サイドストーリー

ここ最近、ゼルダがそわそわしていることにガノンドロフは気付いていた。ふと目に入るとこちらの様子をうかがっていたり。ことあるごとに声をかけようとする素振りを見せたり。果ては、こちらの自室付近に近づく理由などないはずなのに、部屋に戻る道中を着いてきたり。己に用があるのは明らかだった。故に最近は、言い出しやすい状況を作るように努めた。それにもかかわらず、今に至るまで何の進展もない。

この日も公務後に待ってみたが、踏ん切りがつかない顔で自身を見つめるばかりで、結局話しかけられることはなかった。そのくせ、もはや習慣のように自室への道を着いてきている。ガノンドロフはそっとため息を吐き、周りに誰もいないことを確認した。そして足を止め、体ごと振り返った。

「姫君。いい加減に用件を言って欲しいのだが。」

ゼルダは目を見開いて固まっていた。あれほど挙動不審であったのに、まさか気付かれていないと思っていたのか。ガノンドロフは頭痛を感じながら、ゼルダを見つめた。

「聞きたいことが、あるのです。」

ガノンドロフの視線に臆したか、ゆっくりとゼルダは言葉を紡いだ。そして、キョロキョロと辺りに目を配る。

「ですが、あまり聞こえのよい話ではなく……。」

そう言うと、ゼルダは俯いた。そのまま動きを止めてしまう。
ガノンドロフは、ゼルダを見つめながら困ったと思った。こうして魔王直々に機会を与えてやったというのに、この姫君はまだ覚悟が決まらないらしい。かといって、このまま聞かずに帰せば同じことの繰り返しだろう。ため息を噛み殺し、ゼルダから目線を外す。ある扉が目に入った。確かその部屋は空き部屋だったはずだ。ガノンドロフはゼルダに視線を戻し、告げる。

「そこに空き部屋がある。こうしているのを誰かに見られても面倒だ。」

ガノンドロフはゼルダの返事を待たずして部屋に入った。遅れてゼルダも入ってくる。部屋に入ってからもゼルダは口を開かずにいた。仕方なく、ガノンドロフの方から切り出すことにする。

「小僧の何が聞きたい。」

ビクリとゼルダは大きく身を震わせた。怯えを宿らせた目を大きくしている。

「私……リンクのこととは一言も……。」

「それ以外に何の話がある。」

うんざりしながら、ガノンドロフは腕を組んでゼルダを見下ろした。少し間が開く。

「……我々は今、共にこの世界を治めています。話したいことなどいくらでも、」

「だったら何故俺に聞く。」

ピシャリとガノンドロフが問いかけると、ゼルダは狼狽えた。気不味そうに言葉を続ける。

「そちらの陣営については、あなたに相談することが筋です。」

ガノンドロフはため息を吐いた。

「姫君がずっと気を揉み、聞こえの悪い話と他者の目を気にし、そちら陣営の誰かに相談することさえできず、俺に話す機会をうかがい続けた内容は、この世界を治めることに関してだ、と。そういうことか。」

ガノンドロフが歯に衣着せぬ物言いで聞いてやると、ゼルダは泣きそうな顔をしていた。

「俺も気は長くないんだが。」

さらに、素っ気なくガノンドロフが言い捨てると、ゼルダの表情が変わった。ようやく意を決したようだ。

「わかりました。あなたの言うとおり、私はリンクのことを話したかったのです。」

そこでゼルダは一度区切った。深呼吸をしている。

「ずっと……ずっと、気になっていたことがあります。第一次決戦時点で、あなたは……リンクが共存を訴えていたことをご存知でしたね?」

ゼルダは決心したと見たが、問いかけられたのは回りくどい質問。すぐに核心にたどり着きそうになく、ガノンドロフは面倒に思いながら頷いた。

「どうして、ご存知だったのですか?」

「小僧が直談判してきたからだ。そちらでもそうだったのだろう。」

ガノンドロフは億劫なのを隠さずに答える。ゼルダは俯いた。

「直談判……。では、やはり彼はあの時、本気だったのですね。危険を顧みず、そちらへ行ったくらいには……。」

それを聞いて、ガノンドロフは反射的に肩をすくめた。

「少し語弊があるな。ダークリンクには会っていたようだから、こちらへ来たことはあると考えるべきだが、俺に直談判したのはギラヒムの捕獲後だ。あいつが自ら俺の前まで来たわけではない。」

