オレが為したこと
中央の城が見えてきた。近づいていくと物々しい雰囲気が漂っているのが分かる。遠目でしか見たことがなかった城であるが、荘厳だった城は荒れ果てていた。どこに降りようかと迷っていると、入り口付近に連合軍が集まっているのが見えた。その上空で、ロフトバードから飛び降りる。だが、連合軍の中に姿を現しても捕まる恐れがあるため、目指すは門近くの屋根の上だ。パラショールを駆使して着地する。そろそろと音を立てないように連合軍がいる方へ近づき、上から覗き込んだ。連合軍が慌ただしく動き回っているのが見える。だが、眺めていてもそれ以上の情報を得られそうにない。どうしようかなと思っていると、ブルブル!突然振動を感じ取った。なんだか知っている感覚だが、何だろうか。リンクが考えている間も振動は続く。
「リンク、どうかした?」
リンクの異変に気付いたらしいナビィが、心配そうに聞いてきた。
「何か、振動を感じて……。」
すると、ファイがリンクの前に現れ、じっとこちらを見つめてきた。頭上から爪先まで観察されているのが分かる。観察が終わったのか、ファイはリンクと目を合わせてきた。
「マスターがお持ちの何かが震えているようです。」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。だがすぐに、リンクは慌てて懐を探った。そういうアイテムがあったことを思い出したのだ。現在手持ちにないはずだが、と訝りながらも持ち物を調べる。すると、なんとテトラのお守りが転がり出てきた。
「なんでこれが……?」
「遅いよ!」
突然、叱責がテトラのお守りから響いてきた。リンクは背筋をピンと伸ばす。
「テトラ?いや、ゼルダ姫って呼ぶべき?」
リンクは、混乱しながらあわあわと答える。すると、しばらく間が開いた。
「これを使うので、テトラっぽく話そうかと思いましたが。周りを欺くのが難しそうなので、こちらの口調で。」
どうしたのかと不思議に思っていると、やがて聞こえてきたのはゼルダとしての話しぶりだった。リンクは下を確認する。隅にゼルダがいるのを見つけた。傍から見れば、連合軍の動きを見守りつつ考え事をしているように見える。何でもない風を装って、こちらに話しかけているようだ。
「オレ、今、これを持っていなかったはずなのだけど……。」
リンクはまず、先ほどの疑問を口にした。すると、
「昨夜のうちに忍び込ませておきました。」
想定外の返答が返ってきた。ゼルダはしてやったりといった顔をしている。リンクは絶句するしかない。
「いらっしゃるとは思っていましたが、予想以上にお早い到着ですね。どうやら会議には間に合わなかったようですが。」
“それは聞きたかったな……。”
少し出遅れたらしい。リンクは歯噛みした。会議が終了してしまっているのであれば、ここで様子を見ていても大した収穫はないだろう。
「オレにできることはある?」
ダメ元で、リンクは聞いた。返事がない。ゼルダを確認すると、目を閉じ、何やら迷っている様子だ。やはり参加は認められないか、とため息を零した時、
「我々だけでは、少々厄介なことになっておりまして。」
と、ゼルダが言葉を紡いだ。おや、と驚きつつも耳を傾ける。
「敵方は、我々のコピーを作り出していたようです。おかげで、敵か味方か判断がつかず、皆、疑心暗鬼になっています。」
ゼルダは本当に困った様子だ。しかし、リンクとて、コピーを相手取るとなると本物との区別に苦労するだろうと思った。
「今、まことのメガネはお持ちですか?」
突然、持ち物を問われ、リンクはきょとんとした。
「まことのメガネ?一応持っているよ?」
話の趣旨が想像できなかったが、リンクはまことのメガネを取り出して眺めながら答えた。
「おそらく、まことのメガネならば、本物とコピーの判別が可能だと思います。」
「それならば話が早い。」
突然、後ろから威厳に満ちた低い声が聞こえてきた。ゼルダが目を見開いているのが見える。リンクもギクリとしながら、恐る恐る後ろを振り返った。魔王ガノンドロフが仁王立ちしていた。その表情から感情は読み取れない。
「そのコピーだが、生み出す装置があるらしい。既に1機、破壊が確認されている。全部でいくつあるかは知らんが、人手不足だ。」
ガノンドロフは刺すような目でリンクを見たかと思うと、とある方向を示した。
「あちらは任せる。壊してこい。」
言うだけ言うと、ガノンドロフは姿を消していた。思いがけない展開に、リンクは状況整理が追い付かない。呆然としていると、
