ダークリンクの苦労日記
リンクから真意を聞き、度々訪れるようになったある日。
「オイ、ダークリンク。」
廊下を歩いていると、自分を呼び止める声がした。ダークリンクが声の方を振り向くと、スタルキッドが腰に手を当てて立っていた。
「オマエ、なんでまだリンクのところに通ってる?」
スタルキッドのその声は厳しい。全てを知ったダークリンクは悲しく感じたが、リンクとの約束の手前、気を奮い立たせた。ダークリンクは鼻を鳴らして、スタルキッドに対応する。
「別にいいだろ。決まりは守ってるし。」
すると、スタルキッドはゆっくりと首を振った。
「そうじゃナイ。……まだ、信じてるのカ?」
そう問うスタルキッドの目は真剣そのものだった。ダークリンクは虚をつかれて黙り込む。このまま誤魔化していいのかと悩んだ。悩んだ結果、
「……………………あぁ。」
ダークリンクは肯定した。すると、スタルキッドの顔がひどく歪んだ。
「ダメだ。傷付くのは、オマエだゾ。」
ダークリンクは唇を噛み締める。
「そうだな。」
スタルキッドの意味することとは異なるだろうが、リンクを信じることで傷付くのは確かだった。けれども、それは自分の罪。これ以上罪を重ねないためにも、それには真摯に向き合うつもりだ。
「優しかったアイツは、もういないゾ。」
なおも言い募るスタルキッド。自分を心配してのこととは分かった。とはいえ、やはり悲しく思う。何を隠そう、スタルキッドはリンクを最後まで信じていた一人なのだ。もっと言うと、スタルキッドは初期からリンクに協力していた存在である。リンクとの間には、確かな絆があったはずなのに。それらを全て、捨ててしまおうというのか、あの勇者様は。
「……………なぁ。本当にそう思うか。」
ダークリンクは知らず知らずのうちに重くなっていた口を開いた。スタルキッドは目を揺らしながらダークリンクを眺めている。
「お前はもう、本当にあいつを信じていないのか。」
スタルキッドはすぐには答えなかった。わなわなと震えながら、スタルキッドは不安そうに立っていた。
「……オイラ達は、裏切られた。」
ポツリ、スタルキッドの回答はそれだった。
「………そうか。」
溢れる感情に蓋をし、ダークリンクはその場を後にした。
その日の夜遅く、ダークリンクの部屋にはスタルキッドがやってきていた。
「なんだよ。」
部屋を訪ねてきてから、スタルキッドはだんまりを決め込んでいた。その様子は所在ない。おそらく昼間の会話が原因だろう。だが、黙っていられては話が始まらない。だからダークリンクはスタルキッドを促した。それでもスタルキッドは、もじもじとして何も言わない。困った、とダークリンクが思った時だった。
「……オイラ、ウソ、ついた。」
唐突に、スタルキッドが言った。それだけを言われてもダークリンクとしては何のことやらさっぱり分からない。そもそも昼の会話では、スタルキッドが嘘を吐くような場面はなかったはずだ。それにしても、自分が責められる覚悟はしていたが、この流れは何だろうか。ダークリンクは正直困惑していた。だが、スタルキッドはそれに気付いてか気付かずか、話を続ける。
「確かに、リンクは裏切った。オイラ達も傷ついた。まだリンクは何も言わない。」
それは、事実だ。スタルキッドは何も間違ったことを言っていない。そしてまた続く、間。突然、スタルキッドは真っ直ぐダークリンクを見据えてきた。
「だけど、少しも信じてないワケじゃナイ。」
「…………!!」
ダークリンクは驚愕した。スタルキッドは、リンクを今も信じている、と断言したのだ。自分ができなかったからなおさら、真実を知らずして信じ続ける存在の出現に、ダークリンクは驚きを禁じ得なかった。そんな奇特な存在は、ナビィとファイだけだと思っていた。
「今のリンクは、かわいそう。みんな言ってる。」
「みんな……?」
更に続けられた言葉に、期待してしまいそうになる。スタルキッドはフンと憤慨したように鼻を鳴らした。
「……リンクをまだ信じてるのは、オマエだけじゃないゾ、ダークリンク。」
ダークリンクは特別じゃないぞ、自惚れるな。スタルキッドが言いたかったのはこういうことだろう。ダークリンクは俯き、ワナワナと震えた。
「そうか……。」
ダークリンクに湧き上がってきたのは歓喜だった。
「ダークリンク?」
スタルキッドの不思議そうな声が耳に入る。だが、ダークリンクはそれどころではなかった。
「よかった……よかったよ、本当に……。」
リンクをまだ信じている存在はいた。彼は見捨てられていなかった。自分ができなかったことを、他の誰かが続けていてくれたことがこんなにも安心することだとは思わなかった。突然、スタルキッドが視界に入る。スタルキッドがダークリンクを覗き込んでいた。
「……オマエ、本当にダークリンクか?リンクじゃ、ナイだろうナ?」
不審そうなスタルキッドの声が聞こえる。それでダークリンクは我に返った。顔を上げて体勢を元に戻す。
「は?あんなお人好しと一緒にするなよ。」
他人のためにあそこまで自分を犠牲にする気にはならない。さすがに一緒にされるのは納得がいかなかった。そこでふと思う。
「だが……その案はアリかもな。」
「エ?」
ポカン、とスタルキッドはダークリンクを見上げていた。
