ダークリンクの苦労日記
散々なぶられて、ダークリンクはボロボロだった。スタルキッドと話した後、ダークリンクは捕らえられ、拷問を受けた。向こうは事情聴取とか言っていたが、あんなの拷問だ。女神軍との共生とはどういうことか、何を企んでいる、などと問われたが、否定も説明も許されなかった。ただただ痛めつけられて、ダークリンクの心はぽっきりと折れていた。リンクの頼みなんてもう知らない。ちょっとスタルキッドに声をかけただけでこれだ。大体、自分だって強く望んでいたわけではない。ちょっと魔が差したレベルだ。だが、声が出る隙に必死に否定しても聞き入れてもらえず、散々苦しめられた。どれほどの時間いたぶられていたのか、分からない。このまま殺されるかもしれないと思った頃、ようやく、責めの手が緩められた。だが、もうぐったりとして、動けない。何かを考えるのも億劫だ。本当は意識を飛ばしたいくらいなのだが、それをすればまた酷くやられるのは目に見えている。必死に意識を繋げていた。
それからどれだけの時間が経っただろうか。意識を繋ぐのも限界になってきた時、扉の開く音がした。沈みかけていた意識を全力で繋ぎ止める。ギィィと鳴るそれが良い音なのか、悪い音なのか判断出来ない。扉の方を確認したいが、動くこともままならなかった。ぐったりと横たわったままではあるが、体をこわばらせて次に起こることを待つ。突然、鎖を強く引っ張られ、乱暴に立たされた。思わず呻くが、加減してくれる様子はない。やっとのことで薄く目を開けると、確かザントとかいうガノンドロフの側近がいた。顔がニヤニヤしているのを確認した直後、強く鎖を引っ張られる。ダークリンクはされるがままになるしかなかった。そのまま移動しようとしているようだ。ダークリンクは着いていかざるを得なかったが、歩く元気などない。ほとんど引き摺られる形でどこかへ連れていかれた。多数の魔物の側を通り、見世物のようになっていたが、それに気づくほどの思考力さえなくなっていた。だが、大勢の魔物が集まる大きな部屋に着いた時、それがガノンドロフの面前だと悟った。
“殺される……!”
急に動くようになった思考はそう結論を出した。今まで全く力が入らなかったのに、これが火事場の馬鹿力というのか、抵抗しようと踏ん張る。しかし、それは大した抵抗ではなかったようで、あっけなく中央と思われる場所に投げ出されてしまった。床に強く叩きつけられ、痛みで動けない。それでもなんとか目を開けると、驚いた顔をしたリンクが目に入った。こいつのせいで、と思わなくはなかったが、なんだか気まずい。依頼を完全放棄することを決めた後ろめたさかもしれない。何にせよ、ダークリンクはリンクの澄んだ眼を見ていられず、すぐに目を逸らした。
「こいつも同じようなことを言っていたという情報があってな。拷問にかけたが、一向に認めない。だが、同じことを言う小僧が現れては、否定も出来まいな?ダークリンク?」
ガノンドロフの冷たい声が響き、ダークリンクはゾッとした。
「違います……!女神軍との共生なんてどうでもいい!そんなの俺だってお断りです!信じてください……!」
必死に懇願した。リンクが側にいることなどすぐに頭から抜けた。このままでは、自分は助からない。どうにかして信じてもらわなければならない。
「この人、君達の仲間なんじゃないの?こんな酷いことをするなんて。」
突然、とんでもない言葉が聞こえた。隣にいるリンクからだ。
“ふ、ふざけんな……!お前が変なこと言ったら、信じてもらえるもんも信じてもらえなくなる……!”
既に窮地に追い込まれているのに、止めを刺されてはかなわない。だから、リンクに向かってダークリンクは叫んだ。
「ば、馬鹿野郎!余計な事言うなっ!!」
しかし、リンクはこちらを全く見ようとしない。ガノンドロフに向かって言葉を続ける。
「ダークリンクはそこそこ実力あったから、地位も高いのかと思っていたけど。違ったのかな。それとも、地位とか関係ない?」
“こいつ、俺を売る気か……!?”