ゼルダは訝しむような眼でガノンドロフを見上げた。

「捕まえた……?リンクに何をしたのです?」

「詳細を伝えるつもりはない。捕獲については、そちらも同罪だろうとだけ言っておく。」

ゼルダは暫く動きを止めた。顔を背け、苦しそうな顔をする。

「何故それを?」

「捕らえた場所が、そちらの牢獄だったと聞いている。」

突然、ゼルダはしゃがみこんだ。両手で顔を覆っている。

「私……私!!どうしてあの時、リンクの話を聞かなかったのでしょう!?もしもあの時、彼の言葉に耳を傾けていれば、もしかしたら……!!」

これまた唐突に、ゼルダは体をビクリと震わせた。恐る恐る顔を上げる。こちらの様子を確認しているようだった。ガノンドロフが無表情でそれを眺めていると、今度は辺りをうかがっていた。やがて、ホッとしたように息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。

「お見苦しいところをお見せしました。質問にお答えいただき、ありがとうございました。」

ゼルダは一礼すると、クルリと背を向けた。どうやら、それで終えるつもりらしい。しかし、ここで終えてはわざわざこうした意味がない。そのような直感がガノンドロフにはあった。仕方なく、ガノンドロフは口を開く。

「姫君。今ならば何を言っても許してやる。言いたいことは全て吐いておけ。」

ゼルダは動きを止めた。しばらく何かを考えているようだったが、やがて、ガノンドロフの方に向き直った。

「何故、他に何かあるとお思いで?」

「勘だ。」

眉をひそめながら、ゼルダはガノンドロフを見ている。

「姫君の質問は本題ではない。そう感じた。」

ゼルダはしばらく難しい顔をしてガノンドロフを見ていた。

「……私……。私はただ、……あの時、リンクがどれだけ本気だったのかを、知りたかっただけです……。」

「何故だ?」

間髪入れずにガノンドロフは問う。ゼルダは怪訝そうな顔を崩さずガノンドロフを見つめていた。

「……何故とは?」

「小僧が本気だったかを知って、どうしたいと?」

ゼルダは押し黙った。ためらうように視線を泳がせる。

「……………。説明が、つかないのです。」

「何の説明だ?」

ゼルダはギュッと目を瞑った。

「彼が……リンクが、我々を襲った理由……この世界を、壊したいと思った理由、です……。」

ガノンドロフは目を細めた。

「もともとそういう願望があったようだが?」

「………そうですね。」

ゼルダは力なく俯く。

「そうだった、のでしょう……。」

ガノンドロフは本当に面倒だと思いながら、ため息を吐いた。

「姫君。何度も言わせるな。思うところがあるならば、全て吐け。」

ゼルダはやはり怯えた目をガノンドロフに向けた。

「……分かっているのです。私がこのようなことを考えるのは間違っていると。だから、インパは少し聞いただけで怒りました。そしてそれは、……きっとあなたも。」

「言ったはずだ。今なら許すと。」

「ですが、」

「姫君は何をそんなに悩んでいる?」

ゼルダは口元をわなわなと震わせていた。何度か口を開くが、言葉が出てこない。ガノンドロフは辛抱強く待つことにした。

「……………。私………。……リンクが、世界を……我々を、襲ったのは……私のせいではないかと、思うのです。」

ガノンドロフは眉をひそめた。その様子に気付いた風はなく、ゼルダは続ける。

「私が、彼の言葉を拒絶しなければ……彼は失望しなかったかもしれない……。世界を襲わなかったかもしれない……。そう思えてならないのです……。」

ガノンドロフは何も言わずにゼルダを眺めていた。正直、ゼルダのその思考は理解の範疇を超えていた。しかし、それを伝えるのは無粋であろう。そう判断したガノンドロフは、ただゼルダの言葉に耳を傾けた。