「俺とあいつは姿が同じ。まぁ、俺はあいつのコピーだから当然だが。姿が一緒だから、入れ替わることも可能か……。」
声に出してみると、思ったより悪くない。
「ナニ考えてる?」
スタルキッドの不安そうな声が聞こえてきた。そこで、最近考えていたことを伝える。
「……あんな扱い、いくらなんでも酷すぎだ。だから……出してやりたいんだよ、あいつを。」
スタルキッドはしばらく何も言わなかった。
「……大罪だゾ。」
やがて、真剣な声でスタルキッドは言った。
「だろうな。いや……。」
スタルキッドの指摘に、ダークリンクは同意する。しかしすぐ、考えを改めた。
「あいつを、あのままにする方が、大罪だ。」
やはりスタルキッドは何も言わない。痛い沈黙がその場に降りる。やがて、ダークリンクはニヤリと笑った。
「なんてな。冗談だ。」
スタルキッドの様子に、巻き込むべきではないと判断した。ダークリンクは笑って誤魔化すことにする。
「で?用件はそれだけか?」
ダークリンクは努めて明るい声で聞いたが、スタルキッドは何も言わない。じぃっと、ダークリンクを見つめていた。またやらかしたなと、ダークリンクは心の中で反省する。
「……本気だナ、ダークリンク。」
スタルキッドは流されてくれなかった。ダークリンクは、どう乗り切ろうか、と少し考えたが。
「あぁ。本気だ。」
開き直った。スタルキッドは目を丸くしたが、笑みをこぼした。
「ヒヒッ……誤魔化すと思った。」
「いやもう完全にばれてただろ。」
肩をすくめて見せると、スタルキッドはケラケラ笑う。
「オイラが告げ口するとか思わナイのカ?」
ダークリンクはハッと鼻で笑った。
「あいつを信じていると宣言した口で何を言う。まぁ……お前は知らない方が、後々よかったんだろうが。」
そこでダークリンクはやれやれと首を振る。だが、ここまで来たら運命共同体だろう。対してスタルキッドは、いつもの調子を取り戻したらしい。楽しそうに揺れていた。
「ついでに、使えるもんは使わせてもらおうか。」
ダークリンクは鋭い眼差しでスタルキッドを見据えた。不思議そうな顔をして、スタルキッドはダークリンクを見上げている。
「俺はあいつを脱獄させる。脱獄後、あいつが身を隠せる場所に当てがないか?」
スタルキッドはポカンとした顔をした。
「随分話が飛ぶナ。方法じゃなくて、場所カ?」
ダークリンクは頷いた。
「あぁ。脱獄自体は何とかなる。問題はその後だ。平穏に過ごせる場所を用意しておきたい。」
「……へいおん……。」
スタルキッドはしばし思考を巡らせる。だが、どうやら当てはあるらしい。比較的すぐに、うんうんと頷いた。
「いいゾ。協力してやる。」
えっへんと言わんばかりの様子でスタルキッドは言い切った。それに対して、ダークリンクは苦い顔をする。折角の申し出ではあるが、と思いながら口を開く。
「協力はいい。余計な人員を増やすとリスクになる。」
ダークリンクから出たのは断りの言葉であったが、スタルキッドに気分を害した様子はなかった。それどころか、どこか楽しそうにクスクスと笑っている。
「ヒヒッ……いいのか?場所を貸してやると言っているんだゾ。」
「は……?」
ダークリンクは固まった。それを見ながら、スタルキッドは更に楽しそうに声を立てる。
「オイラ達の家に来たらいい。きっと楽しいゾ。」
「お前の……。」
まさかの提案にダークリンクの思考が止まった。思っていた以上に具体的な提案だった。その上、スタルキッドは嫌がるどころか、進んで共犯になろうとしてくれている。それならば、と思ったが、少し考えてそれは無理な案だと気付いた。
「いや、達?論外だ。余計な人員はいらないと言っただろう。疑いたくないが、密告者が存在しないとは思えない。大体、同じスタルキッドでもあいつを恨んでいるやつだっていた。」
それに対し、スタルキッドはうんうんと真剣そうに頷く。そして、手を腰に当て、言い切った。
「モチロン、リンクにはオイラ達と同じになってもらう。知っているのはオイラとオマエだけ。」
「………なるほど。」
それならばありだ、とダークリンクは思った。スタルキッドの格好は、顔もあまりよく見えないし、姿を隠すのに適している。そして、正直魔物の数は誰も把握していないだろう。特別思い入れのある存在ならばともかく、基本的に他に無頓着なものが多い。紛れ込むのは難しくないはずだ。
「次はオマエの番だ。」
スタルキッドの声がダークリンクの思考を遮った。
「あ?」
突然の要求に、思わず低い声が出る。
「方法を、教えろ。」
「あぁ……。」
スタルキッドの要求はもっともであった。とはいえ、
「いや、具体的に何か考えているわけじゃねぇよ。」
実はダークリンクは期待されるような回答を持ち合わせていなかった。
「は?」
スタルキッドはそれ以上何も言えないようだった。ダークリンクは肩をすくめて見せる。
「ファイの言うことが正しければ、あいつは自力で脱獄できる。むしろ、何らかの手伝いは邪魔になるだろうな。」
スタルキッドは目をまん丸にした。
「……自力。……?」
そして、首をこれでもかというくらいに傾ける。
「できるなら、どうして逃げナイ?」
ダークリンクはグッと唇を噛み締めた。そして、吐き捨てるように言う。
「あいつは受け入れちまってるんだよ、現状を。これ以上見てられるか。」
