オレが為したこと
結局、リンクはしばらく城の客間で待機することになった。例の伝承については、城側で調査・解決に動いてくれたらしい。情報はもらえるという話だったが、あまり詳しい話は回ってこなかった。どうやら、リンクの出る幕はなかったようだ。
珍しくリンクは会議の場にいた。ギラヒムやミドナがあーだこーだ言っているのを聞き流しながら、ゼルダに目を向ける。彼女は窓の前に立ち、真剣な顔をして話を聞いていた。その様子がどうにも気になって、そのままゼルダを眺める。ゼルダはその視線に気付くこともなく話に耳を傾けている。特に不自然な様子はない。気のせいか、と思ったその時。何か嫌な力が側を通り過ぎたのを感じ取った。慌ててその力が向かった先を見ると、それはゼルダに直撃していた。
「きゃあっ!」
その力をまともに喰らったゼルダは、後ろに吹き飛ぶ。ゼルダが飛ばされた先には窓しかなく、しかもその窓は全開だった。
「ゼルダっ!!」
リンクが叫びながら手を伸ばすが、間に合うことなくゼルダの体が落ちていく――。
「――っ!!」
声にならない叫びを上げながら、リンクは目を見開いた。伸ばした手は天井に向かい、空を掴んでいた。訳も分からず、リンクはその体制のまましばらく息を荒くしていた。息がだんだんと落ち着き、開き切っていた目から力が抜ける。リンクはゆっくりと手を下ろした。そのままその手を額に持っていき、目を瞑って深呼吸をする。そして、起き上がると辺りを見渡した。ここがどこか――自身にあてがわれた客間――を理解し、リンクは一先ずホッとした。だが、胸騒ぎがする。ゼルダが無事か、確認したくなった。もう一度部屋を確認するが、誰もいなかった。見張りはどうなっているのかと思いながらも、今は好都合だとそそくさと部屋を抜け出した。
部屋を抜け出したリンクは、まず先程夢で見た部屋、会議室を訪れた。それは城の3階にあり、正夢になろうものならひとたまりもない。リンクがそっと扉を開くと、奥の方に幹部達の姿が見えた。
「ヤツについて、―――だが、―――か?」
「―――今、―――にいるようで、―――。」
どうやら夢と同じく会議中らしい。歓迎されないのは承知の上、音を立てないように部屋に入り込んだ。
「―――、出撃はいつ――――――。」
途切れ途切れに聞こえる話を耳に入れないようにしながら、リンクはそっと彼等の方に歩み寄った。全体が見える位置に来て、ゼルダもいることを確認した。ゼルダは夢で見たとおりの位置にいて、リンクは青ざめる。
「何だ。今は会議中だぞ。」
インパの声が聞こえた。リンクに気付いたらしい。リンクが声の方を見ると、インパが険しい顔でこちらを見ていた。
「ここに居たらダメかな?」
リンクはダメ元で頼んでみる。インパの顔が更に険しくなった。
「大人しくしていろと言われただろう、身の程知らず。」
呆れたようなザントの声が横から入る。
「ちょっと気になることがあって、 !」
“危ない!!”