それならば、リンクを放置するわけにはいかない。
「いい加減にしろっ!!」
ダークリンクはリンクを黙らせるべく、掴みかかった。だが、鎖を引っ張られ、リンクに手が届く前に引き戻された。しかし、そんなことに構っている場合ではない。ダークリンクはもがく。そんな折、リンクがこちらを見た。
「ごめんね。君なら大丈夫だと思ったんだ。」
“嘘、だろ………!”
ダークリンクはリンクをまじまじと見た。今の言葉が信じられない。信じたくない。しばらく思考が停止したままリンクを見つめていた。やがて、ゆっくりと目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
“終わった。”
これを絶望というのだろう。己をここまで追い込んだリンクを恨む気にもならない。全てがここまでのように感じた。だから、次のリンクの言葉は衝撃的だった。
「オレ、上手くなりすませてたみたいだね。ダークリンクを選んだ最大の理由は、オレと同じ姿だったことだけど、まさかここまで騙されてくれると思わなかった。」
ダークリンクは、いつの間にか下がっていた顔をガバッと上げ、再びリンクを見た。リンクはもうこちらを見ておらず、ガノンドロフの方を向いている。ダークリンクは穴が開くかと思うほどリンクを見つめた。思考が全然上手く働かない。今、この勇者は一体何を言ったのか?
“なりすます?騙す?誰を?なんで?つぅかいつ?いや待て何の話だ?”
色々考えてはみるが、混乱している頭では深みに嵌まっていくばかりだ。混乱が混乱を呼び、ダークリンクの思考がカオスと化した頃、
「お前は下がれ、ダークリンク。」
と、ガノンドロフの冷たい声が聞こえた。その声で我に返る。いつの間にか首元の鎖がなくなり、自分は自由の身になっていた。ダークリンクは、それを理解すると、慌てて一礼し、そそくさとその場を去った。
ガノンドロフの面前から逃れ、適当な場所に身を隠した。座り込んで我が身を抱きしめる。まだ心臓がバクバクしている。気が動転して、どうにかなりそうだ。ダークリンクは何度も深呼吸し、大丈夫だと言い聞かせた。深呼吸の回数が3桁になる頃、ようやく気分が落ち着いてきた。手をほどき、ぼんやりと天を仰ぐ。
「……助かった……。」
口からポロリとこぼれ落ちたこの言葉によって、現実味が一気に増した。先程までは宙に浮いている気分だったが、しっかりと地面に足をつけられたように感じる。自分はもう、大丈夫だ。馬鹿げたことをしなければ、拷問を受けることも、絶望を味わうこともないだろう。あの馬鹿なオリジナルはどうするのか知らないが。そこまで考えて、そのオリジナル、リンクの存在を思い出した。
“あいつ、何で居たんだ?”
そういえば、リンクがあの場にいた理由を知らない。だが、すぐにダークリンクは首を振った。
“止めだ止め。あんなやつのこと気にしてたら、今度こそ殺される。さっきのはマジでもう勘弁。大体、全部あいつのせいだし。あんな依頼さえなければ、俺はあんな目に合うこともなかった。今回は運良く助かったが、”
そこでダークリンクの思考はストップする。しばらくまばたきを繰り返した。
“運良く……?なんで助かったんだ、俺?”
ダークリンクは先程のことを思い返した。ガノンドロフの声は非常に冷たく……今思い出しても恐怖しかない。思わず、ダークリンクは身を震わせた。思い返すのを中断したい気持ちを押し殺し、記憶を辿る。
“あの馬鹿が変なこと言い出したんだったな、そういえば。”
嫌なことを思い出した、とダークリンクは盛大に顔をしかめた。
“俺を庇ったら逆効果だってのに。まるであいつの仲間みたいじゃねぇか。しかも謝罪とかふざけんな。俺が裏切ってた証拠に他ならねぇ。”
ダークリンクは首を傾げた。
“それで何で俺、助かってるんだ?謝罪された後、は……。”
そこで絶望という感情を味わったのは覚えている。その後のことは絶望しすぎてあまり分からなかったような。
“……あいつ、滅茶苦茶変なことを言ったんだ。確か……。”
ダークリンクは一生懸命になって記憶を掘り起こした。
『オレ、上手くなりすませてたみたいだね。ダークリンクを選んだ最大の理由は、オレと同じ姿だったことだけど、まさかここまで騙されてくれると思わなかった。』
なんとか、ダークリンクはリンクの言葉を再生することに成功した。そして、首を傾げる。
“……思い出したが、やっぱり謎だ。あいつ、いつ俺になりすましてたんだよ。ってか、だったら俺に頼まなくても、”
再びダークリンクは思考停止する。ある可能性に思い至り、激しく首を振った。
“有り得ねぇ有り得ねぇ有り得ねぇ!あってたまるか!!”
