過去の精算
次の日。リンクがぼんやりしていると、バドがやってきた。
「頼みたいことがあるんだが、いいか?」
開口一番、バドはそう言った。
「何?」
リンクは目をぱちくりさせながらバドに顔を向ける。
「面倒事を押しつけるようで、俺は気乗りしねぇが……断ってもいいからな?」
頼みたいことがあると言った割には、バドは渋る。リンクは何でもするのにと思いながら、内容の見当をつけようと試みた。
「ここでできること?」
「あぁ、まぁ……。」
やはりバドは歯切れが悪い。リンクはバドを安心させるため、微笑みかけた。
「じゃあ大丈夫だよ。外に出る必要があると誰かの見張りが必要になるけど、オレが大変なだけなら、いくらでも。それで、何をしたらいいの?」
やはり浮かない顔をしていたが、ようやくバドは説明を始めた。
「最近いなくなったと思っていたんだけどよぉ、変な魔物が城下町で騒いでいたことがあってさ。」
“それって……あいつら?”
リンクには心当たりがある。病を直す薬草がなく、困っていたボコブリン達だ。
「多分そいつと同じ集落のやつが、今度は人探しをしてほしいって騒いでいるんだ。そいつがとうとう城にまで来た。」
もし彼等なのだとしたら、また問題が発生したのかもしれないとリンクは心配に思った。だが今は、バドの依頼についてだ。
「人探しを手伝えばいいの?」
そう口に出して、リンクは気付く。
「あれ?それ、ここでは出来ないよ?」
バドは苦い顔をしながら、首を振った。
「いや、説得して追い返してほしいんだ。」
リンクはしばし絶句した。
「……追い返す、って。」
リンクがやっとの思いでそう言うと、バドはガシガシと頭を掻いた。
「前にいたやつも変なこと言ってたんだ。城が薬草をあらかた採ってしまった、その上採れる場所を封鎖した、せめて薬草を返してくれって。」
バドの言う魔物とリンクが思い浮かべる彼等は一致していそうである。だが、とリンクは眉間に皺を寄せた。
“あれは、城の仕業じゃなかったってこと?なんだかおかしいな。”
「ねぇ、バド。デスマウンテンに隠れ住むボコブリンのこと、知っている?」
バドはたじろいだ。気不味そうに口を開く。
「あ、あぁ……。お前、知っていたのか。あいつに煽られて襲っちまったっていうボコブリンだよな。って、何で今、その話なんだよ?」
やや不満そうにバドはリンクを睨んだ。リンクはそれに臆することなく答える。
「その騒いでいるやつっていうのが、そこのボコブリンだと思うんだよね。」
「はぁ!?」
バドは目玉が飛び出んばかりの驚きようだった。
「だから、前に騒いでいたやつの言い分は、多分……。」
リンクがおずおずと言うと、バドは動きを止めた。しばらく顎に手を当てて考えていたが、やがて、鷹揚に頷いた。
「間違ってねぇってことか。じゃあ今いるやつもまともってことか?まぁ、とにかく、あいつを連れてくるから、話を聞いてやってくれ。」
「ごめん、それなんだけど、………あぁ、行っちゃった……。」
言うだけ言うと、リンクが止めるのも聞かずにバドは部屋を出て行った。リンクは額に手を当てて項垂れる。
「どうかされましたか?」
ファイは不思議そうにしていた。
「ちょっとね。」
手を貸した人物が破壊者であるなど、きっと知りたくないはずだ。しかし、もし、バドがあの集落のボコブリンを連れてきてしまえば、ばれてしまう。参ったなぁと思いながら、リンクはため息を吐いた。改めてファイとナビィに顔を向ける。
「ファイ、ナビィ。悪いけど、今からオレがしゃべらなくてもいいようにしてほしい。」
「なんで!?」
当然のように、ナビィは聞いた。いささか強い口調だ。しかし、説明している余裕はない。
「後で話す。声を聞かれるとまずいんだ。」
丁度その時、扉が開いた。バドが連れてきたボコブリンを見て、リンクはやっぱりと思うと同時に驚いていた。それはデスマウンテンに隠れ住むボコブリンの長老だった。
「話を聞いていただけるとは本当ですか。」
ちらりとファイがリンクを見た。リンクは目で話すつもりがないことを伝える。ファイは小さくため息を吐くと、口を開いた。
「お聞きしましょう。」
「あぁ、ありがたや!誰一人として真剣に受け止めてくれやしないのに……。」
長老は随分と嬉しそうだった。それを見ながら、リンクは苦い顔をする。
“あのさ、オレ、世界を襲った危険人物。というか……それ、ちゃんと知っているのかな……?”