すると、見るからにスタルキッドはしょんぼりした様子になった。
「………やっぱり、かわいそう、ダ。」
ダークリンクはそれに同意するように強く頷く。
「だから出してやるんだ。絶対に。」
そこで、スタルキッドは腕を組んでうーんと唸り始めた。
「ダケド、出てくるのカ?その作戦は、リンクに出る気がないと始まらないゾ。」
「そこは考えてある。確実とは言えないが。」
言葉とは裏腹に、自信たっぷりにダークリンクが言うと、スタルキッドは考えることを放棄したようだった。
「まぁいいか。決行はいつダ?」
そこでダークリンクは言葉に詰まった。気不味さから目を背ける。
「あー、……あいつ次第。」
スタルキッドがジト目になった。
「……むちゃくちゃダ。」
ダークリンクは頭をガシガシと掻く。
「仕方ないだろ。一応、明日揺さぶってみるが、あんまり期待は出来ない。」
とうとうスタルキッドは、疑うような目でダークリンクを見ていた。
「……ホントに大丈夫なのカ?」
再度ダークリンクは肩をすくめてその不信感を吹き飛ばした。
「いつスタートするか分からないが。走り出したら止まらない。準備しといてくれ。」
ダークリンクの自信満々な態度の効果か、スタルキッドは信じることにしたようだ。
「了解シタ。」
力強い返事だった。
翌日、ダークリンクはファイやナビィとリンクのもとへ向かった。その道中、
「俺は今からあいつに目茶苦茶を言う。適当に話を合わせてくれ。」
と二人に頼む。
「なーにたくらんでるの?」
ナビィが訝しむように聞くが、
「そのうち分かる。」
とダークリンクは詳しい説明をしなかった。
そして、ダークリンクはリンクに世界の危機という嘘を伝えた。しかし、リンクは興味がなさそうで、非常に反応が悪かった。
「ま、お前には関係ないか。」
“不発だ、これ。”
牢を出て、牢番から少し離れてから。ダークリンクは項垂れた。
「あまり期待していなかったとは言え……あそこまで反応悪いとは思わなかった……。」
「何がしたかったの?」
ナビィが不思議そうにダークリンクの周りを飛び回る。
「聞くな……。」
答える気力ももうなかった。こんな往来で話せる内容でもなかったが。
「……ファイの考えが当たっている可能性、65%。」
すると、至って冷静な声が、ダークリンクの鼓膜を揺らした。気が重くなるのを感じながら、ダークリンクは振り返りもせずに低い声で要求する。
「言うなよ、ぜってぇ言うな。」
ダークリンクの懇願に対し、ファイは受け入れたのか。少し間が開いた。
「……1つだけ助言を。」
やがて聞こえてきたのはダークリンクの想像したものではなかった。
「準備を怠らないことをお勧めします。」
ダークリンクは詳しく問い返そうとファイを見やったが、ファイは相変わらずの無表情をこちらに向けたかと思うと、スーッと去っていってしまった。
「あ!ファイ!!……ダークリンク、変なことだけはしないでね。」
そう言い残して、ナビィはファイを追っていった。
「………チッ。」
色々と思い通りにいかず、思わず舌打ちが出る。ダークリンクもその場を後にした。そのまま、スタルキッドのもとへ向かう。スタルキッドは突然現れたダークリンクに対して首を傾げた。
「どうした?」
苦虫を噛み潰したような顔でダークリンクは伝える。
「悪い、当てが外れた。時間がかかりそうだ。」
「そうカ。」
だが、スタルキッドに意に介した様子はなかった。そして、先程のファイの助言を受けて、ダークリンクもスタルキッドに依頼しようと口を開き、
「だが、準備はしっかり、」
「コレ。」
言っている途中でスタルキッドから何かを差し出された。それは、服一式だった。
「……マジか。」
自分がもたもたしている間に着々と準備が整っている。ダークリンクは絶句するしかなかった。
「後はオマエら次第だゾ。」
スタルキッドはやはり楽しそうに笑うと、その場を去っていった。その後、ダークリンクも念のために細々とした準備を行った。
翌日。
ダークリンクが目を覚ますと、なんだか城が騒がしい。何かあったのか?と首を傾げながら部屋を出た。目の前をいろんな奴が駆け回る。
「いたか!?」
「いない!そっちは!?」
「ダメだ!早く探さないと……!!」
なにやら騒いでいるが、寝起きの頭には上手く入ってこない。
「……何なんだ?」
ダークリンクは疑問符を浮かべながら移動する。広間に来て、険しい顔で歩くインパを見つけた。
「リンクが脱獄した!脱獄してからまだ間がないはずだ!探せ!!城から出すな!!」
突然聞こえたその言葉。それはインパが指示を出すものだったのだが、ダークリンクの思考が停止した。ゆっくり時間をかけ、じわじわと意味を理解する。
「…………は、」
ダークリンクはようやくそれだけを口に出した。あまり大きな声ではなかったはずだが、インパにその声は聞こえたらしい。すごい勢いでこちらを振り向かれた。そうかと思うと、次の瞬間には怒鳴られていた。
「ダークリンク!何ボケッとしている!!早く探せ!!」
「お、おう!」
ダークリンクは弾かれたように走り出した。同時に止まっていた思考も動き出した。
“嘘だろマジか、マジかあのお人好し……!メッチャ興味なさそうだったじゃねぇか!まさかの不意打ち!?つぅか、普通昨日の今日で出てくるか!?マジあり得ねぇ!!”
