過去の精算

リンクが調べていると、ナビィ、そしてファイが戻ってきた。二人はリンクの様子を静かに見守っている。

「それが何かあるのか?」

唐突に響いた第三者の声に、リンクは内心驚愕した。

「……君も来たんだね。」

あえて素っ気なく、リンクは言った。

「オマエみたいな危険人物を野放しには出来ないだろ?」

突然現れた第三者――ミドナも、ふざけた風を装いながら警戒を怠っていない言い回しをした。それを寂しく感じながら、リンクは答える。

「そうだね。じゃあ、しっかり見張ってて。」

リンクはそっとファイとナビィに目配せした。ナビィは悔しそうにする。その時に目に入ったミドナは、相棒として横にいた時の小さな姿だった。何故だろうと思うものの、追及できる立場ではないので、リンクは不思議なものに視線を戻した。

「で、それが何だ?」

ミドナが不躾に聞いた。

「分からない。だけど、何か感じる。」

ミドナの様子は結局かつてを思い出させるもので、リンクの口は軽くなっていた。

「ふぅん。……そう言えば、ガノンドロフもそこを気にしてたな。」

「え?」

リンクはミドナを振り返った。ミドナは小さい姿で宙に浮きながら、腕を組んでニタリと笑った。

「人が出ようと躍起になっている隣で、そこばかり調べていたぞ、アイツ。」

ミドナが笑った理由も追及しないことにして、リンクは不思議なものに集中した。

「ガ……彼も気にしていた……?じゃあ、トライフォース関係かな……、……!」

突然、リンクの左手、勇気のトライフォースが光り出した。あまりの眩しさに目を伏せる。光がおさまり、確認すると、目の前にポッカリと大きな入口ができていた。

「リンク、大丈夫?」

ナビィの心配そうな声にリンクは頷いた。

「これは……?」

ミドナはささやき声になっていた。

「行ってみなきゃ分からないね。」

あっけらかんとリンクは言った。

「マスター、無闇に進むのは」

「オレの十八番でしょ?」

呆れたようなファイを振り切って、リンクは歩き出した。かつての相棒三人も着いてくる。なんだか楽しく思うリンクなのであった。





リンク達は無言で進んでいた。奥に進むにつれ、空気は重く、息苦しくなっていた。何か嫌なものがあることは間違いなさそうだ。突如、大きな門が目の前に現れる。リンクは足を止めた。

「どうした~?怖いのか~?」

「そんなこと、ない。」

茶化すミドナにリンクは震える声で答えた。

“何だろう。この奥、何かとても恐ろしい気配がする。すごく……怖い。”

突然、三人がずいとリンクの前に進み出た。揃って固い表情をしている。

「マスター。無理は禁物です。」

「出直そう?」

「オマエが恐れるって相当だぞ?コイツ等の忠告に従った方がいい。」

どうやらリンクの誤魔化しに気付いたらしい。三人が三人とも、とても心配そうな様子でリンクを見ていた。

「大丈夫っ!!」

だが、リンクは三人を振り切り、勢いよく門をくぐった。しかし、すぐに足を止めることになる。そこには筆舌に尽くし難いおぞましい様相が広がっていた。

「な、何これ……っ!!」

「ガノンドロフ!?でもあいつは外にいたはずだ!」

相棒三人は追いかけてきたようだったが、リンクの側まできて取り乱していた。ファイに至っては絶句している。ミドナの叫びのとおり、そこにはガノンドロフがいた。だが、一人ではない。何人も、だ。しかも、その姿は惨憺たるもので。磔にされた者。鎖を巻かれた者。剣が突き刺さった状態の者。等々。まるで地獄絵図だった。ギロリ。全てのガノンドロフの目が、リンクを捕らえる。途端に、ビリビリと全身に緊張が走った。

「おのれ……小僧……!」

「お前が……お前さえ、いなければ……!!」

「許さん……許さんぞ、小僧……!」

鋭く尖った悪意を向けられ、リンクは息が詰まるように感じた。

“これは、オレが今まで倒してきたガノンドロフ達だ……。あいつのオレへの恨みは、溜まりに溜まって……今、全てオレに向いている……!”

