ダークリンクの苦労日記

突然、ダークリンクはガノンドロフの私室に来るよう指示された。ガノンドロフ直々に耳打ちされたものだから、ダークリンクは恐怖で震え上がっていた。内々でガノンドロフに呼び出される?そんなもの、いい理由なわけがない!そして、残念ながら、悪い意味で呼び出される理由に思い当たる節がありすぎる。正直行きたくなかったが、そんなことが言えるはずもなく。戦々恐々としながらガノンドロフの部屋に急いだ。ダークリンクがガノンドロフの部屋にたどり着くと、部屋の前には思いがけない存在がいた。

「お前らそこで何してんの?」

ダークリンクはその二人――ナビィとファイに話しかけた。すると、ナビィが大きく反応した。どうやら驚かせたらしい。二人の顔がこちらを向く。こちらを向いた二人の顔は、困惑したものだった。だが、ダークリンクを見て緊張を緩めたのが分かった。

「何か知らないケド、ガノンドロフに呼ばれたの。でも、入っちゃって大丈夫かなーって。」

ナビィがハキハキと答えた。だが、その声に不安が隠せていない。

「私も同じです。」

一方、ファイが返答する様子は静である。その声から感情はうかがえない。それらの回答を聞いて、ダークリンクは首を傾げた。

「俺も呼ばれたんだが……一緒に入るか?」

ダークリンクはともかく、ガノンドロフが女神陣営の主要人物を呼び出すなんてあまり聞いたことがない。しかも、自らの部屋に招き入れるなど前代未聞のレベルだろう。理由が分からないことが更に恐怖を煽る。自身も不安だが、この二人はもっと不安だろう。ダークリンクが提案すると、ナビィが飛びついてきた。

「是非お願い!」

ファイは頭を下げた。どうやら二人にとって悪い提案ではなかったらしい。ダークリンクは頷くと、ガノンドロフの部屋をノックした。返事が聞こえたので扉を開ける。

「失礼します。」

「さっさと入れ。後ろの二人も。」

ダークリンクが礼をしている傍ら、ガノンドロフが急かした。三人は慌てて中に入る。ダークリンクが扉を閉め、改めて部屋の中を確認すると、そこは執務室を小さくしたような部屋だった。ダークリンクが閉じた扉の他にも複数の扉が見えるが窓はない。逃げ場はこの後ろだけか、とダークリンクは条件反射で逃げ道の算段をつけてしまっていた。中央には大きめのソファが備え付けてあり、ガノンドロフはそこに悠々と座っている。ダークリンク同様、扉付近に留まるナビィとファイは、ガノンドロフを見据えながら用心しているようだった。

「同時に来るとは驚いたな。お前達三人に用があったから丁度よかったが。」

ガノンドロフが感心したように言った。

「どのようなご用件でしょうか。」

どこか固い声でファイが問うた。ガノンドロフはじっとこちらを見つめる。そして言った。

「……小僧をどう思う。」

ピシリ、その場の空気に亀裂が入ったような気がした。

「我々は疑われている、という解釈でよろしいでしょうか。」

ファイが至って冷静な声で問い返すと、ナビィが強く反応した。

「!?ちょっと!今さらリンクに肩入れなんてしないヨ!!何で疑われているワケ!?」

「俺まで疑われているのは心外です。」

ダークリンクも不服感を隠し切れずに物申した。すると、ガノンドロフはため息を吐いた。

「疑ってはいない。純粋にどう思うかを聞いている。」

「俺にはもう理解出来ない。それだけです。」

ダークリンクは吐き捨てるように言った。もうリンクのことなど、これっぽっちも考えたくなかった。

「そうか。……はっきり言って、お前に何か期待していた訳ではない。場合によってはこいつらに付き添いが必要になる。少しそこで待て。」

言葉少のダークリンクに対し、ガノンドロフはそれだけ言うとファイとナビィを見た。

「……それを聞いてどうされるおつもりですか。」

警戒したようにファイが聞く。

「お前達をどうこうするつもりもない。」

ガノンドロフはナビィに目を向けた。

「最近、小僧の牢に近づいているみたいだな。」

「悪い?」

挑発的にナビィは問い返した。

「決まりを守っていれば問題視しないが?」

ナビィが動揺したのが分かった。

「……っ!!私はリンクの相棒だったの!!あんな勝手なことをして!!一言ガツンと言ってやらなきゃ気がすまないワ!!」

ガノンドロフはじっとナビィを見つめていた。しばらくして、ガノンドロフは口を開く。

「小僧の行動原理に心当たりは?」

「ないヨ!!ないから聞きたいの……リンクがあんなこと望むワケ、」

「ナビィ。」

ファイに名を呼ばれ、ナビィは我に返ったらしい。ナビィは口を噤んだ。ダークリンクは胡散臭く思いながらナビィを見た。

“この妖精は何を言っている?まさかまだ、あいつを……。”