「私としても、行っていただけると助かります。」
テトラのお守りからそう声が聞こえた。再びゼルダを見ると、彼女はじっとこちらを見ている。
「お願いしますね。」
そう言うと、ゼルダは丁度やってきたインパと言葉を交わし始めた。リンクは任せると言われた方向に目を向ける。
「リンク?」
ナビィの声は不安そうだった。そちらを見ると、ナビィと、ファイまで所在なさげにリンクを見つめていた。リンクは2人を安心させるため、笑顔を浮かべる。
「行動していいみたいだし、行こうか。」
リンクは任された方角に足を向けた。
道中、ボコブリン、ゾーラ、リザルフォス、ゴロン、……などなど、様々な種族がうろついていたが、まことのメガネで覗いたところ、ゼルダが言っていたとおり本物ではなかった。当初は攻撃されても避けるだけでやり過ごしていたが、何しろ数が多い。囲まれて身動きがとれなくなり、仕方なく反撃に出ることにした。だが、欠かさずまことのメガネでコピーであることは確認する。ここで間違って本物に武器を向けようものなら、全てが水の泡だ。
とにかく数が多く、さらに、稀ではあるがゴーマやゴードンなど、強敵も混ざっているので厄介だ。だが、どうにかこうにか、コピー軍を掻い潜り、とある部屋にたどり着いた。その部屋の奥にコピー生産機と思しきものが設置されている。この部屋にはコピーはいないようだ。リンクは迷わずそれに向かって駆けた。
「マスター!危険です!」
突然、ファイが叫んだ。それが耳に入った瞬間、リンクも危険を察知する。急ブレーキをかけ、後ろに飛び退った。リンクがいたところで刃物が弾ける音と爆発音が響いた。
「え、ウソ……!!」
ナビィが驚愕の声を上げている。再度前方を確認すると、4つの人影があった。その面々を確認してリンクは顔を引きつらせる。左から、ミドナ、ザント、インパ、ギラヒムが並んでいた。ギラヒムとミドナはこちらに手を伸ばしていて、先程の攻撃は彼等だったようだ。リンクの視線を受けた彼らは、各々武器を構えた。そうかと思った瞬間。無表情の幹部4人は襲い掛かってきた。ギラヒムの長剣、インパの大剣、ミドナ・ザントの魔法に晒されたリンク。寸でのところでそれらを避ける。だが、彼らの猛攻撃は止まらない。入れ替わり立ち替わり、リンクに攻撃が繰り出される。リンクはヒラリヒラリとギリギリのところで避けながら、機をうかがってまことのメガネを覗いた。やはりコピーである。それにホッとしながら、リンクはようやくマスターソードを引き抜いた。コピーならば遠慮は不要だ。本気で倒しにいく。近距離戦に強いインパ、遠近共に戦えるギラヒム、遠距離からの攻撃が得意なミドナ、予測不能な動きをするザント。てんでバラバラな戦闘手法を取る4人だが、いつぞやと違って協力体制を築いている。本来ならば喜ばしい事態だが、敵となると話は別だ。1対1でも苦戦する相手なのに、連携をとられるのは正直辛い。だが、
“こんなところで負けるわけにはいかない……!”
キッと鋭く彼らを見据え、リンクは反撃に出た。
どうにか、リンクは幹部4人のコピーを撃退した。肩で息をしながら、リンクはコピー生産機に近づき、破壊する。破壊して気づいたが、その後ろに扉が隠されていた。
「まだ奥があったんだネ。」
ナビィはふよふよと扉付近を漂っている。
「マスター、不穏な空気を感じます。最大限の警戒を。」
ファイの進言にリンクは頷く。気を引き締めながら、扉を開いた。
中は円形の場所だった。天井ははるか高く、塔になっているようだ。壁沿いに階段が設置されている。部屋の奥を見ると、そこにもコピー生産機が置かれていた。リンクはそちらに向かって歩み寄る。中央まで進んだ時、コピー生産機が嫌な光を発し始めた。リンクは足を止め、警戒しながらそれを観察する。そこから2つ、何かが飛び出てきた。初めはただの塊だったものが、下の方から形を整え始める。どうやら目の前でコピーが作られようとしているようだ。足元から形成されていく様子を見て、リンクは思わず後ずさりした。何とも言えぬおぞましい光景に、頬を引きつらせる。腰までかたどられた頃には、その2つが誰のコピーか、リンクには分かっていた。冷や汗が背中を流れ落ちる。唇を噛み締めながら、ギュッとマスターソードの柄を握った。そうこうしているうちに、コピーが完成した。1人は優雅に、1人は残忍に、こちらを見据えた。そのコピー元とは、ゼルダとガノンドロフである。リンクはサッとマスターソード、そしてハイリアの盾を構えた。
“この戦い、全力で行かなければ、まずい……!”
