サイドストーリー
幹部たちが閉じ込められていた部屋を調べるリンクを一先ずそのままに、ナビィは隠し部屋に戻った。
「おい、あいつは?」
ナビィが単独で戻ってきたことに、上で待っていたダークリンクは不安を隠せない。それを見たナビィは、安心させるようにダークリンクの側で軽く揺れた。
「ちょっと調べたいことがあるんだって。だから、ロープはもういいみたい。」
そこで、ナビィはハッとしたように大きく揺れると、キングブルブリンやダルニアの方にすっ飛んでいった。
「あ、でもリンク、ものすごく申し訳なさそうにしていたから、せっかく引っ張ってやろうと思ったのにこの野郎!とか思わないでネ!私、リンクと一緒にいるから!!」
そう言ったかと思えば、ナビィはトンボ返りしてその場から消えていた。
「私もマ……リンクのところに。」
最後の伝達役を担い、上にいたファイ。無表情で、しかし、らしくもなく失言をしながら、急いだように降りて行った。それを見送ることしかできなかったダークリンクとバド、そして引き上げ役に呼ばれたダルニアとキングブルブリン。
一方、城の幹部勢も対応を決めかねたまま、動けずにいた。こちらはこちらでどうするか、と硬直状態に突入した頃、突然、ミドナが姿を変えた。かつてリンクと旅をしていた時の小さな姿だ。
「ふぅん。ここだと魔力が使えるんだな。」
ミドナは身を手や体をしげしげと観察していたが、空中に浮いて腕を組んだ。
「ワタシも下に行こう。城側の立場で、見張りが必要だろ?この姿なら自力で戻って来られるしな。」
そう言い放ち、返事も待たずにミドナは穴の方へ移動する。誰が何を言う間もなく、下へ降りて行ってしまった。固い空気が場を支配していたが、ミドナが動いたことで幹部達の金縛りが解けた。インパがゼルダに向かって話しかける。
「……ゼルダ様。ここはミドナに任せてお休みになられた方が良いかと。部屋に戻りましょう。」
ゼルダは暫く踏ん切りのつかない顔で穴の方を見ていた。しかしやがて、小さく肯定を示す。穴に向けられていた顔が上げられ、表情が露になる。その表情は浮かないものであった。だが、それに触れる者は存在せず、バドが先導役を名乗り出て、ゼルダとインパは部屋を後にしていった。
「キョーダイのことだから、もう大丈夫だな。ダークリンク、俺は先に戻るぞ。」
それを見て、一先ずの脅威はないと判断したダルニア。固い声であったが、明るく聞こえる声でダークリンクに言う。
「あぁ。ありがとな。」
ダークリンクが素直に礼を伝えると、力強く頷いて見せてからダルニアも帰っていった。それを見送って、ダークリンクは引き上げ役に呼び出したもう一人、キングブルブリンの方を見る。
「お前はどうする、キングブルブリン。」
すると、キングブルブリンは肩をすくめた。
「りんくヲまつ。なにガあるカわからない。ダカラ、いる。」
「そーかよ。」
気のない返事をしながら、ダークリンクは正直、心強く思っていた。
「キングブルブリン。」
そこへもう一つ、低音が響く。ダークリンクは背筋を伸ばした。ダークリンクの頭からはすっかり抜け落ちていたが、ガノンドロフはまだこの場に留まっていた。
「もう一度、俺を引き上げることは可能か?」
「できル。」
キングブルブリンはガノンドロフを相手にしても動じず、淡々と返事をした。
「魔王様?」
ギラヒムが不思議そうにガノンドロフをうかがう。それを見て、魔王陣営の動向を全く見ていなかったことに気付いたダークリンク。幹部全員が残っているのか、とダークリンクはこっそり部屋を観察した。しかし、残っていたのはガノンドロフとギラヒムだけだった。残りの一人、ザントは、いつの間にやら部屋を後にしていたのだった。
「小僧が気にしていることに心当たりがある。……もし小僧一人で解に辿り着いたら……癪だ。」
不機嫌を隠しもせずにそう言うと、ガノンドロフも下に向かった。ガノンドロフまで降りていったとなると、流石に一筋縄ではいかないだろう、とダークリンクは思う。とはいえ、自分が追いかけても邪魔になる未来しか見えず、ダークリンクは歯痒くても待つしかなかった。
「ダークリンク。」
ダークリンクが思考する中、まだ残っていたギラヒムから声がかかった。ダークリンクは瞬時に警戒してギラヒムに視線を向けた。