「あんなことを望むわけがない、か。……小僧の肩を持つと?」

ガノンドロフの問いに、ナビィは暫く黙っていた。だが、突然、ナビィはガノンドロフの目の前まで迫った。

「私は、この世界でまだリンクと直接会っていない。だから、今のリンクが何考えているのか分からない。だけど!」

ナビィは真っ直ぐガノンドロフを見据えた。

「リンクはすごく優しいの!!誰よりも、優しいの!!あれには絶対何か理由がある。私は、リンクを信じてる!!」

無性にイライラした。自分もそうやってリンクを信じていた。だが、希望は打ち砕かれた。そしてそれは、この妖精も同じはずだ。それにもかかわらず、まだ信じていると断言することがムカついた。ガノンドロフはじっとナビィを見つめていた。ナビィは逃げないように踏ん張っている様子だ。やがて、ガノンドロフはナビィから視線を外し、ファイを見た。それにつられて、ダークリンクもファイに目を向ける。ファイは無表情のまま、ナビィを見つめていた。

「さて、聖剣。お前はこの窮地をどうやり過ごす?」

ガノンドロフが挑発的に言うと、ファイはチラリとガノンドロフを見た。だがすぐに、その目はナビィに戻った。

「………。ここでナビィを見捨てたら、マスターが私を許さない可能性、70%……。」

「えっ?ファイ?」

ガノンドロフを睨み付けていたナビィは、ファイに向き直った。

“マジか。この流れは不味すぎないか。”

ダークリンクは冷や冷やと動向を見守った。ファイはガノンドロフに向き直った。

「最初の質問に答えます。勇者リンクはあくまでもファイのマスターであり、マスターソードの保持者として恥ずべき行動は決して行いません。ファイはナビィと同意見です。」

腸が煮えくり返るような思いがした。この二人はバカだ。アホだ。あいつを信じてもいいことなど何もないのに、まだ信じていると言う。絶望することが分かりきっているというのに。ガノンドロフの顔は僅かに驚きを表していた。

「驚いたな。そこまではっきりと断言するとは。」

ファイは胸元に手を置いた。

「……この感情を羨望と呼ぶのでしょう。ファイは、ナビィが羨ましい。僕(しもべ)ファイの正しい在り方は、いかなるときもマスターを信じること。……いえ、マスターがどのような方であるかを知っているからこそ、私は信じたい。ナビィに触発された形となりますが……マスターと旅をした経験を根拠に、ファイは断言いたします。」

ダークリンクは目を見開いた。

“おいおいおいおい!!この命知らずどもが!!”

信じるのは勝手だが、それはここで断言すべき内容ではない。ダークリンクは顔を引き攣らせて動向を見守った。ガノンドロフは無言でファイとナビィを観察していた。

「もうこうなったら開き直るヨ!私達を、どう料理する気!?」

ナビィが叫ぶと、ガノンドロフはフッと笑った。

「言っただろう。お前達をどうこうする気はないと。」

三人は固まった。ダークリンクは思う。これは誰だ。その様子を見てか、ガノンドロフはクックッと笑った。頬杖をついて言葉を続ける。

「少し気になることがあってな。1つやって欲しいことがある。」

「……何でしょうか。」

飽くまでも冷静な様子でファイが聞いた。

「小僧のところへ行き、真意を探ってこい。」

「御言葉ですが、ガノンドロフ様。」

ダークリンクは流石に黙っていられなかった。ガノンドロフを見据えて、失礼を承知で意見した。

「俺は散々あいつを問い詰めましたし、他にも様々なやつがあらゆる方法でそれを聞きました。しかし、あいつの返答はぶれなかった。この世界が嫌になったのだと。壊したくなったのだと。真意などあるわけがありません。」

ガノンドロフは無表情でダークリンクに目を向けた。

「残念だがこの任務、お前は戦力外だろうな。だが、両陣営の民が同伴しなければ小僧に面会出来ない決まりだ。お前はこいつらに付き添え、ダークリンク。だが小僧との会話に口出しするな。」

ダークリンクは理不尽に思える命令に絶句した。

「俺の命令が聞けんか?」

ガノンドロフが意地悪く聞く。

「……いえ。承知しました。」

そう言われれば、ダークリンクは受けるしかなかった。

「ちょっと待ってヨ!私達、引き受けるなんて一言も、」

「この期に及んで歯向かうか、妖精ナビィ。」

「………それは。」

ナビィは反論するが、ガノンドロフの言葉に撃沈した。

「この任務、断れる可能性5%。引き受けるしかないと判断します。」

ファイは無表情だった。何を考えているのか、うかがい知れない。

「ファイ……。」

ナビィはしょんぼりと呟いた。

「しかし、完遂できる可能性は極めて低いです。結果は期待しないでいただきたい。」

ファイの強気な言葉に、ガノンドロフは目を細めた。

「いいだろう。会話が終わったら報告に来い。」

どことなく不思議なガノンドロフの様子に首を傾げたくなるが、ダークリンク含め三人は何も言わず、リンクのもとへ向かった。



リンクのいる牢に入ると、リンクは膝を抱えて座り込んでいた。こちらを見る気配はない。ナビィとファイがリンクの牢の真ん前に行くのをよそに、ダークリンクは通路近くの壁に背を預けて様子を見ることにした。

「リンク。」

ナビィがリンクに呼びかけた。だが、リンクは身じろぎ一つしない。

「リンク。」

再びナビィが呼び掛けた。やはりリンクは動かない。

「リンク!」

当然ながら、ナビィの声がきつくなった。それでも動かないリンクは、ある意味賞賛ものだ。

「ちょっと!わざわざ来てあげたのに、顔も上げないワケ!?」

とうとうナビィが怒鳴った。それでもリンクは俯いたままだった。

「いい加減に、」

「怒りに身を任せると、話が難航する可能性95%。一度落ち着くことを推奨します。」

ナビィが更に怒鳴ろうとするのを、ファイが冷静な声で遮った。

“確かに一理あるが、これはナビィの反応が正しくね?”