「ですが、皮肉なものですね。彼が全てに失望し、無に返そうと行動したら、逆に彼の希望通り、我々は和平を結んでいるのですから……。だからこそ、余計に思うのです。どうせこのような結果になるのであれば、あの時彼の言葉を聞き入れていればよかった、と。」

ゼルダは唇を噛んだ。

「……私は、リンクを見捨てたのも同然なのです。」

そこまで聞いても、ガノンドロフはゼルダの心中を察することはできなかった。いや、罪悪感と呼ばれる感情であることは推察できた。しかし、そのような感情とは、ほぼほぼ無縁の人生を歩んできた身だ。とはいえ、理解できないことを理由にこのまま放置するわけにもいくまい。さて、この状況をどうするべきか。ガノンドロフは思考を巡らせた。

「…………。一つ言えることは。」

おもむろに口を開いたガノンドロフ。ゼルダはガノンドロフに目を向けた。

「姫君の考えることが真ならば、俺も同罪だということだ。」

ゼルダは目を見開いた。

「ガノンドロフ……?」

「俺も小僧の要望を聞いていた。だが、俺は、あいつを嘲笑っただけだった。あいつを否定したのは、姫君だけではない。」

黙ったまま、ゼルダはじっとこちらを見ている。

「とはいえ、インパの怒りも分からなくはないな。それを認めてしまえば、小僧の暴挙は俺や姫君の責任となり、民は信じるべきものを失うだろう。」

ゼルダは苦しそうな顔をして小さく頷いた。

「……話を聞くだけならば、聞いてやろう。」

「え?」

ガノンドロフは肩をすくめた。

「だから、ストーカー紛いのことは辞めろ。いい加減うんざりしている。」

「なっ……!何を言いますか!ストーカーだなんてそんなこと!」

ガノンドロフはクックッと笑ってみせると、憤るゼルダを残して部屋を後にした。





ガノンドロフは自室に戻り、やれやれとため息を吐く。

“本来あれは小僧の役目のはずだぞ……面倒事を押し付けよって。”

『ですが、皮肉なものですね。』

ふと、ゼルダの言葉が甦った。

『彼が全てに失望し、無に返そうと行動したら、逆に彼の希望通り、我々は和平を結んでいるのですから……。』

ガノンドロフはじっと考え込んだ。

“今の和平は、小僧の行動の結果ということか。”

ガノンドロフは首を捻る。どういうわけか、違和感がある。何が変だと思うのか?

“皮肉なもの……。その通りだろう。小僧の理想と現実は噛み合わない。”

だが、ガノンドロフはしっくりこない。何が腑に落ちないのかを考える。

“今、小僧が望むのは、世界の破滅だ。だから、俺も姫君も襲われた。”

そこまで考えて、ガノンドロフは動きを止めた。

“……襲われた……か?”

ガノンドロフは記憶を辿った。

“トライフォースは奪われた。だが、すぐに逃亡したらしいな。俺も姫君も倒れたのだ、あの場で行動に移せば楽に事を運べただろうに。何故、小僧は何もせずに逃げた?”

ガノンドロフは眉をひそめながら思考を続ける。

“小僧の手下が現れ始めたのはその直後だ。第一次決戦時点で破壊衝動があったと考えるのが筋。そう考えると、益々逃げの一手を打った理由が分からん。普通、俺や姫君をあの場で始末する。何故殺さなかった?”