別の可能性を捻り出そうと頭を回転させる。
“本当はもともと俺になりすまして魔王軍内に入り込んでいたんだ。だから、………いや、俺以外に俺がいたなんて聞いてねぇ。つぅか、あの戦闘時の様子からしてそれはない。じゃあ、俺に頼んでからなりすました?だから捕まって……なわけないな。だったら何で俺が疑われたんだよ。大体、罪状はスタルキッドと話してた一回だけだぞ。”
だが、どう考えても別の可能性は思い浮かばない。認めざるを得なくなり、さっきとは違う意味で悪寒がした。
“つまり、こういうことか?俺は……あいつに助けられた。”
はっきりとその可能性を認識し、ダークリンクは息をのんだ。その事実はダークリンクに重くのしかかった。
“俺は、依頼を放棄してんだぞ。お前の目の前でお前の願い、全否定したんだぞ。それなのになんで……。”
ダークリンクは下を向いた。
“やっぱわかんねぇ。あいつの考えることなんか。”
ダークリンクは視線を彷徨わせた。そわそわと落ち着きなく手を動かす。
“そういえば、あいつも窮地だよな。俺のことなんか助けてる場合じゃなかったはずだ。……なんとかなるよな?そういうことは慣れてるよな、あいつ。”
だが、それに気付くと気が動転してきた。手を動かすだけでは誤魔化しきれず、足も動かす。
“……っ!あーもう!”
いてもたってもいられなくなり、ダークリンクは様子を見に行くことにした。こそこそと先程の大広間に戻る。大広間に忍び込むと、影の中に入り込んで、様子が分かる場所を探した。部屋に忍び込む前から、嫌な音が立て続けにしている。何の音か分からなかったが、知りたくない気がした。だが、ようやく中央、先程己やリンクがいた場所が見えて、音の正体を知ると共に吐き気がした。その正体とは、リンクが暴行を受ける音だった。はっきり言って、自身の拷問時よりひどい。
“何でだよ……!なんでお前はまだそこにいるんだよ!?どうしてそんなことになってんだ!!”
身を震わせながら、目の前の光景を見つめる。助けてやりたいが、自分ではどうにも出来ない。そもそもあんなところに行く勇気すらなかった。いろんなやつが入れ替り立ち替りリンクに手を下している。
“やめろ、やめてくれ!つぅか、お前はなんで抵抗しない!?まだ動けるだろ!!さっきの攻撃だって見えただろ!避けろよ!避けてくれ!!なんとかして逃げ出せよ……!!ってかもう、許してやってくれ……!!”
心の中で叫び、願うが、誰にも届かない。苦しすぎてとうとう見ていられなくなり、ダークリンクはそこから視線を外した。すると、ガノンドロフとギラヒムと呼ばれる側近が目に入った。この二人は暴行に加わらず、様子を眺めている。ガノンドロフは薄ら笑いを浮かべながら楽しそうに見ているが、どうやらギラヒムはそうではないらしい。何故ギラヒムが不服そうにしているのかを考える。
“……まさか、あいつを心配してる?”
ダークリンクはそう思ったが、すぐに楽観的過ぎだと思い直した。ギラヒムはあくまでもガノンドロフの側近であるし、残虐なことで有名だ。自身の拷問者として現れなかったことに安堵するくらいには悪名高い。では、何が不満なのか。ダークリンクは注意深くギラヒムを観察した。ギラヒムは腕を組み、苛立たしげに足先を動かしている。ふと、指先が不思議な動き方をしていることに気づいた。
“あれは何を意味している?”