「……!……ゴメン。」

ダークリンクの感想とは裏腹に、ナビィはファイに謝った。

“理解できないな。”

ダークリンクは睨むように三人を見た。

「ねぇリンク。話がしたいの。顔を上げて?」

幾分か落ち着いた声で、再びナビィがリンクに語り掛ける。だが、リンクは何も言わない。ナビィが困ったようにそわそわと動いていた。

「………。マスターが顔を上げないのは、我々を恐れているからである可能性80%。」

突然、ファイが変なことを言った。

“んなわけないだろ。”

ダークリンクは心の中で反論する。口出しを許されないことが、早くも辛くなってきた。だが、思いもよらず、リンクが顔を上げていた。

「勝手なこと言わないで。」

リンクは怒った顔をしている。すると、

「と、言えば、我々を見る可能性95%。」

ファイが澄まして言った。ダークリンクは目を丸くしてファイを見た。予想以上にファイは策士のようだ。リンクなど、鋭くファイを睨んでいる。

“ま、なんでもいいけど、早く終わらせてくれよな。”

ダークリンクは面倒に思いながら、話が終わるのを待つばかりだった。リンクは頭を掻いて腕を組み、ようやくと言うべきか、ファイとナビィを見据えた。

「話とか面倒臭いんだけど。さっさと用件言って。」

その声はこの上なく素っ気ない。だが、ナビィが懲りずに反応した。

「リンクの話が聞きたい。」

まだこの妖精はこいつと話していなかったのかとダークリンクは思った。正直、毎度毎度苛立つことしか言わないリンクの話など、もう聞きたくなかった。リンクは大きくため息をついた。

「オレの?今更何を話せって?」

「それは、」

「いや、聞いたオレが馬鹿だった。」

リンクが手を振って、ナビィを遮った。

「どうせ君達が聞きたいのも、世界を襲った理由でしょ?ホント、どいつもこいつも同じことばっかり。壊したいから実行した。それ以上でもそれ以下でもない。で、次にくる質問は、何を意図していたかだよね。何か思うところがあったんだろうって。ないってば。なんで破壊衝動に隠された意図を見いだそうとするの?世界が破滅してくれれば、後はどうでもよかったんだ。そう言うと、決まってオレらしくないとか言い出すけど、オレをなんだと思ってるの?やりたいことをやる人間に見えなかった?勝手な理想を押し付けないで。あぁ、先に言っておくと、見損なってくれて結構。大体、思い違いもいいところなんだよね。」

リンクは息つく暇なく一気に言った。これでいいでしょと言わんばかりに息を吐いている。思わずダークリンクはリンクを睨みつけた。また怒鳴り散らしてやりたいのを必死で我慢する。こちらに背を向けるナビィとファイが、どんな顔をしているのかは全く分からなかった。だが、何かを言う様子はない。

「他に聞きたいことは?」

リンクの問いにも二人は答えない。会話終了か、とダークリンクは思った。

「……目障りだ。帰って。」

リンクはまた膝を抱えて蹲った。すると、ナビィが深呼吸した。ダークリンクは耳元に手を持っていった。

「リンク。何が嫌だったの?」

予想に反して、ナビィは怒鳴らなかった。その声は震えていた。

「……全て。」

やはりリンクの声は素っ気ない。

「何もかもが嫌になったから、世界を壊そうとしたの?」

“もうやめろよ。諦めろよ。”

ナビィの泣きそうな声に、ダークリンクは辛く感じた。諦めてしまえば楽になれる。………自分のように。こいつにいつまでも幻想を抱いていても、自分が辛いだけなのだ。

「しつこいよ。そうだって言ってんでしょ。」

リンクはナビィの様子に心を痛めてもいなさそうだ。リンクの言葉はきつかった。ナビィは深く息を吸ったかと思うと、とうとう叫んだ。

「いい加減にしなさいヨ!この、最低野郎!!」

声に驚いたか、リンクが僅かに震えた。だが、ナビィをじっと見つめていたかと思えば、ニヤリと笑い、顔を伏せた。さて、この二人はいつ帰ると言うのだろうか。もうこれ以上何も望めないはずだ。だが、ナビィもファイも動かない。二人が動かないので、自分も動くわけにはいかなかった。すると、リンクが声をあげた。

「うざいんだけど。まだ何か?……………あぁ。」

リンクはしばらく俯いていたが、また顔を上げた。

「言いたいことがあるなら、どうぞ。」

そこでダークリンクは思い出した。そういえば、ナビィもファイも、リンクにほとんど文句を言っていない。まだ気は済んでいないはずだった。

“こっからしばらくかかるか……。”

ダークリンクはやれやれと思った。

「……ファイ、バトンタッチ。」

ようやくナビィが声を発したと思えば、また訳の分からないことを言う。ダークリンクは眉を顰めながら二人を見ていた。だが、

「分かりました。」

何の困惑もなくファイは頷いて了承した。そして、ファイはリンクを真っ直ぐ見据えた。

「現在、マスターが我々に怯えている可能性75%。」

“はい?”