「何でしょうか、ギラヒム様。」
ダークリンクの問い返す声からは、できる限り刺激しないように、という意図がありありと見て取れた。
「君、ただで済むと思わない方がいいよ?」
しかし、ギラヒムの返答は、この上なく不穏だった。
「……何故です?」
声がカラカラになるのを堪えながら、冷静を装って質問するダークリンク。ギラヒムはニタリと笑った。
「フフッ、今に分かるよ。そうだキングブルブリン。ワタシも降りるから、後で引き上げろ。」
特大の爆弾を落としたにもかかわらず、ギラヒムはそれ以上、具体的な説明をしなかった。ダークリンクやキングブルブリンがまごついたのはそれほど長い時間ではなかったが、二人が反応を返せないうちにギラヒムもさっさと下に行ってしまった。しばらく二人は、ギラヒムが消えた穴を無言で見つめていたが、
「……だいじょうぶカ?」
キングブルブリンが口火を切った。珍しく感情が声に現れている。
「……何とも言えない。だが今は、あいつの方がピンチだな。」
ダークリンクは無理やり思考を打ち切り、底の見えない穴をじっと睨みつけた。
ダークリンク達の下層。ガノンドロフが元居た場所に戻ったのは、リンクが更に奥へ進んだ後だった。降り立ってすぐ、ガノンドロフは先程まではなかった入口を発見する。ガノンドロフは大きく舌打ちをした。そこへギラヒムが合流するが、ガノンドロフは無言で足を進め始めた。当然、ギラヒムはそれに付き従った。
そしてリンクに追いついたガノンドロフとギラヒムであったが、何やら様子がおかしい。奥に何かいるようだが、ガノンドロフ達からはリンクの後ろ姿しか見えず、様子がよく分からない。一緒にいたはずのミドナ達の姿もない。何が起こっているのかとガノンドロフが思った直後、
「今こそ思い知らせてやる……!」
声が響いた。その声を聞いて、ガノンドロフは奥にいるものが何かを悟った。それとともに、その身にうずくのは渇望。
「その身に刻んでやる……!」
ガノンドロフはギラヒムを軽く制し、ゆったりとした足取りでリンクに近づいていった。
「「「「俺の恨みを!!無念を!!!!」」」」
声とともにリンクに向けられた憎悪だったが、リンクに動く気配がない。格好の獲物だ、とガノンドロフが舌なめずりをした時、
「許、して……!」
リンクの口から漏れ聞こえたのは思わぬ言葉だった。もう少しで過去のガノンドロフの攻撃がリンクに届くところだったが、思わずガノンドロフはリンクを引っ張り寄せた。そうして、強大な攻撃は、ガノンドロフの傍を通り抜けて壁に激突する結果となった。ガノンドロフの中に湧き上がっていた衝動は消えていた。同時に、不可解な怒りが生まれていた。ガノンドロフは感情を持て余して内心狼狽える。何がどうあれ、過去のガノンドロフ達の渾身の攻撃は、リンクに当たらずに終わった。
「邪魔をするな……!」
当然、攻撃者の不満はガノンドロフに向かう。ガノンドロフが緩慢な動きで声の方を見やると、その先には、ガノンドロフが想定したよりも酷い有様の自身達がいた。その酷さにガノンドロフ本人も驚いていたが、過去のガノンドロフ達の驚愕たるや、この上ないものだった。
「お前は、俺か!?何故邪魔をする!?そいつは俺達の仇だ!!」
当然だろう、とガノンドロフは思う。かく言う彼も、直前までリンクを攻撃する気でいた。その気が急に削がれたのだ。だが、そんなことを言っても彼らが納得などしないことを、ガノンドロフは誰よりもよく理解していた。
「今、こいつに壊れられては困るんでな。」
適当なことを言いながら、あながち間違いでもないなとガノンドロフは思う。リンクを慕う者は想定よりも多かった。それを片付けるとなるとかなり厄介だ。リンクを攻撃するのは得策ではなかった。ガノンドロフの脳内で、次々と言い訳めいた考えが浮かぶ。それを押しやり、気を失ったリンクに目を向けると、彼は苦悶に満ちた顔をしていた。再度、ガノンドロフの心中で変な感情がうずいたが、それも追いやり、目先の問題――過去の己に目を向けた。
「そうか。俺の過去はここにあったか。」
一先ずリンクは捨て置き、ガノンドロフは彼らの方に歩み寄った。
「一つになろうではないか。共に世界を見ようぞ。」
ガノンドロフが呼びかける。すると、
「フフフ……ハハハッ!!」
「この時を待っていた!!」