首を傾げた時、リンクへの暴行が目に入ってしまった。ゾッとしたが、それがヒントになった。
“あの手の動き……あいつへの攻撃と連動してる……。操っている……ってわけじゃなさそうだな。そうすると答えは……。”
ダークリンクは身の毛がよだつ思いがした。
“参加したいんだ……。ギラヒムなんかにやられたら……か、考えたくもねぇ!おい、馬鹿!!今のうちに逃げ出さねぇとマジでやばい!”
ダークリンクがそう思った直後、ガノンドロフがトントンと音を出した。その音で、リンクへの暴行が止まる。だが、リンクはぐったりとして動かない。
“馬鹿、馬鹿……!もう今しかねぇぞ……!早く逃げろ……!!”
リンクは苦しそうに息をしている。目を閉じてはいるが、意識はあるようだ。ダークリンクは、リンクが逃げるように祈った。しかし、リンクはもう限界だったらしい。力が抜けきったのが分かった。
“そんな……!!”
ダークリンクは目を見開いた。リンクの生死すら分からない。それが、息苦しく感じるほど辛かった。
「散れ。ギラヒムは残れ。」
ガノンドロフが命じた。ビクリとしてダークリンクはガノンドロフを見た。ガノンドロフは無表情になっていた。ガノンドロフの言葉で、リンクを囲んでいたやつは満足した顔で部屋を出ていった。
「魔王様……?」
ギラヒムが不思議そうな顔をして、ガノンドロフの側に膝をつく。すると、ガノンドロフはフッと笑った。
「そいつはくれてやる。連れてきた褒美だ。下僕にするなり、サンドバッグにするなり、好きにしろ。」
それを聞いたギラヒムは顔を綻ばせた。
「………!ありがとうございます。」
嬉々としてギラヒムはリンクに歩み寄った。ギラヒムはリンクを雑につまみ上げる。リンクが僅かに息をしているのが確認できた。だが、ダークリンクがホッとしたのも束の間、ギラヒムはパチンと指を鳴らした。聞き慣れない音に思わず耳を塞いでしまう。慌てて現場を確認したが、もうそこに二人はいなかった。
“……ま、まじか。ギラヒムか。これは助けられないぞ……。”
こんなことでも絶望できるのだとダークリンクは思った。己に出来ることは、状況把握が限界だ。ガノンドロフに気付かれないうちに、自身も撤退した。
.
それからどれだけの時間が経っただろうか。意識を繋ぐのも限界になってきた時、扉の開く音がした。沈みかけていた意識を全力で繋ぎ止める。ギィィと鳴るそれが良い音なのか、悪い音なのか判断出来ない。扉の方を確認したいが、動くこともままならなかった。ぐったりと横たわったままではあるが、体をこわばらせて次に起こることを待つ。突然、鎖を強く引っ張られ、乱暴に立たされた。思わず呻くが、加減してくれる様子はない。やっとのことで薄く目を開けると、確かザントとかいうガノンドロフの側近がいた。顔がニヤニヤしているのを確認した直後、強く鎖を引っ張られる。ダークリンクはされるがままになるしかなかった。そのまま移動しようとしているようだ。ダークリンクは着いていかざるを得なかったが、歩く元気などない。ほとんど引き摺られる形でどこかへ連れていかれた。多数の魔物の側を通り、見世物のようになっていたが、それに気づくほどの思考力さえなくなっていた。だが、大勢の魔物が集まる大きな部屋に着いた時、それがガノンドロフの面前だと悟った。
“殺される……!”