リンクはやれやれと思いながら長老を見つめた。リンクの心の内など知るわけがない長老は、事情を話し始めた。
「我々は病に見舞われることを宿命とする種族です。病を克服することで成長します。克服には薬草が必要で。我々は、誰かが病にかかると、その薬草を摘みに行っておりました。しかし……突然、城の者がそこを占拠し、必要な薬草を採り尽くしてしまいました。困った我々は城下町に二人派遣しましたが、功を為さず。時だけが無情に過ぎていきました。ある日、一人の人間が我々の集落に現れました。我々に事情を聞くと、なんと次の日には薬草を持って帰ってきたのです。……私はその人にもう一度会いたい。あの時はごたごたしていて、しっかりお礼も言えなかった。会いたいのです。探していただけませんか?」
長老の話が終わると、ナビィがリンクの近くに飛んできた。
「だってサ。リンク、どうするの?」
リンクは首を振った。
「何故です!この話、あなたも信じてくださらないのですか!?」
長老は声を荒げた。それを心苦しく思いながら、リンクはふいとそっぽを向いた。
「探してやってもいいんじゃねぇか?なんかそいつ、かなり強そうだぜ。」
一緒に聞いていたバドが言う。リンクはギョッとしてバドの腕を掴み、首を振った。するとバドは、怪訝そうな顔をした。
「何だよ、さっきはこいつを擁護しそうな感じだったのに。大体、何で何も言わないんだ?」
リンクは罰が悪く、バドから顔を背けた。
「何も言わない?我々は口をきく価値もないと!?」
リンクが意図して話していないことに気付いた長老は声を荒げた。ヒステリックに叫ぶ長老に、リンクは狼狽える。
「どうしてです!!そんなに我々は邪魔な存在ですか!!」
内心では困り果てながら、リンクはただ首を振った。
「我々は不必要だと!?あの襲撃で消えてしまえばよかったのだと!?そう言いたいのですか!!」
違うと叫びたかった。だが、それをすればあの時のことがばれてしまう。リンクはやはり首を振るしかなかった。
「ちょ、ちょっとアンタ、落ち着いてヨ。リンクにそんなつもりはないヨ。」
ナビィが代弁してくれたが、長老はがくりと項垂れた。
「あぁ……あの時消えればよかったか。やはり我々は邪魔なのだ。誰にも必要とされない、むしろ疎まれる……。誰かが言った、我々はこの世のゴミなのだと……間違いではなかったか……。」
リンクはいたたまれなかった。
「そんなことない!」
言葉が口をついて出る。思ったより大きな声だったからか、長老はビクリと大きく反応した。
「……あーあ……。」
隣からナビィの投げやりな声が聞こえたが、リンクは長老のことで手一杯だった。
「そんなことないよ……この世界で必要ない存在なんて、ない。」
リンクが必死で訴えると、長老は目を見開いた。長老はリンクに歩み寄り、目を合わせてきた。
「……今、何と……?」
かすれた声で、長老は言った。
「君達も世界に必要な存在だと言って………あ。」
リンクはハッと自分の口を塞いだ。
「しゃべっちゃった……。」
「これはリンクの自滅だからネ。ナビィ、しーらない。」
ナビィは協力を放棄したようだった。リンクは苦虫を噛み潰したような顔をするしかない。一方、長老はリンクを暫くじっと見つめていた。しばらく何かを考えているようだったが、やがて、
「人払いをしていただけませんか。」
と言った。
「何でだよ?」
バドが疑り深い目をして聞いた。長老はそれに気圧されることなく、答える。