ファイは一体何を言っているのか。リンクも予想していなかった言葉のようで、しばし固まっていた。

「……は?ファイ、何言って、」

「今の言葉が想定外であった可能性99%。また、当たっていた可能性85%。」

ようやく返事したリンクを、ファイは早口で遮った。

“何を考えているのか分かんねぇけど、そういやこいつ、策士だったっけ。”

ダークリンクは目を点にしながら思った。

「ちょ、ファイ、」

「マスターが焦っている可能性90%。」

「勝手なこと言わないで!」

突然、リンクが怒鳴った。リンクは立ち上がっている。

“え?これ、何がどうなってんだ?”

ダークリンクは流れが読めなくなってしまった。ファイは涼しい声で言葉を続ける。

「訂正。マスターは100%焦っています。」

「いい加減にして!!」

リンクはこちらへ寄ってきた。ダークリンクはハッと我に返り、警戒した。

「オレが!何で!焦らなければいけない!?」

リンクは鉄格子から手を伸ばし、ファイを掴んだ。ダークリンクは不味いと動きそうになる。しかし、まだ様子を見ろと心の声が聞こえ、かろうじて踏みとどまった。

「適当なこと言ってると、潰すよ?」

リンクは嫌みな笑みを浮かべていた。子悪魔のように小首を傾げている。ダークリンクはギリ、と歯嚙みした。

「……マスターが実行する可能性10%。」

ファイはここにきてなお、まだリンクを信じているような発言をした。

「だから、勘違いしないでよ!!」

リンクは激昂したらしく、ファイを掴んだまま、鉄格子を蹴りつけた。

“これはいくらなんでも不味いって!!”

ダークリンクは制止しようと動きかけた。しかし、

「手出ししないで。」

と、いつの間にか側に来ていたナビィに囁かれた。何故、と目で問う。

「もうちょっとなの。お願いだから。」

更にナビィに言われ、ダークリンクは渋い顔をしながらその場に留まった。何がもうちょっとなのか、さっぱり分からなかったが。ダークリンクがファイとリンクに意識を戻すと、ファイが早口で牢からの脱出手段を羅列しているところだった。

「以上を含め、何らかの脱出方法をマスターが思い浮かばない可能性0%。したがって、マスターに外に出る意思はありません。」

ダークリンクは固まった。言われてみればそうだ。リンクが脱出を図ったという事実は存在しない。

「ここにいたって、やろうと思えば、」

「そのつもりはないようですね。」

そのつもりはない、それは誰かに言ってほしかった言葉だった。

“やめろよ……また、期待してしまうじゃねぇか………!”

「いい加減に」

「マスターが泣くことを我慢している可能性98%。」

「うるさい!!」

ダークリンクは嫌な汗を感じ始めていた。リンクは今、うるさいと言った。その言い方が、肯定に聞こえた。

「出ていって!!君達の戯言に付き合うのはもううんざりだ!!馬鹿げたことを言うのはもう止めないから、他所でやって!!」

さっきまでと違って、リンクの様子が痛々しく見え始めた。

「マスターの心身が限界である可能性98%。このままではマスターの身がもちません。」

ファイが淡々と述べた。その様子が逆に、リンクには効いている気がした。

「例え君の言ってることが本当だとして!誰が気にするんだ!?諸悪の根源がいなくなって、万々歳だろう!!もう放っておいて!!」

リンクは言いながら、手を振り首を振り、全身でアピールする。ダークリンクの近くにいたナビィがリンクの方へ寄っていった。

「ナビィは気にするよ。リンクがいなくなるのは嫌だ。」

もうちょっと、ナビィはそう言った。そのもう少しが近いということだろうか。ダークリンクはハラハラしながら様子を見守る。

「お人好しだね!オレの仲間だと勘違いされても知らないから!!」

リンクは叫ぶが、こちらを一切見ようとしない。それはまるで、あの時のように。

「お人好しであるのはマスターです。このような状態でさえ、ファイ達を気遣うのですから。」

魔王軍に好き勝手されて深く深く傷ついていたのに、自分が動かなければと虚勢を張っていた、あの時と。

「気遣った覚えはない!!」

癇癪を起こしたように地面を強く踏むリンクは、重なって見えた。

「リンク。一人で一体何を抱えているの?ナビィは分かるよ。リンク、苦しんでる。」

「苦しんでなんか……っ!!」

苦しい、そうとしか聞こえなかった。リンクが歯を食い縛ったのが見て取れる。

「今の言葉が嘘である可能性99%。そもそも、マスターがここで話したことが真実である可能性5%。」

今やファイの言葉は、事実としか思えなかった。

「………!!もうホント、いい加減にしてよ!!」

“あぁ、こいつは苦しんでる。……苦しかったんだ。”

ダークリンクは胸が締め付けられるような気がした。そして思う。

“それなら、絶対理由があったはずだ。”

「じゃあ本当のことを教えてよ、リンク。ナビィこうなったら引かないの、知ってるでしょ?」

ナビィやファイは、理由がないとは微塵も考えていなかったようだ。リンクの体勢を崩せた次は、真意を聞き出そうと話を持って行った。ナビィの言葉に、リンクは半泣きの顔をこちらに向けた。だが、それは一瞬で、すぐに顔を逸らした。そうかと思えば、リンクは牢の奥で踞っていた。沈黙がその場を支配する。

“お願いだ、教えてくれ……!”