急に動くようになった思考はそう結論を出した。今まで全く力が入らなかったのに、これが火事場の馬鹿力というのか、抵抗しようと踏ん張る。しかし、それは大した抵抗ではなかったようで、あっけなく中央と思われる場所に投げ出されてしまった。床に強く叩きつけられ、痛みで動けない。それでもなんとか目を開けると、驚いた顔をしたリンクが目に入った。こいつのせいで、と思わなくはなかったが、なんだか気まずい。依頼を完全放棄することを決めた後ろめたさかもしれない。何にせよ、ダークリンクはリンクの澄んだ眼を見ていられず、すぐに目を逸らした。
「こいつも同じようなことを言っていたという情報があってな。拷問にかけたが、一向に認めない。だが、同じことを言う小僧が現れては、否定も出来まいな?ダークリンク?」
ガノンドロフの冷たい声が響き、ダークリンクはゾッとした。
「違います……!女神軍との共生なんてどうでもいい!そんなの俺だってお断りです!信じてください……!」
必死に懇願した。リンクが側にいることなどすぐに頭から抜けた。このままでは、自分は助からない。どうにかして信じてもらわなければならない。
「この人、君達の仲間なんじゃないの?こんな酷いことをするなんて。」
突然、とんでもない言葉が聞こえた。隣にいるリンクからだ。
“ふ、ふざけんな……!お前が変なこと言ったら、信じてもらえるもんも信じてもらえなくなる……!”
既に窮地に追い込まれているのに、止めを刺されてはかなわない。だから、リンクに向かってダークリンクは叫んだ。
「ば、馬鹿野郎!余計な事言うなっ!!」
しかし、リンクはこちらを全く見ようとしない。ガノンドロフに向かって言葉を続ける。
「ダークリンクはそこそこ実力あったから、地位も高いのかと思っていたけど。違ったのかな。それとも、地位とか関係ない?」
“こいつ、俺を売る気か……!?”
それならば、リンクを放置するわけにはいかない。
「いい加減にしろっ!!」
ダークリンクはリンクを黙らせるべく、掴みかかった。だが、鎖を引っ張られ、リンクに手が届く前に引き戻された。しかし、そんなことに構っている場合ではない。ダークリンクはもがく。そんな折、リンクがこちらを見た。
「ごめんね。君なら大丈夫だと思ったんだ。」
“嘘、だろ………!”
ダークリンクはリンクをまじまじと見た。今の言葉が信じられない。信じたくない。しばらく思考が停止したままリンクを見つめていた。やがて、ゆっくりと目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
“終わった。”
これを絶望というのだろう。己をここまで追い込んだリンクを恨む気にもならない。全てがここまでのように感じた。だから、次のリンクの言葉は衝撃的だった。
「オレ、上手くなりすませてたみたいだね。ダークリンクを選んだ最大の理由は、オレと同じ姿だったことだけど、まさかここまで騙されてくれると思わなかった。」
ダークリンクは、いつの間にか下がっていた顔をガバッと上げ、再びリンクを見た。リンクはもうこちらを見ておらず、ガノンドロフの方を向いている。ダークリンクは穴が開くかと思うほどリンクを見つめた。思考が全然上手く働かない。今、この勇者は一体何を言ったのか?
“なりすます?騙す?誰を?なんで?つぅかいつ?いや待て何の話だ?”
色々考えてはみるが、混乱している頭では深みに嵌まっていくばかりだ。混乱が混乱を呼び、ダークリンクの思考がカオスと化した頃、
「お前は下がれ、ダークリンク。」
と、ガノンドロフの冷たい声が聞こえた。その声で我に返る。いつの間にか首元の鎖がなくなり、自分は自由の身になっていた。ダークリンクは、それを理解すると、慌てて一礼し、そそくさとその場を去った。
ガノンドロフの面前から逃れ、適当な場所に身を隠した。座り込んで我が身を抱きしめる。まだ心臓がバクバクしている。気が動転して、どうにかなりそうだ。ダークリンクは何度も深呼吸し、大丈夫だと言い聞かせた。深呼吸の回数が3桁になる頃、ようやく気分が落ち着いてきた。手をほどき、ぼんやりと天を仰ぐ。
「……助かった……。」
口からポロリとこぼれ落ちたこの言葉によって、現実味が一気に増した。先程までは宙に浮いている気分だったが、しっかりと地面に足をつけられたように感じる。自分はもう、大丈夫だ。馬鹿げたことをしなければ、拷問を受けることも、絶望を味わうこともないだろう。あの馬鹿なオリジナルはどうするのか知らないが。そこまで考えて、そのオリジナル、リンクの存在を思い出した。
“あいつ、何で居たんだ?”
