほしいと思っているのは他のみんなも同じだと思うよ。」
「そんなの、君にわかるはずがない!!……きっと、僕なんか、いなくなってほしいんだ!!」
とうとう、トレーナーは癇癪を起した。
「それを願う人はあそこに存在しません。」
突然、第三者の声がした。ふわりと誰かが現れる。
「……ターマス。」
リンクが少々嫌そうに名を呼んだ。
「全く。仕事を増やすなと言いましたよね?」
「オレは帰ろうとしていたわけではないし、帰ったとしてもまだ3日も経ってないし、これは必要最低限の行動で」
「言い訳はいりませんよ。」
ターマスはリンクの弁解を一刀両断した。
「あなたが私の仕事を増やした、この事実は変わらないのですから。ああ、トレーナーさん、逃げないでください。」
リンクは、ターマスとの応酬に完全に気をそらせていた。そのため、トレーナーはその隙に逃げようとしていた。しかし、突然動けなくなった。
「か、体が、動かない……?」
「ガルル……。」
助けに入ろうとしていたリザードンも動けなくなったようだった。
「すみませんね。」
なんてことないようにターマスが言う。
「逃げる人には、閉じ込めるなり動けなくするなりするのが私のやり方でして。」
「卑怯者。」
「今更ですよ、リンクさん。」
リンクの非難を軽く流すと、ターマスはトレーナーに向き直った。
「私が呼んだ方の中に必要のない存在はいません。むしろ、一人でも欠けると後々に影響します。」
リンクが顔をしかめた。
「言ってみれば、招待状は私からのお願いなのです。会場に来て、大会に参加してほしいという、お願いです。どうか私のお願い、聞いてくれませんか?」
トレーナーはしばらく黙っていた。が、しばらくしてため息を吐いた。
「この状態でお願いと言うの?」
「えぇ。私にしてみれば、ずいぶんと柔らかいやり方ですよ。」
しばらくトレーナーとターマスのにらみ合いが続いた。が、すぐに決着はついた。
「……これ、僕に勝ち目ないよね?」
「そのはずですが。」
トレーナーがため息を吐いた。
「リンク。」
「何?」
突然呼ばれた彼の声は、少し裏返っていた。
「ちゃんと僕のこと守ってくれる?」
リンクはトレーナーに微笑みかけた。
「そう言っているでしょう?」
「うん、そうだね。……ターマス、ちゃんと残るよ。だから、体、動けるようにしてよ。」
「約束ですよ?」
トレーナーの身体が自由になった。トレーナーは少し動いて、自由になったことを確認する。トレーナーの側にリザードンがやってきた。トレーナーはリザードンを撫でてやる。
「一応言っておきますが。リンクさん同様あなたのことも見張らせていただきます。」
それに反応したのはリンクの方だった。
「見張る?そんなの聞いてない。」
「おや、言ってませんでしたか?まぁ、そちらの認知は関係ないでしょう。とにかく、私としては逃げられては困るのです。ですから、逃げる可能性のあるあなた方を放置しておくわけにはいきません。」
「なんでそこまでするかな……。」
かくいうリンクは、完全に諦めていた。
「では、私も忙しい身ですので。これで失礼させていただきます。……ちゃんと会場に戻ってくださいよ?」
ターマスはそう言い残すと、パチンと指を鳴らして姿を消した。
リンクとトレーナーはリザードンに乗り、会場へと向かっていた。リザードンは闇を切るように飛んでいく。肌に当たる風が気持ちいい。そんな折に、トレーナーがリンクにひっついた。
「……ありがとう。」
トレーナーの囁きは、かすれて消えそうだった。しかし、しっかりとリンクに届いていた。
「追いかけてきてくれて。嬉しかった。まだ迷いが消えた訳じゃないけど……リンクが一緒なら、大丈夫な気がする。何が起こっても乗り越えられる気がする。」
「そう……よかった。」
二人はクスクスと笑いあった。
「そうだ。」
トレーナーはリンクの顔を覗き込んだ。
「僕の名前、リンクにだけは言っておくね。僕は、レッドっていうんだ。みんなには内緒だよ?」
リンクは怪訝そうな顔をした。
「どうして?いい名前なのに。」
「どうしても。約束してよ。」
リンクはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「……わかった。レッドが嫌なら、黙っているよ。」
「ありがとう。」
やがて、会場が見えてきた。なんとなく、懐かしい感じがする。
“僕はここで、何ができるだろう。”
トレーナーは一人思う。
“いきなり問題を起こしてしまったけど……みんなは受け入れてくれるのだろうか。”
会場に近づいていく。すると、玄関に人影が見えた。
“僕たちを……待っていた!?”