「ようやく解放される……!」
過去のガノンドロフ達がニヤリと笑う。そうかと思うと、彼らは怪しく光りながら浮かび上がった。そして、黒い光の塊となって、勢いよくガノンドロフに飛来する。そして、ガノンドロフに激突し、吸収されていった。やがて、光が収まると、その場にはガノンドロフが一人いるだけとなった。
「……魔王様?」
おずおずと、ギラヒムが呼びかける。ガノンドロフは記憶の衝撃に少々耐えている状態だったが、何事もないように目を開いた。
「……何だ。」
「お体は。」
心配を隠しもしないギラヒムの方に、ガノンドロフはマントを翻しながら振り返った。
「無論何ともない。」
ギラヒムは安心したような顔をする。そして、きりりと表情を硬くした。
「今のは……?」
「封じられた過去、といったところか。」
ガノンドロフは、淡々と言葉を落とす。それを聞いたギラヒムは難しい顔をしていた。少し、間が開く。やがて、意を決したようにギラヒムが口を開いた。
「……世界征服を、目指されますか。」
「いや。」
即答だった。ギラヒムは意表を突かれた顔をする。
「魔王様……?」
ギラヒムは不思議そうにガノンドロフを見上げていた。
「今は今で気に入っている。………不服か?」
ガノンドロフは小首を傾げる。ギラヒムはすぐに居住まいを正し、頭を下げた。
「いえ……。ワタシは魔王様の僕。マスターがお望みであれば、ワタシはそれで。」
そう言いながら、実はギラヒムはホッとしていた。それにガノンドロフは気づいていた。ガノンドロフは小さく苦笑する。自分も魔剣も、随分と絆されてしまったものだと。ふと、側に倒れているリンクに目を向ける。それに気付いたか、ギラヒムがまた、遠慮がちに口を開いた。
「ただ疑問があります。何故、そいつを庇ったのですか。」
そいつ、と言いながら、完全に敵視した響きではないことにもガノンドロフは気づいていた。しかし、ギラヒムと違って己は、と考えた時に、全く答えを見つけられなかった。
「……さてな。だが……やはり気に入らんな、この小僧。」
ガノンドロフは早々に考えることを放棄する。そして、感情のままに片足をリンクに乗せた。
「こいつを見ると、殺意が沸いてくる。……とはいえ、実行してもいいことはないな。」
ガノンドロフはリンクから足をどけた。すると、タイミングがいいのか悪いのか、第三者の声が響いた。
「つあ……!何がどうなった……?」
ガノンドロフとギラヒムが声の方を見ると、ミドナが頭を押さえながら起き上がっていた。近くにファイやナビィもいる。今までガノンドロフやギラヒムは気付かなかったが、リンクの相棒たちはそこで気絶していた。ミドナに続いて、ファイやナビィも丁度意識を取り戻し、動き出したところだった。そして、ファイとナビィはすぐ、倒れるリンクやガノンドロフ達に気が付いた。
「マスター!!」
ファイが悲痛な声を上げながら、リンクに飛びつく。一方ナビィも、近くまでやってきた。
「リンクどうしたの!?というか、あんた!!ここにいるってことは、」
「おい妖精。魔王様を疑うとはいい度胸だな。」
ナビィは威勢よくガノンドロフ達に食って掛かった。だが、当然ギラヒムはそれを良しとしない。瞬時に本気モードになり、ナビィを威圧した。ナビィは一瞬、怯む。しかし、ここで負けたらリンクが危ない、そう思い直してナビィは引かなかった。だが、その姿からは明らかに恐怖がにじみ出ている。それを見かねたか、ファイがずいと前に出た。
「あなた方がマスターを襲った可能性80%。ナビィの言い分は間違っていません。」
「なんだと!?」
強気のファイに対し、ギラヒムは更に怒りのボルテージを上げる。一触即発の空気であったが、それを制したのはなんと、ガノンドロフだった。
「事を荒立てるな。この状況だけを見ればその解釈になるだろう。だが、」
ガノンドロフはナビィとファイを見据えた。
「俺が来なければ、小僧は無事ではなかっただろうな。」
ガノンドロフに威嚇する意図はなかったが、その眼光の鋭さといったら。しかし、ナビィとファイは負けなかった。ここで引けば、リンクが助からないと思っているからなおさらだ。無言の睨み合いは、しかし、ガノンドロフが早々に目を逸らすことで終了した。このままにらみ合っていても埒が明かないと判断し、ガノンドロフは少し離れる。