リンクは弁明しようとしたが、その時、あの嫌な力を感じ取った。夢と同じ轍を踏むまいと、何を確認することもなく、リンクはゼルダに向かって駆け出した。
「おい、どうした!?」
ミドナの驚きの声を無視し、インパやザントの止めようとする手を避け、リンクは窓の近くに辿り着く。勢いそのままに、ゼルダを窓のない方へ押し倒した。
「ゼルダ様に何を、……!」
インパの怒鳴り声が聞こえるのと嫌な力がリンクに直撃するのは同時だった。ゼルダを押し倒した体制からでは受け身もとれなかった。胸の痛みを感じたかと思えば、激しく吹き飛ばされていた。
「ギラヒム。」
「ハッ。」
遠くでガノンドロフとギラヒムの示し合わせたような声が聞こえた。そうかと思うと、リンクは吹き飛ばされた先から別の衝撃を受け、床に叩きつけられる。
「カハッ……。」
リンクは乾いた声を漏らし、痛みに耐える。だがすぐに痛みをやり過ごし、後から受けた衝撃の方に顔を向けた。すると、無表情のギラヒムが窓の淵に立ってリンクを見下ろしていた。新手の敵ではないことにリンクはホッとする。突然、何かが自分の腕に触れた。そちらを見ると、ゼルダが側まできていた。
「リンク……!」
「大丈夫。」
心配そうなゼルダに対し、リンクは短く伝える。今はのんびり会話している場合ではない。リンクは上半身を起こすと、嫌な力の出所を睨んだ。リンクに向けられていた視線が逸れていくのを感じる。リンクが睨んだ先には、
「チッ。外したか。」
ヤツがいた。
「貴様……!いつの間に……!」
歯軋りせんばかりのインパの声がヤツに突き刺さる。
「相変わらず間抜けな奴らだ。平和な世界で腑抜けたか。」
ヤツが嘲笑した。
「ふざけるなぁっ!!」
ザントは憤りの声を上げ、力任せにヤツに襲いかかった。しかし、その攻撃はすり抜け、ダメージが入ったようには見えなかった。
「なっ……!?」
一瞬ザントは呆気にとられたが、ダンダンと強く足踏みする。
「ホログラムか!卑怯だぞ!!本体はどこにいる!?」
ミドナが唸るように叫んだ。ヤツのホログラムはニタリと嗤った。
「さぁ?それにしても……ようやく出られたのだな。おめでとう。そこの勇者の仕業か?」
ホログラムはニヤニヤ嗤いを浮かべたまま、冷たい目をリンクに向けた。リンクはジクジクと感じる胸の痛みを堪えながら、ゆっくり立ち上がる。黙ったままヤツを睨み付けた。
「姫を殺してやろうと思ったが……勇者に当たったのならば、それはそれで。」
どこか楽しそうなヤツを無視し、リンクは目だけを動かした。
「だが、次は阻止できるかな?」
ホログラムが手を挙げた。その時、何もない空間が揺れたのをリンクの目は捉えた。
「そこかっ!」
リンクは即座に光の矢を放った。ザントの何をやっているのか、と言いたそうな顔が目の端に見えたが、
「ギャア!!」
と悲鳴が上がる。ホログラムが消え、本体が現れた。
「う、ぐぐ……貴様……勇者め……。」
ヤツは宙に浮いたまま苦しそうに蹲っている。そこへガノンドロフが肉薄し、大きく斬りつけ、魔法で追撃した。敵ながら可哀想になる程容赦ない攻撃である。弾き飛ばされた先で、ヤツは息も絶え絶えだった。
「チッ……ここまでか……。だが、残念だったな。私は偽物だ!!」
突然、ヤツが光りだした。ガノンドロフは更に追い打ちをかけようとしていたが、光が見えた瞬間に距離をおいた。その直後、ヤツが爆発した。爆発の直前、半透明な何かがリンク達を包み込む。それがバリアとなって爆発からリンク達は守られた。リンクがバリアの源を予測してゼルダを確認すると、彼女が力を放出していた。爆発が収まり、静寂が広がる。しばらくしてゼルダがバリアを外し、視界が開けた。部屋の中は黒焦げていたが、大きな被害はなさそうだった。