攻撃を仕掛けてくる二人に向かって、リンクは駆け出した。ガノンドロフが振り下ろした剣を受け止め、すぐに流し、横っ跳びする。ゼルダの魔法がさっきまでいた場所を勢いよく通り過ぎて行った。なかなかの威力だ。当たっていたらひとたまりもない。そうかと思うと、ガノンドロフからの追撃。こちらも一撃一撃が重い。気を抜くと剣が持って行かれそうだ。ガノンドロフに対応しつつ、ゼルダからの攻撃にも警戒する。世界に与えた試練の総仕上げとして戦った時と同様、コピーのコンビネーションは完璧だ。
“勝てるのか……?”
ガノンドロフやゼルダの猛攻撃をやり過ごしながら浮かんだ疑問。正直、不安は拭えない。しかし、今回は前回と違う。ここで負ければ、世界は混沌に陥るだろう。それはなんとしても阻止しなければならない。そうと決まれば、
「全力を尽くすのみ!」
何とかゼルダ・ガノンドロフのコピーを撃破した。次のコピーが生み出される前にコピー生産機を叩き壊す。すると、ガシャン、と後ろから嫌な音が響いた。音の方を見ると、入ってきた扉の前に柵が下りている。そして更に、どこからともなく水が湧いてきた。
「何コレ。何の嫌がらせ?」
リンクは苦い顔をしながら思わず不平をこぼす。
「リンク、のんびりしすぎ!早く出なきゃ!!」
ナビィがリンクを急かした。リンクは頷く。
「マスター、上方に窓があります。そこから脱出可能かと。」
「分かったっ!!」
冷静に述べるファイに勢いよく返答すると、リンクは螺旋階段を駆け上った。その途中、壁から炎が出てきたり、階段が崩れていたりとトラップが仕掛けられてはいたが、フックショットやスピナーを持つリンクには大した障害ではない。水の勢いより余裕を持って窓までたどり着いた。躊躇なく窓から外に脱出する。手近な足場に落ち着いた直後。後ろでガシャンと再び嫌な音がした。驚いて振り向くと、窓が隙間のないもので閉じられていた。
「ファイ、ナビィ!!」
ゾッとして、相棒達を呼ぶ。すると、
「ちゃんといるってば。」
「ここにおります、マスター。」
すぐ側から、どこか呆れたような2人の声が聞こえた。リンクはホッと胸を撫で下ろす。
「……タイムリミット、短かったんだね……。」
しみじみとリンクは閉ざされた窓を眺めていた。
「Look!」
突然ナビィが叫んだ。そちらを見ると、ナビィはヒュン、と奥の建物の方へ飛んでいく。その先を見ていると、大きな窓の前でフワフワと待っていた。ここからではナビィが何を示しているのかよく分からないので、リンクは屋根伝いにそちらへ向かう。ナビィのところまでたどり着き、窓から中を覗くと、リンクは大きな声を上げないように慌てて自分の口を塞いだ。ヤツがゆったりと大きな椅子に座っていた。ニヤニヤしながら何かを眺めている。
「マスター。あちらからアレの見ているものが見えそうです。」
ファイが囁いた。ファイの示す方を見ると、ヤツの後方にも窓があった。ここから回り込めそうな位置である。リンクはそろりそろりと屋根を移動し、そこへ向かう。ヤツが見ているものが目に入ってリンクは息を飲んだ。ゼルダやガノンドロフが苦戦している。何かと戦っているようだが、ゼルダとガノンドロフのみにフォーカスが当てられていて、相手は見えない。
「リンク、どうする?」
小声で聞いてくるナビィに、リンクも声を潜めて答える。
「助けに行こう。でも……あれ、どこだろう?」
「案内いたします。」
ファイがスッと前に出た。ファイの案内で、再び屋根伝いに移動する。
「あの中ですが……窓辺に何かいますね。」
ファイに連れられてやってきたのは、大きな間取りと思われる場所だった。やはり屋根の上にいるので、中へ入るには窓が必要であるが、ファイの言うとおり、窓の前にヘンテコな奴がいる。
「あ!アレ、さっきゼルダ姫とガノンドロフを映していたヤツじゃない?やっつけちゃおう!」
ナビィが何を根拠にそう言うのかは分からないが、ヤツの手下であろうことには賛成できた。リンクは後ろからヘンテコな奴を斬り捨てる。すると、今までの奴のように消えていった。邪魔者を排除し、リンクは窓から中を覗き込む。そこは大広間だった。突然、爆風が吹き荒れる。リンクは身をかばった。砂埃が落ち着いた頃に再び目を向けると、何かが激しくぶつかり合っている。よくよく見ると、ガノンドロフが自分、リンクを模したものと戦っているようだった。どうやらガノンドロフが不利のようである。周りに目を向けるも、そこにいる城の面々はほとんど戦闘不能と見て取れる。リンクは再度顔を引きつらせた。