「あいつら……!」
イライラしながら、それに倣うギラヒム。
「そう怒るな。」
ギラヒムを宥めながら、ガノンドロフはリンクの方を見た。相棒達がリンクを囲んでいる。
「それにしても、いつまで寝てるんだ?」
「リンク!しっかりして!」
「休まれた方が良いのは分かりますが、ここでは休まらない可能性90%。一度起きることを推奨します。」
相棒達はリンクを起こそうと躍起になっていた。
「………憐れな。」
ガノンドロフは呟く。流石の魔王も、憐憫の意を禁じ得なかった。
「魔王様?」
ギラヒムの不思議そうな声がポツリとその場に落ちた。ガノンドロフは肩をすくめて説明する。
「俺の襲撃時もあの調子だったのだろうな。過度の期待を寄せられ、休むこともままならなかったか。……あれだけの憎悪を向けられた。すぐに回復するわけがない。」
ガノンドロフはやれやれと首を振った。
「……叩き起こすか?」
「流石にそれは賛成しかねます。」
「いやいや大丈夫よ。私、しょっちゅうやっていたから。」
更に不穏な会話が聞こえてきて、ガノンドロフはため息をついた。これは介入せざるを得ないだろう、と。
「小僧は暫く目を覚まさんぞ。」
言いながらリンクの方に近付いた。警戒するファイとナビィを横目に見つつ、屈む。誰が止める間もなくリンクを担ぎ上げた。
「魔王様!そんなことなさらずとも、」
「ここに放置するわけにもいかんだろう。時間の無駄だ。行くぞ。」
ギラヒムの叫びにもガノンドロフは聞く耳を持たず、リンクを担いだまま来た道を戻った。残りの面々は慌ててその後を追う。その音を確認しつつ、上層までどう戻るか、とガノンドロフは思案しながら元の場所に向かった。しかし、降りてきた場所にたどり着いて気付いたが、いつの間にか使えなかったはずの魔法が使えるようになっていた。ガノンドロフは難なく魔法を使い、ついでに他の面々も巻き込んで上層にワープした。
ガノンドロフ達がワープして来たのを見、待っていたダークリンクは大袈裟に思えるほど驚いたリアクションをした。だが、その直後、リンクを見つけて表情が変わる。それが意味するところを理解しないガノンドロフではない。
同じやり取りを繰り返すのも億劫だと、何を言われるより先にリンクをダークリンクに押し付けた。ダークリンクは急にリンクを押し付けられて反応が遅れたが、慌ててリンクを受け取り、支える。ダークリンクから勢いが削がれた隙に、ガノンドロフは口を開いた。
「寝かせてやれ。適当な客間を使えばいい。」
それだけを言いつけて、ガノンドロフはさっさと部屋を去った。一緒に戻ってきていたギラヒムは、チラリとダークリンク、もといリンクに鋭い視線を寄越す。しかし、何も言わずにガノンドロフを追い、同じく足早に部屋を後にした。お咎めがなかったことで逆に、ダークリンクは状況理解に困る。
「お、おい、一体何がどうなって、」
ダークリンクのナビィやファイに説明を求めるその言葉は、しどろもどろだった。
「そ、そんなこと言われても。起きたらリンク、倒れていて。側にガノンドロフがいて。」
「魔王に連れ去られたかと思えば、こちらに。」
ナビィも、ファイですら、説明がたどたどしい。しかも、二人とも絶賛混乱中で的を射ない。
「それってなんだよ、どういう状態だよ。」
「わ、分からないヨ!」
混乱のあまり言い争いに転じかけて、
「だーくりんく。」
見かねたキングブルブリンが声を出した。
「いまハ、りんくヲ、やすまセロ。」
ダークリンク達は我に返った。
「そ、そうだな。キングブルブリンの言うとおりだ。それで、客間……え、客間……?」
今するべきことが分かり、落ち着いたのも束の間。すぐに混乱へと逆戻りした。ダークリンクは城の管理には疎かった。ナビィやファイも携わっていない。許可があったとはいえ、勝手に使っていい部屋が分からなかった。
「全く、世話が焼けるな。」
そこで、呆れた声がその場に響いた。大きく反応を見せながらダークリンク達が声の方に顔を向けると、ミドナがそこで肩をすくめていた。そして、ミドナが指示を出し、リンクを安全な部屋に休ませる。リンクをベッドに横たえてようやく、ダークリンク達は、気持ちを落ち着かせることができたのだった。