「脅威は去ったのか。」
インパが抜かりなく部屋の様子を確認しながら聞いた。
「そのようだね。」
忌々しそうにギラヒムが言う。リンクも脅威が去ったと判断し、力を抜いた。ドクン!突然胸の奥が痛んだ。攻撃を受けた直後から感じていた痛みとはまた別のものだ。驚いたリンクはそこを押さえる。だが、痛みはすぐに引いていた。
“何だ?今のは……。”
「どうかしましたか?」
考え込む暇もなく、ゼルダに顔を覗き込まれていた。リンクは慌てて首を振る。
「いや、何でもない。」
リンクは手を戻した。ゼルダは不安そうな顔を隠そうともしなかった。
「そうですか?」
リンクは頷く。ゼルダはやはり心配そうな顔をしていたが、ため息を吐くと、突然表情を変化させた。それはどう見ても怒りの表情だった。
「リンク!!無茶しないで!!」
突然の叱責に、リンクはたじろいだ。
「ごめんなさい……。」
慌てて謝る。ゼルダはリンクに縋り付いた。
「あのまま落ちていたら……!正夢になるかと……!」
リンクは目をパチクリさせた。
「夢……?」
ゼルダはリンクに縋り付いたまま、体を震わせるばかりだ。リンクの問いかけに答えそうになかった。
「姫君は最近、嫌な夢を見ていたらしい。」
ガノンドロフの大儀そうな声が聞こえた。声に反応してガノンドロフに目を向ける。やはり面倒臭そうな顔をして、ガノンドロフは続けた。
「お前がここから落ちる夢だそうだ。」
リンクは目を見開いてゼルダを確認した。ゼルダは、何かに怯えるようにリンクの服を掴んだまま震えていた。見つめていても真相に近付けそうにないので、リンクはゼルダに駆け寄った時のことを思い返す。ギラヒムにより窓からの落下が防がれたことを思い出し、リンクは悟った。改めてガノンドロフに目を向ける。
「それを相談されていた君は構えていた、というわけか。ありがとう。」
ガノンドロフは何か嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。リンクは苦笑しながら、ギラヒムに顔を向ける。
「ギラヒムも。助けてくれて、ありがとう。」
ギラヒムは鼻を鳴らした。
「うるさいな。ワタシは魔王様の命に従っただけだよ。君に礼を言われる筋合はないね。」
ニヤニヤとミドナが笑った。
「素直じゃないなぁ。」
ギラヒムはムッとした顔をする。
「喧嘩なら買うよ?影の王女様?」
「いーや、やめとくよ。」
リンクはやはり苦笑する。しかし、夢のような二人の姿を見て、感慨深いものを感じた。リンクはゼルダに顔を戻す。
「ごめんね、心配をかけて。」
ゼルダは深呼吸すると、ようやくリンクから離れた。
「そのとおりよ。少しは気をつけなさい、リンク。」
怒ったような顔でゼルダは言う。だがすぐに、微笑んでくれた。それを見てリンクは一安心する。
「じゃあ、オレは戻るよ。邪魔してごめんね。」
リンクは扉に向かって歩き出した。
「気になることとは何だったんだ?」
インパの声が後ろから追いかけてきた。
「あぁ。」
そう言えばそんなことを言ったな、と思いながらリンクは振り返った。
「ごめん、それ、気のせいだった。」
リンクは再び前を向いて歩く。
「ふぅん。まだ誤魔化すのか。懲りないな、お前も。」
今度はミドナの不穏な声が聞こえ、リンクは足を止めた。眉を顰めてまた振り返る。
「なんでそうなるの?」
ミドナは肩をすくめた。
「忘れるなよ。ワタシもお前の相棒をやっていたんだ。嘘をついていることくらい分かるさ。」