目の前にあるのはかつての己の罪、リンクはそう思った。内からとも外からとも知れない重圧に、リンクの体は動かない。

「リ、リンク!これはまずいヨ!一度逃げよう!」

「おいリンク、しっかりしろ!」

我に返ったらしいナビィとミドナがリンクに喝を入れる。

「マスター!気を付けてください!!」

突然、ファイが叫んだ。リンクがファイの警告に気付いた時には、

「邪魔者は消えろ!!」

ガノンドロフ達が叫んでいた。それと同時に何かが辺りを吹き抜ける。

「がぁっ!!」

「きゃー!!」

「……っ!!」

相棒達の叫び声がこだまする。そこでようやく、リンクの金縛りが解けた。バッとリンクは相棒達を見やる。三人は先程の攻撃で壁際に弾き飛ばされていた。

「ファイ!ナビィ!ミドナ!」

リンクが呼びかけるが、返事はない。

「憎い……お前が憎い!!」

ガノンドロフの怨念に満ちた声が辺りに響く。リンクは三人の前に立ち、ガノンドロフ達に対峙した。

「今こそ思い知らせてやる……!」

「その身に刻んでやる……!」

「「「「俺の恨みを!!無念を!!!!」」」」

何か、凄まじい力が自分に向けられたのが分かった。だが、リンクは動けなかった。その攻撃を弾くことは可能だっただろう。しかし、だ。ガノンドロフを散々打ち負かしてきたのは自分で。苦しめてきたのは自分で。このようにしてしまったのは自分だから。彼等の怒りを、恨みを、憎しみを受け止めなければならない。そう思ったリンクは、動けなかった。リンクは歯を食い縛る。

“怖い!怖い、けれど……!これが天罰なら、受け入れる……!だから、”

「許、して……!」

気を失う直前、後ろから引っ張られた、そんな気がした。





「ん……。」

リンクが目を開けると、豪華な絵柄が目に入った。

「起きたか、お人好し。」

隣から声がした。そちらに目を向けると、ダークリンクが立っていた。寝起きの頭で思考を巡らすが、状況が全く分からない。

「お前、丸一日寝てたぞ。」

リンクがぼんやりした頭を何とか回転させていると、ダークリンクがのんびりした口調で言った。

「寝て、た……?」

リンクは首を傾げながら上半身を起こした。自分はふかふかなベッドの上にいた。リンクはきょとんとする。

「なんで……。というか、ここは……?」

リンクが困惑してダークリンクを見やると、ダークリンクは肩をすくめた。

「城の客間だ。ガノンドロフ様が寝かせてやれと。」

リンクはいよいよ状況理解に苦しんだ。

「え……?何がどうなっているの?」

「さぁな。」

リンクの問いに、ダークリンクも苦い顔をしていた。気難しい顔のまま、ダークリンクは腕を組む。

「後、下で何があったのかは俺も知らないぞ。ナビィやファイも気付いたら全部終わってたって言うし。あぁ、その二人だが、ずっと付きっきりでお前を看てた。お前が心配するからとさっき休ませたところだ。」

「そう……。」

リンクは視線を落とした。そこまで聞いて、最後、過去と思しきガノンドロフ達と対峙したことを思い出していた。

“オレはあれに耐えられなかったんだ……。”

リンクはギュッと握りこぶしを作った。ファイやナビィにも心配させてしまい、己の不甲斐なさを悔しく思う。だが今、考えなければならないのは。

“あのガノンドロフ達はどうなったのだろう?確かめないと。”

憎悪に満ちたガノンドロフ達についてだ。放置するわけにはいかなかった。

「そうだ、お前が寝ている間に例の伝承の調べがついたぞ。」

やはり間延びした声で、ダークリンクが言った。

「ごめん。せっかく調べてもらったけど、後にして。」

リンクはベッドから出て、床に足を付けた。

「後って、急げって言ったのはお前だぞ。」

呆れたような声が降ってくるが、リンクはそれどころではない。

「そうなんだけど、それより優先しなきゃいけないことができた。」

リンクは立ち上がると、扉に向かった。

「はぁ!?ってか待て!!どこに行くんだよ!?」

ダークリンクの慌てた声が追ってくる。リンクは少し後ろを見やると、

「ついてこないで。」

それだけを言って部屋を出た。

「そんなわけにはいかないだろ!!おい、待てや!!」

ダークリンクの怒声が追いかけて来る。だが、リンクに止まるつもりはない。リンクは人目につかないように城内を進み、元いた部屋に戻ってきた。扉を少し開けて中に誰もいないことを確認し、侵入。隠し部屋までやってくる。

「おい!」

後ろからダークリンクの怒鳴り声が聞こえた。どうやら追ってきたらしい。リンクはため息を吐くと、ダークリンクに向き直った。

「ダーク、ここで待ってて。」

リンクが告げると、ダークリンクのこめかみがピクピクと動いた。

「あのな、」

「大丈夫、だから。ちゃんと戻ってくる、から。……ダーク、降りたら自力で上がれないし。」

リンクが弱々しく制すると、ダークリンクは悔しそうな顔をした。

「来ないでね。」

念押しをすると、リンクは跳び降りた。





下に降りたリンクは止まりそうになる足を無理矢理動かし、門の手前まで来ていた。

“この奥に、過去のガノンドロフ達はいた……。どうなったのかは分からないけれど……オレが、受け止めなきゃ。オレが……。”

リンクは深呼吸すると、足を進めた。中に入り辺りを見渡す。

「あれ……?」

だが、そこはがらんとした空間が広がるばかりだった。リンクの血の気が引いていく。

「どうして……?あいつらは……?」

ガクリ、とリンクは膝をついた。

「もしかして、出ていってしまった……?」

リンクは頭を抱えた。目の前が真っ暗になる。

「どうしよう……。また、対立の世の中に……。それに……。」

リンクは自分が震えていることに気付いた。情けなさ過ぎて、どうにかなりそうだ。

“まずい……動けない……あの時の、冷たい目、声、言葉……思ったより、効いていたのか……。出なきゃ……ここでは、何も解決しない……。でも……体が、動かない………!”