「いくらなんでもこの連戦は酷すぎない?」
リンクはぼやく。リンクの中で、参戦するのは確定事項だった。まずはじっと観察する。
「リンク?早く助けないとまずいヨ。」
ナビィは傍で落ち着きなく飛び回っていた。
「分かっているよ。だけど、無闇に飛び込んでも疲労しているオレが不利だ。……ファイ。」
ナビィを宥めつつ、ファイに助言を求める。しかし、ファイは悔しそうに首を振った。
「今のマスターの実力を把握し切れておりませんので、私には何とも……。」
「そっか……。」
リンクは軽く頷くと、じっと偽者を見つめた。
“オレは今ここで、自分の弱点を見極めて成長しなくちゃいけない。”
その時、偽者がガノンドロフを突き飛ばした。偽者が止めを刺そうとしている。リンクは咄嗟に中へ飛び込む。手には弓矢。矢を打ち込む。偽者はガノンドロフから離れた。矢は床に刺さる。リンクは次々と放つ。偽者はサイドステップ。ガノンドロフから離れていく。リンクは着地。すぐさま剣を抜く。引き抜いた勢いのまま剣を上方へ。偽者のジャンプ斬りを受け止めた。そして、激しく斬り結ぶ。
“オレの弱点って何だ?”
せわしなく動き回りながらも、リンクは必死に頭を回転させる。相手の隙を引き出そうとバク宙で距離をとるが、偽者も同じタイミングでバク宙。別のアイテムを取り出すも、偽者も同じアイテムを取り出している。じっくり様子を見ながら思考を巡らせたいところだが、お互い考えることは一緒のようだ。リンクは体を半ば無意識に動かしながら、必死に頭を巡らせた。
“相手の動きは予測出来るけど、それは相手も同じ。……同じ?”
リンクはハッとする。右に出そうとした剣を左に突き出した。あちらから来た右側の剣にこちらもダメージを喰らうが、それなりのダメージを与えたらしい。偽者が怯む。その隙を逃さず、リンクは更に攻撃を繰り出す。時折いつも通りの動きも混ぜつつ、普段使わない手段で偽者を攻撃した。
やっとのことでコピーを凌ぎ、リンクは勝利した。本音を言うと、へとへとだ。そこに最近感じる胸の痛みが走る。呻き声が漏れそうになるが、辛うじて堪えた。
「リンク?大丈夫ですか?」
ゼルダが近くまで来ていた。とても心配そうな顔をしている。もしかしたら顔を歪めたのを見られたかもしれない。リンクは慌てて表情を取り繕った。
「大丈夫。何の問題もないよ。」
ゼルダは更に不安そうな顔になった。それ以上かける言葉も思い浮かばず、ガノンドロフを見やる。さっきの戦闘が効いているのか、ガノンドロフは辛そうに膝をついている。側にギラヒムが心配そうに控えていた。それを見ながら、こっちは幹部4人にガノンドロフとゼルダのコンビを相手取ったのに、と苦々しく思う。一言くらい物申していいかとリンクは口を開いた。
「オレのコピーくらい倒してよ。」
小言を言われたガノンドロフは、そして側にいるギラヒムも、これでもかというほどリンクを鋭く睨みつけた。だが、反論はなかった。追撃の矛は収めることにして、リンクは本題に戻す。
「それで。言っていたコピー生産機、2個あったから壊してきたよ。後はヤツを倒すだけだと思うから、行ってくるね。」
簡潔に報告し、軽く肩を回す。やはり城の面々からの反応がない。隣にいるゼルダも心配そうな顔をしたまま何も言わない。反対されないならばいいかと、リンクはだるい体に鞭打って扉に足を向けた。
「ちょっと待て!」
だが、リンクを引き留める声があった。振り返るとダークリンクが人をかき分けてこちらに向かってきていた。
「なんだその、ちょっと散歩行ってくるみたいなノリは。それ以上はダメだ。お前今、限界近いだろ。」
ダークリンクの指摘にリンクはギクリとする。正直、最後の3戦は負担が大きかった。体が休息を欲しているのも理解している。だが、今、休んでいる場合ではない。再び胸の痛みを感じるが、リンクはそれも無視した。
「まだ動けるから、大丈夫だよ。」
後ろに誰かが立った気配がした。振り向くと、ガノンドロフが無表情で自分を見下ろしていた。
「もしかして、オレが動くと何か問題がある?」
「敵の居場所を吐け。」
リンクの問いには答えず、ガノンドロフは低い声で問うた。居場所を答えようとして、リンクは困る。
「えっと……さっきの場所って……。」
「玉座です。」
ファイがフォローしてくれた。
「一人で偉そうに寛いでいたよ。」
ナビィも言葉を添える。
「玉座か。なるほどな。」
その言葉が聞こえた直後、ブラックアウトした。