リンクはため息をついた。言い逃れはできないと思い、口を開く。
「確かに、気のせいだったというのは嘘。だけど、解決したから言う必要がない。」
今度はガノンドロフが眉を顰めたのが見えた。
「お前に黙っていられるのは不安だ。言え、小僧。」
そう言われてしまえば、リンクに黙秘権はない。
「今あったことだよ。」
「どういうことだ?」
ザントは首を傾げていた。
「ゼ……、彼女が襲われるかもしれない、そんな気がして。」
ゼルダ、とは彼等の前では呼べなかった。インパの表情が暗くなったのが見えた。
「何故だ。」
暗い顔のまま、固い声でインパが言う。
「オレも、夢を見たんだ。彼女が窓から突き落とされる夢。……これでいい?」
「あぁ。」
ガノンドロフは頷いて手をひらひらと振った。今度こそ、リンクは部屋を後にした。
「お前……どこに行ってたんだよ……。」
リンクが部屋に戻ると、ダークリンクが脱力していた。
「ちょっと会議室に。」
軽い口調で返すと、ダークリンクはギョッとした顔をした。
「はぁ?なんでまた?」
「彼女……ゼルダ姫に危険が迫っている気がして。」
ダークリンクは少し顔を歪めた。心配そうな顔でリンクを見ている。自分に危険が迫っていたわけではないのに、と考えたところでギラヒムに助けられたことを思い出し、追及される前に話題を変えることにした。
「ところでさ。今、動き始めているでしょ。」
リンクが世間話のつもりで言うと、ダークリンクは一瞬動きを止めた。
「ついでに情報収集してきました、ってか。」
ダークリンクは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。リンクは苦笑する。
「そのつもりはなかったんだけど。部屋に入ったらそんな話をしていて、聞こえちゃった。」
ダークリンクは大きくため息を吐いた。
「お前を参加させる気はないから黙ってろって言われてたんだがなぁ……。」
そうぼやくと、やれやれといった風に首を振る。そして、諦めたように口を開いた。
「中央の城を取り戻そうとしているらしいぞ。俺も詳しくは知らないが。」
「調べてくれないの?」
リンクが明日の天気を聞くような調子で聞くと、ダークリンクはまたしても固まった。予想と異なる反応が返ってきて、不思議に思いながらダークリンクを見る。すると、ダークリンクはこれでもかというほど顔をしかめていた。
「俺が断れないのを知っててそんな無理難題言ってんのか。」
リンクはきょとんとしてダークリンクを見つめた。
「無理難題?」
聞き返してもダークリンクの難しい顔に変化はない。
「そっか、難しいんだ、これ。ごめん、じゃあいいよ。」
リンクはあっさり依頼を取り下げ、ダークリンクに微笑みかけた。そもそもそんなに興味があったわけではないのだ。城側に情報開示の意思がないのを、無理して暴いてまで知りたい内容ではなかった。リンクはダークリンクに背を向けて窓辺に行く。とはいえ、このままじっとしているのも何か違う気がする。この先どうしようかと身の振り方を思案しながら外を眺めていると、扉が開く音が聞こえた。
「リンクー!」
元気よくナビィが入ってくる。リンクが振り向くと、丁度ファイが扉を閉めていた。
「ナビィ、ファイ。終わったの?話し合い。」
リンクが行ったのは幹部の会議だが、それを踏まえた軍議も同時並行で行なわれていた。二人はそれに駆り出されていたのだった。
「はい。ところで、何か気になることでもあったのですか?」
「え?なんで?」
突然ファイに問われたが、リンクはすぐに何のことか分からなかった。
「脱走してた、って聞いたヨ?」