ふと、ガノンドロフは自分が出したワードにも引っ掛かりを感じた。

“殺さないと言えば。小僧の襲撃による死者はいないな。あれほどの攻撃を受けてなお、周辺の損傷も少なく、不思議に思った覚えがある。”

ガノンドロフはピタリと動きを止めた。今度は嫌な汗を感じる。

“死人が出なければ破壊もない?それが世界を壊す人間の為せる業か?”

ガノンドロフはリンクの行動を再度振り返った。そして、己であればどんな手を使うかシミュレートする。どの時点においても、もっと卑劣で残虐で、確実な方法がすぐに思い浮かんだ。逆に、リンクの取った手段は、自身は決して取らないと断言できるほど甘いものだった。

“小僧に軍師の才がなかっただけか?……いや、その説明は無理がある。俺という手本があった上、かつてあいつは容赦ない戦法も使っていた。”

ガノンドロフは腕を組んで首を傾けた。

“つまり……小僧は世界の破滅を目論んだわけではなかったと?そう考えるべきなのか?”

それは、女神陣営の多くが持つ疑惑。リンクという存在に対する願望と捨て置いていたが、近しい存在であればあるほど、その違和感に気付いていたのかもしれない。ただ、もしそれが真であるとすれば、生じる問がある。

“では何が目的だった?”

散々、多くの存在がリンクに問いかけたものである。まさか己もこの難題に達してしまうとは、と苦々しく思う一方、気が向いたので戯れに考察する。考え始めてほどなく、

『皮肉なものですね。』

ゼルダの声が再びガノンドロフの中で響いた。それに連なり、最終決戦時のリンクが想起される。

『だって、君達また対立するでしょ?』

憎たらしい顔でニコニコ笑うリンクの姿を思い浮かべ、ガノンドロフは眉間に皺を寄せた。思い起こされるその姿は、嫌味な笑みを浮かべながら、破壊活動を行うまでがセットだ。

『逆に彼の希望通り』

再びゼルダの声が聞こえると、破壊活動をしていたリンクが動きを止めた。そのままこちらに向き直る。さっきまでの妖しい笑みは消えていた。こちらを射抜くその顔は、いつか見た真剣な顔だった。

『オレは、共存をしたいんだ。』

ピタリ、とガノンドロフは動きを止めた。シーンと静まり返った部屋が、やけに痛々しい。

“もし。”

動きを止めたまま、ガノンドロフは思う。

“もしも、小僧の願いが。”

ぐわんぐわん。まるで耳鳴りがしているかのようだ。

“小僧の意志がぶれていなかったとすれば。”

ぐにゃりと世界が回る。そんな気がするほど、気が遠くなるのを感じた。

“今の世界は、皮肉なものではなく。”

何故こんなにも血の気が引いたような気分になるのか。らしくもない自分に嫌気が差す。

“小僧が願ってやまなかった世界、か……?”

その結論は、想像以上に嫌な気分にさせた。そして、リンクの置かれた立場にまで思いを馳せる。それはつまり。

“つまり小僧は。自分の願いのために、この世界のために……………自身を捨てた。”

「……理解に苦しむ。」

思わず声が出た。眉間にこれでもかというほど皺を寄せる。リンクの目的も、方法も、結末も、全く喜ばしいものと思えない。それを実行できる神経が理解不能だ。自身の全てを他者に捧げるその様は、確かに勇者であるのだろうが……本人にもたらされるのは幸福とはほど遠いもの。しかし、そう考えると、全ての辻褄が合う。あれは他者を助けるための行動で、したがって本気で襲う必要などなかったのだ。……と、そこまで考えて気付く。

“小僧は最初から勝つ気などなかった。”

ギリと唇を噛む。

“あやつ、手を抜いたな……!そして俺は、それに気づかなかった、そういうことか……!”

ガノンドロフは首を振り、邪念を振り払った。色々と思うところはあるが、それに振り回されては魔王の名が廃る。今、考えるべきは、辿り着いてしまった解にどう対応するか。まずは正誤の確認か、とうんざりしながら、その後の段取りを練った。




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