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「リンク、どうかした?」
リンクの異変に気付いたらしいナビィが、心配そうに聞いてきた。
「何か、振動を感じて……。」
すると、ファイがリンクの前に現れ、じっとこちらを見つめてきた。頭上から爪先まで観察されているのが分かる。観察が終わったのか、ファイはリンクと目を合わせてきた。
「マスターがお持ちの何かが震えているようです。」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。だがすぐに、リンクは慌てて懐を探った。そういうアイテムがあったことを思い出したのだ。現在手持ちにないはずだが、と訝りながらも持ち物を調べる。すると、なんとテトラのお守りが転がり出てきた。
「なんでこれが……?」
「遅いよ!」
突然、叱責がテトラのお守りから響いてきた。リンクは背筋をピンと伸ばす。
「テトラ?いや、ゼルダ姫って呼ぶべき?」
リンクは、混乱しながらあわあわと答える。すると、しばらく間が開いた。
「これを使うので、テトラっぽく話そうかと思いましたが。周りを欺くのが難しそうなので、こちらの口調で。」
どうしたのかと不思議に思っていると、やがて聞こえてきたのはゼルダとしての話しぶりだった。リンクは下を確認する。隅にゼルダがいるのを見つけた。傍から見れば、連合軍の動きを見守りつつ考え事をしているように見える。何でもない風を装って、こちらに話しかけているようだ。
「オレ、今、これを持っていなかったはずなのだけど……。」
リンクはまず、先ほどの疑問を口にした。すると、
「昨夜のうちに忍び込ませておきました。」
想定外の返答が返ってきた。ゼルダはしてやったりといった顔をしている。リンクは絶句するしかない。
「いらっしゃるとは思っていましたが、予想以上にお早い到着ですね。どうやら会議には間に合わなかったようですが。」
“それは聞きたかったな……。”
少し出遅れたらしい。リンクは歯噛みした。会議が終了してしまっているのであれば、ここで様子を見ていても大した収穫はないだろう。
「オレにできることはある?」
ダメ元で、リンクは聞いた。返事がない。ゼルダを確認すると、目を閉じ、何やら迷っている様子だ。やはり参加は認められないか、とため息を零した時、
「我々だけでは、少々厄介なことになっておりまして。」
と、ゼルダが言葉を紡いだ。おや、と驚きつつも耳を傾ける。
「敵方は、我々のコピーを作り出していたようです。おかげで、敵か味方か判断がつかず、皆、疑心暗鬼になっています。」
ゼルダは本当に困った様子だ。しかし、リンクとて、コピーを相手取るとなると本物との区別に苦労するだろうと思った。
「今、まことのメガネはお持ちですか?」
突然、持ち物を問われ、リンクはきょとんとした。
「まことのメガネ?一応持っているよ?」
話の趣旨が想像できなかったが、リンクはまことのメガネを取り出して眺めながら答えた。
「おそらく、まことのメガネならば、本物とコピーの判別が可能だと思います。」
「それならば話が早い。」
突然、後ろから威厳に満ちた低い声が聞こえてきた。ゼルダが目を見開いているのが見える。リンクもギクリとしながら、恐る恐る後ろを振り返った。魔王ガノンドロフが仁王立ちしていた。その表情から感情は読み取れない。
「そのコピーだが、生み出す装置があるらしい。既に1機、破壊が確認されている。全部でいくつあるかは知らんが、人手不足だ。」
ガノンドロフは刺すような目でリンクを見たかと思うと、とある方向を示した。
「あちらは任せる。壊してこい。」
言うだけ言うと、ガノンドロフは姿を消していた。思いがけない展開に、リンクは状況整理が追い付かない。呆然としていると、
「私としても、行っていただけると助かります。」
テトラのお守りからそう声が聞こえた。再びゼルダを見ると、彼女はじっとこちらを見ている。
「お願いしますね。」
そう言うと、ゼルダは丁度やってきたインパと言葉を交わし始めた。リンクは任せると言われた方向に目を向ける。
「リンク?」
ナビィの声は不安そうだった。そちらを見ると、ナビィと、ファイまで所在なさげにリンクを見つめていた。リンクは2人を安心させるため、笑顔を浮かべる。
「行動していいみたいだし、行こうか。」
リンクは任された方角に足を向けた。
