新たな敵の存在

リンクは、近くの物に寄りかかった。さっきの悪役振りを思い出し、リンクは項垂れる。俯いたまま、何度か深呼吸をして心を落ち着かせようとした。

「大丈夫……大丈夫だ……あんなの、まだなんてことない……もっと酷いことを言ったこともある……もっと傷つけたこともある……この程度…、なんでもないんだ……!」

「おい、お人好し。」

ビクリと肩を揺らし、リンクは顔を上げた。目の前にダークリンクがいた。いつ来たのかは知らないが、いたのがダークリンクだったことにリンクはひどく安心した。

「なんだ、ダークか……。何?」

安心したのだが、どうにも素っ気ない言い方をしてしまった。いや、悪役を演じなければならないのだったとリンクは気を持ち直す。

「何じゃねぇし。大丈夫かよ?」

呆れたような言い方をしていたが、ダークリンクが心配してくれているのは感じとれた。

「……何が。別になんともないし。」

暗い気持ちを押しやりながら、リンクは虚勢を張る。

「なぁ知ってるか?今ここにいるの、俺とお前だけなんだけど。」

やれやれと言った風にダークリンクが言った。ダークリンクの思惑に流されまいと、リンクは顔を背けた。

「……だから何。大丈夫だって言っているでしょ。」

「そうは見えねぇけど?」

リンクの弱い抵抗では、ダークリンクは崩れない。とうとうリンクは、ほとんど見えていた白旗に手を伸ばした。

「……大丈夫だよ。久々だったから、ちょっと参っているだけで。前も出来たんだ。すぐに慣れる。」

ダークリンクのため息が聞こえた。

「……なぁ、お人好し。」

その呼びかけに、そういえば言っておかなければいけないことがあった、とリンクは口を開いた。

「あのさ、ずっと気になっていたんだけど。仮にもオレ、世界を襲った破壊者だよ?お人好しではないよね?」

次の瞬間、リンクはダークリンクに肩を強く掴まれていた。

「破壊するつもりなんざ微塵もなかっただろうが!魔王側と女神側を協力させるために自分を犠牲にするやつを、お人好しと言わずに何と言う!?」

息も荒くダークリンクは捲し立てた。そろそろとリンクがダークリンクをうかがうと、悔しさを噛みしめたような顔をしていた。リンクは再度顔を逸らす。

「声が大きい。誰かに聞かれたらどうしてくれるの。」

淡々と、事実だけの文句を垂れる。

「知らねぇ。」

ダークリンクの返答は投げやりだった。痛い沈黙が流れる。

「それで、何?」

暗くなりすぎた空気を変えようとリンクは話を戻した。すると、ダークリンクはリンクの肩を放した。そうかと思うと、リンクはダークリンクに覗き込まれていた。

「辛いんならさ、もうやめねぇ?」

あまり本題が変わらなかったとリンクは思った。あえてリンクは惚ける。

「何を?って、辛いこととかないよ。」

「虚勢張んなよ。自覚してねぇようだから言うが、お前今、メッチャ苦しそうな顔してんぞ。」

リンクは押し黙った。やがて、声を絞り出す。

「してない。オレは、大丈夫。」

自分で自分に言い聞かせているようだと自分でも思った。

「そんなことをして、誰が喜ぶって言うんだよ。もうやめろよ、悪役なんて。そもそも、お前には向いてねぇんだよ。」

優しい声でダークリンクは言った。リンクはギリと唇を噛む。

「だからさ、オレを何だと思っているの。」

「お人好し。」

やっとの思いで発した抵抗も、ダークリンクの即答によって自分を追い詰める手段に変わった。リンクはただ、力なく首を振った。

「どうしてもって言うんなら。改心したことにでもすれば?あいつが言ってたみたいに。」

ダークリンクの提案がすぐに理解できなかった。

「……改心?」

リンクはオウム返しする。ダークリンクは頷いた。

「あぁ。改心しました、なら、世界を襲った理由なんて、問題にならなくなるだろ。」

リンクは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……上手くいくと思えない。」

ダークリンクはとうとうカチンときたようだった。

「じゃあそのまま続ければ?そのうち、お前の精神がおかしくなって、ボロが出るだけだろうがな。」

ダークリンクの突き放すような言い方にリンクは焦った。

「……っ!オレ、」

このままでは不味い、はじめてその可能性に気付いた。リンクは真っ青になる。素っ気ない言い方をしたダークリンクだったが、次の言葉には優しさが戻ってきていた。

「なんてな。もうお前は一人じゃない。俺達が支えてやる。」

リンクはダークリンクを振り払った。声を張り上げて訴える。

「やめて、ダメだってば!何を考えてるの?そんなことをしたら、」

「だったらせめて改心したことにしとけ。」

震える声で訴えるリンクを、ダークリンクは遮った。

「もう俺らは……いや、俺は。お前を見捨てない。もう、間違えない。」

「君は何も間違えてなんかいない……!」