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「おい、あいつは?」
ナビィが単独で戻ってきたことに、上で待っていたダークリンクは不安を隠せない。それを見たナビィは、安心させるようにダークリンクの側で軽く揺れた。
「ちょっと調べたいことがあるんだって。だから、ロープはもういいみたい。」
そこで、ナビィはハッとしたように大きく揺れると、キングブルブリンやダルニアの方にすっ飛んでいった。
「あ、でもリンク、ものすごく申し訳なさそうにしていたから、せっかく引っ張ってやろうと思ったのにこの野郎!とか思わないでネ!私、リンクと一緒にいるから!!」
そう言ったかと思えば、ナビィはトンボ返りしてその場から消えていた。
「私もマ……リンクのところに。」
最後の伝達役を担い、上にいたファイ。無表情で、しかし、らしくもなく失言をしながら、急いだように降りて行った。それを見送ることしかできなかったダークリンクとバド、そして引き上げ役に呼ばれたダルニアとキングブルブリン。
一方、城の幹部勢も対応を決めかねたまま、動けずにいた。こちらはこちらでどうするか、と硬直状態に突入した頃、突然、ミドナが姿を変えた。かつてリンクと旅をしていた時の小さな姿だ。
「ふぅん。ここだと魔力が使えるんだな。」
ミドナは身を手や体をしげしげと観察していたが、空中に浮いて腕を組んだ。
「ワタシも下に行こう。城側の立場で、見張りが必要だろ?この姿なら自力で戻って来られるしな。」
そう言い放ち、返事も待たずにミドナは穴の方へ移動する。誰が何を言う間もなく、下へ降りて行ってしまった。固い空気が場を支配していたが、ミドナが動いたことで幹部達の金縛りが解けた。インパがゼルダに向かって話しかける。
「……ゼルダ様。ここはミドナに任せてお休みになられた方が良いかと。部屋に戻りましょう。」
ゼルダは暫く踏ん切りのつかない顔で穴の方を見ていた。しかしやがて、小さく肯定を示す。穴に向けられていた顔が上げられ、表情が露になる。その表情は浮かないものであった。だが、それに触れる者は存在せず、バドが先導役を名乗り出て、ゼルダとインパは部屋を後にしていった。
「キョーダイのことだから、もう大丈夫だな。ダークリンク、俺は先に戻るぞ。」
それを見て、一先ずの脅威はないと判断したダルニア。固い声であったが、明るく聞こえる声でダークリンクに言う。
「あぁ。ありがとな。」
ダークリンクが素直に礼を伝えると、力強く頷いて見せてからダルニアも帰っていった。それを見送って、ダークリンクは引き上げ役に呼び出したもう一人、キングブルブリンの方を見る。
「お前はどうする、キングブルブリン。」
すると、キングブルブリンは肩をすくめた。
「りんくヲまつ。なにガあるカわからない。ダカラ、いる。」
「そーかよ。」
気のない返事をしながら、ダークリンクは正直、心強く思っていた。
「キングブルブリン。」
そこへもう一つ、低音が響く。ダークリンクは背筋を伸ばした。ダークリンクの頭からはすっかり抜け落ちていたが、ガノンドロフはまだこの場に留まっていた。
「もう一度、俺を引き上げることは可能か?」
「できル。」
キングブルブリンはガノンドロフを相手にしても動じず、淡々と返事をした。
「魔王様?」
ギラヒムが不思議そうにガノンドロフをうかがう。それを見て、魔王陣営の動向を全く見ていなかったことに気付いたダークリンク。幹部全員が残っているのか、とダークリンクはこっそり部屋を観察した。しかし、残っていたのはガノンドロフとギラヒムだけだった。残りの一人、ザントは、いつの間にやら部屋を後にしていたのだった。
「小僧が気にしていることに心当たりがある。……もし小僧一人で解に辿り着いたら……癪だ。」
不機嫌を隠しもせずにそう言うと、ガノンドロフも下に向かった。ガノンドロフまで降りていったとなると、流石に一筋縄ではいかないだろう、とダークリンクは思う。とはいえ、自分が追いかけても邪魔になる未来しか見えず、ダークリンクは歯痒くても待つしかなかった。
「ダークリンク。」
ダークリンクが思考する中、まだ残っていたギラヒムから声がかかった。ダークリンクは瞬時に警戒してギラヒムに視線を向けた。
「何でしょうか、ギラヒム様。」