「私は確かに恩人を探しておりました。それは礼を言うためだと申しましたが、実はお伝えしたいことがございまして。」
長老はそこでリンクに目を向けた。
「あなたにも話を聞いていただきたい。」
リンクはこれでもかというほど大きくため息を吐いて見せた。だが、長老の気持ちに変化はなさそうだ。仕方なく、リンクは口を開く。
「話を聞けっていうなら聞くけど。オレが誰か分かった上だね?オレは世界を」
「それは我々の考えることではございません。お願いします。」
リンクの虚勢はすぐさま断ち切られた。頭を抱えたくなるのを必死で我慢しながら、リンクは肩をすくめて見せた。
「まぁ、話すのはそっちの勝手だから、止めないよ。後悔しても知らないからね。」
リンクの素っ気ない言葉にも、長老は嬉しそうに頷いた。何故だ、と思いながら、リンクは気を取り直してバドに顔を向ける。
「それで……人払い、か。バド、どこかいいところはある?」
すると、バドは怪訝そうな顔をした。
「はぁ?ここでいいだろ。お前を出してやるわけにはいかないし。じゃあ、終わったら呼べよ。扉の外にいるからよ。」
バドは返事も聞かずに出ていった。長老はファイとナビィに顔を向ける。
「あなた方も出てくださりませんか?」
じ、っとファイは長老を見つめた。長老もその目を見つめ返している。しばらく見つめあっていたが、やがて、ファイは口を開いた。
「いいでしょう。ナビィ、行きましょう。」
ナビィは一瞬、強い光を発した。
「リンクに何かしたら、許さないからね。」
長老は目礼した。警戒心を持ったままのようだったが、二人も部屋を後にした。
「これで第三者はいませんね。」
長老はリンクに向き直って言う。リンクはまたしても苦い顔をして見せた。
「あのさ、言いにくいんだけど……。時々、誰かに見られている気がするんだよね。だから、人払いの保証は出来ない。」
長老はリンクを優しい顔を向けた。
「あなたがそれでよければ、私は構いません。」
「え?」
リンクはポカンとした。長老はそれに構わず、突然、居住まいを正した。
「改めまして。あの時は、本当にありがとうございました。」
長老は深々とお辞儀した。リンクはがくりと肩を落とした。
「やっぱりばれちゃったか。ごめんね、助けたのがこんな犯罪者で。」
長老は目を細めた。
「……犯罪者。あなたには全く似つかわしくない響きですね。」
「悪いけど、そこはどう抗っても変わらない事実だ。」
リンクはピシャリと長老の感想をはねのけた。だがすぐに、真剣な顔を長老に向ける。
「ばれたから聞くよ。どうやって外へ出たの?崖をよじ登るのも、若い二人は大変そうだったのに。あ、歳を重ねると力がついていく種族だった?」
長老は苦笑した。
「いえいえ。私のような老いぼれではとてもあんな崖なんか。実は出入口を新たに作りました。今では簡単に行来出来ますよ。」
リンクは目をパチクリさせた。
「え?でも、外との繋りは断つって、」
「そう言わなければ、あなたは留まったでしょう?」
相変わらず、長老は優しい顔でリンクに問いかける。リンクはため息を吐いて答えた。
「留まることはしなかったよ。」
長老はゆっくりと首を振った。
「そうではなく。出入口を作ることを手伝い、我々が安定するまで見守ったのでは?」
リンクはしばし動きを止めた。
「……オレを何だと思っているの。そんな面倒なこと、」
「そうでしょうか。」
長老はリンクを遮ると、リンクににっこりと笑いかけた。