悲痛な声でリンクは主張した。ダークリンクは優しい顔でリンクに微笑みかける。その時、突然扉が開いた。ひょこっとルージュが顔を出す。

「ダークリンク、お主も来てくれ。」

「おう。難航してんだな。」

驚くこともなく、ダークリンクは言葉を返した。ルージュは難しい顔をする。

「あぁ。反対派が全然納得せん。そろそろファイとナビィだけでは辛い。」

「分かった。今行く。」

ダークリンクが言うと、ルージュは戻っていった。その会話の間に、リンクは落ち着きを取り戻していた。嫌な予感を押しやりながら、リンクは聞く。

「反対派……ファイとナビィ……。ダーク、今、何を話し合っているの?」

ダークリンクは肩をすくめた。

「心配すんな。ちゃんと話付けて来るから。」

全く取り合おうとしないダークリンクに、リンクは不安を覚えた。

「変な説得とかしてないよね?」

「お前が心配することじゃねぇ。」

ダークリンクの返答する声は固い。それでリンクは、自分の望まぬ有益を求めていると判断した。

「何を説得しているのか知らないけれど。オレのせいで君達が不利になるのは見たくない。ここに居られないのなら、出ていく。」

ダークリンクは舌打ちをした。仕方なさそうに口を開く。

「残念ながら、あいつらの要求はお前を野放しにすることじゃない。お前に刑罰を与え、またあの地下牢に入れることだ。」

リンクは狼狽えた。だが、当然のことだとすぐに受け入れる。

「それが必要なら、オレは」

「ふざけんじゃねぇ!させてたまるかっ!」

突然ダークリンクが叫んだ。怒り狂った顔をしている。だがすぐに、決意を新たにしたようなキリっとした顔をした。

「絶対防いでやる。お前は大人しくここで待ってろ。」

ダークリンクはリンクに背を向けた。

「ダーク。」

頼もしいダークリンクの背にリンクは声をかける。その背に重荷を乗せるつもりはなかった。

「オレの為に、君達が頑張る必要はない。……みすみす地下牢に戻すのが嫌だっていうのなら、オレは、自力で逃げるから、」

クルリとダークリンクはこちらを向いた。その顔は必死の様相だった。

「逃げんなよ、ぜってぇここにいろ!」

「だけど、」

「言っとくが、俺も、ナビィやファイも、その他お前を信じる何人かも、もう動き始めた!今お前がいなくなったら、それこそ俺らは立場がなくなるんだよっ!!」

リンクから血の気が失せた。自分が思っていた以上に深刻な状態だった。リンクは狼狽するしかない。

「そ、そんな……、君達、一体何しているの……!」

カラカラの声で、リンクはダークリンクに聞いた。

「大丈夫だから。ここで待ってろ。」

だが、ダークリンクは詳細を話すことなく部屋を出て行ってしまった。リンクはその場に崩れ落ちる。自然と、胸元で手を組んでいた。

「お願い、お願いだから、彼等だけは、助けて………。」





暫くして、扉が開いた。リンクは蹲ったまま動けずにいたのだが、そろそろと顔を上げる。ファイ、ナビィ、ダークリンクが入ってきていた。

「ちょっと!なんて顔をしているの!?」

リンクの顔を見たナビィが叫ぶ。だが、それに構う余裕はリンクになかった。

「大丈夫、なの……?」

恐る恐る、リンクは問いかけた。

「話はつきました。問題ありません。」

ファイが答えたが、リンクの安心材料にはならなかった。

「君達は、大丈夫なの……?」

震える声で、再度リンクは問いかけた。すると、ダークリンクがため息を吐いた。

「テメェ、それしか考えてなかったのかよ。大丈夫だって言ったろ。話はなかなかまとまらなかったが、俺達にダメージはねぇよ。」

「本当……?」

「あったりまえじゃない!」

ダークリンク、ナビィ二人の証言があってもリンクの不安は拭えなかった。

「我々が劣勢だという根拠は何ですか?」

ファイが質問を投げかけた。それに対し、リンクは眉間に皺を寄せた。

「普通に考えて、オレの肩を持ったら疑われるよね。」

「なるほど。マスターの思い込みですか。その考えは間違っています。我々の身の安全は保証しますので、ご安心を。」

ばっさりとファイが切り捨てた。そこでようやく、三人の無事を確信する。突然、リンクの力が抜けた。リンクは力なく床に横たわる。

「そっか……よかった……。」

「り、リンク!?大丈夫!?」

ナビィの慌てた声が聞こえた。リンクはなんだか笑いそうになる。

「大丈夫、大丈夫だよ……。ちょっと怖かっただけ。君達を巻き込んだんじゃないかって、怖かっただけ、だから……。」

リンクは、ナビィを安心させようと、今の心境を吐露した。

「その心配、ちょっとは自分に向けろよな。」

ダークリンクの呆れ切った声が聞こえた。とうとう、リンクは力なく笑った。

「で、さっき決まったことだが、聞けるか?少し休む?」

「あぁ、そうだったね。」

一度深呼吸をして、リンクは起き上がった。しっかりと地に足をつけてダークリンクを見据える。