ダークリンクの問い返す声からは、できる限り刺激しないように、という意図がありありと見て取れた。
「君、ただで済むと思わない方がいいよ?」
しかし、ギラヒムの返答は、この上なく不穏だった。
「……何故です?」
声がカラカラになるのを堪えながら、冷静を装って質問するダークリンク。ギラヒムはニタリと笑った。
「フフッ、今に分かるよ。そうだキングブルブリン。ワタシも降りるから、後で引き上げろ。」
特大の爆弾を落としたにもかかわらず、ギラヒムはそれ以上、具体的な説明をしなかった。ダークリンクやキングブルブリンがまごついたのはそれほど長い時間ではなかったが、二人が反応を返せないうちにギラヒムもさっさと下に行ってしまった。しばらく二人は、ギラヒムが消えた穴を無言で見つめていたが、
「……だいじょうぶカ?」
キングブルブリンが口火を切った。珍しく感情が声に現れている。
「……何とも言えない。だが今は、あいつの方がピンチだな。」
ダークリンクは無理やり思考を打ち切り、底の見えない穴をじっと睨みつけた。
ダークリンク達の下層。ガノンドロフが元居た場所に戻ったのは、リンクが更に奥へ進んだ後だった。降り立ってすぐ、ガノンドロフは先程まではなかった入口を発見する。ガノンドロフは大きく舌打ちをした。そこへギラヒムが合流するが、ガノンドロフは無言で足を進め始めた。当然、ギラヒムはそれに付き従った。
そしてリンクに追いついたガノンドロフとギラヒムであったが、何やら様子がおかしい。奥に何かいるようだが、ガノンドロフ達からはリンクの後ろ姿しか見えず、様子がよく分からない。一緒にいたはずのミドナ達の姿もない。何が起こっているのかとガノンドロフが思った直後、
「今こそ思い知らせてやる……!」
声が響いた。その声を聞いて、ガノンドロフは奥にいるものが何かを悟った。それとともに、その身にうずくのは渇望。
「その身に刻んでやる……!」
ガノンドロフはギラヒムを軽く制し、ゆったりとした足取りでリンクに近づいていった。
「「「「俺の恨みを!!無念を!!!!」」」」
声とともにリンクに向けられた憎悪だったが、リンクに動く気配がない。格好の獲物だ、とガノンドロフが舌なめずりをした時、
「許、して……!」
リンクの口から漏れ聞こえたのは思わぬ言葉だった。もう少しで過去のガノンドロフの攻撃がリンクに届くところだったが、思わずガノンドロフはリンクを引っ張り寄せた。そうして、強大な攻撃は、ガノンドロフの傍を通り抜けて壁に激突する結果となった。ガノンドロフの中に湧き上がっていた衝動は消えていた。同時に、不可解な怒りが生まれていた。ガノンドロフは感情を持て余して内心狼狽える。何がどうあれ、過去のガノンドロフ達の渾身の攻撃は、リンクに当たらずに終わった。
「邪魔をするな……!」
当然、攻撃者の不満はガノンドロフに向かう。ガノンドロフが緩慢な動きで声の方を見やると、その先には、ガノンドロフが想定したよりも酷い有様の自身達がいた。その酷さにガノンドロフ本人も驚いていたが、過去のガノンドロフ達の驚愕たるや、この上ないものだった。
「お前は、俺か!?何故邪魔をする!?そいつは俺達の仇だ!!」
当然だろう、とガノンドロフは思う。かく言う彼も、直前までリンクを攻撃する気でいた。その気が急に削がれたのだ。だが、そんなことを言っても彼らが納得などしないことを、ガノンドロフは誰よりもよく理解していた。
「今、こいつに壊れられては困るんでな。」
適当なことを言いながら、あながち間違いでもないなとガノンドロフは思う。リンクを慕う者は想定よりも多かった。それを片付けるとなるとかなり厄介だ。リンクを攻撃するのは得策ではなかった。ガノンドロフの脳内で、次々と言い訳めいた考えが浮かぶ。それを押しやり、気を失ったリンクに目を向けると、彼は苦悶に満ちた顔をしていた。再度、ガノンドロフの心中で変な感情がうずいたが、それも追いやり、目先の問題――過去の己に目を向けた。
「そうか。俺の過去はここにあったか。」
一先ずリンクは捨て置き、ガノンドロフは彼らの方に歩み寄った。
「一つになろうではないか。共に世界を見ようぞ。」
ガノンドロフが呼びかける。すると、
「フフフ……ハハハッ!!」
「この時を待っていた!!」
「ようやく解放される……!」
