新たな敵の存在

城下町を移動する時は顔を隠すことを要求されたが、何故か縛られもせず武器もとられず、ただ着いて来いと言われた。そして連れていかれたのは、城の奥まった部屋だった。

「お待ちしておりました。」

リンクが一人で中に入ると、部屋には奇妙な存在がいた。窓から外を眺め、リンクに背を向けていたが、こちらに向き直る。正面から相手を見て、リンクは内心ギョッとした。夢で見たヤツだった。

「あぁ、あぁ、ようやくあなたに会えた!私がどれほどこの日を待ち侘びたことか!!」

そいつはすすす、とリンクににじり寄ると、リンクの手を握り、力強く握手した。リンクはなんだか嫌なものを感じ、その手を振り払った。

「……誰?」

リンクは警戒して距離を置きながらも、悪者っぽく小首を傾げて見せた。

「あなたの願いを叶えるものです。」

リンクは不審に思ったが笑みを崩さず、そいつを見つめた。

「オレの願い?」

すると、そいつは恭しく頭を下げた。

「はい。あなたは、この世界が憎いのでしょう?この世界を壊したいのでしょう?」

リンクは口を開かず、相手の出方をうかがった。ヤツが顔を上げる。その顔は、かなり不気味なものだった。

「そのために私は、色々と動いているのですよ。」

ゾッとするものが背中を走った。なんだか吐き気すら感じる。リンクは平静を装って問いかけた。

「何をしたの?」

「デスマウンテンに隠れ住む魔物がいます。」

「……まさか。」

リンクは血の気を失った。すると、ヤツは突然、ケラケラと笑い出した。

「いえ、もう過去の話ですね。彼らは病に犯されたあげく、城からの襲撃で壊滅しました。」

「あれは、お前が、」

リンクが憤りの余り声を上げた時、突如バンと扉が開いた。

「リンク!!」

リンクは呼び掛けに驚いて扉の方を見た。すると、ヒュンとナビィが飛び込んできた。

「邪魔者は通すなと言ってあったはずですが。」

苛立たしげにヤツが言った。

「マスターの味方だと言えば、すんなりと通してもらえました。」

とんでもない言葉が聞こえ、リンクは度肝を抜かれた。リンクは慌てて声の方に体を向けた。そこには、ファイが涼しい顔で控えていた。

「……っ!ファイ、そんなことをしたら!」

「俺はそういうフリをしてることになってる。そうすれば、こいつに取り入ることもできるからな。で、こいつらはそんな俺の指示に従ってる体だ。」

リンクの叫びは続いて入ってきたダークリンクに遮られた。しかし、その言葉により、リンクはひとまず安心した。つまり、味方の理解は得ているということだ。リンクはヤツとの会話に集中することにし、再び向き直った。ヤツは難しい顔をしていた。怒りは冷めておらず、情報の処理に手間取っている様子だ。