リンクは震えながらそこで蹲っていた。





蹲ったまま、どれくらい経っただろうか。

「何をしている、小僧。」

突然、声が響いた。ビリ、と全身が痺れるような感覚がした。吐き気まで感じる。恐怖が頂点まで達したようだった。だが、逆に、その一声でようやくリンクの金縛りが解けた。リンクは声がした方にそろそろと顔を向けた。眉を顰めたガノンドロフがリンクを見下ろしていた。ガノンドロフは目を細める。

「俺が怖いか?」

間。リンクはしばらく答えられなかった。だが、

「いや。」

それだけを絞り出し、リンクはゆっくりと立ち上がった。恐怖は消えないが、自分には課せられた使命があるとリンクは信じていた。内側で暴れ回る恐怖心を押し殺し、リンクはガノンドロフを真っ直ぐ見据えた。

「何が、望み?」

リンクが問いかけると、ガノンドロフはますます目を細くした。

「どういう意味だ。」

リンクは小さく深呼吸をする。意を決して、口を開いた。

「ここに居るってことは、何があったのか、知っているんだよね?」

ガノンドロフは無言だった。だが、そうと信じているリンクには、回答など不要だった。リンクは一度、ギュッと目を瞑る。そして、もう一度、ガノンドロフをしっかりと見た。

「君の恨みは受け止める。受け止める、から……。お願いだ、心変わり、しないで……!世界を、闇一色に染めることだけは、どうか……!」

リンクは必死になって懇願した。身勝手な頼みとは百も承知だ。だが、頼まずにはいられなかった。ガノンドロフは黙ってこちらを見下ろしている。痛い沈黙が流れた。しばらく、時が止まったかのように二人は微動だにしなかった。……やがて。

「馬鹿馬鹿しい。」

ガノンドロフはそう、吐き捨てた。リンクは固唾をのんで、次の言葉を待つ。

「お前の考えることは、本当に理解出来んな。」

ガノンドロフは面倒くさそうに首を振った。リンクは尚もじっとガノンドロフを見つめた。ガノンドロフは小さく息を吐く。

「世界征服に興味はない。」

リンクは目を大きくした。今度は驚きで、体が動かない。リンクの様子を眺めていたガノンドロフだったが、ふいと視線を逸らした。

「……今は、お前をどうこうするつもりもない。」

リンクの思考が止まった。ガノンドロフの言葉の意味を理解できずに、カチコチのままガノンドロフを凝視する。だが、それ以上説明することなく、ガノンドロフは踵を返した。やはりリンクが動けないでいると、ガノンドロフは少し進んだ先で足を止めた。

「来い。姫君や他の奴らが待っている。」

言い捨てると、ガノンドロフは歩き出した。リンクは呆然としていた。姿が見えなくなりかけて、我に返る。慌ててリンクは、ガノンドロフを追った。





二人が隠し部屋に戻ると、ダークリンクだけでなく、ファイとナビィもいた。

「もう!起きた途端、どこに行くのヨ!!」

ナビィの怒鳴り声でリンクの緊張が和らいだ。ナビィの怒りを収めるため、リンクは力なく微笑んだ。だが、すぐ側にガノンドロフがいたことを思い出し、顔を引き締める。これまでのように素で接する訳にはいかないのだ。先程、ガノンドロフに懇願するときは頭から抜け落ちていたが、それはそれ。リンクは気持ちを切り替える。すると、さっきまで感じていた恐怖もどこかへ行ってしまった。

「どこに行こうとオレの勝手でしょ。」

リンクが悪役調で言うと、ダークリンク達は哀しそうな様子を見せた。

「マス」

「ファイ。」

ファイがマスターと呼びかけようとしたのを、リンクは遮る。その呼びかけが何を意味するか、ファイは分かった上で発したはずだ。だが、それを許すつもりはない。ダメ押しと、ガノンドロフに気付かれないように首を振って見せた。

「ガノンドロフ様。こいつはどうなるのですか?」

ダークリンクが苦しそうな声で問いかけた。すると、ガノンドロフはダークリンクに目を向けた。しばらく無表情でダークリンクを眺めていたかと思えば、

「そうだな。お前達三人も関係ある話だ。一緒に来い。」

と告げ、足早に歩き出した。この状況をどう判断すべきか悩んでいたが、

「行かないの?」

ナビィの言葉にリンクはハッと我に返る。ガノンドロフを確認すると、かなり距離ができていた。リンクは慌てて駆け出した。




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