過去のガノンドロフ達がニヤリと笑う。そうかと思うと、彼らは怪しく光りながら浮かび上がった。そして、黒い光の塊となって、勢いよくガノンドロフに飛来する。そして、ガノンドロフに激突し、吸収されていった。やがて、光が収まると、その場にはガノンドロフが一人いるだけとなった。
「……魔王様?」
おずおずと、ギラヒムが呼びかける。ガノンドロフは記憶の衝撃に少々耐えている状態だったが、何事もないように目を開いた。
「……何だ。」
「お体は。」
心配を隠しもしないギラヒムの方に、ガノンドロフはマントを翻しながら振り返った。
「無論何ともない。」
ギラヒムは安心したような顔をする。そして、きりりと表情を硬くした。
「今のは……?」
「封じられた過去、といったところか。」
ガノンドロフは、淡々と言葉を落とす。それを聞いたギラヒムは難しい顔をしていた。少し、間が開く。やがて、意を決したようにギラヒムが口を開いた。
「……世界征服を、目指されますか。」
「いや。」
即答だった。ギラヒムは意表を突かれた顔をする。
「魔王様……?」
ギラヒムは不思議そうにガノンドロフを見上げていた。
「今は今で気に入っている。………不服か?」
ガノンドロフは小首を傾げる。ギラヒムはすぐに居住まいを正し、頭を下げた。
「いえ……。ワタシは魔王様の僕。マスターがお望みであれば、ワタシはそれで。」
そう言いながら、実はギラヒムはホッとしていた。それにガノンドロフは気づいていた。ガノンドロフは小さく苦笑する。自分も魔剣も、随分と絆されてしまったものだと。ふと、側に倒れているリンクに目を向ける。それに気付いたか、ギラヒムがまた、遠慮がちに口を開いた。
「ただ疑問があります。何故、そいつを庇ったのですか。」
そいつ、と言いながら、完全に敵視した響きではないことにもガノンドロフは気づいていた。しかし、ギラヒムと違って己は、と考えた時に、全く答えを見つけられなかった。
「……さてな。だが……やはり気に入らんな、この小僧。」
ガノンドロフは早々に考えることを放棄する。そして、感情のままに片足をリンクに乗せた。
「こいつを見ると、殺意が沸いてくる。……とはいえ、実行してもいいことはないな。」
ガノンドロフはリンクから足をどけた。すると、タイミングがいいのか悪いのか、第三者の声が響いた。
「つあ……!何がどうなった……?」
ガノンドロフとギラヒムが声の方を見ると、ミドナが頭を押さえながら起き上がっていた。近くにファイやナビィもいる。今までガノンドロフやギラヒムは気付かなかったが、リンクの相棒たちはそこで気絶していた。ミドナに続いて、ファイやナビィも丁度意識を取り戻し、動き出したところだった。そして、ファイとナビィはすぐ、倒れるリンクやガノンドロフ達に気が付いた。
「マスター!!」
ファイが悲痛な声を上げながら、リンクに飛びつく。一方ナビィも、近くまでやってきた。
「リンクどうしたの!?というか、あんた!!ここにいるってことは、」
「おい妖精。魔王様を疑うとはいい度胸だな。」
ナビィは威勢よくガノンドロフ達に食って掛かった。だが、当然ギラヒムはそれを良しとしない。瞬時に本気モードになり、ナビィを威圧した。ナビィは一瞬、怯む。しかし、ここで負けたらリンクが危ない、そう思い直してナビィは引かなかった。だが、その姿からは明らかに恐怖がにじみ出ている。それを見かねたか、ファイがずいと前に出た。
「あなた方がマスターを襲った可能性80%。ナビィの言い分は間違っていません。」
「なんだと!?」
強気のファイに対し、ギラヒムは更に怒りのボルテージを上げる。一触即発の空気であったが、それを制したのはなんと、ガノンドロフだった。
「事を荒立てるな。この状況だけを見ればその解釈になるだろう。だが、」
ガノンドロフはナビィとファイを見据えた。
「俺が来なければ、小僧は無事ではなかっただろうな。」
ガノンドロフに威嚇する意図はなかったが、その眼光の鋭さといったら。しかし、ナビィとファイは負けなかった。ここで引けば、リンクが助からないと思っているからなおさらだ。無言の睨み合いは、しかし、ガノンドロフが早々に目を逸らすことで終了した。このままにらみ合っていても埒が明かないと判断し、ガノンドロフは少し離れる。
「あいつら……!」
