新たな敵の存在

城に留まってから早数日。城側で情報の整理が追い付いていないのか、まだ開示がないだけなのかは知らないが、新たな情報が得られないまま日が経っていた。しかし、いつの頃からか、夜中の城内で敵が出現するというありがたくない新展開はあった。城にいる存在だけでは対処し切れなかったようで、リンクに参戦の要請がかかった。リンクは二つ返事で引き受け、戦闘に身を投じた。そいつらをいなすことはできるが、次々と現れ、夜が明けるまで戦闘を強要された。3度目の戦闘後、部屋に押し戻されると。

「リンク……流石にまずいよ。」

「休むことを推奨します。」

ナビィとファイが心配そうにリンクに告げた。リンクは乾いた笑いを漏らす。

「うん、流石にこれが続くのは辛いな。」

リンクはそう言うと扉の方を見た。考え込むこと数秒。

「ねぇ、夜に呼び出されるまで、ここに誰かが来るのは2回だよね?」

「え?うん、食事を持ってくるときだよね。」

突然のリンクの問いに呆気にとられたようだったが、すぐにナビィが返答した。隣でファイも肯定する。

「はい。12時と18時です。」

正確な時間も把握できたので、早速リンクは行動に移そうとした。

「そうか。じゃあ、」

「「リンク/マスター。」」

ナビィとファイがリンクの前に立ちはだかった。二人に表情はないが、沸々とした怒りを感じる。リンクは思わず後ずさった。

「「今すぐ 寝る!/寝てください。」」

二人に凄まれ、リンクはたじたじになり、

「………はい。」

大人しく休むことにした。





眠りに就いていたリンクだったが、誰かが部屋に入ってきたのを感じ取り、目を覚ました。その直後。

「ちょっと!なんてことするのヨ!!」

ナビィの叫び声が聞こえた。リンクが慌ててそちらを確認すると、リザルフォスと向き合うナビィとファイ、そして床に散らばった食事……の残骸が目に入った。それでリンクは一部始終を把握する。言い争うところに割って入った。

「ナビィ、止めて。」

「だけどこいつ、リンクの食事を……!」

ナビィの怒りは収まりそうにない。それでもリンクは、ナビィを止めた。

「いいから。」

リンクが必死にナビィを止めていると、犯人であろうリザルフォスはニヤリと笑った。だが、それ以上は何もせず、部屋を出ていった。それを確認してリンクはホッと胸をなでおろす。そして、やれやれと思いながら、床に散らばる残骸に目を向けた。

「これ、片付けないとね……。」

ハァ、とため息を漏らしながらリンクは呟いた。

「そんな悠長なこと言っている場合!?ナビィ、文句言ってくる!!」

やはり憤りの収まらないらしいナビィは、ヒュンと素早い動きで部屋を出て行こうとした。リンクは慌ててそれを防ぐ。

「だからナビィ、止めて。いいんだ。慣れているし。」

「え?」

リンクの言葉でようやくナビィの動きが止まった。だが、ナビィはそのまま固まってしまった。

「慣れているとはどういうことですか?」

それを見かねてか、ファイが質問を投げた。ファイの声が、僅かに震えていたような気がした。

「え?あぁ……。」

リンクは初め、何を聞かれたのかよく分からなかった。しかし、すぐに合点がいく。よくよく考えてみれば、この世界での自分のことを二人はあまり知らない。その質問も当然か、とリンクは妙に納得した。