「私を騙したと、そういうことか?」

ヤツが低い声で言った。ダークリンクはニヤリと笑う。

「いや、嘘は言ってねぇな。俺はこのお人好しの味方だ。ま、お前に従う気なんざ、さらさらなかったがな。」

ヤツは絶対零度の視線をダークリンクに向けていた。

「それで、何だっけ。」

リンクが声をかけると、ヤツは凄まじい形相でリンクを見た。

「オレの願いを叶える?」

何事もなかったかのようにリンクが本題に戻すと、ヤツの気は落ち着いたらしい。ヤツは居住まいを正した。

「はい。そのお手伝いが出来ればと。この世界、一緒に壊してしまいましょう?」

「ちょっとアンタ!リンクを何だと思ってるの!リンクはそんなことしないヨ!!」

ナビィが怒鳴った。リンクは頭痛を感じ、額に手を当てる。ヤツは不思議そうな顔をしていた。

「何を言っているのです。彼の願いはこの世界の破滅ですよ?」

「だから、」

「話がややこしくなるから黙って。」

リンクは一先ずナビィを止めた。ナビィは苛立たしげに大きく動いている。リンクは再びヤツを見た。

「でも、ナビィの言っていることはあながち嘘じゃない。今のオレに、この世界を壊す意思はないよ。」

ヤツから嫌な空気が漂い始めた。ヤツは眉を吊り上げる。

「何故です?この世界、憎かったのではないのですか?襲撃したということは、そういうことでしょう?」

「だから、」

「ナビィ。」

リンクは首を振って、トゲトゲしているナビィを諫めた。

「しかも、暫く閉じ込められていたと聞きます。晴らしたい鬱憤も溜まっているのでは?」

リンクはゆっくりと首を振った。

「ないよ、残念ながら。オレは世界の脅威だ。みんなの対応は正しい。」

「では、何故逃げ出したのです?」

ヤツの口調が責めるようなものになった。

「世界をどうこうしたかったわけじゃないよ。」

リンクが静かに言い放つと、ヤツは黙ったままじっとリンクを見た。

「……まさか改心したと、そう言いたいのですか。」

ヤツは、リンクを鋭く睨んでいた。リンクは一瞬思考を巡らした後、口を開いた。

「改心、ね。ちょっと違うけど、そういうことにしておいて。と、いうわけだから、オレの願いを叶えるというのならば、今すぐ止めて。」

ヤツは頭を抱えた。

「……チッ……使えない……。」

しばらく動きがなかったかと思えば、不穏な言葉が聞こえてきた。

「何を企んでいるかは知らねぇが、こんなお人好しを悪さに使おうと思ったこと自体が間違いだったな。」

馬鹿にしたようにダークリンクが言う。リンクはじっとヤツを見据えた。

「君の目的は何?」

「それを知ってどうすると?」

苛立たし気にヤツがリンクを見た。

「出来れば戦いたくないんだよね。落としどころを探したい、っ!!」

サッとリンクはとびすさった。ヤツが攻撃を仕掛けてきたのだった。

「穏便な解決などいらないのだよ。」

地を這うような声が聞こえてきた。リンクがヤツを確認すると、ヤツは血走った目でリンクを睨んでいた。

「この世界は長らく対立していて常に争いごとが絶えない。私にとっては美味以外の何者でもなかったのに。それが今はどうだ?不味いことこの上ない!!この世界はずっと混乱していた、火種は持っている。それに火をつけてやれば後は勝手に元に戻る。……恐怖を与えるのも愉快だったがな。夜な夜なあいつに怯えて暮らす様は見ていて楽しかった。」

ヤツはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。ヤツの話を聞きながら、隣でダークリンクが握り拳を作ったのが見えた。なんとも自分勝手な話だ。リンクはギリ、と唇を噛んだ。

「城下町のあいつらもお前が。あぁ、話し合いで解決すべきなんだけど。……ちょっと許せないな。」

リンクが堪えきれずに吐き捨てると、ヤツは鼻で笑った。

「許せない?お前も私と同じ穴の狢だろう。」

リンクはヤツの挑発に乗るまいと、小さく深呼吸をした。目を瞑って心を落ち着かせる。

「否定はしないよ。だけど……。」

リンクはキッとヤツを見据えた。

「話し合いに応じる気もなく、この世界を再び混沌に陥れようというのなら……オレはお前を排除する。」

リンクが強く宣言すると、ヤツは不服そうな顔をした。だがすぐに、諦めたように首を振った。

「フン、やはり腐っても勇者は勇者だったか。それならばこちらも手段は問わない。姫や魔王と同じ道を辿るがいい。」

パチン、とヤツが指を鳴らした。すると、叫び声が響いてきた。リンクはそれを聞き取るや否や、ヤツに向かって叫んだ。

「何をした!?」

ニタリ、ヤツは嫌な笑みを浮かべた。

「夜な夜な町を脅かしていたあいつらを召喚したまで。この城もすぐに堕ちよう。」

叫び声が立て続けに聞こえてくる。リンクは扉の方をじっと見ていたが、意を決してダークリンクに顔を向けた。

「ダーク、ここはオレに任せてあっちを倒しに行って。」

ダークリンクは怪訝そうな顔をした。

「短時間で元凶を倒した方が効率的だと思うが?」

リンクは首を振る。

「こいつを倒しても消えないと思うな、そいつら。ここで戦っている間にも被害者は出るし。」

すると、ダークリンクはガシガシと頭をかいた。

「だけどあいつら無敵だぞ。倒すってどうしたら、」

「それなんだけどね。」

リンクは攻略法をダークリンクに伝えた。

「何故それを!?貴様、まさか!?」

それを聞いて大きく反応したのはヤツだった。憤ったらしいヤツが攻撃を仕掛けてくる。それを避けてリンクは叫んだ。

「行って、ダーク!早く!!」

ダークリンクは少し躊躇っていたが、

「……チッ、負けんなよ!!」

と叫んで部屋を出ていった。リンクは改めてヤツに目を向ける。

「お察しのとおり、町をのさばるあいつを倒したのはオレだ。」

「何……っ!?」

更にヤツから殺気が溢れてきた。

「あのときオレ、かなり体調悪かったんだよね。それでも倒せたから、大したことなかったよ?」

リンクが嘲笑うと、ヤツは真っ赤になった。

「貴様ぁっ!!」

ヤツは闇雲に攻撃を仕掛けてくる。

「ところで、あいつ、最後に何て言ったと思う?」

リンクはヤツの攻撃をヒラリヒラリと避けながら聞いた。頭に血が上ったらしいヤツは、答えそうにない。

「やっと帰れるって言ったんだ。君、無理矢理召喚していたんじゃないの?」

「お前には関係ない!!」

強い一撃を放ちながら、ヤツは怒鳴った。リンクはそれも軽やかに避け、ヤツから距離をとる。様子をうかがうが、ヤツは攻撃の手を緩めそうにない。

「止めてくれる気はなさそうだね。」

やれやれと思いながら、リンクは飽くまでも冷静に言った。

「当然だ!!」

激しい怒鳴り声が響いた。リンクはため息を吐くと、腹を括った。

「これ以上この世界に手出しするならば、オレが相手だ。こう見えてオレ、かなり怒っているんだ。手加減は、出来そうにないよ?」

「マスター。」

ファイの呼びかけに条件反射でそちらを見た。

「これをお使い下さい。」

ファイが剣、マスターソードを差し出していた。リンクはたじろぐ。

「え、でも、これは、」

「この剣のマスターはあなただけです。」

狼狽えるリンクに、すかさず告げるファイ。ファイの力強い言葉にリンクは反論の言葉を失った。

“今のオレに、この剣を持つ資格があるのだろうか……。”