トレーナーは驚いた。そして、心が温まっていくのを感じた。更に近づいていくと、その人影はマルスとアイクのものだとわかった。リンクが手を振ると、マルスが返した。アイクもこちらを見上げている。その顔はずいぶんと穏やかなものだった。
“リンクの言う通りだ。多分、もう大丈夫。”
トレーナーはアイクを見て、そう、確信した。夜は明けようとしていた。
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「俺のラグネルはどこだ。」
入ってきたのはアイクだった。機嫌が少々よろしくない。リンクはアイクが入ってきたのを確認すると、そばに置いてあった大剣―ラグネルを持ち上げた。
「ここに。」
それだけ言うと、スッと鋭い眼差しでアイクを見た。アイクもそれをにらみ返した。
「どういうつもりだ。」
リンクは一瞬目を閉じ、軽く深呼吸してから口を開いた。
「褒められない方法で君を呼び出したのは謝るよ。だけど君は、普通に頼んでも来てくれなかった。違う?」
アイクはひとまず気持ちを落ち着かせ、思案した。
「時間が時間だからな。来なかったかもしれん。だが俺は、お前に対しては、もう何も悪感情を持っていない。」
リンクは、はて、と首を傾げた。
「朝、突然剣を突き付けてきたのに?あれで気が済んだようには思えなかったけど。」
アイクは眉をひそめた。
「何故だ?」
「あの後、君はゼニガメを追い回したらしいね。そしてトレーナーに詰め寄った……。」
「亀を渡せと言っただけだ。」
アイクの声が低くなった。
「トレーナーは昨日、君に謝ったと言っていた。トレーナーの話では、君は彼らを許したはずだった。」
対して、リンクは変わらぬ口調で続けた。アイクはラグネルに手を伸ばした。だが、リンクは数歩下がり、アイクがラグネルを取り戻すのを阻止した。
「返せ。」
アイクの声に怒気が含まれる。
「どうして水に濡れただけでそこまで怒るのか、オレには理解できない。」
「理解されずとも、苦手なものは苦手でな!!」
とうとうアイクが吠えた。しかし、リンクはそれに動じなかった。
「……そこまで怒る程、苦手なようにも見えなかった。」
「だとしたらどうだと言う!?」
アイクが再び手を伸ばした。ラグネルに触れる。
「コン!!」
突然、リンクは叫んだ。すると、コンピューター、すなわちコンが起動し始める。
「……承知しました。」
二人はその場から消えた。
一方トレーナーの部屋。リンクが部屋を出て、しばらくした頃、トレーナーはむっくり起き上がった。トレーナーは狸寝入りをしていたのだった。
「……本当に優しいなぁ……僕が寝つくまで、無理していてくれるんだから。」
トレーナーは空笑いをした。すると、
「無理、だろうか?」
思いがけず、第三者の声がした。その声は三匹のどのポケモンにも当てはまらなかった。そもそも、ポケモン達はボールの中である。トレーナーは目を丸くして、声のした方をみた。果たして、扉の前にマルスがいた。
「不法侵入、失礼するよ。リンクが起きているだけだと思っていたんだ。」
「リンクなら、」
「うん、いないのは見たら分かるよ。心配しなくとも彼はすぐ戻ってくるよ。」
トレーナーは憂いを含んだ笑みを浮かべた。
「僕、ずっと一緒にいて、って頼んだんだ。一瞬だけいなくなっちゃったけど、でも、1日一緒にいてくれた。……さすがに疲れちゃってるよ。」
すると、マルスは顎に手をあて、ふむと考え込んだ。
「なら、リンクは僕を避けていたわけではないのか…。」
「マルス?」
突然ぶつぶつと考えを巡らしはじめたマルスを、トレーナーは不審そうに見た。
「いや、なんでもないよ。こっちの話だから。ただ、」
マルスはトレーナーを見てにっこり笑った。
「君の願いであるというのなら、なおさら、彼はちゃんとここに戻ってくるよ。」
すると、トレーナーは困惑して目を伏せた。