道中、ボコブリン、ゾーラ、リザルフォス、ゴロン、……などなど、様々な種族がうろついていたが、まことのメガネで覗いたところ、ゼルダが言っていたとおり本物ではなかった。当初は攻撃されても避けるだけでやり過ごしていたが、何しろ数が多い。囲まれて身動きがとれなくなり、仕方なく反撃に出ることにした。だが、欠かさずまことのメガネでコピーであることは確認する。ここで間違って本物に武器を向けようものなら、全てが水の泡だ。
とにかく数が多く、さらに、稀ではあるがゴーマやゴードンなど、強敵も混ざっているので厄介だ。だが、どうにかこうにか、コピー軍を掻い潜り、とある部屋にたどり着いた。その部屋の奥にコピー生産機と思しきものが設置されている。この部屋にはコピーはいないようだ。リンクは迷わずそれに向かって駆けた。
「マスター!危険です!」
突然、ファイが叫んだ。それが耳に入った瞬間、リンクも危険を察知する。急ブレーキをかけ、後ろに飛び退った。リンクがいたところで刃物が弾ける音と爆発音が響いた。
「え、ウソ……!!」
ナビィが驚愕の声を上げている。再度前方を確認すると、4つの人影があった。その面々を確認してリンクは顔を引きつらせる。左から、ミドナ、ザント、インパ、ギラヒムが並んでいた。ギラヒムとミドナはこちらに手を伸ばしていて、先程の攻撃は彼等だったようだ。リンクの視線を受けた彼らは、各々武器を構えた。そうかと思った瞬間。無表情の幹部4人は襲い掛かってきた。ギラヒムの長剣、インパの大剣、ミドナ・ザントの魔法に晒されたリンク。寸でのところでそれらを避ける。だが、彼らの猛攻撃は止まらない。入れ替わり立ち替わり、リンクに攻撃が繰り出される。リンクはヒラリヒラリとギリギリのところで避けながら、機をうかがってまことのメガネを覗いた。やはりコピーである。それにホッとしながら、リンクはようやくマスターソードを引き抜いた。コピーならば遠慮は不要だ。本気で倒しにいく。近距離戦に強いインパ、遠近共に戦えるギラヒム、遠距離からの攻撃が得意なミドナ、予測不能な動きをするザント。てんでバラバラな戦闘手法を取る4人だが、いつぞやと違って協力体制を築いている。本来ならば喜ばしい事態だが、敵となると話は別だ。1対1でも苦戦する相手なのに、連携をとられるのは正直辛い。だが、
“こんなところで負けるわけにはいかない……!”
キッと鋭く彼らを見据え、リンクは反撃に出た。
どうにか、リンクは幹部4人のコピーを撃退した。肩で息をしながら、リンクはコピー生産機に近づき、破壊する。破壊して気づいたが、その後ろに扉が隠されていた。
「まだ奥があったんだネ。」
ナビィはふよふよと扉付近を漂っている。
「マスター、不穏な空気を感じます。最大限の警戒を。」
ファイの進言にリンクは頷く。気を引き締めながら、扉を開いた。
中は円形の場所だった。天井ははるか高く、塔になっているようだ。壁沿いに階段が設置されている。部屋の奥を見ると、そこにもコピー生産機が置かれていた。リンクはそちらに向かって歩み寄る。中央まで進んだ時、コピー生産機が嫌な光を発し始めた。リンクは足を止め、警戒しながらそれを観察する。そこから2つ、何かが飛び出てきた。初めはただの塊だったものが、下の方から形を整え始める。どうやら目の前でコピーが作られようとしているようだ。足元から形成されていく様子を見て、リンクは思わず後ずさりした。何とも言えぬおぞましい光景に、頬を引きつらせる。腰までかたどられた頃には、その2つが誰のコピーか、リンクには分かっていた。冷や汗が背中を流れ落ちる。唇を噛み締めながら、ギュッとマスターソードの柄を握った。そうこうしているうちに、コピーが完成した。1人は優雅に、1人は残忍に、こちらを見据えた。そのコピー元とは、ゼルダとガノンドロフである。リンクはサッとマスターソード、そしてハイリアの盾を構えた。
“この戦い、全力で行かなければ、まずい……!”
攻撃を仕掛けてくる二人に向かって、リンクは駆け出した。ガノンドロフが振り下ろした剣を受け止め、すぐに流し、横っ跳びする。ゼルダの魔法がさっきまでいた場所を勢いよく通り過ぎて行った。なかなかの威力だ。当たっていたらひとたまりもない。そうかと思うと、ガノンドロフからの追撃。こちらも一撃一撃が重い。気を抜くと剣が持って行かれそうだ。ガノンドロフに対応しつつ、ゼルダからの攻撃にも警戒する。世界に与えた試練の総仕上げとして戦った時と同様、コピーのコンビネーションは完璧だ。
“勝てるのか……?”