「牢に入れられた同胞など放っておけばよいものを、わざわざ牢の前まで赴き、帰る段取りを伝え、その上、我らの集落に足を運び、少ない情報のみであの危険地帯へ向かい、薬草を入手してきた。」
「……城から奪ったものかもよ。」
つらつらとリンクの行動を描写する長老に、リンクは苦し紛れの言い訳をした。
「それはありません。城が占拠したのは随分前。しかも……実は占拠後も隠れて摘みに行った者がおりますが、行ける範囲の薬草は全てなくなっていた、つまり、占拠後に城のものが薬草を入手することは不可能なのです。しかしあなたが持ってきた薬草は、どれも摘んでから時間が経っていない、新鮮なものでした。」
リンクの抵抗虚しく、バッサリ論破されてしまった。リンクは押し黙るしかなかった。
「薬草が残っていたとしたら、溶岩を越え、危険地帯を行った更に奥地しか考えられません。そこへ行くメリットはあなたにはなかったはず。そんな面倒事を引き受けたあなたが、……見捨てられた我らを助けた心優しいあなたが、襲撃で閉じ込められた我らを放っておくとは考えにくい。」
「……オレは、」
長老は苦笑しながら、手でリンクを制した。
「あぁ、意外と強情なのですね。まぁいいでしょう。我々はあなたに感謝しています。その事実だけは否定しないでください。」
それを言われると、リンクに言えることはもうなかった。
「さて。本題です。今から私は我ら一族に伝わる伝承をお話しします。あまり外には出したくない話です。ですが、あなたにはお話ししておきたい。聞いていただけますか?」
リンクは姿勢を正し、頷いた。
「そこまで言うのなら。」
長老は言い伝えを話して聞かせた。その言い伝えは、この世界の守りの力についてだった。複数の属性に分かれた守りの力がこの世界に働いているそうだ。
「1つ、火属性。火の力はデスマウンテンを巡る。」
長老は歌うように唱えた。長老はリンクに微笑みかけた。
「我々の住む地は火の力の出発点と言われております。」
そして長老は目をつむる。
「1つ、水属性。1つ風属性。1つ、雷属性。1つ、光属性。1つ、闇属性。」
そこまで一気に唱えると、長老は困ったような顔をした。
「我々は火の力の守り民。他の属性については詳しくは知らぬのです。」
リンクは黙って頷いた。長老は話を続ける。城に薬草を採れる地を占拠されたのと時を同じくして、火の力が弱まっていたが、病に倒れる仲間達の対応で、長老率いるボコブリンの集落では対応できなかった。リンクが薬草を持ち帰ったことでようやく集落内が落ち着き、火の力の強化に向かったところ、すでに力を弱める道具は破壊されていて、力も安定していた。おそらくリンクが対応したのだと考えている。
「あらゆる点でご助力いただき、感謝いたします。今後も我々は火の力を見守っていくつもりです。私の話を聞いていただき、ありがとうございました。」
長老はそう言って話を締めくくった。リンクは深く頭を下げた。
「こちらこそ、話してくれてありがとう。すごく大事なことだった。」
長老はにっこりと笑った。
「そう言っていただき、光栄です。……さぁ、私はそろそろお暇しましょう。」
リンクは見送ろうと扉に足を向けた。すると長老は手を挙げてリンクを制した。
「あぁ、お気遣いなさらずに。ここを出てはいけないのでしょう?後は帰るだけですので。」
やはりにっこり笑い、長老はリンクが動く前に部屋を出ていった。それを見送り、リンクが顎に手を当てた時。
「マジで何やってんのお前。」
「え?」
突然、ダークリンクの声がした。リンクは驚いて辺りを見渡した。すると、リンクの影が揺らいだ。
.