「何か問題があるのかな?」
トレーナーはたじろいだ。目を伏せたまま呟く。
「いや、別に問題はないんだけど……。」
“……ちょっと申し訳ないな………。”
その様子をじっと見ていたマルスだったが、やがて、その場に座り込んだ。
「マルス?」
「悪いけど、ここでリンクを待たせてもらうよ。入れ違いになるのも嫌だからね。あぁ、心配しなくとも君の寝る邪魔はしないよ。それとも、僕の暇潰しに付き合ってくれるかい?」
マルスが一息に言ってのけると、トレーナーは困惑しているのを隠さなかった。
アイクが我に返ると、そこはコンの中だった。あろうことか、ステージは神殿だった。
「どういうつもりだ。」
アイクは再び問う。リンクは少し離れた位置でアイクに向いていた。いつの間にかマスターソードを手にし、弄んでいる。
「君の剣は返したよ。」
リンクはまず、ラグネルの行方を話した。リンクの視線を追うと、確かにラグネルはアイクの近くに刺さっていた。アイクはリンクから目を離すことなく、ラグネルを抜いた。ラグネルがアイクの手に収まると、リンクは動きを止めた。
「オレの用件。アイク、オレと手合わせしよう。」
アイクは不適に笑った。
「先の続きをすると。そういうことか?」
対して、リンクは表情を一切崩さなかった。
「そうとも言える。けど、オレは条件をつけたい。」
「ほう?」
「オレが勝ったら、もう今回の件は忘れて。」
アイクは笑みを浮かべたまま、挑戦的に言った。
「俺が勝ったらどうするつもりだ?」
リンクは一度目を閉じた。次に開いたその目には、強い光がたたえられていた。
「 オレを 好きにしたらいい。」
「そこまで言うとは、」
いつの間にかアイクも真剣な顔つきになっていた。ただ持っていただけだった剣も、構えられている。
「相当な自信があるようだな。その思い上がった真似、後悔させてやろう!」
アイクはラグネルを空高く投げ上げた。
トレーナーは横になりながら、隣にいるマルスを盗み見た。結局、二人に会話はなく、静寂がその場を支配していた。
“……困ったな。”
マルスは一人考えに耽っているらしい。じっと扉の方を見ながら、顔をしかめていた。ふと、彼の視線がトレーナーの方に向いた。すると、丁度マルスを伺っていたトレーナーと目があった。
「どうかしたかな?」
トレーナーは気まずかったので、目をそらした。
「……なんでもないよ。」
「そう?」
適当に誤魔化したトレーナーだったが、マルスに気にした様子はなかった。再び沈黙がおりた。やがて、トレーナーはすくっ、と立ち上がった。
「ちょっとトイレに行ってくるね。」
トレーナーはマルスの側を通り過ぎ、扉の前まで歩いていった。ドアノブに手をかける。その時だった。
「……そして、そのまま出ていくのかな。」
「え、」
トレーナーはドアノブに置いた手をそのままに、マルスの方を振り返った。トレーナーに背を向けて座るマルスの表情は伺えない。
「……マルス、今、」
「この大会に出る気はあるのか、と聞いたんだ。」
マルスは静かに言い直した。そして、トレーナーに向き直る。そこには、先程の穏やかさは欠けらもなかった。
「……帰るつもりなんじゃないかと思ってね。」
トレーナーは絶句した。
「さっき、リンクがいると思って来た、と言ったけど。あれ、本当は嘘だ。」
マルスはトレーナーの目を捕らえたまま、語り続けた。
「彼は今、アイクと一緒にいるはずだよ。彼自身の問題もあるだろうけど……でも、一番は、君。」
トレーナーは動くこともできないで、マルスの話をじっと聞いているしかなかった。
「君が帰ろうと思っているとすれば、それは十中八九昨日の件があるからだろう。確かに一発目であれじゃあ、気まずいかもしれない。だけどね、トレーナー。リンクは、君の分も頑張っているよ。」
トレーナーははっと息をのんだ。
“そうか、だからリンクは、今、アイクと……!”
