新たな敵の存在

リンクはパッと目を開いた。木の板が並んでいるのが目に入る。リンクは額に手を当て、最後の記憶を手繰り寄せた。そして、城下町の中央広場で意識を手放したことを掘り起こす。それを思い出して、リンクは脱力した。

“終わった……。”

誰かに見つかる前に目を覚ますことは叶わなかったらしい。そこでリンクは気付いた。体の自由が奪われていない。さらに、寝心地の良い場所にいる。疑問符を浮かべながら、リンクは体を起こし、部屋を見渡した。あまり広くはない部屋だった。窓はなく、外の様子は分からない。リンクは首を傾げ、床に足をつけた。ふと枕元を見ると、装備一式が置かれている。まさか、装備品が手元にあるままとは思わず、リンクは仰天した。もしやと思い、リンクは扉に目を向ける。ゆっくりと立ちあがり、しのび足で扉へ近寄った。耳をそばだてる。何も聞こえない。リンクはそっとドアノブに手を置いた。音が出ないよう細心の注意を払い、ドアノブを回す。カチャリと小さな音を立て、扉はすんなりと開いた。

「え……嘘………。」

これには驚きを禁じ得なかった。リンクをここに連れてきたのは、一体どんな人物なのだろうか。リンクを破壊者だと知らないか、とんでもないお人好しか。どちらかに違いないとリンクは思った。どちらにせよ、心配になる人物像である。リンクは、ゴクリと唾を飲み込み、そっと扉の隙間から外を確認した。どうやら廊下のようだ。右方、左方、時間をかけて見渡し、何もないことを入念にチェックする。満足するまで確認すると、リンクは扉を大きく開いた。光のある方へそろりそろりと歩み寄る。光源は広間にあるようだ。そこに扉はなく、リンクは陰から部屋を覗いた。真っ先に見えたのはカウンター、そして、テルマの姿だった。ここがどこかを理解して、リンクは度肝を抜かれた。

“とんでもないお人好しだった……。”

「ニャーン。」

いきなり足元から声が聞こえて、リンクは跳び跳ねた。着地に失敗し、尻餅をついてしまう。目の前にルイーズが座っていた。目は口ほどに物を言う、呆れを通り越して馬鹿にされているのがよく分かる。リンクは今の行動の言い訳を必死になって考えた。

「リンク?起きたのか!?」

急に名を呼ばれ、リンクは大きく肩を震わせた。ルイーズには悪いが、危急の問題はこっちだ。

「あ……えっと……。」

自分は破壊者だ、真っ先に頭に浮かんだのはそれだった。相手の反応を恐れながら、声の方を確認する。モイが心配しているような顔でこちらに向かってきていた。それを見て、責められることはないようだと安堵する。その直後、彼等に助けられたことを思い出した。それが意味することに思い至り、別の恐怖に襲われる。破壊者の自分を匿った彼らが、ただで済むはずがない。誰にも気付かれないうちに、ここを離れなくてはならない。

「ごめんなさい、すぐに出ていきます。」

回らない頭でそれだけを言うと、リンクは外に体を向けた。だが、立ち上がることすら許されず、後ろから捕まえられた。

「病み上がりで何を言っている。ずっと留まれとは言わないから、もう少し休んでいけ。」

後ろからモイの声が聞こえた。優しさに満ちたその声に、リンクは泣きそうになる。

“だ、ダメだ……!そんなこと許されない!!”

リンクは首を振ると、力尽くで拘束を逃れようとした。バシン!唐突に、衝撃がきた。リンクは思わず呻き、頭を押さえる。

「……ア、アッシュ?」

シャッドのおろおろとした声が聞こえた。

「思考が正常に働いていないようだったからな。喝を入れさせてもらった。」

リンクが顔を上げると、アッシュが分厚い本―シャッドがいつも持っているものだ―を片手に、リンクを見下ろしていた。

「お前は今、真っ昼間に、姿を隠さず、丸腰で外に出ようとしているが、気付いているか?」

リンクはハッとして窓に目を向けた。確かに明るい。窓の前にはラフレルが立っていて、目眩ましをしてくれているようだった。考えなしに外に出ようとしたことに、言い知れないおぞましさを感じた。