「頼みたいことがあるんだが、いいか?」
開口一番、バドはそう言った。
「何?」
リンクは目をぱちくりさせながらバドに顔を向ける。
「面倒事を押しつけるようで、俺は気乗りしねぇが……断ってもいいからな?」
頼みたいことがあると言った割には、バドは渋る。リンクは何でもするのにと思いながら、内容の見当をつけようと試みた。
「ここでできること?」
「あぁ、まぁ……。」
やはりバドは歯切れが悪い。リンクはバドを安心させるため、微笑みかけた。
「じゃあ大丈夫だよ。外に出る必要があると誰かの見張りが必要になるけど、オレが大変なだけなら、いくらでも。それで、何をしたらいいの?」
やはり浮かない顔をしていたが、ようやくバドは説明を始めた。
「最近いなくなったと思っていたんだけどよぉ、変な魔物が城下町で騒いでいたことがあってさ。」
“それって……あいつら?”
リンクには心当たりがある。病を直す薬草がなく、困っていたボコブリン達だ。
「多分そいつと同じ集落のやつが、今度は人探しをしてほしいって騒いでいるんだ。そいつがとうとう城にまで来た。」
もし彼等なのだとしたら、また問題が発生したのかもしれないとリンクは心配に思った。だが今は、バドの依頼についてだ。
「人探しを手伝えばいいの?」
そう口に出して、リンクは気付く。
「あれ?それ、ここでは出来ないよ?」
バドは苦い顔をしながら、首を振った。
「いや、説得して追い返してほしいんだ。」
リンクはしばし絶句した。
「……追い返す、って。」
リンクがやっとの思いでそう言うと、バドはガシガシと頭を掻いた。
「前にいたやつも変なこと言ってたんだ。城が薬草をあらかた採ってしまった、その上採れる場所を封鎖した、せめて薬草を返してくれって。」
バドの言う魔物とリンクが思い浮かべる彼等は一致していそうである。だが、とリンクは眉間に皺を寄せた。
“あれは、城の仕業じゃなかったってこと?なんだかおかしいな。”
「ねぇ、バド。デスマウンテンに隠れ住むボコブリンのこと、知っている?」
バドはたじろいだ。気不味そうに口を開く。
「あ、あぁ……。お前、知っていたのか。あいつに煽られて襲っちまったっていうボコブリンだよな。って、何で今、その話なんだよ?」
やや不満そうにバドはリンクを睨んだ。リンクはそれに臆することなく答える。
「その騒いでいるやつっていうのが、そこのボコブリンだと思うんだよね。」
「はぁ!?」
バドは目玉が飛び出んばかりの驚きようだった。
「だから、前に騒いでいたやつの言い分は、多分……。」
リンクがおずおずと言うと、バドは動きを止めた。しばらく顎に手を当てて考えていたが、やがて、鷹揚に頷いた。
「間違ってねぇってことか。じゃあ今いるやつもまともってことか?まぁ、とにかく、あいつを連れてくるから、話を聞いてやってくれ。」
「ごめん、それなんだけど、………あぁ、行っちゃった……。」
言うだけ言うと、リンクが止めるのも聞かずにバドは部屋を出て行った。リンクは額に手を当てて項垂れる。
「どうかされましたか?」
ファイは不思議そうにしていた。
「ちょっとね。」
手を貸した人物が破壊者であるなど、きっと知りたくないはずだ。しかし、もし、バドがあの集落のボコブリンを連れてきてしまえば、ばれてしまう。参ったなぁと思いながら、リンクはため息を吐いた。改めてファイとナビィに顔を向ける。
「ファイ、ナビィ。悪いけど、今からオレがしゃべらなくてもいいようにしてほしい。」
「なんで!?」
当然のように、ナビィは聞いた。いささか強い口調だ。しかし、説明している余裕はない。
「後で話す。声を聞かれるとまずいんだ。」
丁度その時、扉が開いた。バドが連れてきたボコブリンを見て、リンクはやっぱりと思うと同時に驚いていた。それはデスマウンテンに隠れ住むボコブリンの長老だった。
「話を聞いていただけるとは本当ですか。」
ちらりとファイがリンクを見た。リンクは目で話すつもりがないことを伝える。ファイは小さくため息を吐くと、口を開いた。
「お聞きしましょう。」
「あぁ、ありがたや!誰一人として真剣に受け止めてくれやしないのに……。」
長老は随分と嬉しそうだった。それを見ながら、リンクは苦い顔をする。
“あのさ、オレ、世界を襲った危険人物。というか……それ、ちゃんと知っているのかな……?”