ダークリンクは走った。出てくれたのはいいが、このまま消えられたら困る。また、他の奴に先に見つけられても面倒だ。とは言え、当てはない。何か手がかりを得ようと、リンクがいた牢に向かった。
「ダークリンク。」
牢の前まで来ると、スタルキッドがいた。それを確認して、ダークリンクは足を止めた。
「時間がかかるんじゃ、なかったのカ?」
非難するスタルキッドに、ダークリンクは自分の感情を爆発させる。
「悪いな、俺も想定外だ!」
「まだいるといいナ。」
対してスタルキッドは冷静だ。イライラとダークリンクは舌打ちした。
「足止め食らってることを期待しろってか……!」
突然、スタルキッドがダークリンクの正面に立った。その目は真剣そのものだ。
「ダークリンク、こうなったらオマエが見つけるしかナイ。オマエは、コピーだと、言った。ダカラ、リンクの考えがわかる。考えろ。こんなとき、リンクはどうする?」
ダークリンクはわしゃわしゃと頭を掻きむしった。
「無理難題を……!」
焦るダークリンクに対し、やはりスタルキッドは落ち着いた様子で言った。
「早くしろ。いなくなっちゃう。……そうなっても、リンクは好きに生きるダケ、ダケド。」
心許ない様子でスタルキッドが言うのを聞き、ダークリンクは我に返った。
「それはない。あいつが出てきたのは、この世界に危機が迫ってると思っているからだ。もし嘘がバレたら、どう動くか予想できない。」
「じゃあ早く。」
今度はスタルキッドの方に焦りが感じられた。ダークリンクは深呼吸して、目を閉じる。考えろ。いや、感じろ。俺がリンクだとしたら、オレ、だったら……。
「………。…………………あ。」
なんとなく、感覚を掴み出した時、
「見つけたら連れてきて。上手く連れてくカラ。」
そう言ってスタルキッドは去っていった。その様子はすぐ意識から外れ、ダークリンクは辺りを見渡した。リンクの目に映っただろう世界を見据えながら、ダークリンクは脱獄後のリンクの動きを想像して走った。
そして無事、リンクの保護に成功した。どうにかスタルキッドに預け、ダークリンクはリンクを探す振りを始めた。……始めた、のだが。
「いたぞ!」
突然強く体を掴まれた。かなり痛い。ダークリンクは身をよじってその手を逃れると、容赦なくその犯人を殴った。それはラインバックだった。
「いってー。この!リンク!!何しやがる!!」
「ちげぇよ!!よく見やがれ!!特に色!!」
「え……。な、なんだ……ダークリンクか……。」
「なんだじゃねぇ!テメェ喧嘩売ってんのか!!」
「………ごめんなさい。」
こんなことが後2回ほどあり、とうとうダークリンクは紛らわしいからと別の任務を与えられた。
ダークリンクは大きな扉の前に立っていた。
“あー、めんどくせぇ。”
ため息を吐き、ダークリンクはその分厚い扉をノックした。中から返事が聞こえるはずがないので、さっさと扉を開ける。中にはゼルダが一人でいた。ここは玉座。ダークリンクは、トップに君臨する二人の護衛を言い渡されたのだった。
“……いやいや待てよ。一人しかいねぇじゃん?”
ダークリンクは部屋を見渡した。やはりガノンドロフはいない。
“……正直、俺はその方が気楽だけど。”
ダークリンクはゼルダに顔を戻した。ゼルダは驚愕の表情で自身を見ている。そして、どこか青白い。
“は?青白い?”
ゼルダの血の気が引いている理由を考えて、ダークリンクはがっくりと肩を落とした。
「まさかあなたまで俺をリンクだと思ってないでしょうね、ゼルダ様。」
ゼルダはビクリとした。
「ダークリンク、ですか……。」
今のダークリンクの言葉で安堵したらしい。固くなっていた表情が和らいだ。それをダークリンクは仏頂面で見ていた。
“お前まであいつか俺か見分けられねぇの?お前、ずっとあいつの隣で闘ってきたんじゃねぇのかよ……!”
「ダークリンク、何故ここへ?」
「会うやつ会うやつ、あなたみたいに俺をリンクだと勘違いするんですよ。紛らわしいからとここへ追いやられました。あ、名目はあなたの護衛なんで。何かありましたらなんなりと。」
イライラを隠さずにダークリンクは言い捨てた。すると、ゼルダは吹き出した。
「随分とふてくされてますね。」
“ちげぇよ。あいつが不憫でならないだけだ……。”
しかし、それはおくびにもださず、ダークリンクは話を変えた。
「ところで、俺はガノンドロフ様の護衛も言いつけられていたのですが、ガノンドロフ様はどちらへ?」
「ガノンドロフはリンクを探すと言って出ていきました。」
「……そうですか。」
“ま、マジかよ……!ガノンドロフ様まで探してんの!?大丈夫だろうな、スタルキッド……。”
「なんだか不服そうですね。そんなにガノンドロフがいなくて残念ですか?」
「いえ、そういうわけでは……。」
ダークリンクは固い笑みを浮かべて誤魔化すしかなかった。
夜も更けてきた頃、ようやくダークリンクは護衛任務から解放された。道すがら収集した情報によると、どうもリンクは見つからなかったらしい。ダークリンクは一人、安堵した。ただ、城内の捜索は諦めたが、外部捜索の段取りを始めているそうだ。今は変に動いて怪しまれても困る。いや、既に疑われていると考えていい。護衛をしている間に帰ってきたガノンドロフに、明らかな疑惑の目を向けられたのだ。怪しい動きはしていないはずなのに、何故こんなにも疑われているのか。理由は不明だが、状況を悪化させないためにもここは大人しく部屋に戻った方がいいだろう。そう判断して部屋への道を真っ直ぐ進んだ。その道中、
「ダークリンク、見つかったカ?」
声をかけられた。この声は……と思いながらそちらを向くと、案の定スタルキッドが立っていた。
“一度戻ってきたのか。あいつは無事なんだろうな……?”