なんてことのないようにナビィは言った。だが、リンクは思わず背筋を伸ばした。恐る恐る二人を見る。
「もうダークにお説教してもらったから、許して?」
「してねぇから。睨むなお前ら。」
リンクが懇願するなり、即座に否定するダークリンク。リンクが驚いてダークリンクを見れば、ダークリンクはまたしかめっ面をしていた。一方、ナビィやファイを確認すると、二人は怖い顔でダークリンクを睨んでいた。微妙な間が生まれる。
「マスターの保身のようですので、不問としましょう。」
ようやく、淡々とファイが言うと、ダークリンクはため息を吐いた。余計なことを言ったことに気付いたリンクも苦い顔をする。その時、またズキリと胸が痛んで、表情を崩さないようにするのに苦心した。
“思ったより後に引いているな、コレ……。”
参ったな、とリンクは思った。早く治るのを祈るばかりだ。
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珍しくリンクは会議の場にいた。ギラヒムやミドナがあーだこーだ言っているのを聞き流しながら、ゼルダに目を向ける。彼女は窓の前に立ち、真剣な顔をして話を聞いていた。その様子がどうにも気になって、そのままゼルダを眺める。ゼルダはその視線に気付くこともなく話に耳を傾けている。特に不自然な様子はない。気のせいか、と思ったその時。何か嫌な力が側を通り過ぎたのを感じ取った。慌ててその力が向かった先を見ると、それはゼルダに直撃していた。
「きゃあっ!」
その力をまともに喰らったゼルダは、後ろに吹き飛ぶ。ゼルダが飛ばされた先には窓しかなく、しかもその窓は全開だった。
「ゼルダっ!!」
リンクが叫びながら手を伸ばすが、間に合うことなくゼルダの体が落ちていく――。
「――っ!!」
声にならない叫びを上げながら、リンクは目を見開いた。伸ばした手は天井に向かい、空を掴んでいた。訳も分からず、リンクはその体制のまましばらく息を荒くしていた。息がだんだんと落ち着き、開き切っていた目から力が抜ける。リンクはゆっくりと手を下ろした。そのままその手を額に持っていき、目を瞑って深呼吸をする。そして、起き上がると辺りを見渡した。ここがどこか――自身にあてがわれた客間――を理解し、リンクは一先ずホッとした。だが、胸騒ぎがする。ゼルダが無事か、確認したくなった。もう一度部屋を確認するが、誰もいなかった。見張りはどうなっているのかと思いながらも、今は好都合だとそそくさと部屋を抜け出した。
部屋を抜け出したリンクは、まず先程夢で見た部屋、会議室を訪れた。それは城の3階にあり、正夢になろうものならひとたまりもない。リンクがそっと扉を開くと、奥の方に幹部達の姿が見えた。
「ヤツについて、―――だが、―――か?」
「―――今、―――にいるようで、―――。」
どうやら夢と同じく会議中らしい。歓迎されないのは承知の上、音を立てないように部屋に入り込んだ。
「―――、出撃はいつ――――――。」
途切れ途切れに聞こえる話を耳に入れないようにしながら、リンクはそっと彼等の方に歩み寄った。全体が見える位置に来て、ゼルダもいることを確認した。ゼルダは夢で見たとおりの位置にいて、リンクは青ざめる。
「何だ。今は会議中だぞ。」
インパの声が聞こえた。リンクに気付いたらしい。リンクが声の方を見ると、インパが険しい顔でこちらを見ていた。
「ここに居たらダメかな?」
リンクはダメ元で頼んでみる。インパの顔が更に険しくなった。
「大人しくしていろと言われただろう、身の程知らず。」
呆れたようなザントの声が横から入る。
「ちょっと気になることがあって、 !」
“危ない!!”