「オレは、どうしたらいいの?」

「ここで待機。」

ダークリンクはただそれだけを言った。リンクは拍子抜けする。だが、いくら待ってもそれ以上の回答が返ってこなかった。

「……それで?」

仕方なく、リンクは先を促した。すると、ダークリンクは肩をすくめた。

「以上。とりあえず、こっから出るな?」

リンクは思考を巡らせた。やはりどう考えても、それだけでは納得できない。リンクは更に口を開いた。

「……あのさ。オレ、協力するためにここに留まることになったんだよね?」

「まぁ、それは追々ってことで。」

ナビィがあっけらかんとして言った。

「ヤツのことはどうなったの?って、オレには話せないか。」

自分で言ってハッと気付く。破壊者である自分に、全ての情報が開示されるわけがないのだ。しかし、ファイが首を振った。

「いえ。情報を伏せることは要求されませんでした。しかし、敵勢についての話し合いはまだ行われておりません。」

リンクは少し固まる。色々と言いたいことはあるが、とりあえず。

「ヤツを野放しにしたら、何をし出すか分からないんだけど。」

「それはお前だ。」

ダークリンクの短い反論に、リンクは言葉を詰まらせた。それを言われると何も言えなかった。

「そーいや、お前こっちのことどれだけ分かってんの?」

ダークリンクが逆に質問してきた。リンクは、何が分かっていただろうか、と少し考えて、ほとんど情報を持っていないことに気付いた。

「それが……この城下町が、毎晩現れる敵に悩まされていたことすら最近知ったくらいで……。」

じとりとした目でダークリンクはこちらを見た。だがそれは一瞬で、すぐに現状の説明をしてくれた。ダークリンクの話をまとめるとこうだ。連合軍の拠点だった中央の城は襲われ、女神側の城に避難した。避難先を決める際に知ったことだが、魔王側の城は既に陥落していた。女神側の城で態勢を立て直そうとしていたが、いつの頃からか、ゼルダ、ガノンドロフ、そして幹部4人が姿を消した。現在は有志で城を保たせている状態で、実はかなり危うい状況だ。ここまで聞いて、リンクは自分の不甲斐なさにどうにかなりそうだった。世界に危機が迫っているかもしれないと思い、情報収集をしていたのに、少し別のことをしている間に大変なことになっていた。リンクが顔を歪ませていると、目の前が眩しくなった。ナビィが目の前で光ったのだ。

「まーた変なこと考えてるでしょ!リンクのせいじゃないんだからネ!むしろ、いいタイミングで来たんじゃない?」

リンクは力なく首を振った。

「頼むから今度はお前一人で何とかしようとすんな!?確かにお前が来るまで手も足も出なかったがな!!」

ダークリンクが慌てたように叫ぶ。リンクはダークリンクに微笑みかけた。

「そんなことないよ。ダークが居てくれてオレは心強かった。」

もちろんファイとナビィもね、と付け加えながら二人を見やる。

「とにかく、リンクはしばらくここで待機!こっちも情報整理したいから、それまで待ってヨ。」

照れたように光りながら、ナビィは強い口調で言った。隣でファイも頷いている。

「何か分かりましたらお伝えします。今は休まれるべきかと。」

リンクは諦めて待つことにした。

「分かった。ありがとう。君達はもう、戻った方がいいよ。」

すると、ナビィがヒュンヒュンと大きく動いた。

「あ、言い忘れていたケド。ナビィとファイ、リンクの見張りをすることになったから。」

「え?」

ポカンとしてリンクはナビィを見る。

「俺もだ。何省いてんだよ。」

不服そうな顔でダークリンクが文句を言った。

「だって、ダークリンクは色々やることあるじゃない。ここにいるのは基本的にナビィとファイになるんだから、間違ってないでしょ?」

勝手に続けられる会話に流されそうになるが、リンクは慌てて間に入る。

「ちょ、ちょっと待って。見張りって……君達、ここを離れられないの?それでいいの?」

「なぁに?まさかイヤとか言うワケ?アタシとリンクの仲でしょ?」

顔が分かるならばニヤニヤしているだろうナビィに気が遠くなる。だが、気力を振り絞ってリンクは口を開いた。

「オレは問題ないけど。でも、」

「マスターの心配が無意味である可能性99%。これ以上考えないことを推奨します。」

突然、ファイがリンクを遮った。リンクはぐうの音も出なくなった。

「ファイ、そこは100って言っておこうヨ……。」

呆れたようにナビィが言う。

「物事に絶対は言えませんので。」

「さっき200って言ったクセに!!」

間髪入れずにナビィは叫んだ。その勢いのまま、ナビィはグチグチと続けている。一方ファイは、どこ吹く風だった。

「ま、そういうことだ。諦めろ、お人好し。」

ダークリンクに言われ、リンクは不服感を拭えないながらも頷いた。





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