だが、その疑問をそのままぶつける訳にはいかない。一先ず、ダークリンクは首を振って見せ、先程の問いに対する返答を口にする。
「この状態を見て、よくそんな質問ができたな。……もう城にはいないんじゃないかってみんな言ってるぞ。」
スタルキッドは神妙に頷いた。
「そっか。……少し話せるカ?」
ダークリンクは少し辺りを見渡した。今、この瞬間も見張られていると考えた方がいいだろう。これ以上スタルキッドと一緒にいるのは得策ではない。
「……難しいな。なんでだ?」
「いや、この前来た声が出ないナカマのことだったケド。忙しいなら仕方ない。オイラは森に戻ってる。」
スタルキッドは状況を察してくれたようだ。自分達だけが分かる言い回しで伝えてきた。それを聞いてダークリンクは安心する。
「悪いな。………あれ、任せたぞ。」
「分かってる。」
二人はそっと頷き合うと、別れた。
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「オイ、ダークリンク。」
廊下を歩いていると、自分を呼び止める声がした。ダークリンクが声の方を振り向くと、スタルキッドが腰に手を当てて立っていた。
「オマエ、なんでまだリンクのところに通ってる?」
スタルキッドのその声は厳しい。全てを知ったダークリンクは悲しく感じたが、リンクとの約束の手前、気を奮い立たせた。ダークリンクは鼻を鳴らして、スタルキッドに対応する。
「別にいいだろ。決まりは守ってるし。」
すると、スタルキッドはゆっくりと首を振った。
「そうじゃナイ。……まだ、信じてるのカ?」
そう問うスタルキッドの目は真剣そのものだった。ダークリンクは虚をつかれて黙り込む。このまま誤魔化していいのかと悩んだ。悩んだ結果、
「……………………あぁ。」
ダークリンクは肯定した。すると、スタルキッドの顔がひどく歪んだ。
「ダメだ。傷付くのは、オマエだゾ。」
ダークリンクは唇を噛み締める。
「そうだな。」
スタルキッドの意味することとは異なるだろうが、リンクを信じることで傷付くのは確かだった。けれども、それは自分の罪。これ以上罪を重ねないためにも、それには真摯に向き合うつもりだ。
「優しかったアイツは、もういないゾ。」
なおも言い募るスタルキッド。自分を心配してのこととは分かった。とはいえ、やはり悲しく思う。何を隠そう、スタルキッドはリンクを最後まで信じていた一人なのだ。もっと言うと、スタルキッドは初期からリンクに協力していた存在である。リンクとの間には、確かな絆があったはずなのに。それらを全て、捨ててしまおうというのか、あの勇者様は。
「……………なぁ。本当にそう思うか。」
ダークリンクは知らず知らずのうちに重くなっていた口を開いた。スタルキッドは目を揺らしながらダークリンクを眺めている。
「お前はもう、本当にあいつを信じていないのか。」
スタルキッドはすぐには答えなかった。わなわなと震えながら、スタルキッドは不安そうに立っていた。
「……オイラ達は、裏切られた。」
ポツリ、スタルキッドの回答はそれだった。
「………そうか。」
溢れる感情に蓋をし、ダークリンクはその場を後にした。
その日の夜遅く、ダークリンクの部屋にはスタルキッドがやってきていた。
「なんだよ。」
部屋を訪ねてきてから、スタルキッドはだんまりを決め込んでいた。その様子は所在ない。おそらく昼間の会話が原因だろう。だが、黙っていられては話が始まらない。だからダークリンクはスタルキッドを促した。それでもスタルキッドは、もじもじとして何も言わない。困った、とダークリンクが思った時だった。
「……オイラ、ウソ、ついた。」
唐突に、スタルキッドが言った。それだけを言われてもダークリンクとしては何のことやらさっぱり分からない。そもそも昼の会話では、スタルキッドが嘘を吐くような場面はなかったはずだ。それにしても、自分が責められる覚悟はしていたが、この流れは何だろうか。ダークリンクは正直困惑していた。だが、スタルキッドはそれに気付いてか気付かずか、話を続ける。
「確かに、リンクは裏切った。オイラ達も傷ついた。まだリンクは何も言わない。」
それは、事実だ。スタルキッドは何も間違ったことを言っていない。そしてまた続く、間。突然、スタルキッドは真っ直ぐダークリンクを見据えてきた。
「だけど、少しも信じてないワケじゃナイ。」
「…………!!」
ダークリンクは驚愕した。スタルキッドは、リンクを今も信じている、と断言したのだ。自分ができなかったからなおさら、真実を知らずして信じ続ける存在の出現に、ダークリンクは驚きを禁じ得なかった。そんな奇特な存在は、ナビィとファイだけだと思っていた。
「今のリンクは、かわいそう。みんな言ってる。」
「みんな……?」
更に続けられた言葉に、期待してしまいそうになる。スタルキッドはフンと憤慨したように鼻を鳴らした。
「……リンクをまだ信じてるのは、オマエだけじゃないゾ、ダークリンク。」
ダークリンクは特別じゃないぞ、自惚れるな。スタルキッドが言いたかったのはこういうことだろう。ダークリンクは俯き、ワナワナと震えた。
「そうか……。」
ダークリンクに湧き上がってきたのは歓喜だった。
「ダークリンク?」
スタルキッドの不思議そうな声が耳に入る。だが、ダークリンクはそれどころではなかった。
「よかった……よかったよ、本当に……。」
リンクをまだ信じている存在はいた。彼は見捨てられていなかった。自分ができなかったことを、他の誰かが続けていてくれたことがこんなにも安心することだとは思わなかった。突然、スタルキッドが視界に入る。スタルキッドがダークリンクを覗き込んでいた。