そういえば、リンクがあの場にいた理由を知らない。だが、すぐにダークリンクは首を振った。
“止めだ止め。あんなやつのこと気にしてたら、今度こそ殺される。さっきのはマジでもう勘弁。大体、全部あいつのせいだし。あんな依頼さえなければ、俺はあんな目に合うこともなかった。今回は運良く助かったが、”
そこでダークリンクの思考はストップする。しばらくまばたきを繰り返した。
“運良く……?なんで助かったんだ、俺?”
ダークリンクは先程のことを思い返した。ガノンドロフの声は非常に冷たく……今思い出しても恐怖しかない。思わず、ダークリンクは身を震わせた。思い返すのを中断したい気持ちを押し殺し、記憶を辿る。
“あの馬鹿が変なこと言い出したんだったな、そういえば。”
嫌なことを思い出した、とダークリンクは盛大に顔をしかめた。
“俺を庇ったら逆効果だってのに。まるであいつの仲間みたいじゃねぇか。しかも謝罪とかふざけんな。俺が裏切ってた証拠に他ならねぇ。”
ダークリンクは首を傾げた。
“それで何で俺、助かってるんだ?謝罪された後、は……。”
そこで絶望という感情を味わったのは覚えている。その後のことは絶望しすぎてあまり分からなかったような。
“……あいつ、滅茶苦茶変なことを言ったんだ。確か……。”
ダークリンクは一生懸命になって記憶を掘り起こした。
『オレ、上手くなりすませてたみたいだね。ダークリンクを選んだ最大の理由は、オレと同じ姿だったことだけど、まさかここまで騙されてくれると思わなかった。』
なんとか、ダークリンクはリンクの言葉を再生することに成功した。そして、首を傾げる。
“……思い出したが、やっぱり謎だ。あいつ、いつ俺になりすましてたんだよ。ってか、だったら俺に頼まなくても、”
再びダークリンクは思考停止する。ある可能性に思い至り、激しく首を振った。
“有り得ねぇ有り得ねぇ有り得ねぇ!あってたまるか!!”
別の可能性を捻り出そうと頭を回転させる。
“本当はもともと俺になりすまして魔王軍内に入り込んでいたんだ。だから、………いや、俺以外に俺がいたなんて聞いてねぇ。つぅか、あの戦闘時の様子からしてそれはない。じゃあ、俺に頼んでからなりすました?だから捕まって……なわけないな。だったら何で俺が疑われたんだよ。大体、罪状はスタルキッドと話してた一回だけだぞ。”
だが、どう考えても別の可能性は思い浮かばない。認めざるを得なくなり、さっきとは違う意味で悪寒がした。
“つまり、こういうことか?俺は……あいつに助けられた。”
はっきりとその可能性を認識し、ダークリンクは息をのんだ。その事実はダークリンクに重くのしかかった。
“俺は、依頼を放棄してんだぞ。お前の目の前でお前の願い、全否定したんだぞ。それなのになんで……。”
ダークリンクは下を向いた。
“やっぱわかんねぇ。あいつの考えることなんか。”
ダークリンクは視線を彷徨わせた。そわそわと落ち着きなく手を動かす。
“そういえば、あいつも窮地だよな。俺のことなんか助けてる場合じゃなかったはずだ。……なんとかなるよな?そういうことは慣れてるよな、あいつ。”
だが、それに気付くと気が動転してきた。手を動かすだけでは誤魔化しきれず、足も動かす。
“……っ!あーもう!”
いてもたってもいられなくなり、ダークリンクは様子を見に行くことにした。こそこそと先程の大広間に戻る。大広間に忍び込むと、影の中に入り込んで、様子が分かる場所を探した。部屋に忍び込む前から、嫌な音が立て続けにしている。何の音か分からなかったが、知りたくない気がした。だが、ようやく中央、先程己やリンクがいた場所が見えて、音の正体を知ると共に吐き気がした。その正体とは、リンクが暴行を受ける音だった。はっきり言って、自身の拷問時よりひどい。
“何でだよ……!なんでお前はまだそこにいるんだよ!?どうしてそんなことになってんだ!!”