リンクは弁明しようとしたが、その時、あの嫌な力を感じ取った。夢と同じ轍を踏むまいと、何を確認することもなく、リンクはゼルダに向かって駆け出した。
「おい、どうした!?」
ミドナの驚きの声を無視し、インパやザントの止めようとする手を避け、リンクは窓の近くに辿り着く。勢いそのままに、ゼルダを窓のない方へ押し倒した。
「ゼルダ様に何を、……!」
インパの怒鳴り声が聞こえるのと嫌な力がリンクに直撃するのは同時だった。ゼルダを押し倒した体制からでは受け身もとれなかった。胸の痛みを感じたかと思えば、激しく吹き飛ばされていた。
「ギラヒム。」
「ハッ。」
遠くでガノンドロフとギラヒムの示し合わせたような声が聞こえた。そうかと思うと、リンクは吹き飛ばされた先から別の衝撃を受け、床に叩きつけられる。
「カハッ……。」
リンクは乾いた声を漏らし、痛みに耐える。だがすぐに痛みをやり過ごし、後から受けた衝撃の方に顔を向けた。すると、無表情のギラヒムが窓の淵に立ってリンクを見下ろしていた。新手の敵ではないことにリンクはホッとする。突然、何かが自分の腕に触れた。そちらを見ると、ゼルダが側まできていた。
「リンク……!」
「大丈夫。」
心配そうなゼルダに対し、リンクは短く伝える。今はのんびり会話している場合ではない。リンクは上半身を起こすと、嫌な力の出所を睨んだ。リンクに向けられていた視線が逸れていくのを感じる。リンクが睨んだ先には、
「チッ。外したか。」
ヤツがいた。
「貴様……!いつの間に……!」
歯軋りせんばかりのインパの声がヤツに突き刺さる。
「相変わらず間抜けな奴らだ。平和な世界で腑抜けたか。」
ヤツが嘲笑した。
「ふざけるなぁっ!!」
ザントは憤りの声を上げ、力任せにヤツに襲いかかった。しかし、その攻撃はすり抜け、ダメージが入ったようには見えなかった。
「なっ……!?」
一瞬ザントは呆気にとられたが、ダンダンと強く足踏みする。
「ホログラムか!卑怯だぞ!!本体はどこにいる!?」
ミドナが唸るように叫んだ。ヤツのホログラムはニタリと嗤った。
「さぁ?それにしても……ようやく出られたのだな。おめでとう。そこの勇者の仕業か?」
ホログラムはニヤニヤ嗤いを浮かべたまま、冷たい目をリンクに向けた。リンクはジクジクと感じる胸の痛みを堪えながら、ゆっくり立ち上がる。黙ったままヤツを睨み付けた。
「姫を殺してやろうと思ったが……勇者に当たったのならば、それはそれで。」
どこか楽しそうなヤツを無視し、リンクは目だけを動かした。
「だが、次は阻止できるかな?」
ホログラムが手を挙げた。その時、何もない空間が揺れたのをリンクの目は捉えた。
「そこかっ!」
リンクは即座に光の矢を放った。ザントの何をやっているのか、と言いたそうな顔が目の端に見えたが、
「ギャア!!」
と悲鳴が上がる。ホログラムが消え、本体が現れた。
「う、ぐぐ……貴様……勇者め……。」
ヤツは宙に浮いたまま苦しそうに蹲っている。そこへガノンドロフが肉薄し、大きく斬りつけ、魔法で追撃した。敵ながら可哀想になる程容赦ない攻撃である。弾き飛ばされた先で、ヤツは息も絶え絶えだった。
「チッ……ここまでか……。だが、残念だったな。私は偽物だ!!」
突然、ヤツが光りだした。ガノンドロフは更に追い打ちをかけようとしていたが、光が見えた瞬間に距離をおいた。その直後、ヤツが爆発した。爆発の直前、半透明な何かがリンク達を包み込む。それがバリアとなって爆発からリンク達は守られた。リンクがバリアの源を予測してゼルダを確認すると、彼女が力を放出していた。爆発が収まり、静寂が広がる。しばらくしてゼルダがバリアを外し、視界が開けた。部屋の中は黒焦げていたが、大きな被害はなさそうだった。
「脅威は去ったのか。」
インパが抜かりなく部屋の様子を確認しながら聞いた。
「そのようだね。」