トレーナーは唇を噛んだ。困ったようにうつむく。マルスは、半ば祈るような気持ちでトレーナーを見守っていた。
“……だけど、”
トレーナーの手に力が入る。
「……ごめん、なさい。」
そのまま扉に向き直り、開ける。
「僕は君に帰ってほしくない。もちろん、他の人だって、」
「ごめんなさい……!」
トレーナーはマルスを囁き声で、しかし鋭く遮ると、駆けていってしまった。マルスは慌てて立ち上がり、トレーナーを追ったが、彼はバルコニーからリザードンに乗っていってしまった。マルスはそれをただ見送るしかなかった。
キン、キン、キン……。剣の弾き合う音だけが響く。激しくぶつかり合う二人に会話はない。
ただただ、本気でお互いぶつかりあっていた。
キン!二人の剣が重なり、力勝負へと変化した。その時だった。
「うわっ!!」
声を上げたのはリンクだった。アイクから急に力が抜けた。アイクは剣を取り落し、倒れていく。リンクは剣を投げ捨て、慌ててアイクを支えた。その時、アイクに意識はなかった。
「アイク!どうしたの、アイク!」
リンクが叫ぶも、アイクは目覚めなかった。
アイクが目を開けると、そこはメインルームだった。
”……俺はこんなところで何をしていた?”
「あ、気が付いた?」
アイクが考えに耽りかけたところで声がかかった。声のした方を見る。すると、リンクが心配そうに覗き込んでいた。アイクは壁を背に、もたれた体制をしていた。
「……お前、は」
「え?あ、オレ、何にもしてないよ!!さっき、急に倒れて・・・どうしたのかを聞きたいのはこっちなんだけど……。」
「そうじゃ、ない……。ちょっと待て。」
困惑するリンクにアイクは待ったをかけた。そういうアイクも、実は絶賛混乱中だった。しばらく考えた末、口を開いた。
「ここは、会場、であってるな。」
「そうだけど……。」
「お前はリンク、だったよな?」
リンクは更に困った顔をして頷いた。アイクはそれを見ながら頭をかいた。
「どうやら俺は、毒かなんかにやられてたらしい。」
「え?」
リンクはすっとんきょうな声を上げた。それを説明要求だと感じたアイクは、ゆっくりと話しはじめた。
「マルスと一緒に来る途中、一見如何わしい出店があった。そこでは焼き肉を扱っていた。俺は肉に目がない。止めるマルスを押し退けてそれを買って食べた。その時は何ともないと思っていたのだが……。」
「今、急に倒れたのは、その肉のせいってこと?」
「それもあるんだが……。実は、その後のことがおぼろげにしか覚えていない。」
リンクはしばらく黙りこんだ。じっとアイクを見る。
「じゃあ、」
口を開いたリンクだったが、その声は低めだった。
「ゼニガメとのトラブルも覚えてないの?」
「いや、」
アイクは慎重に言葉を選びながら答えた。
「記憶にはある。が、なぜあんなに怒りが沸いたのかわからない。」
「つまり、ゼニガメやトレーナーに食ってかかったのもその毒のせいだと言うの?」
「可能性はある。だが……俺に落ち度があったのは確かだ。それについては謝る。」
「それは俺じゃなくて、」
「分かっている。明日、トレーナーにちゃんと謝ろう。・・・…悪かったな。」
「いや、オレは何ともないから。でも、よかった。アイクと戦わなくてすんで。」
リンクはほっとしたようだった。さっきまで険しかった顔が、今は緩んでいた。
「ところで…・・・そろそろトレーナーのところに戻りたいんだけど……アイク、大丈夫?」
アイクは頷いた。
「俺は問題ない。行ってやれ。」
リンクは一つ頷くと部屋を出ていった。それを確認したアイクは、脱力した。
"心配をかけまいと力を入れていたが……無理しすぎたか……。"
アイクは一息吐き、目を閉じた。
リンクがトレーナーの部屋まで戻って来ると、そこには、扉に背を預けたマルスがいた。小走りだったリンクは、マルスを確認して足を止めた。それに気付いたマルスは軽く手を挙げた。
「ちょっと遅かったね、リンク。」
「どうしてここに?」
リンクは、マルスの感想をひとまず置いておき、至極当然の問を発した。
「君を探してね。トレーナーの部屋ならいるだろうと思ってたけど。ところで、アイクとは上手くいったのかな?」
リンクは嫌そうな顔をした。
「答が矛盾してるって気付いてる?」
マルスは肩をすくめた。
「さぁ?そうだ、トレーナーだけど。さっき出ていっちゃったよ。」