身を震わせながら、目の前の光景を見つめる。助けてやりたいが、自分ではどうにも出来ない。そもそもあんなところに行く勇気すらなかった。いろんなやつが入れ替り立ち替りリンクに手を下している。
“やめろ、やめてくれ!つぅか、お前はなんで抵抗しない!?まだ動けるだろ!!さっきの攻撃だって見えただろ!避けろよ!避けてくれ!!なんとかして逃げ出せよ……!!ってかもう、許してやってくれ……!!”
心の中で叫び、願うが、誰にも届かない。苦しすぎてとうとう見ていられなくなり、ダークリンクはそこから視線を外した。すると、ガノンドロフとギラヒムと呼ばれる側近が目に入った。この二人は暴行に加わらず、様子を眺めている。ガノンドロフは薄ら笑いを浮かべながら楽しそうに見ているが、どうやらギラヒムはそうではないらしい。何故ギラヒムが不服そうにしているのかを考える。
“……まさか、あいつを心配してる?”
ダークリンクはそう思ったが、すぐに楽観的過ぎだと思い直した。ギラヒムはあくまでもガノンドロフの側近であるし、残虐なことで有名だ。自身の拷問者として現れなかったことに安堵するくらいには悪名高い。では、何が不満なのか。ダークリンクは注意深くギラヒムを観察した。ギラヒムは腕を組み、苛立たしげに足先を動かしている。ふと、指先が不思議な動き方をしていることに気づいた。
“あれは何を意味している?”
首を傾げた時、リンクへの暴行が目に入ってしまった。ゾッとしたが、それがヒントになった。
“あの手の動き……あいつへの攻撃と連動してる……。操っている……ってわけじゃなさそうだな。そうすると答えは……。”
ダークリンクは身の毛がよだつ思いがした。
“参加したいんだ……。ギラヒムなんかにやられたら……か、考えたくもねぇ!おい、馬鹿!!今のうちに逃げ出さねぇとマジでやばい!”
ダークリンクがそう思った直後、ガノンドロフがトントンと音を出した。その音で、リンクへの暴行が止まる。だが、リンクはぐったりとして動かない。
“馬鹿、馬鹿……!もう今しかねぇぞ……!早く逃げろ……!!”
リンクは苦しそうに息をしている。目を閉じてはいるが、意識はあるようだ。ダークリンクは、リンクが逃げるように祈った。しかし、リンクはもう限界だったらしい。力が抜けきったのが分かった。
“そんな……!!”
ダークリンクは目を見開いた。リンクの生死すら分からない。それが、息苦しく感じるほど辛かった。
「散れ。ギラヒムは残れ。」
ガノンドロフが命じた。ビクリとしてダークリンクはガノンドロフを見た。ガノンドロフは無表情になっていた。ガノンドロフの言葉で、リンクを囲んでいたやつは満足した顔で部屋を出ていった。
「魔王様……?」
ギラヒムが不思議そうな顔をして、ガノンドロフの側に膝をつく。すると、ガノンドロフはフッと笑った。
「そいつはくれてやる。連れてきた褒美だ。下僕にするなり、サンドバッグにするなり、好きにしろ。」
それを聞いたギラヒムは顔を綻ばせた。
「………!ありがとうございます。」
嬉々としてギラヒムはリンクに歩み寄った。ギラヒムはリンクを雑につまみ上げる。リンクが僅かに息をしているのが確認できた。だが、ダークリンクがホッとしたのも束の間、ギラヒムはパチンと指を鳴らした。聞き慣れない音に思わず耳を塞いでしまう。慌てて現場を確認したが、もうそこに二人はいなかった。
“……ま、まじか。ギラヒムか。これは助けられないぞ……。”
こんなことでも絶望できるのだとダークリンクは思った。己に出来ることは、状況把握が限界だ。ガノンドロフに気付かれないうちに、自身も撤退した。
.