「……オマエ、本当にダークリンクか?リンクじゃ、ナイだろうナ?」
不審そうなスタルキッドの声が聞こえる。それでダークリンクは我に返った。顔を上げて体勢を元に戻す。
「は?あんなお人好しと一緒にするなよ。」
他人のためにあそこまで自分を犠牲にする気にはならない。さすがに一緒にされるのは納得がいかなかった。そこでふと思う。
「だが……その案はアリかもな。」
「エ?」
ポカン、とスタルキッドはダークリンクを見上げていた。
「俺とあいつは姿が同じ。まぁ、俺はあいつのコピーだから当然だが。姿が一緒だから、入れ替わることも可能か……。」
声に出してみると、思ったより悪くない。
「ナニ考えてる?」
スタルキッドの不安そうな声が聞こえてきた。そこで、最近考えていたことを伝える。
「……あんな扱い、いくらなんでも酷すぎだ。だから……出してやりたいんだよ、あいつを。」
スタルキッドはしばらく何も言わなかった。
「……大罪だゾ。」
やがて、真剣な声でスタルキッドは言った。
「だろうな。いや……。」
スタルキッドの指摘に、ダークリンクは同意する。しかしすぐ、考えを改めた。
「あいつを、あのままにする方が、大罪だ。」
やはりスタルキッドは何も言わない。痛い沈黙がその場に降りる。やがて、ダークリンクはニヤリと笑った。
「なんてな。冗談だ。」
スタルキッドの様子に、巻き込むべきではないと判断した。ダークリンクは笑って誤魔化すことにする。
「で?用件はそれだけか?」
ダークリンクは努めて明るい声で聞いたが、スタルキッドは何も言わない。じぃっと、ダークリンクを見つめていた。またやらかしたなと、ダークリンクは心の中で反省する。
「……本気だナ、ダークリンク。」
スタルキッドは流されてくれなかった。ダークリンクは、どう乗り切ろうか、と少し考えたが。
「あぁ。本気だ。」
開き直った。スタルキッドは目を丸くしたが、笑みをこぼした。
「ヒヒッ……誤魔化すと思った。」
「いやもう完全にばれてただろ。」
肩をすくめて見せると、スタルキッドはケラケラ笑う。
「オイラが告げ口するとか思わナイのカ?」
ダークリンクはハッと鼻で笑った。
「あいつを信じていると宣言した口で何を言う。まぁ……お前は知らない方が、後々よかったんだろうが。」
そこでダークリンクはやれやれと首を振る。だが、ここまで来たら運命共同体だろう。対してスタルキッドは、いつもの調子を取り戻したらしい。楽しそうに揺れていた。
「ついでに、使えるもんは使わせてもらおうか。」
ダークリンクは鋭い眼差しでスタルキッドを見据えた。不思議そうな顔をして、スタルキッドはダークリンクを見上げている。
「俺はあいつを脱獄させる。脱獄後、あいつが身を隠せる場所に当てがないか?」
スタルキッドはポカンとした顔をした。
「随分話が飛ぶナ。方法じゃなくて、場所カ?」
ダークリンクは頷いた。
「あぁ。脱獄自体は何とかなる。問題はその後だ。平穏に過ごせる場所を用意しておきたい。」
「……へいおん……。」
スタルキッドはしばし思考を巡らせる。だが、どうやら当てはあるらしい。比較的すぐに、うんうんと頷いた。
「いいゾ。協力してやる。」
えっへんと言わんばかりの様子でスタルキッドは言い切った。それに対して、ダークリンクは苦い顔をする。折角の申し出ではあるが、と思いながら口を開く。
「協力はいい。余計な人員を増やすとリスクになる。」
ダークリンクから出たのは断りの言葉であったが、スタルキッドに気分を害した様子はなかった。それどころか、どこか楽しそうにクスクスと笑っている。
「ヒヒッ……いいのか?場所を貸してやると言っているんだゾ。」
「は……?」
ダークリンクは固まった。それを見ながら、スタルキッドは更に楽しそうに声を立てる。
「オイラ達の家に来たらいい。きっと楽しいゾ。」
「お前の……。」
まさかの提案にダークリンクの思考が止まった。思っていた以上に具体的な提案だった。その上、スタルキッドは嫌がるどころか、進んで共犯になろうとしてくれている。それならば、と思ったが、少し考えてそれは無理な案だと気付いた。
「いや、達?論外だ。余計な人員はいらないと言っただろう。疑いたくないが、密告者が存在しないとは思えない。大体、同じスタルキッドでもあいつを恨んでいるやつだっていた。」
それに対し、スタルキッドはうんうんと真剣そうに頷く。そして、手を腰に当て、言い切った。
「モチロン、リンクにはオイラ達と同じになってもらう。知っているのはオイラとオマエだけ。」
「………なるほど。」
それならばありだ、とダークリンクは思った。スタルキッドの格好は、顔もあまりよく見えないし、姿を隠すのに適している。そして、正直魔物の数は誰も把握していないだろう。特別思い入れのある存在ならばともかく、基本的に他に無頓着なものが多い。紛れ込むのは難しくないはずだ。
「次はオマエの番だ。」
スタルキッドの声がダークリンクの思考を遮った。
「あ?」
突然の要求に、思わず低い声が出る。
「方法を、教えろ。」
「あぁ……。」
スタルキッドの要求はもっともであった。とはいえ、
「いや、具体的に何か考えているわけじゃねぇよ。」
実はダークリンクは期待されるような回答を持ち合わせていなかった。
「は?」
スタルキッドはそれ以上何も言えないようだった。ダークリンクは肩をすくめて見せる。
「ファイの言うことが正しければ、あいつは自力で脱獄できる。むしろ、何らかの手伝いは邪魔になるだろうな。」
スタルキッドは目をまん丸にした。
