オレが為したこと

その翌日。またリンクは部屋に一人だった。黒幕も暗躍し始めているようだし、そろそろ脱走しようかと思いながら窓から身を乗り出していると、

「お前、勝手にいなくなる気じゃねぇだろうな……?」

後ろからドスの聞いた声が這ってきた。ギクリとしながらリンクが振り向くと、想定より疲れ切った顔のダークリンクがこちらを睨みつけていた。

「ダーク……何かあったの?」

弁解は難しいので横に置いておき、リンクはまず気になったダークリンクの様子に言及することにした。すると、

「誰のせいだと……。」

とダークリンクは呻く。何を言っているのか理解できないリンクは、目を瞬かせるしかない。ダークリンクは一つため息を落とすと、

「城の動き、まだ知りたいって思ってるよな?」

と切り出した。リンクはポカンとダークリンクを見つめる。

「城の、動き……?」

訳が分からず、リンクはオウム返しをする。ダークリンクはやれやれといった顔をしながら頷いた。

「そ。調べてきてやった。」

感謝しろよー、と尊大な口調で言う。話の趣旨に思い当たり、リンクは青冷めた。

「え、でも無理難題って、」

「そう思ってたんだけどな?やってみたら意外と簡単に調べられた。」

良かったな?と言いながらダークリンクはニヤリと笑う。そして、現状を教えてくれた。

ヤツの勢力は中央の城を奪われる程度に強くなっていたのだが、リンクが気にしていた伝承に関わる問題を解決すると、一気に衰退した。どうやらハイラルの守りの力が弱まっていたのが敗因だったようだ。こちらは国力を取り戻し、あちらは弱まっている。また別の手を打たれる前に叩き潰そうと動き始めたところだそうだ。

「ガノンドロフ様やゼルダ姫、後、幹部4人が志願者を引き連れて出陣するって話だ。さしずめ連合軍といったところだな。既に先発隊は出陣しているらしい。……どうする?」

リンクは考え込んだ。話がこちらに来ていないということは、協力は必要とされていない。行けば邪魔になるだろうか。だが、力になれるならば協力したい。それは驕り、だろうか。悶々とリンクは考える。突然、リンクの思考を遮るように、扉が開く音がした。そちらを見ると、タートナックが立っていた。

「ダークリンク。ギラヒム様がお呼びだ。」

リンクとダークリンクは揃って顔を歪める。だが、タートナックにとってはただの業務連絡らしく、淡々と言った。

「招集だ。早くしろ。」

「招集……?オレは待機って話じゃなかったか?」

リンクがダークリンクに目を向けると、彼は怪訝そうな顔をしていた。

「知らん。とにかく来い。お待たせする訳にはいかない。」

渋るダークリンクに対してタートナックが殺気を放ち始める。リンクは口を出す訳にもいかず、おろおろと二人を見ていた。やがて、ダークリンクは諦めたような顔をすると、扉の方に歩き出す。

「分かった。行かねぇなんて選択肢、どうせねぇしな。」

扉から出る直前、ダークリンクはこちらを振り返った。

「心配すんな。お前は自分のやりたいことだけ考えとけ。」

そう言い残して、ダークリンクは部屋を出て行った。リンクはしばらく不安に押しつぶされそうになりながら、扉を見ているしかなかった。





しばらくして、再び扉が開いた。リンクがじっと待っていると、ファイとナビィが部屋に戻ってくる。

「ちょっとリンク!何で死にそうな顔をしているの!?」

ナビィがヒュンと飛んできた。忙しなくリンクの周りを飛び回る。

「ダークリンクが……ギラヒムに呼び出された……。」

リンクが心配事を伝えると、ファイがずいと顔を近づけてきた。

「ご心配には及びません。ダークリンクは魔王の指名で進軍に招集されました。魔剣はその呼び出しを行っただけかと。」

リンクは曖昧に頷く。

「それだったらいいのだけど……。」

呟いた声は、思った以上に心許ないものだった。

「なーに?何か心配なことでもあるの?」

「……いや、大丈夫、と信じる。」

ナビィの問いに、リンクはかぶりを振った。実は、ギラヒムから受けた拷問については黙ったままだ。悟られて気を揉ませるのは望まない。やはり心配だったが、はたとギラヒムを信頼していないことに気付いた。今は味方である以上、疑うのもおかしな話だとリンクは自分に言い聞かせる。コホン、とファイが咳払いした。

「それで、マスター。状況はダークリンクから聞いていると伺っています。参戦されるのですか。」

リンクは少し目を瞑った。

“オレは必要なのだろうか。”