ガノンドロフの言うとおり、自分が役に立てるとは思えなかった。今までの散々たる成績を見れば明らかだ。だから、ダークリンクは祈るしかなかった。

「では、ファイの仮説を聞いていただけますか、マスター。」

しばらくして、ファイの凛とした声が響いた。

“………仮説?”

ダークリンクはポカンとしてファイを見た。

「……拒否権ないんでしょ。」

苦しそうなリンクの声がすると、ファイは居住まいを正した。

「では。マスターは我々女神軍と魔王軍の共生を推進していたようですね。」

ファイはリンクの様子をうかがいながら、話を進める。

「第一次決戦―マスターが初めて現れた戦闘を我々はこう呼びます―そこでマスターは、ゼルダ様とガノンドロフ様よりトライフォースを奪いました。そうすることにより、闘うだけの力を削ごうとした……違いますか?」

随分と昔の話だった。懐かしくすら感じる。あの時、確かにリンクは共生を謳っていた。第一次決戦を止めて見せると言ったのが、ダークリンクにとって、まともなリンクの最後の姿だった。

「だけど、闘いは収まらず、むしろ激化した。だから失望して、世界が嫌になったの?」

ナビィが質問した。リンクは深呼吸して、答える。

「…そうだよ。」

リンクの声はひどく震えていた。

“やっぱり違ったのか……!”

ダークリンクは歯軋りしながらリンクを見た。ナビィはそれを聞いて息を飲んでいる。

「……そっか。違うんだ。」

ナビィが呟くと、リンクが驚いたように目を見開いた。あれで騙せたつもりだったらしい。

「……今のリンクに隠し事は無理だヨ。」

ナビィが告げたが、リンクは押し黙ってしまった。

「ところで。女神側には多くの種族が存在します。異なる種族でありながら、大きな対立もなく、協力して暮らしてきました。それを可能にしたのは魔王の存在だと言う知識人が存在します。」

ファイが再び仮説を語り始めた。ここまで聞き、リンクが顔を青くしてファイを見た。ダークリンクは首を傾げた。一体今の話のどこに引っかかったのか?

「ガノンドロフは我々の」

「ファイ!止めて!!」

リンクはファイを遮るように叫んだ。

「共通の敵でした。」

だが、ファイは、意に介すこともなく続ける。ダークリンクはファイとリンクを交互に見た。

「お願い止めて!!それ以上」

リンクはよほど言われたくないらしい。再びこちらへ近づいてきた。

「協力を余儀なくする共通の敵で」

しかし、ファイは止まらない。そこでダークリンクも引っ掛かりを感じた。

“共通の敵……?”

「それ以上言わないで!!」

リンクは叫びながら駆けていた。

「我々の結束は確固たるものとなりました。」

「ファイ!!」

リンクはファイに手を伸ばした。しかし、ファイはふわりと後方に下がり、その手を逃れた。

「マスターはこれを狙ったのではありませんか。」

リンクは鉄格子に寄りかかり、崩れ落ちた。

「女神軍と魔王軍の共生を実現するために、世界を襲ったのではないですか?」

ダークリンクは愕然とした。どこかで聞いた話だった。

「……そんな、説、一体、どこから、持ってくるの……。止めてって……言わないでって……言ったじゃん、オレ……。」

悔しそうに、苦しそうに、リンクは言う。ナビィが優しい光を放った。

「……リンク。やっぱりリンクは、みんなのことを想ってたんだね。辛かったね。よく頑張ったね。」

「ふ、う、うわぁぁぁああ!!」

リンクは声をあげて泣いた。ダークリンクはそれを見ながら血の気が引いたのを感じた。

“俺は、こいつの願いを知っていた。誰よりもよく知っていた。しかも。”

ダークリンクは第一次決戦前の会話を思い返した。

“共通の敵とかいう案は、聞いていた。”

リンクはヒントを残していた。それにもかかわらず、自分は気付かなかった。気付けなかったことが恨めしい。己の不甲斐なさを呪った。

“その上俺は、何をした?”

泣き喚くリンクに、もらい泣きしそうになる。

“こいつを責め立て、更にこいつを傷つけた。”

リンクの言動が酷かったのは事実だが、それを良しとはしないこのお人好しが、そのことで悩んでいたのは容易に想像がつく。さらに、敗れてからは罵倒されることになった。痛くも痒くもないような顔をしていたが、きっとそんなことはなく。それに自身も加担してしまった。ダークリンクは歯を食いしばった。ここで泣くのは違う。それは絶対おかしい。こいつはこんなにも苦しんで、傷ついて、それでも泣けずにいたのに。ダークリンクはナビィとファイをうかがった。二人は優しい顔でリンクを見守っている。それと同時に、どこかホッとしたような顔をしていた。

“やっぱり相棒ってすごいんだな。”

ダークリンクは二人に倣ってリンクが泣くのを見守った。……見守ることしかできないのが、歯痒かった。



ひとしきり泣いて、リンクは落ち着いたようだが、俯いたまま顔を上げない。何故か、とダークリンクは考える。

“まさか、俺らの顔も見たくないとか?今になって?”