忌々しそうにギラヒムが言う。リンクも脅威が去ったと判断し、力を抜いた。ドクン!突然胸の奥が痛んだ。攻撃を受けた直後から感じていた痛みとはまた別のものだ。驚いたリンクはそこを押さえる。だが、痛みはすぐに引いていた。
“何だ?今のは……。”
「どうかしましたか?」
考え込む暇もなく、ゼルダに顔を覗き込まれていた。リンクは慌てて首を振る。
「いや、何でもない。」
リンクは手を戻した。ゼルダは不安そうな顔を隠そうともしなかった。
「そうですか?」
リンクは頷く。ゼルダはやはり心配そうな顔をしていたが、ため息を吐くと、突然表情を変化させた。それはどう見ても怒りの表情だった。
「リンク!!無茶しないで!!」
突然の叱責に、リンクはたじろいだ。
「ごめんなさい……。」
慌てて謝る。ゼルダはリンクに縋り付いた。
「あのまま落ちていたら……!正夢になるかと……!」
リンクは目をパチクリさせた。
「夢……?」
ゼルダはリンクに縋り付いたまま、体を震わせるばかりだ。リンクの問いかけに答えそうになかった。
「姫君は最近、嫌な夢を見ていたらしい。」
ガノンドロフの大儀そうな声が聞こえた。声に反応してガノンドロフに目を向ける。やはり面倒臭そうな顔をして、ガノンドロフは続けた。
「お前がここから落ちる夢だそうだ。」
リンクは目を見開いてゼルダを確認した。ゼルダは、何かに怯えるようにリンクの服を掴んだまま震えていた。見つめていても真相に近付けそうにないので、リンクはゼルダに駆け寄った時のことを思い返す。ギラヒムにより窓からの落下が防がれたことを思い出し、リンクは悟った。改めてガノンドロフに目を向ける。
「それを相談されていた君は構えていた、というわけか。ありがとう。」
ガノンドロフは何か嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。リンクは苦笑しながら、ギラヒムに顔を向ける。
「ギラヒムも。助けてくれて、ありがとう。」
ギラヒムは鼻を鳴らした。
「うるさいな。ワタシは魔王様の命に従っただけだよ。君に礼を言われる筋合はないね。」
ニヤニヤとミドナが笑った。
「素直じゃないなぁ。」
ギラヒムはムッとした顔をする。
「喧嘩なら買うよ?影の王女様?」
「いーや、やめとくよ。」
リンクはやはり苦笑する。しかし、夢のような二人の姿を見て、感慨深いものを感じた。リンクはゼルダに顔を戻す。
「ごめんね、心配をかけて。」
ゼルダは深呼吸すると、ようやくリンクから離れた。
「そのとおりよ。少しは気をつけなさい、リンク。」
怒ったような顔でゼルダは言う。だがすぐに、微笑んでくれた。それを見てリンクは一安心する。
「じゃあ、オレは戻るよ。邪魔してごめんね。」
リンクは扉に向かって歩き出した。
「気になることとは何だったんだ?」
インパの声が後ろから追いかけてきた。
「あぁ。」
そう言えばそんなことを言ったな、と思いながらリンクは振り返った。
「ごめん、それ、気のせいだった。」
リンクは再び前を向いて歩く。
「ふぅん。まだ誤魔化すのか。懲りないな、お前も。」
今度はミドナの不穏な声が聞こえ、リンクは足を止めた。眉を顰めてまた振り返る。
「なんでそうなるの?」
ミドナは肩をすくめた。
「忘れるなよ。ワタシもお前の相棒をやっていたんだ。嘘をついていることくらい分かるさ。」
リンクはため息をついた。言い逃れはできないと思い、口を開く。
「確かに、気のせいだったというのは嘘。だけど、解決したから言う必要がない。」
今度はガノンドロフが眉を顰めたのが見えた。
「お前に黙っていられるのは不安だ。言え、小僧。」
そう言われてしまえば、リンクに黙秘権はない。
「今あったことだよ。」
「どういうことだ?」
ザントは首を傾げていた。
「ゼ……、彼女が襲われるかもしれない、そんな気がして。」
ゼルダ、とは彼等の前では呼べなかった。インパの表情が暗くなったのが見えた。
「何故だ。」
暗い顔のまま、固い声でインパが言う。