リンクはやれやれと思いながら長老を見つめた。リンクの心の内など知るわけがない長老は、事情を話し始めた。
「我々は病に見舞われることを宿命とする種族です。病を克服することで成長します。克服には薬草が必要で。我々は、誰かが病にかかると、その薬草を摘みに行っておりました。しかし……突然、城の者がそこを占拠し、必要な薬草を採り尽くしてしまいました。困った我々は城下町に二人派遣しましたが、功を為さず。時だけが無情に過ぎていきました。ある日、一人の人間が我々の集落に現れました。我々に事情を聞くと、なんと次の日には薬草を持って帰ってきたのです。……私はその人にもう一度会いたい。あの時はごたごたしていて、しっかりお礼も言えなかった。会いたいのです。探していただけませんか?」
長老の話が終わると、ナビィがリンクの近くに飛んできた。
「だってサ。リンク、どうするの?」
リンクは首を振った。
「何故です!この話、あなたも信じてくださらないのですか!?」
長老は声を荒げた。それを心苦しく思いながら、リンクはふいとそっぽを向いた。
「探してやってもいいんじゃねぇか?なんかそいつ、かなり強そうだぜ。」
一緒に聞いていたバドが言う。リンクはギョッとしてバドの腕を掴み、首を振った。するとバドは、怪訝そうな顔をした。
「何だよ、さっきはこいつを擁護しそうな感じだったのに。大体、何で何も言わないんだ?」
リンクは罰が悪く、バドから顔を背けた。
「何も言わない?我々は口をきく価値もないと!?」
リンクが意図して話していないことに気付いた長老は声を荒げた。ヒステリックに叫ぶ長老に、リンクは狼狽える。
「どうしてです!!そんなに我々は邪魔な存在ですか!!」
内心では困り果てながら、リンクはただ首を振った。
「我々は不必要だと!?あの襲撃で消えてしまえばよかったのだと!?そう言いたいのですか!!」
違うと叫びたかった。だが、それをすればあの時のことがばれてしまう。リンクはやはり首を振るしかなかった。
「ちょ、ちょっとアンタ、落ち着いてヨ。リンクにそんなつもりはないヨ。」
ナビィが代弁してくれたが、長老はがくりと項垂れた。
「あぁ……あの時消えればよかったか。やはり我々は邪魔なのだ。誰にも必要とされない、むしろ疎まれる……。誰かが言った、我々はこの世のゴミなのだと……間違いではなかったか……。」
リンクはいたたまれなかった。
「そんなことない!」
言葉が口をついて出る。思ったより大きな声だったからか、長老はビクリと大きく反応した。
「……あーあ……。」
隣からナビィの投げやりな声が聞こえたが、リンクは長老のことで手一杯だった。
「そんなことないよ……この世界で必要ない存在なんて、ない。」
リンクが必死で訴えると、長老は目を見開いた。長老はリンクに歩み寄り、目を合わせてきた。
「……今、何と……?」
かすれた声で、長老は言った。
「君達も世界に必要な存在だと言って………あ。」
リンクはハッと自分の口を塞いだ。
「しゃべっちゃった……。」
「これはリンクの自滅だからネ。ナビィ、しーらない。」
ナビィは協力を放棄したようだった。リンクは苦虫を噛み潰したような顔をするしかない。一方、長老はリンクを暫くじっと見つめていた。しばらく何かを考えているようだったが、やがて、
「人払いをしていただけませんか。」
と言った。
「何でだよ?」
バドが疑り深い目をして聞いた。長老はそれに気圧されることなく、答える。