だが、己の仕打ちを考えれば、それもおかしくはない話だ。いよいよダークリンクが罪悪感に押しつぶされそうになったとき、

「ちゃんといるヨ。」

突然、ナビィがそんなことを言った。ダークリンクはポカンとナビィを見たが、同時にリンクが勢いよく顔を上げたのも見えた。その顔は驚愕を表していた。そこでダークリンクは悟る。

“俺達が帰ったと思ったのか……。自分に味方が、いないと思ってるんだな、こいつ……。”

胸が苦しかった。だけど、それはリンクに比べたら全然大したことがないのだろう。そう思うと、胸が張り裂けそうだった。ナビィが鉄格子をくぐり抜け、リンクの側へ行った。

“お前ずるいぞ。”

ファイからも嫉妬のような感情が漏れたのは、きっと気のせいではない。だが、リンクは仰け反って後退した。

「来ちゃダメだ!!」

ダークリンクは哀しくなる。また、自分より他者を優先しての言葉だろう。

“ナビィ、戻ってくんなよ。”

さっきの感想はどこへ行ったのやら、ダークリンクは心の中で念じた。当然、ナビィは止まることなく、リンクの目の前まで行く。

「リンク。大丈夫だヨ。」

ナビィの声掛けに、リンクは首を横に振った。

「大丈夫なの!」

ナビィが強い声で言うと、リンクはビクリと肩を震わせた。

「だけど、オレは、」

今のリンクの様子はどこまでも弱々しい。ナビィはリンクに被せるように言った。

「リンクの考えていることが正しいか、アタシ達が判断してあげる。だから、教えて?リンクがこの世界に来てから、見たこと、感じたこと、実際に行動したこと、全部。」

ここまで来たら、全部教えてほしい。ダークリンクはそう思い、心の中で全力でナビィを応援した。だが、リンクはやはり首を振る。

「じゃあ、アタシの質問に答えてヨ。リンクが目覚めたのはどんな場所だった?」

「え?」

リンクはポカンとナビィを見た。声には出さないが、ダークリンクも同様だ。すると、あろうことか、ナビィはリンクに何度もタックルし始めた。

「目覚めた場所よ、場所!アンタ、とんでもない寝坊助だったけど、一体どんな場所で起きたわけ!?」

“ね、寝坊助だったのか、こいつ……。”

ダークリンクは現状について行けず、思考が飛躍しそうになる。

「ちょっ、待っ、ナビィ!」

リンクは当然のように抗議をする。だが、

「さっさと答えなさい!」

ナビィはタックルをやめることなく、リンクに催促した。

「痛っ、わ、分かったから!えっと、オレが目覚めたのは――」

しどろもどろになっていたが、リンクはナビィの質問に答えた。ナビィは、ダークリンクも感心するような上手いコメントを入れつつ、ポンポンといいテンポで質問を投げかけた。そのやりとりで、リンクが辿った道を理解できた。

“そうか。こうやって今までのことを話させてるのか。考えたな。”

ダークリンクは舌を巻いた。話が第一次決戦辺りに差し掛かかると、リンクはナビィの質問なくして、語り始めた。隠された哀しい真実が明るみに出る。

「ゼルダやガノンドロフに負けた後、オレはトライフォースを持ったまま逃げるつもりだったんだけど。協定が結ばれた以上、もうトライフォースは力を与えてくれなくて。失敗しちゃった。……こんなことになるなら、事故に見せかけて死ぬべきだったな……。」

その言葉で説明は終了したらしい。それ以上リンクは言葉を継がない。ダークリンクは何も言えなかった。ナビィやファイも同様のようだ。呆然とリンクを見つめた。リンクの話は、衝撃的すぎた。

「オレからも質問していい?」

リンクはこう言ったかと思うと、なんともお人好しらしい考えを披露してくれた。自分はあんなにも苦しんで、傷付いていたのに、聞くことが死者がいないかだと?そして、ファイの返答でダークリンクは確信した。リンクはしっかり加減していたのだ、と。ナビィにはもう少し頑張って貰いたかったが、あんな優しい顔で宥められたら、何も言えなくなる気持ちもよくわかった。

「……ナビィ、ファイ。それとダークも。お願いがあるんだ。」

突然、リンクは真面目なトーンになった。なんだと思いながら、ダークリンクはナビィ、ファイと共にリンクに顔を向けた。

「このこと、誰にも言わないでほしい。」

「……おい、」

堪えきれず、ダークリンクは口を出した。だが、リンクはそれ以上言わせてくれなかった。

「難しいのは分かってる。こんなこと聞いちゃって、抱え込むことがどれだけ大変かも。だけど、漏れたらどうなるか、予測つかないんだ。この和平が仕組まれたものだと知られたら、もしかしたら……。」

「それはただのお前の妄想。漏れたところで何だって言うんだよ。」

顔をしかめてダークリンクは問う。

「女神軍と魔王軍はずっと敵対してきた。積もり積もったお互いへの不満は計り知れない。だけど、オレという別の憎悪対象ができた。かつてお互いに向いていた不満のベクトルは、オレに向いている。もし、オレの真意が漏れてしまったら、優しい人はオレを不満の対象から外してくれるだろう。だけど……そうしたら、その負の感情は、一体どこに行くの?」