リンクは目を見開き、マルスを押し退けて、トレーナーの部屋を勢い良く開けた。マルスの言葉通り、そこはもぬけの殻であった。
「どうして引き止めなかった!!」
リンクが叫んだ。
「どうして」
マルスは唇に人差し指をあて、リンクを黙らせた。
「他の人は寝ているから、叫ばないで。気持ちは分かるけど。」
リンクは罰が悪そうに、辺りを伺った。その様子に満足したマルスは、思わず笑みを浮かべた。そして切り出す。
「何故僕は引き止めなかったか。……引き止めなかったと言えば嘘になるけど、確かに僕は彼が出ていくのを許した。そして、何故追わなかったか。これらの理由はただ一つだけ。僕では、力不足だからだ。」
リンクは眉をひそめた。
「力、不足……?そんなの、」
「関係あるんだよ。トレーナーは君がいたから留まっていた。真っ先に助けてくれた君が頼み、君が共にいたから、トレーナーは留まっていた。僕は彼を留めることが出来なかった。なら、追ったところでどうだい?彼は戻ってくるだろうか?」
マルスはリンクの目を見続けていた。リンクはその眼差しを真摯に受け止めた。
「それは、つまり」
マルスは頷いた。
「何が言いたいか、もうわかっているだろう?僕の役目はここまでだ。まだ今なら間に合う。さぁ、何をぐずぐずしている?」
リンクは頷き返すと、踵をかえした。が、少し進んだ所で足を止めた。
「アイクがメインルームにいるんだけど……ちょっと気分が悪そうだから、」
マルスは手を挙げることでリンクの話を遮った。
「分かった。アイクのことは任せて。」
そして早く行くように示した。リンクはすぐに、闇に紛れた。それを眺めながら、マルスはポツリと呟いた。
「……ターマスに任せたらいいのに。本当にお人好しなんだから。」
“今ならまだ間に合う、か”
リンクは街の中を走っていた。走りながら空を見上げる。リザードンに乗って行ってしまったらしいトレーナーの姿は、どこにも見当たらない。
“急がないと。本当に帰ってしまう。……人の事言えないけどね。”
一人、苦笑した、その時だった。
「いた!!」
闇の中に浮かぶ黒いシルエット。ドラゴンの形をしているそれは、探しているリザードンのものだった。
「トレーナー!!」
リンクは叫んだ。が、何の反応もない。トレーナーにリンクの声は届いていないようだった。
「ここで逃がすつもりはないよ……!」
リンクは懐からフックショットを取り出した。そして、手近な屋根にフックショットを放った。リンクは屋根の上に飛び乗った。屋根からだと、リザードンに乗る人の姿も確認できた。
「トレーナー!!」
ビクリとリザードンの上の影が動いた。今度は届いたようだ。が、リザードンが加速した。
「待って、トレーナー!帰らないで!!」
屋根伝いにトレーナーを追いながら、リンクは再び叫んだ。すると、
「止めないで!!」
上から悲痛な叫びが響いた。
「お願いだ、リンク!僕はあそこにはいられない!」
「そんなこと」
リンクは再びフックショットを構えた。そして、今度は屋根ではなく、リザードンに焦点を当てた。
「ない!!」
リンクはフックショットを放った。フックショットはリザードンに当たった。そして、リンクの方に引き寄せられてきた。
“あれ、フックショットに生物を引き寄せる力なんて……いや、今はどうでもいいや。”
リンクは一先ずリザードンを避け、トレーナーを捕まえた。
「トレーナー。大丈夫、大丈夫だから。一緒に戻ろう?」
「だけど、」
「アイクとの件も解決したよ。もう、何の問題もない。」
「でも、」
なおも抵抗するトレーナーに、リンクは辛抱強く説得を試みた。
「オレはトレーナーにいてほしい。だから、こうやって追ってきたんだ。トレーナーに残ってほしいと思っているのは他のみんなも同じだと思うよ。」
「そんなの、君にわかるはずがない!!……きっと、僕なんか、いなくなってほしいんだ!!」
とうとう、トレーナーは癇癪を起した。
「それを願う人はあそこに存在しません。」
突然、第三者の声がした。ふわりと誰かが現れる。
「……ターマス。」
リンクが少々嫌そうに名を呼んだ。
「全く。仕事を増やすなと言いましたよね?」
「オレは帰ろうとしていたわけではないし、帰ったとしてもまだ3日も経ってないし、これは必要最低限の行動で」
「言い訳はいりませんよ。」
ターマスはリンクの弁解を一刀両断した。
「あなたが私の仕事を増やした、この事実は変わらないのですから。ああ、トレーナーさん、逃げないでください。」