「私は確かに恩人を探しておりました。それは礼を言うためだと申しましたが、実はお伝えしたいことがございまして。」
長老はそこでリンクに目を向けた。
「あなたにも話を聞いていただきたい。」
リンクはこれでもかというほど大きくため息を吐いて見せた。だが、長老の気持ちに変化はなさそうだ。仕方なく、リンクは口を開く。
「話を聞けっていうなら聞くけど。オレが誰か分かった上だね?オレは世界を」
「それは我々の考えることではございません。お願いします。」
リンクの虚勢はすぐさま断ち切られた。頭を抱えたくなるのを必死で我慢しながら、リンクは肩をすくめて見せた。
「まぁ、話すのはそっちの勝手だから、止めないよ。後悔しても知らないからね。」
リンクの素っ気ない言葉にも、長老は嬉しそうに頷いた。何故だ、と思いながら、リンクは気を取り直してバドに顔を向ける。
「それで……人払い、か。バド、どこかいいところはある?」
すると、バドは怪訝そうな顔をした。
「はぁ?ここでいいだろ。お前を出してやるわけにはいかないし。じゃあ、終わったら呼べよ。扉の外にいるからよ。」
バドは返事も聞かずに出ていった。長老はファイとナビィに顔を向ける。
「あなた方も出てくださりませんか?」
じ、っとファイは長老を見つめた。長老もその目を見つめ返している。しばらく見つめあっていたが、やがて、ファイは口を開いた。
「いいでしょう。ナビィ、行きましょう。」
ナビィは一瞬、強い光を発した。
「リンクに何かしたら、許さないからね。」
長老は目礼した。警戒心を持ったままのようだったが、二人も部屋を後にした。
「これで第三者はいませんね。」
長老はリンクに向き直って言う。リンクはまたしても苦い顔をして見せた。
「あのさ、言いにくいんだけど……。時々、誰かに見られている気がするんだよね。だから、人払いの保証は出来ない。」
長老はリンクを優しい顔を向けた。
「あなたがそれでよければ、私は構いません。」
「え?」
リンクはポカンとした。長老はそれに構わず、突然、居住まいを正した。
「改めまして。あの時は、本当にありがとうございました。」
長老は深々とお辞儀した。リンクはがくりと肩を落とした。
「やっぱりばれちゃったか。ごめんね、助けたのがこんな犯罪者で。」
長老は目を細めた。
「……犯罪者。あなたには全く似つかわしくない響きですね。」
「悪いけど、そこはどう抗っても変わらない事実だ。」
リンクはピシャリと長老の感想をはねのけた。だがすぐに、真剣な顔を長老に向ける。
「ばれたから聞くよ。どうやって外へ出たの?崖をよじ登るのも、若い二人は大変そうだったのに。あ、歳を重ねると力がついていく種族だった?」
長老は苦笑した。
「いえいえ。私のような老いぼれではとてもあんな崖なんか。実は出入口を新たに作りました。今では簡単に行来出来ますよ。」
リンクは目をパチクリさせた。
「え?でも、外との繋りは断つって、」
「そう言わなければ、あなたは留まったでしょう?」
相変わらず、長老は優しい顔でリンクに問いかける。リンクはため息を吐いて答えた。
「留まることはしなかったよ。」
長老はゆっくりと首を振った。
「そうではなく。出入口を作ることを手伝い、我々が安定するまで見守ったのでは?」
リンクはしばし動きを止めた。
「……オレを何だと思っているの。そんな面倒なこと、」
「そうでしょうか。」
長老はリンクを遮ると、リンクににっこりと笑いかけた。