イライラしながら、それに倣うギラヒム。
「そう怒るな。」
ギラヒムを宥めながら、ガノンドロフはリンクの方を見た。相棒達がリンクを囲んでいる。
「それにしても、いつまで寝てるんだ?」
「リンク!しっかりして!」
「休まれた方が良いのは分かりますが、ここでは休まらない可能性90%。一度起きることを推奨します。」
相棒達はリンクを起こそうと躍起になっていた。
「………憐れな。」
ガノンドロフは呟く。流石の魔王も、憐憫の意を禁じ得なかった。
「魔王様?」
ギラヒムの不思議そうな声がポツリとその場に落ちた。ガノンドロフは肩をすくめて説明する。
「俺の襲撃時もあの調子だったのだろうな。過度の期待を寄せられ、休むこともままならなかったか。……あれだけの憎悪を向けられた。すぐに回復するわけがない。」
ガノンドロフはやれやれと首を振った。
「……叩き起こすか?」
「流石にそれは賛成しかねます。」
「いやいや大丈夫よ。私、しょっちゅうやっていたから。」
更に不穏な会話が聞こえてきて、ガノンドロフはため息をついた。これは介入せざるを得ないだろう、と。
「小僧は暫く目を覚まさんぞ。」
言いながらリンクの方に近付いた。警戒するファイとナビィを横目に見つつ、屈む。誰が止める間もなくリンクを担ぎ上げた。
「魔王様!そんなことなさらずとも、」
「ここに放置するわけにもいかんだろう。時間の無駄だ。行くぞ。」
ギラヒムの叫びにもガノンドロフは聞く耳を持たず、リンクを担いだまま来た道を戻った。残りの面々は慌ててその後を追う。その音を確認しつつ、上層までどう戻るか、とガノンドロフは思案しながら元の場所に向かった。しかし、降りてきた場所にたどり着いて気付いたが、いつの間にか使えなかったはずの魔法が使えるようになっていた。ガノンドロフは難なく魔法を使い、ついでに他の面々も巻き込んで上層にワープした。
ガノンドロフ達がワープして来たのを見、待っていたダークリンクは大袈裟に思えるほど驚いたリアクションをした。だが、その直後、リンクを見つけて表情が変わる。それが意味するところを理解しないガノンドロフではない。
同じやり取りを繰り返すのも億劫だと、何を言われるより先にリンクをダークリンクに押し付けた。ダークリンクは急にリンクを押し付けられて反応が遅れたが、慌ててリンクを受け取り、支える。ダークリンクから勢いが削がれた隙に、ガノンドロフは口を開いた。
「寝かせてやれ。適当な客間を使えばいい。」
それだけを言いつけて、ガノンドロフはさっさと部屋を去った。一緒に戻ってきていたギラヒムは、チラリとダークリンク、もといリンクに鋭い視線を寄越す。しかし、何も言わずにガノンドロフを追い、同じく足早に部屋を後にした。お咎めがなかったことで逆に、ダークリンクは状況理解に困る。
「お、おい、一体何がどうなって、」
ダークリンクのナビィやファイに説明を求めるその言葉は、しどろもどろだった。
「そ、そんなこと言われても。起きたらリンク、倒れていて。側にガノンドロフがいて。」
「魔王に連れ去られたかと思えば、こちらに。」
ナビィも、ファイですら、説明がたどたどしい。しかも、二人とも絶賛混乱中で的を射ない。
「それってなんだよ、どういう状態だよ。」
「わ、分からないヨ!」
混乱のあまり言い争いに転じかけて、
「だーくりんく。」
見かねたキングブルブリンが声を出した。
「いまハ、りんくヲ、やすまセロ。」
ダークリンク達は我に返った。
「そ、そうだな。キングブルブリンの言うとおりだ。それで、客間……え、客間……?」
今するべきことが分かり、落ち着いたのも束の間。すぐに混乱へと逆戻りした。ダークリンクは城の管理には疎かった。ナビィやファイも携わっていない。許可があったとはいえ、勝手に使っていい部屋が分からなかった。
「全く、世話が焼けるな。」
そこで、呆れた声がその場に響いた。大きく反応を見せながらダークリンク達が声の方に顔を向けると、ミドナがそこで肩をすくめていた。そして、ミドナが指示を出し、リンクを安全な部屋に休ませる。リンクをベッドに横たえてようやく、ダークリンク達は、気持ちを落ち着かせることができたのだった。
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