ガノンドロフやゼルダの猛攻撃をやり過ごしながら浮かんだ疑問。正直、不安は拭えない。しかし、今回は前回と違う。ここで負ければ、世界は混沌に陥るだろう。それはなんとしても阻止しなければならない。そうと決まれば、
「全力を尽くすのみ!」
何とかゼルダ・ガノンドロフのコピーを撃破した。次のコピーが生み出される前にコピー生産機を叩き壊す。すると、ガシャン、と後ろから嫌な音が響いた。音の方を見ると、入ってきた扉の前に柵が下りている。そして更に、どこからともなく水が湧いてきた。
「何コレ。何の嫌がらせ?」
リンクは苦い顔をしながら思わず不平をこぼす。
「リンク、のんびりしすぎ!早く出なきゃ!!」
ナビィがリンクを急かした。リンクは頷く。
「マスター、上方に窓があります。そこから脱出可能かと。」
「分かったっ!!」
冷静に述べるファイに勢いよく返答すると、リンクは螺旋階段を駆け上った。その途中、壁から炎が出てきたり、階段が崩れていたりとトラップが仕掛けられてはいたが、フックショットやスピナーを持つリンクには大した障害ではない。水の勢いより余裕を持って窓までたどり着いた。躊躇なく窓から外に脱出する。手近な足場に落ち着いた直後。後ろでガシャンと再び嫌な音がした。驚いて振り向くと、窓が隙間のないもので閉じられていた。
「ファイ、ナビィ!!」
ゾッとして、相棒達を呼ぶ。すると、
「ちゃんといるってば。」
「ここにおります、マスター。」
すぐ側から、どこか呆れたような2人の声が聞こえた。リンクはホッと胸を撫で下ろす。
「……タイムリミット、短かったんだね……。」
しみじみとリンクは閉ざされた窓を眺めていた。
「Look!」
突然ナビィが叫んだ。そちらを見ると、ナビィはヒュン、と奥の建物の方へ飛んでいく。その先を見ていると、大きな窓の前でフワフワと待っていた。ここからではナビィが何を示しているのかよく分からないので、リンクは屋根伝いにそちらへ向かう。ナビィのところまでたどり着き、窓から中を覗くと、リンクは大きな声を上げないように慌てて自分の口を塞いだ。ヤツがゆったりと大きな椅子に座っていた。ニヤニヤしながら何かを眺めている。
「マスター。あちらからアレの見ているものが見えそうです。」
ファイが囁いた。ファイの示す方を見ると、ヤツの後方にも窓があった。ここから回り込めそうな位置である。リンクはそろりそろりと屋根を移動し、そこへ向かう。ヤツが見ているものが目に入ってリンクは息を飲んだ。ゼルダやガノンドロフが苦戦している。何かと戦っているようだが、ゼルダとガノンドロフのみにフォーカスが当てられていて、相手は見えない。
「リンク、どうする?」
小声で聞いてくるナビィに、リンクも声を潜めて答える。
「助けに行こう。でも……あれ、どこだろう?」
「案内いたします。」
ファイがスッと前に出た。ファイの案内で、再び屋根伝いに移動する。
「あの中ですが……窓辺に何かいますね。」
ファイに連れられてやってきたのは、大きな間取りと思われる場所だった。やはり屋根の上にいるので、中へ入るには窓が必要であるが、ファイの言うとおり、窓の前にヘンテコな奴がいる。
「あ!アレ、さっきゼルダ姫とガノンドロフを映していたヤツじゃない?やっつけちゃおう!」
ナビィが何を根拠にそう言うのかは分からないが、ヤツの手下であろうことには賛成できた。リンクは後ろからヘンテコな奴を斬り捨てる。すると、今までの奴のように消えていった。邪魔者を排除し、リンクは窓から中を覗き込む。そこは大広間だった。突然、爆風が吹き荒れる。リンクは身をかばった。砂埃が落ち着いた頃に再び目を向けると、何かが激しくぶつかり合っている。よくよく見ると、ガノンドロフが自分、リンクを模したものと戦っているようだった。どうやらガノンドロフが不利のようである。周りに目を向けるも、そこにいる城の面々はほとんど戦闘不能と見て取れる。リンクは再度顔を引きつらせた。
「いくらなんでもこの連戦は酷すぎない?」
リンクはぼやく。リンクの中で、参戦するのは確定事項だった。まずはじっと観察する。
「リンク?早く助けないとまずいヨ。」
ナビィは傍で落ち着きなく飛び回っていた。
「分かっているよ。だけど、無闇に飛び込んでも疲労しているオレが不利だ。……ファイ。」
ナビィを宥めつつ、ファイに助言を求める。しかし、ファイは悔しそうに首を振った。
「今のマスターの実力を把握し切れておりませんので、私には何とも……。」
「そっか……。」
リンクは軽く頷くと、じっと偽者を見つめた。
“オレは今ここで、自分の弱点を見極めて成長しなくちゃいけない。”
その時、偽者がガノンドロフを突き飛ばした。偽者が止めを刺そうとしている。リンクは咄嗟に中へ飛び込む。手には弓矢。矢を打ち込む。偽者はガノンドロフから離れた。矢は床に刺さる。リンクは次々と放つ。偽者はサイドステップ。ガノンドロフから離れていく。リンクは着地。すぐさま剣を抜く。引き抜いた勢いのまま剣を上方へ。偽者のジャンプ斬りを受け止めた。そして、激しく斬り結ぶ。
“オレの弱点って何だ?”