「牢に入れられた同胞など放っておけばよいものを、わざわざ牢の前まで赴き、帰る段取りを伝え、その上、我らの集落に足を運び、少ない情報のみであの危険地帯へ向かい、薬草を入手してきた。」
「……城から奪ったものかもよ。」
つらつらとリンクの行動を描写する長老に、リンクは苦し紛れの言い訳をした。
「それはありません。城が占拠したのは随分前。しかも……実は占拠後も隠れて摘みに行った者がおりますが、行ける範囲の薬草は全てなくなっていた、つまり、占拠後に城のものが薬草を入手することは不可能なのです。しかしあなたが持ってきた薬草は、どれも摘んでから時間が経っていない、新鮮なものでした。」
リンクの抵抗虚しく、バッサリ論破されてしまった。リンクは押し黙るしかなかった。
「薬草が残っていたとしたら、溶岩を越え、危険地帯を行った更に奥地しか考えられません。そこへ行くメリットはあなたにはなかったはず。そんな面倒事を引き受けたあなたが、……見捨てられた我らを助けた心優しいあなたが、襲撃で閉じ込められた我らを放っておくとは考えにくい。」
「……オレは、」
長老は苦笑しながら、手でリンクを制した。
「あぁ、意外と強情なのですね。まぁいいでしょう。我々はあなたに感謝しています。その事実だけは否定しないでください。」
それを言われると、リンクに言えることはもうなかった。
「さて。本題です。今から私は我ら一族に伝わる伝承をお話しします。あまり外には出したくない話です。ですが、あなたにはお話ししておきたい。聞いていただけますか?」
リンクは姿勢を正し、頷いた。
「そこまで言うのなら。」
長老は言い伝えを話して聞かせた。その言い伝えは、この世界の守りの力についてだった。複数の属性に分かれた守りの力がこの世界に働いているそうだ。
「1つ、火属性。火の力はデスマウンテンを巡る。」
長老は歌うように唱えた。長老はリンクに微笑みかけた。
「我々の住む地は火の力の出発点と言われております。」
そして長老は目をつむる。
「1つ、水属性。1つ風属性。1つ、雷属性。1つ、光属性。1つ、闇属性。」
そこまで一気に唱えると、長老は困ったような顔をした。
「我々は火の力の守り民。他の属性については詳しくは知らぬのです。」
リンクは黙って頷いた。長老は話を続ける。城に薬草を採れる地を占拠されたのと時を同じくして、火の力が弱まっていたが、病に倒れる仲間達の対応で、長老率いるボコブリンの集落では対応できなかった。リンクが薬草を持ち帰ったことでようやく集落内が落ち着き、火の力の強化に向かったところ、すでに力を弱める道具は破壊されていて、力も安定していた。おそらくリンクが対応したのだと考えている。
「あらゆる点でご助力いただき、感謝いたします。今後も我々は火の力を見守っていくつもりです。私の話を聞いていただき、ありがとうございました。」
長老はそう言って話を締めくくった。リンクは深く頭を下げた。
「こちらこそ、話してくれてありがとう。すごく大事なことだった。」
長老はにっこりと笑った。
「そう言っていただき、光栄です。……さぁ、私はそろそろお暇しましょう。」
リンクは見送ろうと扉に足を向けた。すると長老は手を挙げてリンクを制した。
「あぁ、お気遣いなさらずに。ここを出てはいけないのでしょう?後は帰るだけですので。」
やはりにっこり笑い、長老はリンクが動く前に部屋を出ていった。それを見送り、リンクが顎に手を当てた時。
「マジで何やってんのお前。」
「え?」
突然、ダークリンクの声がした。リンクは驚いて辺りを見渡した。すると、リンクの影が揺らいだ。
.