「あ……ごめんなさい、ごめんなさい、」

バン!また叩かれた。さっきよりも強い。リンクは頭を押さえてしばらく踞らなければならなかった。だが、それで気の動転がおさまった。そろそろと顔を上げると、アッシュが変わらない様子でリンクを見ていた。リンクと目が合うと、アッシュは小さく首を傾げた。

「落ち着いたか?」

「……はい。」

リンクは立ち上がると、改めて室内を確認した。テルマの酒場には、レジスタンスがいるだけである。リンクは深々と頭を下げた。

「助けてくれて、ありがとうございます。申し訳ありませんが、夜までは置いてください。」

「アンタね……。」

テルマはやれやれといった風に首を振った。

「とりあえず顔を上げな。今更追い出しはしないよ。」

リンクはホッとしながら、顔を上げた。再び見えた彼等は、優しい顔をしていた。

「体調は大丈夫なのかい?」

シャッドの言葉にリンクは頷いた。

「だから、今夜には、」

「今夜出ていくのは賛成しかねるな。」

アッシュが淡々とした声でリンクの言葉を遮った。リンクはため息を吐きたくなるのを堪える。

「忘れた?オレは破壊者だ。オレを置くことがどんなに危険か」

「そんなこと、何とでも言い繕える。」

ピシャリとラフレルの声が突き刺さった。

「3日間目を覚まさなかったお前が、万全とは思えない。」

リンクは動きを止めた。思ったより時間が経っている。実は、さっきから気怠さが消えない。弱っているのは、否定できない事実だった。

「でも、オレは、」

「リンク。世界を襲った理由を、教えてくれ。」

それでもと、リンクは悪足搔きをするが、突然のモイの言葉にリンクの口は封じられた。他のレジスタンスの、首を振ったりため息を吐いたりする姿が目の端で見えたが、リンクはたじろぐしかない。リンクはここで初めて、悪役の演技をすっかり忘れていたことに気付いた。しかし、今更演じたところで後の祭りである。動揺した顔を見られたくなくて、リンクは俯いた。

「ごめんなさい、聞かないで………。」

それが通用するとは思えない。しかし、真意を話すつもりがないリンクに残されたのは、懇願だけだった。次に飛んでくるであろう言葉に備えて、リンクは強く唇を噛み締める。

「だったら、回復するまで留まれ。」

リンクはポカンとしてモイを見た。モイがあっさり引き下がったことに驚きを隠せない。すると、モイは柔らかい笑みを浮かべた。

「お前が心配なんだ。後ろめたいと思うのなら、取引だ。」

状況についていけず、リンクは目をパチクリさせてモイを見つめた。

「お前は残る。俺は何も聞かない。」

リンクはしばし硬直した。言われたことを理解するのに、時間がかかった。

「それ……オレにメリットしかない……。」

やっとリンクが言葉を継ぐと、モイはニヤリと笑った。

「子供は親に甘えておけばいいんだ。」





結局、それから数日の間、リンクはレジスタンスのお世話になった。無理を言って、部屋の奥で手伝えることはさせてもらったが、どうしてもできることは限られる。それでも、テルマ達は嫌な顔をせずに、リンクを置いてくれていた。



ある日、アウールがやってきた。あの雨の日に匿ってくれたアウールも、リンクがここにいることは知っていたらしい。だが、アウールはテバとルトも連れてきていた。だから、リンクは奥で小さくなっていた。しかしどういうわけか、あっさりその3人がリンクの元に通されてきて、リンクはギョッとした。

「聞いていたより元気そうじゃないか。」

リンクの顔を一目見て、テバが明るく言った。だが、状況の理解にショートしかけているリンクはたじろぐしかない。どう反応すべきか迷っていると、ルトがため息を吐いた。

「リンク。お主は敵か?」

ルトの真剣な眼がリンクを射抜いた。我に返ったリンクは、ギュッと握りこぶしを作る。

「………敵、だ。」

口の中がカラカラになるのを感じながら、リンクはかろうじてそれだけを言った。すると、ルトは顎に手を当てて、少し考え込んだ。しばらくして、今度は優しい光がこもった目をリンクに向けた。