「牢にいた時はこんなのしょっちゅうだったから。」

簡潔に説明すると、リンクは慣れた手つきで残骸を片付けた。

「さて。次に誰かが来るのは18時だよね。」

朝の目論見を達成するため、リンクは窓辺に歩み寄った。そして、マスターソードを背から外し、窓際に立て掛ける。

「リンク、何してるの?」

不安そうなナビィの声が聞こえた。

「ちょっと出掛けてくる。安心して。18時までには戻るから。」

「え?出掛けるって、」

「悪いけど、ナビィとファイは留守番ね。」

慌てたようなナビィを遮って、リンクはにっこりと微笑みかけた。ナビィは困ったようにリンクとファイの中間を漂っている。ファイも固い顔をしていた。

「……そのまま出ていかれるのですか?」

意を決したような声で、ファイが言った。やれやれと思いながら、リンクは口を開く。

「ちゃんと戻って来るってば。今出ていけば、二人が疑われるのは間違いないし。そういう風にはしないよ。」

ファイは今まで見たことがないくらい生身の生き物らしい顔をしていた。

「……マスター……このまま出ていくことを、」

リンクはそこまで聞いて、ファイが何を決意したのか理解した。

「ファイ、それ以上言っちゃダメ。」

ピシャリとリンクはファイを止めた。ファイは苦悩に満ちた顔でリンクを見つめていた。

「ちゃんと帰ってくるから、待ってて。」

再度リンクは二人に微笑みかけると、ひらりと軽い身のこなしで外に出た。





リンクが何をしたかったのか。それは、夜に現れる敵の対処だった。夜に現れる敵というのが、どれもこれも似たような姿をしている。同じ種族なら似ていて当然だろうという指摘が入りそうだが、そうではなく、同じものをコピーしているかのような違いのなさなのだ。攻撃を繰り返している敵を並べて比べるような悠長なことは出来ず、倒した後は例に漏れず消えてしまうので、断言はできない。しかし、リンクは何か元になる存在があるのではないかと仮説を立てた。そして、仮説が正しければ、それを何とかすれば夜の襲撃はなくなるのではないかと推測したのだ。果たして、それは存在した。城の一角に不自然なものが隠されており、それを覗くと中に大量の敵が詰め込まれていた。しばらく眺めていると、敵がどこからともなく生み出されて増えていく。母体と言える存在だった。リンクは敵が生み出される様子におぞましさを感じながら、それを破壊した。その後もリンクは城内をこそこそと回り、母体を壊していった。ふと、リンクが窓の外に目をやると、日が随分と傾いていた。夜に現れる敵の数を思うと、後1体ほど残っていると思うが、そろそろタイムリミットだ。リンクは母体の破壊を諦め、帰路に立った。

部屋に戻ると、ファイとナビィがいただけでなく、どういうわけか、ダークリンクが寝ていた。

「あれ?ダーク、どうしたの?」

リンクは首を傾げてファイやナビィに問うた。

「マスターの留守を悟られないために、マスターの振りをしました。その結果、疲れた果てた模様。」

いつも通り淡々と答えるファイ。それにどこか安心しつつも、リンクは得た回答に疑問を持った。

「え?オレのフリ?」

「うん。リンクと完全に同じ色になったの。魔力消費が半端なかったみたいで、そのまま寝ちゃった。」

ナビィの返答にリンクは色々と察した。

「……それは申し訳ないことをしたな。」

リンクは心の中で手を合わせて謝罪した。

「それでマスター。」

ファイが居住いを正してリンクを見た。

「何をなさっていたのですか?」

リンクはデジャヴを感じた。無意識に背筋が伸びる。顔が引くつかないようにしながら、あっけらかんとしらばっくれた。

「何って、ちょっと散歩。たまにはいいでしょう?」

じっと、ファイはしばらくリンクを見た。リンクは背中に流れる大量の冷や汗を意識しないようにしながら、ファイににこりと笑ってみせた。しかし、ファイのどこか冷ややかな視線に変化はない。やがて、ファイは冷たい声で言った。

「分かりました。問い詰めればいいのですね。ナビィ、手伝っていただけますか?」

「ラジャー。」

「分かった話す、話すから。」

リンクは手を前に出し、全力で止めた。二人の様子をどこかで見たと思えば、地下牢で問い詰められたときに酷似していたのだ。リンクは額に手を置き、首を振った。

「あれ、結構精神的にきたから。ちょっとトラウマだよ?」

「だったら抵抗しない!」

怒ったようなナビィに、リンクは隠し通すことを諦める。

「全く。二人には敵わないな。……オレは、夜に現れる敵の母体を倒しに行っていた。」

「母体?そんなのあったの?」

ナビィは鳩が豆鉄砲を食らったような反応をした。リンクは苦笑する。

「絶対あるっていう自信があったわけじゃなかったけどね。キリがないし、賭けてみた。案の定あったから、倒してきたよ。ただ……多分後1個あると思う。だから今晩も戦闘は回避できないな。」

「……ホント、大人しくすることを知らねぇな、お前……。」

突然、下から声がした。声の方を見ると、ダークリンクが寝ころんだままリンクにじとりとした目を向けていた。

「あ、ダーク。起きたの?」

リンクがのほほんと問いかけると、ダークリンクはため息を吐いた。

「起きたの?じゃねぇし。つぅかなんですぐ、自分が動くってなるんだ?両軍の協定も、周りの協力得て頑張ればいいところを、一人で行動して極端なことやってのけるし。」

リンクはむぅとむくれて見せた。

「ダークには依頼したよ。後、依頼はしていなかったけれど、女神側には動いてくれていた人がいた。でも、ダメだったんだ。」

「結論出すの早すぎねぇ!?」

ダークリンクは叫んだ。だが、すぐにため息を一つ吐いて、元の調子で続けた。

「で、地下牢では無駄に大人しかったが、世界の危機だとか言ってみれば、すぐ脱獄したし。」

リンクは嫌なことを思い出したと思った。

「嘘だったよね、あれ。そういえば、その話されたときナビィとファイもいたよね?二人も噛んでいたの?」

ファイはゆっくりと首を振った。

「いえ。ですが、そういう作戦があることは薄々と。」

「そう……。」

賢明なファイならば、あんな無謀な策を止めたのではないか、という淡い期待はあっけなく砕かれた。

「だが、正直、ホントに出るかは五分五分だと思ってた。反応も悪かったし。なのに次の日には出てくるし。あり得ねぇ……。」

リンクは非難の籠った目をダークリンクに向けた。

「知った以上、じっとなんかしていられないよね?……嘘だったけど。」

「お前、結構根に持ってるな?」

リンクはふいとそっぽを向いた。だが、ダークリンクに構うつもりはないようで、話が進む。

「しかも、逃げ込んだ先で待ってろって言ったのに、俺が行った時には抜け出してたし。……後一歩遅かったらと思うとゾッとする。別ルートで世界は平和なままだと知ったら、すごすご城に戻っただろ、お前。」