躊躇している間にも、ヤツは襲いかかってきていた。

「さぁ、マスター!!」

更なるファイの後押し。とうとう、リンクはマスターソードを掴んだ。マスターソードは手に馴染んでいる。

“行ける……っ!!”

リンクがマスターソードを一振りすると、光線が放たれた。大きなダメージを与えられたようで、ヤツは怯む。リンクは、スッと、マスターソードの切先をヤツに向けた。

「君に一つだけ教えてあげる。確かにオレは、この世界を襲った。だけど、世界を壊したかったわけじゃない。」

ヤツは目をギラギラさせながら、わなわなと震えていた。

「では、何故!?」

ヤツは全身で怒りをぶつけてきた。

「一つだけって言ったでしょう?」

それに答えるつもりはない。リンクは妖しく笑うと、そいつにかかっていった。



リンクの渾身の一撃が当たり、ヤツは床に倒れ込んだ。それを確認して、リンクは窓辺へ行く。側でナビィがチカチカと光を撒き散らしていた。

「本当のことを言ってやったらよかったじゃない!女神側と魔王側を協力させたかっただけで、世界を襲ったのはその手段だったって!!」

とうとう、我慢しきれなかったらしいナビィが叫んだ。

「それを言えば、火に油を注いだ可能性200%。」

逆隣から、ファイが冷静な声で反論する。

「200って……!!最高100じゃないの!?」

「それほど確実だと言うことです。」

「う~~っ!!」

リンクは二人の会話に苦笑しながら、外を眺めた。外は薄暗かった。

「ねぇ、二人とも。」

リンクが呼びかけると、言い争いが収まる。二人の視線を感じた。

「これはオレのせい、なのかな。」

「何をどうしたらそうなったワケ!?」

言った途端に飛んでくるナビィの怒鳴り声。リンクは暗い外を見つめたまま口を開いた。

「あいつはオレの願いを叶えるために存在すると言った。オレが世界を襲ったのが、変な風に作用して……?」

「その可能性は限りなく0に近いと思います。」

至って冷静な声がリンクの考えを否定した。

「ファイ?」

リンクはファイに顔を向けた。ファイはいつもどおり真面目な顔をしている。

「アレの言い分を分析すると、マスターは目的ではなく手段です。それにもし、マスターが考えたことが真実であるならば、もっと早いタイミングで現れたでしょう。」

かつてのように、ファイは淡々と述べた。

「そうそう!大体リンクはそんなこと望んでいないんだから、呼べるものも呼べないワ!!」

ナビィも昔のように励ましてくれた。

「そっか、……っ!!」

安心したのも束の間、リンクは咄嗟に身を翻した。何か鋭いものがリンクに向かってきたのだ。がら空きになった窓にビュンと何かが飛んでいく。それを目の端に捉えたリンク。

「今のは……。……!あいつまさか、まだ意識が……!!」

リンクはハッとすると窓に駆け寄った。ヤツが逃げていくのが見える。

「逃がすわけにはっ……!………ん?」

何かの気配を感じ、リンクは振り返った。すると、部屋の中に新手の敵が数体いた。

「……これ、放置したらどうなると思う?」

内心面倒だと思いながら、リンクは問いかけた。

「城が更なる混乱に陥る可能性99%。」

「だよねぇっ……!」

淡々としたファイの言葉でリンクは諦め、そいつらに斬りかかっていった。



すぐにそいつらは片付いた。敵は倒れ込むと、街の広場で倒した親玉のように消えたので、殺してはいないと信じる。リンクは一度武器をしまう。硬い表情でじっと一点を見つめていた。

“この後オレは、どうするべきだろう……。”

ダークリンクの助太刀に入るべきか。このまま静かに去るべきか。リンクは迷っていた。

“オレは破壊者だ。オレを見たら、混乱が起きるよね……。”

リンクは扉に背を向けた。そこではたと気付く。

「どの道城内は大混乱。オレが現れたところで大差は…………。」

そこまで口に出して、リンクはがくりと項垂れた。

“あるに決まっているじゃないか……オレは破壊者だよ………?”

悔しく思いながら、首を振る。窓に向かって一歩踏み出した時、悲鳴が一際大きく聞こえた。リンクは動きを止めた。

――高みの見物か、小僧。

いつか聞いたセリフが頭の中で響いた。リンクは強く目を瞑る。あの時は肯定するしかなかった。だが、今は――!

「高みの見物なんて、オレには出来ない。」

リンクは部屋を飛び出した。




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