「……自力。……?」
そして、首をこれでもかというくらいに傾ける。
「できるなら、どうして逃げナイ?」
ダークリンクはグッと唇を噛み締めた。そして、吐き捨てるように言う。
「あいつは受け入れちまってるんだよ、現状を。これ以上見てられるか。」
すると、見るからにスタルキッドはしょんぼりした様子になった。
「………やっぱり、かわいそう、ダ。」
ダークリンクはそれに同意するように強く頷く。
「だから出してやるんだ。絶対に。」
そこで、スタルキッドは腕を組んでうーんと唸り始めた。
「ダケド、出てくるのカ?その作戦は、リンクに出る気がないと始まらないゾ。」
「そこは考えてある。確実とは言えないが。」
言葉とは裏腹に、自信たっぷりにダークリンクが言うと、スタルキッドは考えることを放棄したようだった。
「まぁいいか。決行はいつダ?」
そこでダークリンクは言葉に詰まった。気不味さから目を背ける。
「あー、……あいつ次第。」
スタルキッドがジト目になった。
「……むちゃくちゃダ。」
ダークリンクは頭をガシガシと掻く。
「仕方ないだろ。一応、明日揺さぶってみるが、あんまり期待は出来ない。」
とうとうスタルキッドは、疑うような目でダークリンクを見ていた。
「……ホントに大丈夫なのカ?」
再度ダークリンクは肩をすくめてその不信感を吹き飛ばした。
「いつスタートするか分からないが。走り出したら止まらない。準備しといてくれ。」
ダークリンクの自信満々な態度の効果か、スタルキッドは信じることにしたようだ。
「了解シタ。」
力強い返事だった。
翌日、ダークリンクはファイやナビィとリンクのもとへ向かった。その道中、
「俺は今からあいつに目茶苦茶を言う。適当に話を合わせてくれ。」
と二人に頼む。
「なーにたくらんでるの?」
ナビィが訝しむように聞くが、
「そのうち分かる。」
とダークリンクは詳しい説明をしなかった。
そして、ダークリンクはリンクに世界の危機という嘘を伝えた。しかし、リンクは興味がなさそうで、非常に反応が悪かった。
「ま、お前には関係ないか。」
“不発だ、これ。”
牢を出て、牢番から少し離れてから。ダークリンクは項垂れた。
「あまり期待していなかったとは言え……あそこまで反応悪いとは思わなかった……。」
「何がしたかったの?」
ナビィが不思議そうにダークリンクの周りを飛び回る。
「聞くな……。」
答える気力ももうなかった。こんな往来で話せる内容でもなかったが。
「……ファイの考えが当たっている可能性、65%。」
すると、至って冷静な声が、ダークリンクの鼓膜を揺らした。気が重くなるのを感じながら、ダークリンクは振り返りもせずに低い声で要求する。
「言うなよ、ぜってぇ言うな。」
ダークリンクの懇願に対し、ファイは受け入れたのか。少し間が開いた。
「……1つだけ助言を。」
やがて聞こえてきたのはダークリンクの想像したものではなかった。
「準備を怠らないことをお勧めします。」
ダークリンクは詳しく問い返そうとファイを見やったが、ファイは相変わらずの無表情をこちらに向けたかと思うと、スーッと去っていってしまった。
「あ!ファイ!!……ダークリンク、変なことだけはしないでね。」
そう言い残して、ナビィはファイを追っていった。
「………チッ。」
色々と思い通りにいかず、思わず舌打ちが出る。ダークリンクもその場を後にした。そのまま、スタルキッドのもとへ向かう。スタルキッドは突然現れたダークリンクに対して首を傾げた。
「どうした?」
苦虫を噛み潰したような顔でダークリンクは伝える。
「悪い、当てが外れた。時間がかかりそうだ。」
「そうカ。」
だが、スタルキッドに意に介した様子はなかった。そして、先程のファイの助言を受けて、ダークリンクもスタルキッドに依頼しようと口を開き、
「だが、準備はしっかり、」
「コレ。」
言っている途中でスタルキッドから何かを差し出された。それは、服一式だった。
「……マジか。」
自分がもたもたしている間に着々と準備が整っている。ダークリンクは絶句するしかなかった。
「後はオマエら次第だゾ。」
スタルキッドはやはり楽しそうに笑うと、その場を去っていった。その後、ダークリンクも念のために細々とした準備を行った。
翌日。
ダークリンクが目を覚ますと、なんだか城が騒がしい。何かあったのか?と首を傾げながら部屋を出た。目の前をいろんな奴が駆け回る。
「いたか!?」
「いない!そっちは!?」
「ダメだ!早く探さないと……!!」
なにやら騒いでいるが、寝起きの頭には上手く入ってこない。
「……何なんだ?」
ダークリンクは疑問符を浮かべながら移動する。広間に来て、険しい顔で歩くインパを見つけた。
「リンクが脱獄した!脱獄してからまだ間がないはずだ!探せ!!城から出すな!!」
突然聞こえたその言葉。それはインパが指示を出すものだったのだが、ダークリンクの思考が停止した。ゆっくり時間をかけ、じわじわと意味を理解する。
「…………は、」
ダークリンクはようやくそれだけを口に出した。あまり大きな声ではなかったはずだが、インパにその声は聞こえたらしい。すごい勢いでこちらを振り向かれた。そうかと思うと、次の瞬間には怒鳴られていた。
「ダークリンク!何ボケッとしている!!早く探せ!!」
「お、おう!」
ダークリンクは弾かれたように走り出した。同時に止まっていた思考も動き出した。
“嘘だろマジか、マジかあのお人好し……!メッチャ興味なさそうだったじゃねぇか!まさかの不意打ち!?つぅか、普通昨日の今日で出てくるか!?マジあり得ねぇ!!”