「あんなことをしでかして、お主はそう言うしかないのかもしれんがな。わらわはリンクを信じておる。あの件についてはもう何も聞かん。」

リンクは驚いた様子を見せないようにすることで、精一杯だった。

「それを伝えた上で、もう一度聞く。リンク、お主は今も敵か?」

リンクはギュッと唇を噛みしめた。顔が下がらないように必死だった。少し俯けば、溢れてはいけないものが溢れそうだった。

「………味方では、ない。」

そこまで言われて、敵とは言いたくなかった。だが、味方だというにはおこがましい。

「リンク。私達は、君を責めるために来たのではない。我々のことを伝えに来たのだ。」

リンクは眉を顰めてアウールを見た。

「前に会った時も言っただろう。お前を信じている奴は存在する。」

テバがやれやれとした様子で言った。前、とは第一次決戦時のことであろう。共生のための協力者が存在すると教えてくれた、あの時だ。

“テバは今、現在形で言った……。”

その意味を理解して、リンクは目を見開いた。

「何を言って……!」

「嘘ではないぞ。今も、何かの時のために連絡を取り合っておってな。アウールからお主のことを聞いて、わらわ達は来たのじゃ。」

ルトが言うのを、リンクは呆けて見るしかない。

「俺達も信じている。だから、お前が来ても最初から城に突き出す気はなかった。」

モイからも驚きの言葉が飛び出した。

「そうそう。モイなんて、リンク君を牢から助け出す算段をつけていたよね。」

シャッドの言葉に、リンクは肝が冷えた。モイは何も言わず、ニヤリと笑っただけだった。

「おいおい、いいところを一人で持って行くな。画策していたのは他にも何人もいたからな。」

テバが呆れたように言うが、リンクは青冷めるしかない。

「それ、もし実行されていたら………。」

そこまで言って、リンクは口をつぐんだ。自分はその企みの1つに乗った人間だったと思い至ったのだ。

「何だ。やはり誰かが動いていたか。だが、これで1つ謎が解けたな。」

リンクはアッシュに難しい顔を向けた。アッシュは肩をすくめる。

「何故お前が脱走したか。自分から動いた理由がどうしても考え付かなかった。」

リンクは頭痛を感じながら、自分が破壊者だと言い聞かせた。そして、それを知らしめるために、口を開く。

「だから、オレは、」

パンパンと手を叩く音がリンクを遮った。

「そこまでだ。」

ラフレルが優しさを残しながらも、厳しい目でリンクを見ていた。

「同じことを繰り返す気はない。お前が話したくないのならば、それでいい。我々はそれ以上聞くまい。ただ、我々はお前を信じている。それだけだ。それを否定する権利はお前にないぞ、リンク。」

リンクは何も言えなかった。

「信じているのはここにいる者だけではない。あの一件以降も、お前を信じたい仲間は増えることこそあれ、減ることはなかった。我々が把握していない存在も多いだろう。」

アウールは意味ありげにレジスタンスを見た。熱いものが胸に込み上げてくるのを、リンクは感じていた。





突然、正面から激しい物音が聞こえてきた。

「何やら騒がしいな。」

扉の近くにいたラフレルが、眉を顰めながら扉を開けた。すると、

「さっさとリンクを出しな!」

殺気だった声が響いてきた。その場に緊張が走る。リンクは血の気が引くのを感じた。ラフレルやモイが慌てて部屋を出ていく。リンクはと言うと、さっと死角に押し込まれていた。モイ、テルマ、ラフレルが対応しているのが聞こえるが、内容までは聞き取れない。