リンクは再度自問する。だが、それはここでは判断がつかない。覚悟を決め、再び目を開いた。

「参戦は様子見をするけど、とりあえず現場には居合せたい。」

ファイは頷いた。

「そうこなくっちゃ!」

ナビィも満足そうな様子である。

「先発隊の出陣からかなり時間が経過しています。また、後発隊はワープを前提としていますので、戦闘の開始まであまり時間がありません。」

早口でファイが説明する。思ったより状況が進んでいて、リンクは面食らった。

「それ、間に合うのかな……。」

リンクが思わず弱音を吐くと、ナビィが元気づけるように光を発した。

「大丈夫!作戦があるから!でも、遅いネ。」

「作戦?遅い?何を言っているの?」

ナビィから聞こえた不穏な言葉に、リンクは混乱の渦に突き落とされる。

「おまたせッピ。」

そこへ突然第三者の声が響いた。リンクは驚いて声の方を見る。

「アキンドナッツ!?え、何で!?」

疑問しか湧いてこない状況に困惑していると、アキンドナッツはやれやれとした顔をした。

「作戦の内容くらい、共有しておいてほしいッピ……。」

だがすぐに、キリリとした顔に切り替わる。

「今から城の外に案内するッピ。」

「城の外?さっき言っていた作戦の一環?」

リンクが質問を重ねると、ナビィがリンクの前に出てきた。

「リンク、とにかく今は時間がないの!早く行くヨ!」

急かされ、詳しい状況把握を諦める。だが、とリンクはアキンドナッツに目を向けた。

「ちょっと待って、1つだけ確認させて。……オレに協力して大丈夫なの?」

おずおずとしたリンクの問いに、アキンドナッツは答えない。非常に長い間が空く。

“あれ、これは不味いやつじゃない?”

リンクは不安に駆られる。当のアキンドナッツは遠い目をしていた。

「……………スタルキッドに頼まれたら、断れないッピ………。」

これはお世話になって大丈夫なのか、とリンクは思ったが、アキンドナッツはリンクの手を掴んだ。

「ここに長居したくないッピ!早く行くッピ!!」

そう言ったかと思うと、リンクを引っ張って歩き出す。もう何も言わず、リンクは大人しくアキンドナッツに着いていった。





「来たわね、リンク。」

「あ、妖精クン!」

たどり着いた先には、なんとイリアとマロンがいた。アキンドナッツは城の抜け道を知っていたらしく、そこまで誰にも出くわしていなかったが、ここに来て人との対面である。リンクは戦々恐々とする。しかし、2人はリンクを見てもニコニコとしている。どうするべきか判断がつかず、リンクは固まった。だが、2人はそんなリンクに構うことなく、リンクを押したり引っ張ったり、思い思いにリンクを移動させた。そうして連れて行かれた場所には、

「エポナ……。」

愛馬がいた。一瞬、咎めるような目をされた気がしたが、ブルブルと身震いすると、パカパカ心地よい音を響かせてこちらに近付いてくる。そして、顔を寄せて来た。リンクが頬の辺りを撫でてやると、嬉しそうに鼻先を擦り付けてきた。

「ほらほら、感動の再開に浸っているところ悪いけれど、急がないといけないんでしょ?」

聞こえてきた一声でハッと我に返った。リンクが振り返ると、イリアは腰に手を当て、呆れたような顔でこちらを見ていた。

「イリア、これは一体」

「今は詳しい話をしている暇はないの!」

困惑して声をかけたが、イリアに一刀両断された。

「妖精クン、急ぐんでしょ?ほら、早くエポナに乗って!」

マロンにも急かされ、リンクはエポナを見上げた。リンクの迷いをよそに、エポナはリンクが乗りやすいように位置取りを変える。体が自然と動いた。リンクはかつてのようにエポナに跨る。

「行先はちゃんとエポナが分かっているから、妖精クンはエポナに任せてね。」

やはりニコニコしながら、マロンは言う。リンクは頷いた。そして、隣のイリアに目を向ける。彼女は神妙な顔をしていたが、リンクの視線に気付くと肩をすくめた。

「言いたいこととか聞きたいこととか、たくさんあるけれど……今は1つだけ。無事に帰ってきてね。」

リンクは一瞬虚を突かれたが、すぐに顔を引き締め、しっかり頷いて見せた。

「せいやっ!」

エポナに合図を出し、走り出す。





エポナは走る。その足取りは軽い。風景が飛ぶように過ぎる。風が気持ちいい。あぁ、懐かしい。リンクはエポナに乗りながら湧き上がる思いを噛みしめていた。マロンの指示に従い、行先はエポナに任せてしまっているので、正直どこへ向かっているのか分からない。しかし、人目を避けたルートを走っているのは分かった。今、一切姿を隠していないので、誰かの目につくのはあまり好ましくない。しかし、今のところ悲鳴を浴びていないので、大丈夫だろう。