「どこって、そんなの……消えちゃうだけでしょ?」

困惑したようにナビィが言う。

「……それなら、いいんだけどね。」

「じゃあどうなるって言うんだよ!」

イラッとしてダークリンクは叫んだ。ここまできたら、ただのネガティブ思考だ。すると、リンクはファイに目を向けた。ファイは頷く。

「もともと向いていた方向へ戻る可能性、80%……。」

ハッとしてダークリンクは言葉を失う。ナビィも同様のようだった。

「だからお願い。ここだけの秘密にしておいて。」

三人は黙り込む。リンクは正座した。何をしようとしているかは、なんとなく分かった。

「分かりました。ファイはマスターのお望みのままに。」

阻止するためだろう、ファイが早口で同意を示した。リンクはファイに向かってにっこり笑った。

「…!ありがとう。」

リンクはナビィに目を向ける。

「…分かったヨ。リンクがそこまで言うなら……。」

ナビィも、不服そうではあったが了承した。

「ありがと、ナビィ。」

リンクはやはり優しい顔でナビィに微笑みかけた。そして、リンクの目が自分を射抜く。ギクリとしたが、受け入れたくない。すると、リンクは頭を下げていた。所謂土下座というやつだ。

「お願いします。」

“あの時みたいだ。”

ダークリンクはこの世界で初めてリンクに会った時のことを思い出していた。

「…そこまでして守りたいか。」

返事なんて、聞かなくても分かっている。

「うん。」

肯定が返ってこないわけがない。すごく、泣きたくなった。

「……お前は、含まれないんだぞ、幸せになる方に。」

これが無駄な悪足掻きなのは百も承知だ。だが、抵抗しないではいられなかった。

「……我が儘で世界を襲ったオレに、幸せになる権利はないよ。」

「………!なんでまたお前はそういう……!!」

吐き気さえした。リンクの言葉はそれほど痛々しかった。

“もうそういうこと言うのやめろよ……!”

心の叫びはリンクに届かない。

「お願いします。みんなには黙っていてください。」

完全にあの時と一緒だった。だが、あの時、それを受け入れてどうなったか?

“……いいことなんて、1つもなかった。”

ダークリンクは歯軋りした。

「…顔、上げてくれ。」

せめて土下座は辞めさせようと、ダークリンクは頼んだ。

「頼むから。」

無意味だと理解しながらも、懇願した。

「お願いします。」

リンクの返事も、態度も、やはり変わらない。

「……分かった、分かったから!言わなきゃいいんだろ!!だから顔を上げろ!!」

ダークリンクは折れるしかなかった。折れてやっと、リンクが顔を上げた。その顔は憎たらしいほどニコニコと笑っていた。

「ダーク、ありがとう!」

ダークリンクは悔しさを処理しきれず、リンクから顔を背けた。

「さてと。そろそろ戻った方がいいよ。ちょっと長居しすぎたんじゃない?あぁ……ここにはもう来なくていいからね。」

リンクからとんでもないことが聞こえた。ダークリンクの感情は、一気に怒りに染まった。

「ああ゛?テメェ、さっきから勝手なことばかりぬかしてんじゃねぇぞ。」

“やっと、やっと、真意を知れた。苦しんでたお前のために……力になりたいと思ったお前のために、ようやく動けるっていうのに来るな?ふざけんな!”

ダークリンクは怒鳴りつけるのだけは堪えた。それでは、今までと変わらない。リンクに意識を戻すと、彼は困ったような顔をしていた。

「……君達がオレのせいで弾かれるなんて、見たくないんだ。」

またこいつは、とダークリンクは思う。一方で、拒絶されたわけではなかったことに安堵していた。

「大丈夫よ、リンク。その辺はアンタより上手だから。」

えっへん、と言わんばかりのナビィ。だが、リンクは気づいているだろうか。ナビィの様子に。

「いや、そもそも冒険しないで。」

リンクは頭を押さえながら言葉を探しているようだ。

「マスター。ファイ達を信じてください。大丈夫です。」

ファイも力強く言う。しかし、こちらも常とは様子が異なる。

「だけど……。」

リンクはたじたじだ。ダークリンクは二人に乗っかって声を出した。

「おーおー、こいつらにあれだけ信じて貰っといて、自分は信じないのか。不誠実な勇者だなぁ?」

正直、自分だって空元気だ。だけど、今の勇者に気付かれる心配はないだろう。

「……悪いけど、その挑発に乗るわけには」

歯を食いしばるように声を漏らすリンクに対し、ダークリンクは声のトーンを落とした。

「お前は、色々考えすぎだ。こっちのことは自分で何とかするから、心配すんな。」

できるだけ優しく聞こえるように言うと、

「……うん。」

ようやく、リンクは頷いた。

「さーて、そろそろ戻るか。」

またしてもあえて明るい声を出す。戻らなければならないことが恨めしい。だが、これ以上の長居は怪しまれるだろう。

「またな、お人好し。」

次があると、はっきりと伝える。ダークリンクはそれ以上リンクの顔を見られず、そのまま歩き出した。ナビィやファイがついてきているのを感じる。扉までたどり着いた時。

「……変なこと教えちゃって、ごめんね。」

その声は、確かに聞こえた。ダークリンクは唇を強く噛む。だが、返事をすることなく、扉を開いた。ナビィとファイも黙ったまま着いてきた。



リンクの牢を出た3人。少し歩いて、ダークリンクは壁を強く殴った。

「ふざけんな……っ!」

やり場のない怒りをもて余す。ガノンドロフのもとへ行かなければならないのは分かっているが、すぐに動けそうにない。そもそも、今行けば、ボロが出るのは火を見るより明らかだ。ふわり、優しい光が頬を照らした。