「オレも、夢を見たんだ。彼女が窓から突き落とされる夢。……これでいい?」
「あぁ。」
ガノンドロフは頷いて手をひらひらと振った。今度こそ、リンクは部屋を後にした。
「お前……どこに行ってたんだよ……。」
リンクが部屋に戻ると、ダークリンクが脱力していた。
「ちょっと会議室に。」
軽い口調で返すと、ダークリンクはギョッとした顔をした。
「はぁ?なんでまた?」
「彼女……ゼルダ姫に危険が迫っている気がして。」
ダークリンクは少し顔を歪めた。心配そうな顔でリンクを見ている。自分に危険が迫っていたわけではないのに、と考えたところでギラヒムに助けられたことを思い出し、追及される前に話題を変えることにした。
「ところでさ。今、動き始めているでしょ。」
リンクが世間話のつもりで言うと、ダークリンクは一瞬動きを止めた。
「ついでに情報収集してきました、ってか。」
ダークリンクは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。リンクは苦笑する。
「そのつもりはなかったんだけど。部屋に入ったらそんな話をしていて、聞こえちゃった。」
ダークリンクは大きくため息を吐いた。
「お前を参加させる気はないから黙ってろって言われてたんだがなぁ……。」
そうぼやくと、やれやれといった風に首を振る。そして、諦めたように口を開いた。
「中央の城を取り戻そうとしているらしいぞ。俺も詳しくは知らないが。」
「調べてくれないの?」
リンクが明日の天気を聞くような調子で聞くと、ダークリンクはまたしても固まった。予想と異なる反応が返ってきて、不思議に思いながらダークリンクを見る。すると、ダークリンクはこれでもかというほど顔をしかめていた。
「俺が断れないのを知っててそんな無理難題言ってんのか。」
リンクはきょとんとしてダークリンクを見つめた。
「無理難題?」
聞き返してもダークリンクの難しい顔に変化はない。
「そっか、難しいんだ、これ。ごめん、じゃあいいよ。」
リンクはあっさり依頼を取り下げ、ダークリンクに微笑みかけた。そもそもそんなに興味があったわけではないのだ。城側に情報開示の意思がないのを、無理して暴いてまで知りたい内容ではなかった。リンクはダークリンクに背を向けて窓辺に行く。とはいえ、このままじっとしているのも何か違う気がする。この先どうしようかと身の振り方を思案しながら外を眺めていると、扉が開く音が聞こえた。
「リンクー!」
元気よくナビィが入ってくる。リンクが振り向くと、丁度ファイが扉を閉めていた。
「ナビィ、ファイ。終わったの?話し合い。」
リンクが行ったのは幹部の会議だが、それを踏まえた軍議も同時並行で行なわれていた。二人はそれに駆り出されていたのだった。
「はい。ところで、何か気になることでもあったのですか?」
「え?なんで?」
突然ファイに問われたが、リンクはすぐに何のことか分からなかった。
「脱走してた、って聞いたヨ?」
なんてことのないようにナビィは言った。だが、リンクは思わず背筋を伸ばした。恐る恐る二人を見る。
「もうダークにお説教してもらったから、許して?」
「してねぇから。睨むなお前ら。」
リンクが懇願するなり、即座に否定するダークリンク。リンクが驚いてダークリンクを見れば、ダークリンクはまたしかめっ面をしていた。一方、ナビィやファイを確認すると、二人は怖い顔でダークリンクを睨んでいた。微妙な間が生まれる。
「マスターの保身のようですので、不問としましょう。」
ようやく、淡々とファイが言うと、ダークリンクはため息を吐いた。余計なことを言ったことに気付いたリンクも苦い顔をする。その時、またズキリと胸が痛んで、表情を崩さないようにするのに苦心した。
“思ったより後に引いているな、コレ……。”
参ったな、とリンクは思った。早く治るのを祈るばかりだ。
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