リンクは、ターマスとの応酬に完全に気をそらせていた。そのため、トレーナーはその隙に逃げようとしていた。しかし、突然動けなくなった。
「か、体が、動かない……?」
「ガルル……。」
助けに入ろうとしていたリザードンも動けなくなったようだった。
「すみませんね。」
なんてことないようにターマスが言う。
「逃げる人には、閉じ込めるなり動けなくするなりするのが私のやり方でして。」
「卑怯者。」
「今更ですよ、リンクさん。」
リンクの非難を軽く流すと、ターマスはトレーナーに向き直った。
「私が呼んだ方の中に必要のない存在はいません。むしろ、一人でも欠けると後々に影響します。」
リンクが顔をしかめた。
「言ってみれば、招待状は私からのお願いなのです。会場に来て、大会に参加してほしいという、お願いです。どうか私のお願い、聞いてくれませんか?」
トレーナーはしばらく黙っていた。が、しばらくしてため息を吐いた。
「この状態でお願いと言うの?」
「えぇ。私にしてみれば、ずいぶんと柔らかいやり方ですよ。」
しばらくトレーナーとターマスのにらみ合いが続いた。が、すぐに決着はついた。
「……これ、僕に勝ち目ないよね?」
「そのはずですが。」
トレーナーがため息を吐いた。
「リンク。」
「何?」
突然呼ばれた彼の声は、少し裏返っていた。
「ちゃんと僕のこと守ってくれる?」
リンクはトレーナーに微笑みかけた。
「そう言っているでしょう?」
「うん、そうだね。……ターマス、ちゃんと残るよ。だから、体、動けるようにしてよ。」
「約束ですよ?」
トレーナーの身体が自由になった。トレーナーは少し動いて、自由になったことを確認する。トレーナーの側にリザードンがやってきた。トレーナーはリザードンを撫でてやる。
「一応言っておきますが。リンクさん同様あなたのことも見張らせていただきます。」
それに反応したのはリンクの方だった。
「見張る?そんなの聞いてない。」
「おや、言ってませんでしたか?まぁ、そちらの認知は関係ないでしょう。とにかく、私としては逃げられては困るのです。ですから、逃げる可能性のあるあなた方を放置しておくわけにはいきません。」
「なんでそこまでするかな……。」
かくいうリンクは、完全に諦めていた。
「では、私も忙しい身ですので。これで失礼させていただきます。……ちゃんと会場に戻ってくださいよ?」
ターマスはそう言い残すと、パチンと指を鳴らして姿を消した。
リンクとトレーナーはリザードンに乗り、会場へと向かっていた。リザードンは闇を切るように飛んでいく。肌に当たる風が気持ちいい。そんな折に、トレーナーがリンクにひっついた。
「……ありがとう。」
トレーナーの囁きは、かすれて消えそうだった。しかし、しっかりとリンクに届いていた。
「追いかけてきてくれて。嬉しかった。まだ迷いが消えた訳じゃないけど……リンクが一緒なら、大丈夫な気がする。何が起こっても乗り越えられる気がする。」
「そう……よかった。」
二人はクスクスと笑いあった。
「そうだ。」
トレーナーはリンクの顔を覗き込んだ。
「僕の名前、リンクにだけは言っておくね。僕は、レッドっていうんだ。みんなには内緒だよ?」
リンクは怪訝そうな顔をした。
「どうして?いい名前なのに。」
「どうしても。約束してよ。」
リンクはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「……わかった。レッドが嫌なら、黙っているよ。」
「ありがとう。」
やがて、会場が見えてきた。なんとなく、懐かしい感じがする。
“僕はここで、何ができるだろう。”
トレーナーは一人思う。
“いきなり問題を起こしてしまったけど……みんなは受け入れてくれるのだろうか。”
会場に近づいていく。すると、玄関に人影が見えた。
“僕たちを……待っていた!?”
トレーナーは驚いた。そして、心が温まっていくのを感じた。更に近づいていくと、その人影はマルスとアイクのものだとわかった。リンクが手を振ると、マルスが返した。アイクもこちらを見上げている。その顔はずいぶんと穏やかなものだった。
“リンクの言う通りだ。多分、もう大丈夫。”
トレーナーはアイクを見て、そう、確信した。夜は明けようとしていた。
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