遠くに大きな橋――オルディン大橋――が見えてきた。エポナはそちらに向かっているようだ。

「リンクさん、止まってください!」

突然大きな声が辺りに響く。リンクが度肝を抜かれながら声の聞こえた方――前方上空――を見ると、何かがこちらに向かって飛んできていた。人影に大きな翼がある。

「リト族……?」

見上げながら、リンクはポツリと呟いた。次の瞬間、リンクは手綱を引っ張る。影はすごい勢いでこちらに向かってきている。このままでは衝突しかねない。リンクは慌てて、エポナを急停止させた。無理な止め方をしたことをエポナに詫びていると、すぐそばに何かが降り立つ音が聞こえた。そちらを確認すると、

「お久しぶりです、リンクさん。」

メドリが立っていた。

「ワタシもいますヨ~。」

メドリの頭の上にはマコレが陣取っている。

「えっと、君達は、」

「何か問題が発生しましたか。」

質問しようとするリンクを遮り、ファイが言葉を発した。リンクは諦めて黙ることにした。

「リンクさんにはオルディン大橋を渡っていただく予定でしたが、敵が現れたので、通ることができません。」

メドリが困ったような顔をしながらはきはきと答える。

「敵?じゃあ、倒さないと、」

リンクがオルディン大橋をキッと見据えると、

「ダメですよ、リンクさん。」

メドリが制止の声を上げた。

「急がないと中央での戦いが始まってしまいます。」

「でも……。」

リンクは渋るが、

「大丈夫デスヨ~。」

マコレが間延びした声で言った。

「もともと、戦いのために来ていた人達デスカラ。戦力は十分デス。」

リンクはしぶしぶ、頷いた。

「じゃあ、オレはどこへ向かえばいいんだろう?大体、目的地は中央の城で合っているの?」

目的地について予想はしていたが、確信はなかった。

「結局言っていなかったネ。」

ヒュンとナビィが帽子から出てきた。

「リンクの言うとおり、今、私達は中央の城を目指しているヨ。」

ナビィの返答にリンクは頷いた。だがすぐに、動きを止める。

「え、オルディン大橋が通れなかったら、他の道って、」

「はい、お馬さんではすごく遠回りになってしまいます。」

メドリがリンクの言葉を引き継いだ。リンクは困って額に手を当てる。

「と、いうことで、バドサンから伝言デス。」

頼もしい言葉が聞こえ、リンクはマコレに目を向ける。すると、ピ、とマコレはオルディン大橋と逆の方向を指した。指し示す先に目を向けると大きな山――山の名前は思い出せない――がそびえ立っていた。

「あちらの山に登ってクダサイ。」

リンクはパチクリと目を瞬かせた。

「何で?」

行先と正反対の方向を示されたのだ。疑問に思うのは当然だと信じたい。

「詳しいことは私も分かりません。ただ、スカイロフトに一番近い山だとかなんとか……。」

「なるほど。」

メドリの説明に、何かを察したらしいファイが呟いた。

「マスター、策はあるはずです。急ぎましょう。」





エポナに登れるところまで連れていってもらい、最後の傾斜を自力で登り切ると。

「リンクくーん!」

セバスンがリンクに向かって手を振っていた。リンクはパチクリしながら、セバスンに近寄る。

「良かった。まさかこっちに来なきゃいけない事態になるとは思わなかったけど、ちゃんと来てくれたね。」

リンクがセバスンに近づいても、セバスンはかつてのように話していた。

「えっと……オレに思うことはないの?」

リンクがおずおずと聞くと、セバスンはきょとんとした顔をした。しかしすぐに、合点がいったような顔をすると、優しく笑った。

「だってリンク君だよ?僕が困っていた時にいつも助けてくれたリンク君が、何の理由もなしにあんなことをしないよね。」

リンクは思わず顔をしかめる。

“これは……演技が必要?”

すると、セバスンは急に慌て出した。

「あ、だからといって詳しいことは聞かないよ!リンク君は言いたくないみたいだし、………なんか面倒そうだし。」

最後、ボソッと聞こえた本音は聞かなかったことにした。

「マスター。」

ファイにピリリとした声をかけられる。急がなければならないことを思い出した。

「それで、ここからどうするの?」

リンクが問いかけると、セバスンは当然、という顔をした。

「ロフトバードに乗っていくんだ。」

「え、ロフトバードって、」

リンクが困惑したのも束の間。

「ごめん、バドがこうしろって!」

セバスンは突然、まさかの行動に出た。リンクを突き落としたのだ。リンクは驚愕。為す術もなく落下する。だが、昔の感覚を思い出すのはすぐだった。

“それが狙い?”

リンクは随分な荒療治だなと苦笑する。さて、と少し集中すると、ロフトバードが近くにいるのを感じ取った。指笛を吹く。途端に現れる赤い体。ふわりと感じる羽毛。リンクが乗ったのを確認すると、ロフトバードは一声、雄叫びを上げた。歓喜に満ちたその声にリンクも嬉しくなる。リンクは目的の方角を見据えた。リンクを乗せたロフトバードは空を切った。




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