せわしなく動き回りながらも、リンクは必死に頭を回転させる。相手の隙を引き出そうとバク宙で距離をとるが、偽者も同じタイミングでバク宙。別のアイテムを取り出すも、偽者も同じアイテムを取り出している。じっくり様子を見ながら思考を巡らせたいところだが、お互い考えることは一緒のようだ。リンクは体を半ば無意識に動かしながら、必死に頭を巡らせた。
“相手の動きは予測出来るけど、それは相手も同じ。……同じ?”
リンクはハッとする。右に出そうとした剣を左に突き出した。あちらから来た右側の剣にこちらもダメージを喰らうが、それなりのダメージを与えたらしい。偽者が怯む。その隙を逃さず、リンクは更に攻撃を繰り出す。時折いつも通りの動きも混ぜつつ、普段使わない手段で偽者を攻撃した。
やっとのことでコピーを凌ぎ、リンクは勝利した。本音を言うと、へとへとだ。そこに最近感じる胸の痛みが走る。呻き声が漏れそうになるが、辛うじて堪えた。
「リンク?大丈夫ですか?」
ゼルダが近くまで来ていた。とても心配そうな顔をしている。もしかしたら顔を歪めたのを見られたかもしれない。リンクは慌てて表情を取り繕った。
「大丈夫。何の問題もないよ。」
ゼルダは更に不安そうな顔になった。それ以上かける言葉も思い浮かばず、ガノンドロフを見やる。さっきの戦闘が効いているのか、ガノンドロフは辛そうに膝をついている。側にギラヒムが心配そうに控えていた。それを見ながら、こっちは幹部4人にガノンドロフとゼルダのコンビを相手取ったのに、と苦々しく思う。一言くらい物申していいかとリンクは口を開いた。
「オレのコピーくらい倒してよ。」
小言を言われたガノンドロフは、そして側にいるギラヒムも、これでもかというほどリンクを鋭く睨みつけた。だが、反論はなかった。追撃の矛は収めることにして、リンクは本題に戻す。
「それで。言っていたコピー生産機、2個あったから壊してきたよ。後はヤツを倒すだけだと思うから、行ってくるね。」
簡潔に報告し、軽く肩を回す。やはり城の面々からの反応がない。隣にいるゼルダも心配そうな顔をしたまま何も言わない。反対されないならばいいかと、リンクはだるい体に鞭打って扉に足を向けた。
「ちょっと待て!」
だが、リンクを引き留める声があった。振り返るとダークリンクが人をかき分けてこちらに向かってきていた。
「なんだその、ちょっと散歩行ってくるみたいなノリは。それ以上はダメだ。お前今、限界近いだろ。」
ダークリンクの指摘にリンクはギクリとする。正直、最後の3戦は負担が大きかった。体が休息を欲しているのも理解している。だが、今、休んでいる場合ではない。再び胸の痛みを感じるが、リンクはそれも無視した。
「まだ動けるから、大丈夫だよ。」
後ろに誰かが立った気配がした。振り向くと、ガノンドロフが無表情で自分を見下ろしていた。
「もしかして、オレが動くと何か問題がある?」
「敵の居場所を吐け。」
リンクの問いには答えず、ガノンドロフは低い声で問うた。居場所を答えようとして、リンクは困る。
「えっと……さっきの場所って……。」
「玉座です。」
ファイがフォローしてくれた。
「一人で偉そうに寛いでいたよ。」
ナビィも言葉を添える。
「玉座か。なるほどな。」
その言葉が聞こえた直後、ブラックアウトした。
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