「ダークリンク。早くガノンドロフのところに行かないとまずいヨ。」

ナビィだ。そういうナビィの声も、固いと思う。ダークリンクは一呼吸置いて答えた。

「分かってる。だけど、少し待ってくれ。」

頬に当たる光が軽く揺れた。

「……まぁ、気持ちはわかるケド。」

突然、衝撃が来た。衝撃に耐えられず、ダークリンクは倒れ込む。

「ふぁ、ファイ!?いきなりどうしたの?」

どうやらファイに何かされたらしい。今の感触から考えて、飛び膝蹴りでも喰らったか。ダークリンクがファイに目線を向けると、ファイはふわりと元の体勢に戻るところだった。

「……なぁ。喝を入れるのにそんな手荒なことしなくても良くね?」

起き上がる気力もなく、ダークリンクは横になったまま抗議した。

「違います。」

ファイは無表情でダークリンクを見下ろしていた。

「ファイは怒っています。」

“……だろうな。そうに決まってるだろ。”

ダークリンクは心の中で毒ついた。この世界でリンクに最も接触していたのは自分で。リンクの願いをよくよく聞いていたのは自分で。気付けたとしたら自分だけだったのに。気付かなかった。助けてやれなかった。それどころか、強く強く責め立て……見捨てた。

「……一応聞くけど、なんで?」

ダークリンクは項垂れたまま、声を絞り出した。

「おや、心当たりがおありですか。私は、マスターに土下座をさせたことを怒っているのですが。」

ダークリンクはポカンとファイを見た。てっきりリンクを見捨てたことなどなどを言われると思っていたのだが、ファイの回答は予想外だった。

「……私の怒りの理由を正しく予測していなかった可能性95%。」

「悪かった。」

ファイの冷たい声に、謝罪が出たのは反射だった。

「そもそも、マスターの土下座を予測出来なかった可能性10%。最終的にダークリンクがマスターの要望を受け入れない可能性2%。それにもかかわらず、あなたはなかなか同意せず、マスターに土下座を続けさせた。」

「ごめんなさい。」

しばらく沈黙。

「ところで、魔王のところへ行くだけの気力は戻りましたか。」

痛い沈黙を破ったファイの言葉は、これ以上なく唐突だった。ダークリンクはしばらく固まった。

“まさか今のって、俺の気を紛らわせるためだったりする?むしろ落ち込んでますけど!?”

だが、そんなことを言えるわけもなく。

「あ、あぁ……。行くか。」

ダークリンク達はガノンドロフの部屋に向かった。……向かうことが、できていた。



「会話終了後に来いと言ったはずだが。」

ガノンドロフの部屋に入るなり飛んできた言葉。ガノンドロフは肘掛けに頬杖をついて、その顔ははっきりと、待ちくたびれた、と言っている。側にギラヒムもいて、胡散臭そうな顔でこちらを見ていた。

「マスターとの対面は衝撃が大きく、時間がかかりました。」

ファイは臆することもなく、淡々と述べた。ガノンドロフの目がファイに向かう。

「……結果は。」

「期待しないでいただきたい、と申した次第です。」

ガノンドロフの短い問いに、端的に答えるファイ。ガノンドロフは次にナビィに目を向けた。

「ホント、一度言い出したら聞かないんだから!あの、頑固者!!ヒトの気も知らないで!!」

ガノンドロフの無言の問いに、ナビィはプンプンと言ってのける。

“すげぇな、こいつら。”

ダークリンクは感嘆しながら近くに棒立ちになっていた。どう誤魔化す気かと思っていたが、ここまで嘘が全くない。二人の様子を眺めながら思わず気が抜けていたが、当然のようにガノンドロフの目がこちらに向いた。ダークリンクは内心ギクリとして目を逸らした。

「俺を戦力外だと言ったのは、ガノンドロフ様ですよ。」

実は用意していた解答を述べる。三人ともが問いに答えたが、質問者に何かを言う気配がなかった。痛い沈黙がその場を支配する。

“な、何だよ……今の返答におかしなところなんて無かっただろ……!?”

ダークリンクは心の中で叫びを上げたが、緊張感漂う空気に変化はない。恐る恐るダークリンクがガノンドロフを盗み見ると、ガノンドロフはこちらをじっと見つめていた。だが、一体何を考えているのか、皆目検討がつかない。

「……そうか。無駄足だったか。」

長い長い沈黙の末、ようやくガノンドロフはそう言った。どんな反応が返ってくるのかと肝を冷やしていたが、ガノンドロフがあっさりと三人の言い分を認めたので、ダークリンクは人知れずホッとする。

「ご苦労。散っていいぞ。」

ガノンドロフの許しの下、三人は部屋をそそくさと退出したのだった。



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