ダークリンクは走った。出てくれたのはいいが、このまま消えられたら困る。また、他の奴に先に見つけられても面倒だ。とは言え、当てはない。何か手がかりを得ようと、リンクがいた牢に向かった。
「ダークリンク。」
牢の前まで来ると、スタルキッドがいた。それを確認して、ダークリンクは足を止めた。
「時間がかかるんじゃ、なかったのカ?」
非難するスタルキッドに、ダークリンクは自分の感情を爆発させる。
「悪いな、俺も想定外だ!」
「まだいるといいナ。」
対してスタルキッドは冷静だ。イライラとダークリンクは舌打ちした。
「足止め食らってることを期待しろってか……!」
突然、スタルキッドがダークリンクの正面に立った。その目は真剣そのものだ。
「ダークリンク、こうなったらオマエが見つけるしかナイ。オマエは、コピーだと、言った。ダカラ、リンクの考えがわかる。考えろ。こんなとき、リンクはどうする?」
ダークリンクはわしゃわしゃと頭を掻きむしった。
「無理難題を……!」
焦るダークリンクに対し、やはりスタルキッドは落ち着いた様子で言った。
「早くしろ。いなくなっちゃう。……そうなっても、リンクは好きに生きるダケ、ダケド。」
心許ない様子でスタルキッドが言うのを聞き、ダークリンクは我に返った。
「それはない。あいつが出てきたのは、この世界に危機が迫ってると思っているからだ。もし嘘がバレたら、どう動くか予想できない。」
「じゃあ早く。」
今度はスタルキッドの方に焦りが感じられた。ダークリンクは深呼吸して、目を閉じる。考えろ。いや、感じろ。俺がリンクだとしたら、オレ、だったら……。
「………。…………………あ。」
なんとなく、感覚を掴み出した時、
「見つけたら連れてきて。上手く連れてくカラ。」
そう言ってスタルキッドは去っていった。その様子はすぐ意識から外れ、ダークリンクは辺りを見渡した。リンクの目に映っただろう世界を見据えながら、ダークリンクは脱獄後のリンクの動きを想像して走った。
そして無事、リンクの保護に成功した。どうにかスタルキッドに預け、ダークリンクはリンクを探す振りを始めた。……始めた、のだが。
「いたぞ!」
突然強く体を掴まれた。かなり痛い。ダークリンクは身をよじってその手を逃れると、容赦なくその犯人を殴った。それはラインバックだった。
「いってー。この!リンク!!何しやがる!!」
「ちげぇよ!!よく見やがれ!!特に色!!」
「え……。な、なんだ……ダークリンクか……。」
「なんだじゃねぇ!テメェ喧嘩売ってんのか!!」
「………ごめんなさい。」
こんなことが後2回ほどあり、とうとうダークリンクは紛らわしいからと別の任務を与えられた。
ダークリンクは大きな扉の前に立っていた。
“あー、めんどくせぇ。”
ため息を吐き、ダークリンクはその分厚い扉をノックした。中から返事が聞こえるはずがないので、さっさと扉を開ける。中にはゼルダが一人でいた。ここは玉座。ダークリンクは、トップに君臨する二人の護衛を言い渡されたのだった。
“……いやいや待てよ。一人しかいねぇじゃん?”
ダークリンクは部屋を見渡した。やはりガノンドロフはいない。
“……正直、俺はその方が気楽だけど。”
ダークリンクはゼルダに顔を戻した。ゼルダは驚愕の表情で自身を見ている。そして、どこか青白い。
“は?青白い?”
ゼルダの血の気が引いている理由を考えて、ダークリンクはがっくりと肩を落とした。
「まさかあなたまで俺をリンクだと思ってないでしょうね、ゼルダ様。」
ゼルダはビクリとした。
「ダークリンク、ですか……。」
今のダークリンクの言葉で安堵したらしい。固くなっていた表情が和らいだ。それをダークリンクは仏頂面で見ていた。
“お前まであいつか俺か見分けられねぇの?お前、ずっとあいつの隣で闘ってきたんじゃねぇのかよ……!”
「ダークリンク、何故ここへ?」
「会うやつ会うやつ、あなたみたいに俺をリンクだと勘違いするんですよ。紛らわしいからとここへ追いやられました。あ、名目はあなたの護衛なんで。何かありましたらなんなりと。」
イライラを隠さずにダークリンクは言い捨てた。すると、ゼルダは吹き出した。
「随分とふてくされてますね。」
“ちげぇよ。あいつが不憫でならないだけだ……。”
しかし、それはおくびにもださず、ダークリンクは話を変えた。
「ところで、俺はガノンドロフ様の護衛も言いつけられていたのですが、ガノンドロフ様はどちらへ?」
「ガノンドロフはリンクを探すと言って出ていきました。」
「……そうですか。」
“ま、マジかよ……!ガノンドロフ様まで探してんの!?大丈夫だろうな、スタルキッド……。”
「なんだか不服そうですね。そんなにガノンドロフがいなくて残念ですか?」
「いえ、そういうわけでは……。」
ダークリンクは固い笑みを浮かべて誤魔化すしかなかった。
夜も更けてきた頃、ようやくダークリンクは護衛任務から解放された。道すがら収集した情報によると、どうもリンクは見つからなかったらしい。ダークリンクは一人、安堵した。ただ、城内の捜索は諦めたが、外部捜索の段取りを始めているそうだ。今は変に動いて怪しまれても困る。いや、既に疑われていると考えていい。護衛をしている間に帰ってきたガノンドロフに、明らかな疑惑の目を向けられたのだ。怪しい動きはしていないはずなのに、何故こんなにも疑われているのか。理由は不明だが、状況を悪化させないためにもここは大人しく部屋に戻った方がいいだろう。そう判断して部屋への道を真っ直ぐ進んだ。その道中、
「ダークリンク、見つかったカ?」
声をかけられた。この声は……と思いながらそちらを向くと、案の定スタルキッドが立っていた。
“一度戻ってきたのか。あいつは無事なんだろうな……?”
だが、その疑問をそのままぶつける訳にはいかない。一先ず、ダークリンクは首を振って見せ、先程の問いに対する返答を口にする。
「この状態を見て、よくそんな質問ができたな。……もう城にはいないんじゃないかってみんな言ってるぞ。」
スタルキッドは神妙に頷いた。
「そっか。……少し話せるカ?」
ダークリンクは少し辺りを見渡した。今、この瞬間も見張られていると考えた方がいいだろう。これ以上スタルキッドと一緒にいるのは得策ではない。
「……難しいな。なんでだ?」
「いや、この前来た声が出ないナカマのことだったケド。忙しいなら仕方ない。オイラは森に戻ってる。」
スタルキッドは状況を察してくれたようだ。自分達だけが分かる言い回しで伝えてきた。それを聞いてダークリンクは安心する。
「悪いな。………あれ、任せたぞ。」
「分かってる。」
二人はそっと頷き合うと、別れた。
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