「えぇ!?また捕まるじゃない!!」

ナビィが悲鳴に近い声を上げた。

「オレを野放しにして混乱させるよりいいでしょ。」

リンクは不貞腐れたまま反論した。

「挙げ句の果てにスタルキッド達の住みかを離れて旅に出てるし、ふぐっ!」

リンクはダークリンクの口を塞いだ。ダークリンクから変な声が漏れたが、この際気にしない。

「ちょっと!誰かに聞かれたらどうするの!!」

リンクは扉を睨むように見た。物音がしないことで、誰も聞き耳を立てていなかったと判断する。リンクはダークリンクに視線を戻した。

「君達三人は際どい発言しまくっているから、もうどうなっても知らないと思っているけど!これ以上誰かを巻き込まないで!」

リンクは叫ぶだけ叫ぶと、ダークリンクを離した。

「そっかぁ、森にいたんだ。ナビィも行けばよかったな。」

いけしゃあしゃあとナビィが言った。

「ダメだから!」

間髪入れずにリンクは叫んだ。

「……マスターを匿っていた方も、真実を知っているのですか?」

遠慮がちにファイが聞いた。リンクはハッとしてダークリンクを見る。不安に押しつぶされそうになりながら、答えを待った。ダークリンクからふざけた雰囲気が消えた。

「知らないはずだ。俺は言ってない。言う必要もないみたいだしな。」

「それって、つまり……。」

分かっているといること、その言葉は口に出せなかった。

「勘違いするな。お前の意図は想定外だろうし、知りたくないわけでもない。だけど。信じられてんだよ、お前は。」

ダークリンクは力強く言った。リンクは狼狽える。

「オレは、そんな資格、」

「そういうこと言う方が失礼だ。」

ダークリンクはリンクの言葉に被せて言った。リンクはハッとする。

「……!それは、そう、だけど……。だけど、オレなんかを、信じたら、」

ダークリンクは肩を竦めた。

「まぁ、一人二人ならハブられて終わったな。だが、少数じゃねぇんだよ。ってか、アウール達に聞かなかったか?」

リンクは唇を噛み締めた

「だから、ダメなんだって、そんなこと……。」

「嬉しくないの?」

困惑したような声でナビィが聞いた。リンクはフルフルと首を振る。

「嬉しいよ。すごく嬉しい。だけど、それは、別の対立を生んでしまう……。良くて差別だ。オレを信じているなんて知られたら、その人は……。………君達も、危ないんだよ?」

「んなもんとっくに覚悟してる。」

強い口調でダークリンクが言った。勢いよく起き上がり、リンクの手を握る。

「今度こそ頼ってくれよ。お前一人で解決しようとすんな……!」

一生懸命になって説得してくれるダークリンクを嬉しく思う反面、それを素直に受け取ってしまってよいものか、リンクは判断できなかった。

「今日出掛けたのだって、俺に一言言ってくれればいいものを。俺じゃなくてもいい。協力的な奴が何人もいるだろ。それをどうして……。」

ダークリンクの顔はとてもとても悔しそうだった。しばらくダークリンクはリンクの手を握っていたが、やがて、扉に向かっていった。

「どこへ行くのですか?」

ファイが尋ねる。

「その母体ってやつを探しに行くんだよ。後1個だったな?」

半分だけ振り返りながら、ダークリンクは確認した。

「ダーク、それは明日、オレが、」

「お前今の話聞いてた?」

途端に飛んできたダークリンクの叱責。リンクは詰まった。だが、頼ってしまってもいいのだろうかとやはり躊躇する。とはいえ、今の話を反駁して、リンクはダークリンクが怒りたくなるのも無理はないと思った。

「そう、だね。ごめん。それに、このまま放置すると夜には出てくるし。倒せるのなら、今のうちに倒した方がいい。……ダーク、悪いけど、」

「行ってやるっつうてんの。お前は大人しく休め。」

改めてのお願いは、ダークリンクに怒涛の勢いで引き抜かれてしまった。

「……うん。」

リンクは大人しく頷くと、敵の情報を伝えた。ダークリンクは一つ頷くと、部屋を出ていった。

「マスター……休まれた方がよろしいかと。」

ファイが心配そうな様子でリンクを覗き込む。リンクはふにゃりと笑った。

「うん、そうする。」

「もうっ!ちょっとは肩の荷を下ろしなさい!!」

ナビィの声が空元気に聞こえるのは、言わないお約束だろう。

「ふふっ、ありがとう。」

リンクは大人しく横になった。やはり疲れていたらしい。大して時間が経たないうちに、眠りに落ちていた。

その日、戦闘の呼び出しはなかった。




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