「参ったの……情報が漏れたようじゃ。」

ルトが唸った。シャッドは険しい顔でリンクを見ると、

「君は心配しないで。ここは僕らレジスタンスが何とかするから。」

と残し、部屋を出ていった。

「あなた方もここにいた方がいいだろう。」

アッシュがアウール、ルト、テバを難しい顔で見ていた。

「余計な詮索をされても厄介だ。」

アッシュも部屋を出ていった。テバが扉の隙間から外を覗く。

「あれは……英傑じゃないか?闘うとなると不味いな……。」

「さっきの声はナボールじゃと思うたが、何人おる?」

「二人だ。喚いている方は知らないが、もう一人は間違いない。ゲルド族の英傑だ。」

“ウルボザとナボール、か。”

リンクはじっと扉を見つめた。

“もう十分迷惑をかけた。これ以上は許されない。それに……。”

リンクはベッド脇に置いてある、自分の荷物に歩み寄った。

“十分好き勝手もさせてもらった。”

「何をしている。」

低い声が飛んできた。アウールの声だ。リンクは荷物を持ち、振り返った。

「考えがあるんだ。」

アウールはこれでもかという程眉間に皺を寄せた。

「彼等に任せておいた方がいい。」

「大丈夫。悪いようにはしない。」

アウールを軽くあしらい、リンクが扉に体を向けると、ルトとテバが怖い顔でこちらを見ていた。リンクと目が合ったテバが首を振る。

「手荒なことをしたくない。通して。」

リンクが懇願するも、ルトも首を振って拒否を示した。

「お願いだから。」

今度は、後ろから手を捕まれた。リンクは悔しく思いながら、口を開く。

「………ごめんなさい。」

それは一瞬だった。3人を軽く、しかし確実に攻撃する。次の瞬間には、3人は床にのびていた。リンクは深呼吸をすると、意を決して部屋を出た。言い争う皆がよく見えるところまで近づいて、リンクは悪役調で声をかける。

「彼等が何で話さないか、想像してごらんよ?」

レジスタンスの皆が目を見開いたのが見えたが、無視した。

「リンク、現れたね……!!」

ナボールが武器を構えながら吠えた。すかさず、リンクはおどけて見せる。

「おっと、あまり事を荒立てないで欲しいな。勢い余って……ね?」

リンクは含みを持たせて奥を見やった。一瞬怯んだようだったが、ナボールはすぐにもちなおした。

「ハッ。どうせはったりだろ?随分と馬鹿にされたもんだね!」

「待ちな。」

再度攻撃態勢に入ったナボールを、ウルボザが止めた。

「奥に複数の気配はあった。はったりじゃなさそうだ。一度収めな、ナボール。」

ナボールはイライラとしながらも、武器をしまった。しかし、リンクに対する威嚇は忘れない。

「アタシらと一緒に城に来てもらおうか。アンタの仲間が呼んでいる。」

ピリピリとした空気を見え隠れさせながら、ウルボザが言った。それを聞いて、リンクは眉を顰めた。

「仲間?オレ、一匹狼派なんだけど。」

「知るかっ!!アイツがそう言ってんだよ!」

やはり攻撃的にナボールが叫んだ。リンクは首を傾げながらナボールやウルボザを観察する。向こうもこちらの出方をうかがっている様子だ。ここでは詳しいことは分からなさそうである。リンクは追及を諦め、肩を竦めた。

「まぁいいや。興味あるし。連れていってよ?」

すると、ウルボザが外を顎でしゃくった。リンクはやれやれともう一度肩をすくめ、足を進めた。酒場を出る直前、

「待て!」

と、後ろからモイの叫び声が聞こえた。リンクは振り返る。レジスタンスの皆が、なんとも微妙な顔をしていた。リンクは心の中で謝罪しながらも、馬鹿にした笑みを崩さないように細心の注意を払った。ふと、アウール達のことを思い出す。彼等にも悪いことをしたなと思いながら、後のことをお願いしなければと口を開いた。

「あ、奥の人、ちゃんと保護してあげなよ?オレが気紛れでよかったねー。」

ふざけた風を装いながらも、リンクはナボールとウルボザに見えないように、人差指を口に当てた。レジスタンスのみんなに動きはなかった。茫然とした様子のレジスタンスを残し、リンクは城に連行された。




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